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休暇だと思って楽しみます。(書籍版「穏やか貴族の休暇のすすめ。」) - 51:だから嫌だったんだよ
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51:だから嫌だったんだよ

 建国祭が終わりを迎える七日目の最終日。

 人々は最後まで遊びつくそうと一層盛り上がったり、名残惜しげに祭りを静かに去ったりと思い思いに過ごしている。勿論最終日ならではの催し物も多く行われている為に賑わいが薄れることはない。

 リゼル達はその賑わいから一足早く外れ、じき日が落ちるだろう時間に馬車に揺られていた。

 馬車の規制がかけられている通りが多い為にいつもより少しだけ時間をかけて中心街へと辿り着く。そこで馬車を乗換えレイの屋敷へと向かった。


「やぁ良く来てくれたね! 誘った甲斐があったとも!」

「お誘い頂きありがとうございます。本当にCランクの俺たちで良かったんですか?」

「君達でなければ意味が無い」


 行っても行かなくてもどちらでも良いと思っていた事など微塵も感じさせない微笑みを浮かべたリゼルに、良くやるとジルは呆れたように溜息をついた。

 行くことに決まったのなら嫌がっても仕方が無い、一度了承した事を違えなどしないのだから過ぎた事は気にしないというジルは何とも男らしい。


「おー、キラッキラ……」


 ふいにイレヴンが呟いた。リゼルと話し合っているレイを見てジルも同意するように頷く。

 流石の貴族仕様と云えば良いか、存在自体が派手なレイは普段の服装でもキラめいて見える事があるというのに今日はそれを遙かに凌いで輝いている。

 憲兵のトップだからか通常想像される貴族服よりは動きやすそうで、どこか軍服を彷彿とさせる衣装は光沢のある素材だからか光を反射して砂金を散らばせたように美しく輝いている。目を焼くような光では無く何処か品のある様相は、しかし年齢を考えれば少々派手な気はするが。

 本人の魅力を最大限に生かした服装だと思えば何も問題なく、余程格式にうるさくない限り気にならない。


「そういや俺らってこのままで良いんスか。流石に普段着はねぇからって通常装備だけど」

「知るか」

「冒険者として行くんだし良いと思いますけど……」


 当然だが毎年行われているらしい冒険者同伴パーティーに出た事がある者はリゼル達の中にいない。

 とりあえずいつもの装備を身につけて来ていたが、どうなのだろうか。何か必要だとしてもこういうのは誘った貴族側が用意するのが普通なので問題は無いと思ってはいたが。

 そもそも決まったのがつい昨日の事、自分達で用意が必要ならば憲兵長から何か言付けが超ダッシュで来ていただろう。

 リゼルが尋ねる様にレイを見ると、何やら見定める様にリゼル達の服装を眺めている。


「ふむ、連れる冒険者を着飾る者もいるようだけどね。私には君達の装備以上に上等なものなど用意できそうもない」

「分かる……んスか」

「私も目利きの端くれ、当然だとも」


 流石に自他ともに認める迷宮品コレクターなだけある。

 先日のリゼルによる礼儀作法講座その一“子爵の顔を潰すような真似はしない事。タメ口などもっての外”によって辛うじて敬語を使うイレヴンにドヤ顔で頷いている。

 ジルに関してはどうしても敬語を使わなければいけない場面をきちんと理解しているので、いざという時はひたすら黙るという荒技で押し通すはずだ。今回に至っては必要ないが、何せ冒険者の頂点に立つ“一刀”が敬語を使わなかった所で咎めるような者は参加していないだろう。


「値段や素材価値的には確かにそうかもしれませんが、あまりパーティー映えする服では無いですよ?」

「いや、冒険者の半数は装備のままだから心配は無い。それが見たい者も多いようだしね」


 ちなみに武器は駄目なようだ。流石に王都の城だけあって厳しい。

 折角の冒険者だが貴族の子女も集まるパーティーには少々生々しい、そんな理由もあるだろう。

 ジルはちらりとリゼルを見た。素知らぬ顔をしているが、どう考えても無許可で武器を持ちこめる第一人者だ。何せ魔銃ライフルは転移魔術によって取り出すのだから。

 武器を手放すのかと不服そうなジルと、もはやどう隠して持ち込むかに意識が行っているイレヴン。そんな二人を見てレイはニヤリと笑った。


「ただ、上位に行くにつれ武器を簡単に手放せる冒険者はいなくなる。だから空間魔法に入れてしまえば良いという暗黙の了解があるが…と、これは独り言だがね」


 そう言い、くるりと後ろを振り向いたレイは今の内に隠してしまえと言っているのだろう。

 苦笑したリゼルに手で促され二人は手際良く武器を空間魔法へと入れた。そうまでして冒険者を城に呼び込む意味があるのかと思うが、冒険者ギルドは各国にネットワークを持ちその影響力も今や商業ギルドと並んで大きい。

