Deprecated: The each() function is deprecated. This message will be suppressed on further calls in /home/zhenxiangba/zhenxiangba.com/public_html/phproxy-improved-master/index.php on line 456
休暇だと思って楽しみます。(書籍版「穏やか貴族の休暇のすすめ。」) - 62:輝きも遺伝か
[go: Go Back, main page]

表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/216

62:輝きも遺伝か

 演習場は流石に広かった。

 作りはコロシアムに近く、土が踏み固められた訓練場の周りを観客席が囲んでいる。行事などに使われるのだろうが当然今は一人も観客がいない。

 いざと言う時に止める為の監視すらいないのが不思議だが、恐らく案内を担当している教員一人で十分だという判断なのだろう。元々ギルドが子供相手に暴走をするような冒険者を選ぶ訳が無いし、生徒は教師に基本的に服従の姿勢をとっているので何かあっても直ぐに事態は収まる。


「流石騎士学校の生徒ですね、軽く打ち合ってるだけなのに凄い迫力です」

「実戦なのに準備運動するっつーのが心底ビミョーっすね」

「実力出し切らずに負けたとか言い訳されると効果薄なんだろ」


 響く剣戟の音、演習場のそこかしこで生徒達は剣を合わせていた。リゼル達は折角あるのだからと観客席に座りながらそれを眺めている。

 いつまでも変わらない余裕そうな眼差しに生徒達の熱気はどんどんと上がっていった。

 その実力は練習からも窺え、真正面からぶつかれば中位の冒険者が確実に勝てる保証は無い。正直リゼルも魔法使い相手なら別だが典型的な剣の使い手と正々堂々戦えば負けるだろう。魔銃で不意打てば取り敢えずは勝てるだろうが。


「ジルとイレヴンはどうでしょう、囲まれても捌けますか?」

「誰にモノ言ってやがる」

「返り討ちッスよ。ラクショー」

「それは心強い」


 腕を組んで淡々と生徒らを見下ろすジルとは対照的に、前の座席の背へと足を乗せイレヴンはニヤニヤと笑いながら煽る様に見下ろしている。

 楽しそうで何よりだと微笑みながらリゼルはさてどうしようかと考える。

 二人と戦わせるだけで生徒らの自信は砕けるだろう、しかし此方が圧倒的すぎても相手が相手だから仕方が無いという思考が働き学校の意図する効果は薄くなる。折角のギルドからの指名依頼なのだから十全にこなしたい。

 一番簡単なのは恐らくジルを出さずにイレヴン一人に相手をさせる事だろうが、それだと少々悪質だと思われても仕方が無い結果になりそうだ。


「あまり良さそうな子もいないし」

「何が」

「いえ、何でも」


 訝しげな視線に微笑み返し、再び生徒達を見下ろす。

 修復できない程に彼らの矜持を折れば恐らく騎士を目指す者などいなくなる、未来の国の光を奪ったとみなされて国賊扱いされてもおかしくはない。

 完全に折るが崩壊はさせず、余分な自己を捨て国に尽くせるようまっさらな状態にすれば十分か。演習場の各所に散らばる魔法特化だろう生徒達を見ながら随分と今日の為に気合を入れて来ているようだとリゼルは頷いた。


「とりあえず期待に応えて普通に戦いましょうか。魔法特化の子は俺が担当するので他を二人にお願いします」

「銃使わねぇんだろ、捌けんのか」

「魔法しか来ないなら大丈夫ですよ」

「えー、危ねぇんじゃねぇの。そんなら三人対全員とかのが全然安心ッスよ」

「大丈夫ですってば」


 戦闘魔法についてはリゼルの世界の方が発展している。

 時々しかも最低限にしか使わない所為かジル達のリゼルの魔法に対する印象は余り強烈なものではない。更に魔力は多いながらも特別膨大という訳でも無く、騎士学校の生徒相手に絶対大丈夫だと言い切る事は出来ないはずだ。

 しかし保身第一のリゼルが大丈夫だと言うのなら大丈夫だと二人は知っている。なら良いと頷くジルとは違い、知ってはいるものの心配は心配だと不貞腐れて髪をいじるイレヴンに苦笑しながらリゼルは立ち上がった。

