第56話
「<天堂>のクズどもと協力だと?寝言は寝て言え!――死ねぇッ!」
衡平の一言は、まるで火薬庫に火を投げ込んだようだった。
激昂した夜明と余火のメンバーが、一斉に首を刎ねんばかりの勢いで武器に手をかける。
「まあまあ、落ち着けって〜。座れよ、とりあえず座れ。」
だが衡平はまるで意に介さず、当然のように切り絵講習のスペースに腰を下ろした。
「王都は非常時を除き、私闘禁止区域だろ?すべての魔法と職業スキルは封印される。冒険者同士であっても、互いに危害を加えることは禁止だ。
しかも、攻撃の意思を見せた時点で現行犯逮捕。そのまま全面指名手配だ。」
「その通りです。」
年配の祭司が静かに頷く。
「どのような因縁があろうと、解決は王都の外でなさい。」
「祭司様!こいつは大勢を殺しています!ただの盗賊集団です!レベルのためなら手段を選ばない連中なんですよ!」
白夜が歯噛みする。
「それは冒険者間の争い……申し訳ありませんが、王国には事実確認ができません。現状は秩序維持を優先するしかないのです。証拠を冒険者協会へ提出してください。彼らが裁定を下します。」
「くそっ!」
宿敵が目の前にいるのに、規則のせいで手を出せない。
その苛立ちは、場にいる全員の胸を重く締めつけていた。
「感謝するべきだぜ、このルールに。」
衡平は肩をすくめる。
「じゃなきゃ、今頃お前らは明日の朝日を拝めていない。」
「だったら城の外で決着つけろ!」
白夜が挑発に乗りかけた瞬間、由衣が肩を掴んで制した。
「装備を見なさい。全部エピック以上よ。どうやって手に入れたかは知らないけど……一対一なら、あなたが死ぬ可能性のほうが高い。」
「……っ、くそ!!」
「だから焦る必要はないさ。」
衡平は悠然と切り絵を手に取る。
「いずれ刃を交える機会はいくらでも来る。」
そして薄く笑った。
「それまでは――
祭りの空気でも楽しもうじゃないか~」
……楽しめるわけがない。
この男が現れた瞬間、空気は凍りついた。
誰もが剣の柄に手をかけ、いつでも戦えるよう身構えている。
スキルが使えなくても。
帝国に指名手配されようとも。
全員が、「どうやってこいつを殺すか」だけを考えていた。
だが衡平の背後には多くのギルドメンバーがいる。
もし衝突すれば、夜明も余火も無傷では済まない。
被害は甚大になるだろう。
「……なぜだ。」
白夜が低く問う。
二人は向かい合って座り、白夜は図案どおりに紙を切りながらも、鋭い視線を衡平に突き刺していた。
声は歯の隙間から絞り出すようだった。
「どうして、あんなことをした?」
「どうして?」
衡平は眉を上げる。
「理由なんて必要か?お前と同じだ。俺は生き延びたい。部下も生かしたい。」
「生きるためなら、他人の命を踏み台にしていいのか?!」
「別に必須じゃない。」
「なら――!」
「……だが、最も効率がいい。」
衡平は当然のように言った。
「効率のために強盗まがいの真似をするのか?!命を何だと思っている!」
「その手の話はな。」
衡平は退屈そうに紙を回す。
「西部開拓をやった連中や、黒人奴隷を売りさばいたイギリス、ポルトガル、スペインにでも聞け。あいつらがどう資本を積み上げたのかをな。
……俺が殺した人数なんて、連中の足元にも及ばない。」
「……」
一瞬、空気が凍りついた。
◇
……で、あの人たち何してるの?
白夜が衡平と何か言い争っていて、夜明の副会長まで論戦に加わっているのは分かる。
男たちは皆、顔を真っ赤にしていて――まるで酒場で飲みすぎたおじさんみたい。
「……んむ、うま……」
呂律の回らない声で感想を漏らしながら、焼き魚団子をもう一個口に放り込む。
じゅわっと香りが弾けた。
もともと脳震盪なのに、この騒がしさ。神経が完全にオーバーロードしている……。
もう美味しいものだけが救いだった。
周囲が何をしているのか?
頭がくらくらして、環境もごちゃごちゃしていて、正直どうでもいい。
ギルドの方針でも話してるのかな?
……私には関係ない。
「すみませーん、あと十本ください。」
「ちょっと、もう食べないで……」
燈里が私の手を掴み、ぐいっと横へ引いた。
私はふらふらと彼女の肩にぶつかり、へへっと笑う。
燈里が眉を寄せ、私の瞳を覗き込んだ。
「……本気で食べ死ぬ気?」
「わかんな……ひっく。」
盛大にげっぷ。
頭はぐらぐら、炭水化物でさらにぼんやり。しかもさっき果実酒まで飲んだ気がする……。
自分が何してるのか、全然わからない。
向こうでは三大ギルドが大激論。
一方こちら――
たぶん知能が七割くらい消えている。
もう、食べて寝て遊びたいだけ。
「やばい……私、あの子の頭ぶっ叩いてバカにしちゃったかも!」
千夏が杖を抱え、青ざめる。
杖の先には、どこぞの不運な犠牲者の血がまだこびりついていた。
「あなたのせいだけじゃないわ……昨夜、私も壁に叩きつけたし……ちゃんと加減はしたけど……」
燈里は額を押さえた。
壁ドンで人が死ぬ確率は、ゼロじゃない。
「えへ〜〜……えへへへ——」
私はにやにやしながら襟元をぐいっと開き、無防備な首筋を燈里の前へ差し出す。
くねくね揺らしながら。
「噛んでみな〜?噛んでみな〜?ほら噛めない!ばーーか♡」
そのまま、よろよろと逃走。
「……」
そして不幸なことに——
この一連の奇行はすべて、白夜の配信の背景に映り込んでいた。
白夜は今まさに、「道徳」「責任」「倫理」「命」について熱血討論の真っ最中。
視聴者たちも真剣に考えている。
……なのに後ろでは、
ニヤニヤ笑いながら走り回り、騒ぎを起こし、会場をめちゃくちゃにしている小狐が一匹。
――あれは一体、何なんだ???