 またその恩恵を国も受ける事が多々ある為に、決して蔑ろにはしないという意思表示でもあるのだろう。


「ところでお時間は大丈夫なんですか?」

「ああ、もう少し良いだろう。冒険者同伴者は例外的に爵位に関係が無く入場が後に回される。流石に昨日参加を告げに言ったらもっと早くしろと言われてしまった!」


 ハッハッと笑うレイに負い目は欠片も無い。

 そもそも建国祭が始まる前には既に招待客が決まっているのだ。そこを押し通せたのはレイの顔の広さもあるが、何より“一刀”のネームバリューが大きいだろう。

 Sランクを遙か下に置く孤高のBランクソロ冒険者、冒険者に通ずる人間ならば誰もが知っている存在が公の場に姿を現す。流石に噂に尾鰭がついているだろうと思っている者が大半なのが現実だが、それでも会ってみたいと思う貴族や冒険者は多い。

 もっともその現実があるからこそリゼルはジルを説得してまで連れて来たのだが。


「……どうした」

「いいえ?」


 怪訝そうな顔を向けるジルにニコリと笑い、視線を戻す。

 視線の先ではふむふむと楽しそうに見下ろして来るレイに対し、イレヴンがニッコリと笑って返していた。相変わらず立ち位置が近いレイに対して同じくパーソナルスペースの狭いはずの彼が気付かれないようジリジリと下がっているのが見える。

 初めてレイに対面した際に迷宮品に対し愛が溢れすぎている姿をやや恐怖すら感じる程に引いて見ていたが、どうやらそれ以来微妙な苦手意識があるようだ。良く良く見ると口元が引き攣っているような気もする。


「そういえば、」


 ふとレイが顔を上げた。


「入場する際に名前を読み上げるだろう? 私はそのままで良いが、冒険者はパーティ名を読み上げるのが慣例となっているのでね。教えてくれないかい」


 その言葉にリゼルが目を瞬かせた。ジルを見る。

 ジルが嫌そうに顔を顰めた。イレヴンへ顎で促す。

 イレヴンがパカリと口を開けた。そのまま視線を斜め上へと投げる。


「…………“リーダーと赤黒い仲間達”?」

「無ぇよ」

「それはちょっと……」

「そっちが無茶ぶりした癖に……!」


 何処となくグロテスク臭すらする名前を二人は即座に却下した。

 "Forked Tongue(二又の舌)"なんて盗賊団の名前に付けようとしていたのを思い出すと、実はこういった事は得意では無いらしい。今思ってみれば響きはそれなりに小洒落て聞こえるものの、考えるまでも無くそのまんまだ。

 今回など響きすら微妙すぎる。なにせ赤黒い仲間たち、ゾンビかと突っ込まれても仕方が無い。


「こういうの得意そうですけど、意外ですね」

「じゃあリーダー付ければ良いじゃねッスか!」

「といっても、そういうパーティ名があるって事も初耳ですし……」


 正直本の中だけだと思っていた、それがリゼルの本音だ。

 そういえば時折ギルドで聞こえてきた会話の中でそれらしい単語が聞こえてきたような気がするし、どうやら本当にパーティ名を付けるのが普通らしい。そういう装備や名前なのかと思っていた。

 依頼によって組んだり別れたりする冒険者も少なくないので名称を持つのが必須という訳ではないらしいが、固定パーティを組んでそこそこのランクにいる者は大抵持っているようだ。