 目下では生徒達が教師の号令で整列している。十分程の短いウォーミングアップは終了を迎えていた。


「行きましょうか」

「ああ」

「うぃッス」


 数多の強い視線を受けながらリゼル達は演習場へと降り立った。

 生徒達へと何かを告げた教師は入れ替わる様に観客席へと歩いていく。どうやら席で監視するようだ。

 すれ違い様に「一つの制限だけは順守して下さい」と念を押される。過度な負傷をさせない、つまりそれ以外は自由にやって良いという事だろうとリゼルは微笑んで頷いた。

 生徒らの前に立ち彼らを見渡し、リゼルは可笑しそうに笑いながら言う。


「今から戦う相手を前に武器を抜かないなんて、随分と行儀が良い子たちですね。正々堂々を謳うには君達ではちょっと実力が足りないと思いますけど」


 ピシッと空気が音を立てて張り詰めた。

 子供相手に珍しく煽っているようだとジルは呆れ、イレヴンは面白そうに唇を吊り上げる。何であろうと全力を出して貰わねば意味が無いのだから挑発するのも納得だ。

 憤りの含まれた視線は強く、しかしジルを目の前にして萎縮しないのは流石だと内心で感心しながらリゼルはぴっと指を三本立てた。


「何でも有りにすると少し可哀想なので、予め選ぶ形にしましょうか。俺達は連携を取らないので、君達には俺達の誰と戦うか選んで貰います」


 勿論全員を狙って貰っても構いませんけど、と付け足しにこりと笑ってリゼルは指を一本折る。


「俺は魔法特化の子だけを相手にします。他の二人を選ばない魔法特化の子はどうぞ、多分一番勝機があると思うのでオススメです」


 勧めてどうするとジルが溜息をついた。

 リゼルはもう一本指を折る。


「今まで経験した事が無い程に貶められたい子は此方のイレヴンを選んで下さい。ちょっと精神的に折られるかもしれませんし手加減が苦手な子ですが、運が良ければ一撃ぐらいは入れられるかもしれません」


 余裕をかまして気取った人間を這いつくばらせる事を常に楽しんでいるようなイレヴンだ。

 どう考えても生徒達相手にただ剣を振るうだけで終わる筈が無く、それを察しているからこそのリゼルの説明だろう。別にそうしろと言っている訳では無く、むしろイレヴンに好きにしろと許可を与える言葉だ。

 その証拠にイレヴンは楽しそうに唇を吊り上げ、愉快そうな様子を隠すことなく笑っている。


「最後ですが」


 リゼルは残り一本の指をすっと降ろした。


「どれ程才能を持とうと努力しようと越えられないどころか姿すら確認出来ない壁が有ることを思い知りたい子はジルがお勧めです、手加減も上手だし今回ジルが使うのは木刀なので大怪我の心配もありません。勝機なんて欠片も存在しませんが良い経験にはなるでしょう」