 識別にも便利だし確かに効率的かも、と事務的な事を思いながらリゼルは真剣に考え始めた。


「こういうのは分かりやすい方が良いですよね。知名度が一番高いのはジルですし“一刀+α”とか。あ、でもちょっと長いですか?」

「気にすんのはそこじゃねぇよ」

「リーダーって詩集は読んでねぇの?」


 リゼルも大概だった。

 しかも自分でも無いと思っていたイレヴンとは違い、何処となく自信あり気なところが余計にどうにもならない。冒険者のロマンである希望溢れるパーティ名を識別が便利と考えてしまった時点で間違っていたのだろう。

 良いと思うのに、と呟いてじゃあとリゼルはイレヴンと共に最後の一人を見た。ちなみにレイは横で隠すことなく面白そうに笑っている。


「あー……」

「なんとかズ、とか良いんじゃないですか?」

「えー古いっしょ。格好付けようとしてっと異常に恥ずいしシンプルなんが良いッスよ」


 ジルは顔を顰めながら腕を組む。割と真剣に考え中のようだ。

 リゼルやイレヴンの言葉に適当に頷き、これだと言わんばかりに顔を上げた。


「“三人ズ”」


 ねぇな、と冷静に自己完結したジルに二人は頷く。

 とりあえず意見を取り入れようとしてくれた事には礼を言うが。三人は潔くパーティ名を諦める事にした。これ以上続けても明るい未来が見えない。

 諦めてくれて良かったと言わんばかりに輝く笑みを浮かべたレイが、別に必須ではないとさりげなくフォローを入れてくれる。そんなにか、と思ったのは誰だっただろう。

 彼自身リゼル達のパーティ名について口を出す事はないようだが、それとこれとは別らしい。自分が特に目を付けているパーティの名がセンスの欠片も無いというのはどうしても避けたかったのだろう。


「こういうのはシャドウが得意かもしれないね。ゲンを担いで店名を付けてくれという商人も多いようで律儀に考えているようだ」

「そういえば、シャドウ伯爵はいらっしゃらないんですね。確かに嫌がりそうですけど」

「こういうのに必要性を感じる人間には見えねぇしな」

「君達の言う通りだとも。奴は“そんな暇は無い”とパーティどころか記念式典まで辞退したよ」


 国の最重要行事のひとつである記念式典に出ないとは下手をすれば厳罰ものだ。

 元々顔を見せていない内だったのならば特例として許されていた。元々マルケイド領主は他の地域とは一線を画して領主に特殊な立ち回りが求められる為、国全体の流通を担う重要な運営に支障が出るくらいならと今まで反感を買いこそすれ処罰が行われたことはない。

 しかし民の前に姿を見せた今、シャドウが社交の場に顔を出さない理由など無くなってしまった。

 ただ今回に限っては許されたようだ。マルケイドを大侵攻が襲ったのはつい最近のこと、後処理に追われているシャドウを無理に呼びよせて商業国の機能に何かがあれば洒落にならない。

 ただでさえ大侵攻の混乱は完全には収まっていないのだから。


「なんて言うか、貴族界の不良みたいな方ですね」

「成り上がりが余計に反感買ってどうすんだか」

「超仕事熱心な癖に不良とか笑えるッスね」

「いい加減に奴も嫁を見つけなければならないだろうに、仕事一筋というのも問題だ!」


 本人がいない場で好き放題言って盛り上がっている四人。今頃シャドウはクシャミでもしているだろうか。いや、彼の事だからペン先でも折れて舌打ちしているかもしれない。

 エントランスのソファで雑談に興じていた彼らは、そろそろだと呼びに来た執事長に時間かと立ち上がった。此処からは正真正銘貴族の馬車、長距離を走る事を想定されていない豪華なものに乗って登城しなければいけない。

 普通ならば足を踏み入れる事が叶わない王城へ、ただ一日だけ冒険者が立ち入る事が許される日。折角だから楽しもうと、リゼルはレイに続いて馬車のタラップへ足を乗せた。







 パーティーに参加するほとんどの貴族が会場へと入場していた。

 実際に冒険者を連れる貴族は一割いるかいないか、まだ一組も冒険者が訪れていない会場でも既にざわめきが広がっている。

 冒険者を初めて見る者は好奇を、同行パーティに慣れた者は新顔の予想を、関わりを持ちたい者は優秀な人材への期待をそれぞれ持ちながら言葉を交わしている。

 その彼らの会話に一度は出て来るのが“一刀”の存在だった。先日参加が決まったにも拘らず情報は早くも出回っているらしい、特別守秘されている事を考えれば当然か。

 そして誰とも馴れ合わないはずの彼を連れるレイがどうやって伝手を持ったのか、様々な予想が飛び交う中でついに冒険者連れの貴族の入場が始まる。


 貴族の名前が読み上げられ、続いてパーティ名、ランクと続く。

 会場へと足を踏み入れる冒険者はそのほとんどがAランクだ。それはSランクのパーティが、冒険者の中でも1%にも満たないと言われるAランク以上に数が少ないからに他ならない。

 一国に一組、その程度しか存在しないSランクがそうそう集まるはずがない。だからこそ、そのSランクパーティの一組が登場した時には小さな歓声が上がった程だ。パルテダ内にSランクがいるとは確認されていなかったはずなので、恐らく建国祭かパーティーに合わせて来国したのだろう。


「続きましては、」


 堂々たる姿のSランク冒険者に視線を奪われていた貴族たちが一斉に扉を見た。

 読み上げられたレイの名前、前評判で期待値が上がりに上がっている人物たちの登場だ。Sランク冒険者の面々を見た後では彼らにたった一人で勝利を収められる人間がいるとは到底信じられない中での登場に、誰もが半信半疑の心を持ちその瞬間を待つ。

 コツリと、固いブーツの底が磨き上げられた床を叩く音が広い空間に確かに響いた。


 最初に現れたのは当然レイだった。

 年を重ねようと陰らない快活な笑みは自信に溢れ、爵位は高くないものの後妻を望む女性が後を絶たないのが納得出来てしまう程に嫌味の無い人物の登場を歓迎する者は多い。

 今回のパーティーは比較的ゆるいパーティーなので、決まり切った順番の挨拶回りなど必要がない。入場時に名前は読み上げられるものの特に何かするでもなく参加に移れるので、レイは知り合いを見つけたのかゆるりと片手を上げて挨拶するとそちらへと足を向けた。

 足を進めるごとに露わになる三人の人物に人々の眼は釘づけられる。


「あ、メシうまそう。あれ俺らも食べて良いんスよね」


 鮮やかな赤髪を持つ派手な容貌の青年は、その冒険者の衣服を脱げば一見下町の若者にも見えた。

 しかし細められた瞳は愉悦を映し、引き上げられた唇は余裕を醸し、威厳など無いはずの軽い足取りは一転して独特の雰囲気を増す要因となっている。何かが歪んでいるからこそ目を引く存在感、孤高とは別の意味で誰の下にも付く事のないだろう奔放さが普通の冒険者とは一線を画していると気付く者は気付くだろう。

 平然と周囲を見回す視線はまるで這うかのようで、何人かは絡め取られたように動きを止めた。


「知るか」


 そして直後、低い声と共に圧倒的な威圧感を放つ漆黒に人々は目を奪われる。

 紹介されずとも理解出来る。彼が“一刀”、一太刀で全てを薙ぎ払う孤高の絶対強者。一人で迷宮のボスに挑み、Sランク相手に勝利を収めると噂されてもおかしくはないと信じるに値する程の実力者がそこには居た。

 噂でパーティを組んだと聞いたことがある者もいただろうが、実際に本人を目にした今、例え実際目の前で赤髪の青年を伴っていようとその噂はとても信じられなかった。

 誰かと組むような人物では無い。一刀を知るならば誰もが感じる事を、会場に居る貴族や冒険者もまた感じていた。

 そんな男が何故パーティを組んでいるのか。カギを握るのは二人を連れるようにレイに続く見た事のない一人の貴族・・なのだろうか。


「子爵からご紹介されてからなら良いですよ。流石に俺達・・を誰にも紹介しない訳にはいかないでしょう」


 穏やかな微笑みと、柔らかく洗練された物腰をした人物から発せられた言葉に誰もが聞き間違いかと周囲を見渡した。まるで自分が招待された者であるという言い方だ。

 しかし誰が誰を窺おうと同じように疑問を隠さない瞳を返されるだけで、その言葉が真実なのだと物語る。

 気負いも無く、期待も無く、高揚も無い。誰よりも自然にこの煌びやかな空間に馴染み落ち着きを見せる男が貴族で無ければ何なのか。その答えなど誰もが持っているはずなのに、誰もがその答えに辿り着くまでに時間を要した。