 それか良い思い出には、か。

 張りつめた空気は生徒達の士気を反映しピリピリと震えているようだった。

 彼らにとってはリゼルの言葉の全てが愚弄なのだろう。勝てる筈が無いという前提、奮闘さえ許さない程の徹底的な敗北を運命づけられているのだから。

 更に真剣に対し木刀というハンデ。舐めるなと、誰もが表情を厳しくしてリゼル達を見つめている。


「ニィサンの木刀って何、迷宮品?」

「そこらへんの木刀、こいつがどっかから見つけて来た。すっげぇ軽いし本気で振ると折れる」

「あー」


 そんな生徒達の事など何も気にせずに雑談を挟む二人にリゼルは苦笑した。

 木刀を渡した時に微妙な顔をしていたジルだが当然のように気に入らなかったようだ。

 ちなみに今握っているのは三本目で、一本目は柄を握って振ろうとした瞬間に柄が砕けて壊れた。二本目は振った途端に根元から折れて壊れた。弁償済み。

 イレヴンもと思ったが基本的に気に入った武器しか使いたくないタイプだ、リゼルはまぁ良いかとそのままにしている。


「多数でかかってきて貰っても構いませんし、どんな手を使おうと不平は言いません。何度挑もうと君達の自由です」


 悠々と話している二人を尻目にリゼルは必要な説明を終える。

 髪を耳にかけながら何か伝え忘れた事は無いかと考え、もしあればその都度言えば良いかと頷いた。集中するように此方を見続ける魔法特化の子らに微笑みかけ、両手を構える。


「はい、実戦講習スタート」


 パンッと手を叩く音と共に戦いの火蓋は切られた。






 手を叩くと同時に襲い来る業火にリゼルは目を瞬かせた。

 飛び退いたジルとイレヴンの方から響く剣戟の音が周囲を炎に囲まれたリゼルの耳に届く。

 ゴウゴウと大きな音を立てて燃え盛る炎に包まれながらゆるりと微笑んだ。流石に竜のブレスほど強力な攻撃は防げないが、この程度ならば造作も無い。

 火の粉を散らしながら弾ける様に霧散した炎の真ん中で、ふわりと髪を揺らしたリゼルが微笑んでいた。その周りには彼を囲う様に結晶を組み合わせたような円蓋が光を反射して透き通り輝いている。


「彼女達に比べればかなりの劣化版ですけど、それなりの強度は出せてるみたいですね」


 でももう少しこう、思考に耽るようにそう呟きながら結界を解除する。

 結晶の一枚一枚が雪のように舞いながら消失する情景は演習場だというのに何処か神秘的で、見た事の無い魔法に生徒達は警戒しながらも魅入っていた。

 リゼルは自らを囲む八人の生徒を眺め、数少ない魔法特化の全員が自分を選んだようだと確認する。勝機有りと見たのか、それとも全員でかかる事で何かしたい事でもあるのか。


「しかしスタート時点ですでに詠唱を終えているなんて抜け目の無い子がいますね」

「貴方もでしょう」

「冒険者ですから。合図を与えなきゃ動かない子達にしては意外だなと思っただけです」


 直後真後ろから襲いかかる炎の矢を風でかき消しながらリゼルは成程と頷いた。

 絶え間なく攻撃は襲い掛かるものの全員一斉攻撃は無い。それは詠唱のタイミングを合わせる為などでは決して無く各々が此方に悟られないよう秘密裏に事を進めているからだ。

 全員である魔法を完成させようとしている。リゼルへ向けられる攻撃はそれを悟られないようにする為のカモフラージュだろう。


「(気付いちゃったけど)」


 基本的に冒険者側から積極的に攻撃しない事を逆手に取った、思考の隙すら与え無い絶え間無い連携は見事の一言に尽きる。

 他の魔法を構築しながら攻撃出来るとは流石は騎士の卵だが、しかし相手が悪い。

 恐ろしい程の冷静さと称され、隠された人の機微を容易に見抜き、思考を止める事が無いとSランク冒険者を以て言わしめるリゼルが違和感を見逃す筈が無いし、最高峰の魔物遣テイマーいの魔法ですら解析してみせた彼が構築されていく魔力に気付かない筈が無い。

 とはいえどうやら大規模魔法だと予想は付くものの、詳しく何をしようとしているのかまでは分からなかった。


「(一瞬見えた魔法陣は範囲指定……いや、対象指定? 上手く隠すなぁ)」


 地面から伸びた土くれの手がリゼルの足を掴んだ。

 しかし掴まれたはずのリゼルの姿が掻き消える。土の手を押し潰すように上から水の槍が降り注ぐのと離れた所にリゼルが姿を現すのは同時だった。

 光を捻じ曲げたかのようにゆらりと現れたリゼルに、何故こうも知らない魔法ばかりを使えるのかと生徒達は眉を寄せる。冒険者がオリジナルの魔法を作っても公表しない事は知っていたが、今までたかが冒険者だと見下していた筈の存在はまさか皆これ程に高度な魔法を作り出しているのか。


「何故そちらから攻撃しないのですか」


 魔力構成を邪魔されないのは好都合だが侮られるのは許せる事じゃない。

 屈辱に声を張り上げる生徒にリゼルは微笑んだ。


「待ってるんですよ」

「何を……」

「準備の時にずっと何かやっていたでしょう? どうせなら君達の全力を見てみたいと思って待ってるんですが中々来ません」


 今も尚作られ続けている魔法には気付かない振りをする。

 生徒達は焦燥と共に安堵するだろう。何かしようとしている事はバレているがそこまでならば大丈夫だ、しかし変に警戒されないよう急いだ方が良いと。

 更にリゼルがそれを待って攻勢に出ないというのが彼らにとっては何よりの情報だ。より魔法の構成に集中できる。

 顔には出ない所が流石は貴族の子息達、一部を言い当てられようと一見動揺の欠片も無い。


「(そう、急いでくれないと)」


 恐らくこの規模の魔法ともなると生徒全員が共謀者だ。

 発動の時に人数が削れていては威力を発揮しきれるか分からない。だからこそリゼルは彼らを急かすような情報を与えたのだ。

 魔力を構築する生徒達を打ちのめせば阻止するのは容易いが、魔力も多い優秀な生徒達が数人がかりで時間をかけて用意する程の魔法がどれ程のものか興味がある。勿論その魔法で自らが敗北しないだろうという確信があるからこそだが。