 落ちる髪を耳にかけ、知り合いを見つけたのかすれ違い様にゆるりと笑みを浮かべる。清廉な空気を持つ中で甘い瞳だけが雰囲気に背き浮き立って見え、引きこむような高貴な色さえ感じられるようだった。


「誰」

「“Bouquet・Chocolat”の依頼の時に会った女性ですよ」

「へぇ」


 武力的な強さなど欠片も感じない割に一刀と話す姿に違和感は無く、人々は彼らが通り過ぎた後にようやくざわりと興奮を伴い話し出した。

 そして続いた彼らのランク紹介を聞き、それこそ間違いなんじゃ無いかと確認を取ることとなる。







「やっぱり場違いな気がしますね」

「えー、何で。むしろすっげぇ馴染んでんスけど」


 賑やかになった会場で小声で呟いたリゼルは苦笑した。

 向けられた視線が冒険者に向けられるものでは無いと察するのは容易い、少しは冒険者らしくなったと思っていたのだがと若干残念に思っている様子を見下ろしてジルは溜息をつく。

 仕方が無い、冒険者らしいらしくないの前に圧倒的に貴族らしいのだから。

 慰めるようなイレヴンの言葉に、しかしリゼルは首を振った。らしく無くとも冒険者なのだからそれは構わない、それ以上に場違いだと感じる理由とは。


「君達はランクは中位だろうと実力はこの場にいても問題ないくらい高いでしょう? その点俺はそれ程でも無いし、君達におこぼれを貰ってるみたいで気が引けます」


 豪華絢爛な会場や周囲の貴族たち相手ではなく、ジル達に対して何となく悪いと気が引けるとは何ともリゼルらしい。

 小声なのはレイへの配慮だろう。連れている冒険者がこんな会話を堂々としていては示しがつかない。


「Aには確実になれる程度の実力は持ってんだ。問題ねぇだろ」

「でも迷宮のボスに一人で勝てませんし」

「や、五人パーティのAランクでも勝率五割が普通なんだっつの。俺とニィサン基準にしちゃ駄目ッスよ」


 基本的にパーティのランクはパーティでの実力だと思って間違いは無い。

 つまり一人一人がBランク程度の実力でも、余程上手く戦ってパーティでの功績を積めばAランクに上がる事が出来る。勿論奇襲や戦略に頼り切りではギルドに資格なしと判断される事もあるが。

 つまりジル達はパーティでの総合力が高ければ問題ないと言っているのだろう。それにプラスして個人においても(つまりジル達が普通のAランク程度の実力しか発揮せずとも)Aランクになれる実力は持っているという認識をくれる。

 ならば良いか、とリゼルはスパッと考えるのを止めた。


「やぁ、式典の翌日は二日酔いにならなかったかい?」

「お前と飲むとキリが無い、早々に切り上げたおかげで大丈夫だったさ。それよりも大物を連れてきたようだが?」

「そうだね、パーティーの趣旨にそって早速自慢させて貰おうか!」


 他の者が言えば嫌味のような台詞も、レイが口にすれば嫌らしさは消え失せる。

 相変わらずだと笑う相手は友人なのだろう。さばさばとした印象を持った男は流石はレイの、と言えば良いか。何の含みも無い興味深そうな表情を浮かべてこちらを見ている。

 周囲が此方に注目しているのも会話に耳を澄ませているのも気づいているだろうに全てを流し、レイは胸を張ってリゼル達を示すように片手を差し出した。


「懇意にしている、と言っては語弊があるか。私がとても気に入っているパーティだ!」

「パーティリーダーを務めさせて頂いているリゼルと申します」

「リーダーとは……一刀じゃなく?」


 やはり冒険者なのかという驚きと、更にリーダーであるという驚きに男は意外そうな顔をした。

 隠さぬ物言いに一瞬イレヴンが微かに不快そうに眉を上げたが、まぁ当然の反応かとチラリとジルを見た。名を挙げられた本人はいつもの何処か不機嫌そうなガラの悪い顔で興味なさそうにしている。

 リゼルは可笑しそうに笑い、ご期待に応えられずと軽く謝罪をした。一刀がパーティを組んだと噂されてはいるようだが、リゼルがリーダーである事はあまり知られていない。


「俺もジルの方が良いかと思ったんですが、本人が嫌がりましたので」

「ほう、何故?」

「性に合わないんでしょう」


 嘘では無い。しかし真実は隠してリゼルは微笑んだ。

 流石にこの場で本来の理由を話す気は無い。ジルにしても軽々と言い触らされるのは好まないだろう。

 不躾な質問に対しても穏やかな対応に貴族の男は冒険者疑惑を深めたが、しかし今度はそれを口に出す事は無かった。本音と建前を使いこなす貴族が不用意な一言を軽々と零す筈が無く、先程の質問も相手の反応を窺う為にわざと零したものなのだろう。

 それくらいは当然かと、それを察しているリゼルは内心頷いた。この程度はほんの肩慣らしだろう。


「さて、挨拶も済ませたし好きなことをして貰って構わないよ」

「まだお一人ですけど」

「何、心配はない」


 快活に笑うレイに、そうだろうなとリゼル達は納得する。

 聞き耳を立てる周囲によって情報はすぐに広がるだろう、それこそ紹介の必要が無いほどに。

 特別他の貴族と繋がりたいと思っている訳でもないので直々に言葉を交わす挨拶が無くともリゼル達は問題無いし、レイもそれが分かっているからこそ好きに動けと言っている。

 そもそも誘ったその時にレイは一度無理だと伝えられている。それでも期待はしていたし、期待通り参加に変わったのならば変わったなりの理由があるはずだと思っているのだろう。


「自慢はしたいが、常に横に従え誇示したい訳ではないよ」

「お気遣い感謝致します」

「固い!」

「ここでもですか?」


 貴族は誰しも無意識であれ意識的であれ冒険者を従えているつもりでいる。

 そして冒険者の方も大事な金蔓と人脈なので勝手にそう思わせている。

 それなのに戦力では無く親しさを自慢したいと隠すことなく主張するレイに、これは余程要領が良いのだろうとリゼルは感心した。形式にこだわりしきたりを重んずる事を美徳とする貴族において周囲に倣わないという事は結構な痛手となるだろうに、軋轢を生んでいる様子は無い。

 あの快活さ良いなぁと思いながらリゼルはイレヴンを向いた。


「だそうなので、好きなだけ食べて来て良いですよ」

「よっしゃ」

「教えたこと、覚えてます?」

「音立てない、盛りすぎない、皿はこまめに、椅子使用禁止、会話は拒否らないー」

「はい、いってらっしゃい」


 最低限だが、拙いテーブルマナーを晒すよりは美味しそうに食べる方が印象が良いだろう。

 作法については殆ど触れていないが、それだけ守れば何とかなるはずだ。そもそも作法に則っても食べる量が食べる量なのだからどうしても上品にはならない。

 ひらりと手を振って機嫌良さそうに歩いて行くイレヴンを、好き嫌いが多いし嫌いなものが入った料理は丸っと残るだろうと見送る。それ以外の皿が空になる想像しかつかないが、そこら辺は前もって注意してある為に心配はない。


「ジルは良いんですか? 時間も時間だし、お腹空いてると思うんですけど」

「見せ物になりながら食えって?」

「ギルドの方がよっぽど露骨な視線貰うじゃないですか」


 貴族としての矜持か礼儀か、さりげなく視線を送る者が大半で興味を丸出しにして見つめる視線は無い。

 からかうように笑うリゼルに舌打ちしながらもジルは動かなかった。結局残ることにしたらしい。

 早々に立ち去ったイレヴンとは違い足を動かす様子の無い二人に、疑問を持ったレイが問いかけた。


「君達は行かないのかい?」

「元々行きたいと言ったのはあの子だったので。ご迷惑でしたら離れていますが」

「いいや、居てくれるのならそれに勝る喜びは無いとも! 何せジルがいれば私は大分楽だからね」


 ニヤリと笑ったレイに、リゼルは成程と苦笑した。

 冒険者同行パーティーとはいえ、通常のパーティーと変わらずメインは社交だ。人々と会話を交わし情報を交換し、普段は顔を合わせないような相手との関わり合いが必須となる。

 その関わり合いの中には女性にとって最も大切な伴侶探しというのも含まれているのだが、その標的にレイが挙げられているようだ。リゼルは直接レイから話を聞いた事は無いが、妻に先立たれているのは噂に聞いている。