 襲い来る魔法を防ぎながらやや離れた場所で戦っている二人を見た。


「全滅させないようにって言い忘れちゃいましたし」


 襲い来る魔法を結界で防ぎつつ、リゼルは苦笑しながらそう呟いた。






「こんだけ負けりゃあ世界の中心が自分だなんて勘違いしてるガキ共でもイイ加減思い知った?」


 背後から振り下ろされる剣を背中越しに防ぎ、イレヴンは愉悦と侮蔑の混じった笑みを浮かべていた。

 防いだその剣の柄を背後の生徒の腹にブチ込み、呼吸さえ出来ず一瞬動きを止めた彼を振り向きざまに蹴り付ける。地面に叩き付けられようやく息を再開させ咳き込む姿を一瞥すらする事無く、腹へとつき立てられる剣を身をひねる事でかわしながら相手の胸倉を掴み上げた。


「テメェらの価値なんざテメェら以外にはゴミだろ雑ァ魚」

「な……ッ」


 今まさに横から薙ぎ払われようとしていた剣の前にその体を引き摺り出す。

 目の前に突き出された同輩に信じられないと目を見開き剣を止める姿に声を上げて笑い、胸倉を掴まれた生徒が咄嗟に足を踏ん張り斬りかかろうとするのを投げ捨てるように放って阻止する。

 倒れ込み見上げるように向けられる憎悪の視線に飄々と剣を手の中で回して見せた。


「何、何か言いてぇの?」

「ッそのような卑劣な真似をするのが冒険者か!」

「あーあ、負けたからって俺の所為? 俺が卑劣な所為? テメェらが弱い所為じゃねぇの? なァって聞いてんだろうが答えろよ」


 周囲を囲うのは十人程の生徒、彼ら全員に問い掛けるようにイレヴンは嘲笑を隠そうともせずゆっくりと視線を流した。

 キュゥッと絞られた瞳孔が這う様に流れていく。全身を撫で上げる悪寒を感じながら生徒達は侮辱された事に対する憤りと外道な行いを前にした正義感、そしてそれらを覆うほどの忌避感を感じていた。

 目の前にいる獣人は自分達が目指す場所とは正反対にいるような存在だと、誰もがそう思いながら後ずさろうとする足を耐え強く剣を握る。


「私達が弱くとも卑劣が許される訳ではない」

「さっすが貴族サマ、そうやって自分を正当化すんのは上手いんだし下手な剣なんざ捨てて口だけで生きてけば?」

「ッ正当化じゃない、誇りであり正義だ!」


 両手に剣を持ったままパチパチと器用に拍手してみせるイレヴンに、生徒達は斬りかかった。

 冒険者最強の異名を持つ一刀ではない、ただのBランクの冒険者相手に負けることなど許されないと気迫の籠った声と同時に襲い来る攻撃をイレヴンは剣も使わずに避ける。

 この人数で斬りかかりながら互いの邪魔をしない連携は相当練習を積んだのだろう。並みの冒険者ならばもはや数回斬られていてもおかしく無い中、隙間をすり抜ける様に包囲から抜けたイレヴンは攻撃対象を見失って一瞬動揺を見せた生徒へと剣を走らせた。


「あ、やりすぎ禁止だっけ? リーダーに怒られる」

「ッ……」


 ピタリと目の横で止められた剣に生徒は動きを止める。

 もはや刃が肌に触れているのではという近さ。イレヴンは一瞬ちらりとリゼルを窺って此方を見ていない事を確認し、セーフと笑いながらその足を払った。

 見た目の細さに反して力強く蹴りつけられた足は耐える事が出来ず崩れ落ちる。咄嗟に突き出した剣は弾かれて今まさにイレヴンへと剣を向けた生徒へと向かい、咄嗟に防御されて剣と剣がぶつかり合う甲高い音を立てる。