 ちなみに教えてくれたのは宿の女将の友人、井戸端会議常連の主婦だ。曰く、「中年とはいえまだまだ現役な良い男がフリーなんて勿体無いわねぇ」らしい。


 爵位は高く無いものの、嫁いだら必ず幸せにして貰えそうな安心感が見るからにある。

 そして唯一の後継ぎが別の道に進むかもしれないと裏で噂されていると来れば、もし男子を授かる事が出来たのなら自らの地位は亡き本妻をも凌ぐ絶対的なものとなるだろう。

 社交パーティーに出れば付きまとう娘を妹を嫁にと勧められる展開が、今回ばかりは無い。ただ何かを期待するような視線が時折投げられるのみだ。

 それは間違い無く近付きがたいジルのおかげなので、レイは大喜びしている。


「しかし、お前達の連れは良く食べるな」

「まだまだですよ」


 ふとレイの友人から掛けられた声に、リゼルがテーブルの方を向いた。

 早くも着々と皿に盛られた料理を激減させている様子を、ほのほのと笑いながら見守る。そうか、まだまだか……と呟いた男はあの細い体の何処に入るのかと心底不思議そうだ。

 笑いながら近付いて来た女性に食事の手を止め、手早く笑みを作り愛想良く対応している姿に頷いた。正直食事を続けたいのだろうが、話しかけてきたのがスタイルの良い女性だけあってイレヴンの機嫌も急降下していないようだし一安心だろう。


「先程あちらの冒険者の方から刺激的なお話をして貰いましたの。とびきり悪いお話。貴方も何かそういったお話がありまして?」

「そういう話、大好き。私も聞かせて欲しいわ」


 振られた話題に、近場でその冒険者の話を聞いていた少女達も興味津々と近寄る。

 ジルとは違い雰囲気は独特なものの猫を被れば親しみやすいイレヴンだ。あっという間に囲まれていた。

 刺激的な出来事に飢えた女性たちにはこの手の話題が受けが良いのだろう。何処か得意げに語っていた冒険者は一刀のパーティである事に気付き、しかし若いイレヴンに何の話が出来るのだと言わんばかりに挑発の視線を向けている。

 Aランクパーティの一人だ、と説明を受けてリゼルはそちらを見た。此処に招待されているだけあって実力者の雰囲気を醸し出しているが、しかし人を見かけで判断するあたり調子に乗りやすいようだと結論付ける。


「ふむ、挑発に乗らないように言いにいかなくて良いのかね?」


 レイが愉快そうに言った。正直彼としては挑発に乗った方が面白いのだろう。

 しかしイレヴンの正体も勘付いているからこそ、下手な事をしでかさないようリゼルに止めなくて良いのかと伺っているのだ。堂々と盗賊自慢するような頭の悪い人物には見えないが、手が出ないとは言い切れない。

 それを受けたリゼルは平然と大丈夫だと頷いた。ジルは胡散臭そうに見ている。


「良い子だし、軽い挑発くらいかわしますよ」


 視線の先で、イレヴンは持った空の皿を小さく揺らしながら「んー」と考えるように高い天井を仰いだ。

 まるで毎日磨かれているように白く輝く天井はステンドグラスの光を反射してひどく明るい。芝居染みたその仕草に何が来るのかと女性たちは胸を弾ませ、冒険者の男は考え無ければ浮かばないのかと嘲る。

 イレヴンはそのまま小さく首を傾げて視線だけで此方を見上げる女性達を見下ろすと、正面にいる最初に話しかけてきた女性を覗き込むように見た。きゅっと目を細め、どこか蠱惑的な笑みを浮かべる。


「人に話せる程度のワルイコトなんざ遊びだろ。残念、俺の“とびきりワルイ話”はその程度じゃねぇんだわ」


 見栄を張ったものだと笑い飛ばすのは簡単だろう。

 しかし当然のように告げられた言葉が、やってもおかしくないと感じさせる雰囲気が、イレヴンの言葉に真実味を持たせる。例え真実だとしてもこの場では貴族を喜ばせるスパイスとなるだけ、何も問題はない。そう判断したからこそイレヴンも言ったのだろうが。

 きゃあと歓声を上げる女性とは裏腹に、立場を潰された冒険者は顔を顰めてパーティの元へと戻って行く。流石にあんな言い方をされてそれ以上話を続けられるはずがない。

 内緒話をするように落とされた声は近場にいる者しか聞こえない声だったので、彼を連れてきた貴族に恥をかかせるような真似にはならないだろう。


「攻撃的なかわし方だな」

「女性を楽しませることを一番に考える良い子です」

「そうか」


 勿論、比較的近くにいた上にイレヴン達に集中していたリゼル達には聞こえていたが。

 友人の男は納得したようにリゼルの言葉に頷いたが、本当に納得出来ているかは分からない。ちなみにリゼルは褒めて伸ばす主義だ。


「あいつ敬語使ってねぇぞ」

「無礼講みたいですし子爵だけで良いですよって言っておいたんです。子爵だけ立てる態度の方がそれっぽいでしょう?」

「おや、私に配慮してくれたのかい? 嬉しいね」


 周囲から投げられる視線など気にしない面子は朗らかに雑談に興じている。

 その内めぼしい料理をあらかた食べ終えたイレヴンも合流してきた。ふと料理が並べられているテーブルの方を見たジルは、特定の皿だけ極端な減り方をしている光景を目撃して呆れている。

 今日はこの立食パーティーの後に会場を変えて舞踏会、通常のパーティーとは異なる様式なのは冒険者への配慮だろう。立食パーティーを楽しみ、必要な会話をこなし、そして大半がその時点で役目を終えて帰るらしい。舞踏会に出てもやる事がないので当然か。

 そして貴族たちは今日の非日常的な存在を語らいながら舞踏会へ向かい、楽しい一時を過ごすのだ。


「子爵も舞踏会へ?」

「いや、私は君達と共に帰ろうと……ん?」


 ふとレイが一点を見て意外そうな顔をした。

 そちらを視線で追うと、一人の男が此方へと近付いて来ていた。今もこの会場を警備している騎士たちと同じような格好、しかし圧倒的に立派な装いをしている。

 年齢はリゼル達よりもやや年上だろう。騎士団長にしてはやや若いので団長補佐か副官か、彼はわき目も振らずただ真っ直ぐに此方へ向かってきていた。


「やぁ、君がこういった場に姿を現すとは珍しい。侯爵はどうしたんだい?」

「騎士団長は責務をこなしている。貴殿こそ余裕だな」

「折角の建国祭中だというのに相変わらず堅物だな君の父親は!」


 ハッハッと声を上げて笑うレイに男は忌々しげに顔を顰めた。

 成程、とリゼルは内心で呟く。騎士を取り仕切る侯爵家、そしてレイと面識を持っているという事は彼はその嫡男なのだろう。実力無しに地位を得ている感じはしないが、年齢の割に高い役職はそういった事情が関係しているのは間違いない。

 憲兵と騎士は相性が悪いと聞いたが、この場合は男がレイと相性が悪いのだろう。恐らく父親譲りの頑固さを見るからに持つ男と柔軟なレイでは、言うまでも無く年の功を持つレイに余裕がある。

 男は苛立たしげにカツンと靴を鳴らした。


「そろそろ良いだろうか、今日用があるのは貴殿では無い」


 ふと男の視線がレイから外れる。

 会場では舞踏会の時間になったのか、案内に従う様に人々が広間を出て行っていた。

 こちらを気にするものも多いが、抗ってまで残るのは品が無い。人々はチラリチラリと好奇の視線をさり気なく投げながら広間から姿を消していく。

 リゼルはそれらを見送ることなく、ただ隣に立つジルを見た。冷めた表情に反して面倒そうな雰囲気を醸し出している。勿論隠している為にリゼルしか気付いていないが、今にもこの場を去りたそうだ。


 男の視線が此方を向いた。リゼルと視線を合わせ、イレヴンへと移し、そしてジルで止まる。

 対するジルは相変わらず面倒そうにその男を一瞥するだけだが、しかしリゼルはそれを見て確信した。ジルがパーティーを拒否した理由は彼の存在なのだろう。あるいはその父親か。

 好都合だと、笑みを浮かべる。


「久しぶりだな、ジルベルト」


 直後その笑みは震える肩と共に横を向き、その隣でイレヴンが盛大に吹き出す音が人の消えた広間に響き渡った。




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イレヴンのかわしかっけぇ
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