「雑魚が何言おうと滑稽なだけだよなァ、ハイハイドーモっつーの?」


 唇に笑みを浮かべ、イレヴンは引き倒した生徒の肩を踏みつけ見下ろした。

 包囲をすり抜けられた生徒達は距離を置き、将来の騎士を踏み付けにするという暴挙に対し悔しさで体を震わせている。肩が抜けそうな程の力で地面へと縫い付けられた生徒は苦痛で顔を歪めながらも自らを見下ろす相手を睨み付けていた。

 イレヴンの長い髪がゆらりと揺れる。ヒュン、と音を立てて手の中で回される剣は全く光を反射せず闇のようだった。


「おら、言ってみろよ」


 歪な笑みを浮かべて這うような声でイレヴンが言った。


「卑劣な俺に手も足も出ないで、踏みつけられて見下されながら言え。正当化じゃなくって、何だっけ?」

「誇……ッ」

「なァ無様な姿晒して口にした言葉に価値なんてあんの? それでも口に出来るとか本当はいらねぇモンなんじゃねぇ? ゴミ捨てるようなもんだろ」


 ケラケラと笑いながら告げられた言葉に生徒達は愕然とした。

 そんな筈は無い、騎士を目指す自らの誇りと正義はどんな状況だろうと変わる事は無く胸にある。

 しかし現実は違う。果たして冒険者に踏みつけにされて誇りを語る者に誰が敬意を払うのか。国の光だと憧れ目指そうとするのか。今の自分の姿がそれに相応しいと何故言える。

 そんな姿を晒しながら正義を主張する事は果たして正しいのだろうか。むしろそれらを汚す行為では無いのか。

 自らが信じていたものが崩壊しつつある生徒を見下ろし、もはや剣を向ける事さえ忘れて立ち尽くす周囲を見渡しながらイレヴンは笑みの引かない唇をゆっくりと舌でなぞる。


「言えっつってんだろ。自分で大事なモン踏みつけてぶっ壊すのってどんな気……」


 ふとその言葉が途切れた。

 パッとある一点を眺め、生徒を地面に縫い止めていた足をどかす。


「……やり過ぎっつっても全然これからじゃん。子供を踏むのは外聞が悪いとか言われてもさァ」


 興が削がれたようにブツブツ言いながらイレヴンは聞こえた穏やかな声を反芻する。この場に居た誰もが聞き取れなかった声をイレヴンの聴覚は確かに捉えていた。

 ひらりと手を上げて謝罪を示す。全く子供に甘いのだからと自分を棚に上げ、良い所だったのにと唇を尖らせる。

 突然の変化に唖然と此方を見る生徒達の視線を詰まらなさそうに見返して、イレヴンはトントンと剣を自らの肩で跳ねさせた。


「簡単に揺らぐようなもんに入れ込んでんじゃねぇよ雑ァ魚」






 剣同士の戦いでありながら、打ち合わせる音は一切無い。

 当然だろう、攻撃を受ける側が持っているのは木刀なのだから剣を交わせば断ち切られる。

 しかし有利なのは圧倒的に木刀側だった。確かに剣を受けているはずなのにただの木である筈の剣は真っ二つになる事無く相手の攻撃を薙ぎ、次の瞬間には体へと叩き込まれている。

 ほとんどその場を動かず向かって来る生徒達を淡々と捌いている様子は余裕しか無く、ただの作業にすら見えた。


「……これが一刀か」

 

 普段は力押しのイメージが強いジルだが持つ技術は高い。

 それがまざまざと分かる光景だろう。時折木刀を使うのが面倒になるのか剣が振りきられる前に生徒を掴んでは放り投げてはいるが、その木刀に傷の一筋も入っていないのがその証拠だ。

 何人でかかろうと正面から返り討ちにし、主力には成り得ないが十分な威力を持つ魔法が使える生徒が攻撃しようとかき消され、今まで続けて来た厳しい訓練が何の意味も無かったのではないかという考えすら湧きあがる。


「ッそうだ、アイツはどうした! もしやまた何処かで呆っと……」


 ジルの一撃で痺れた腕を押さえながら声を張り上げた生徒は、同じくわき腹を押さえて屈みこんでいる生徒が無言で指で示した方向を見る。

 騎士学校史上最強、現役の騎士さえ負かす絶技を持ったとある一人の生徒。


「グスッ……もういえかえる……」


 が、ジルの足元で倒れ込みながらマジ泣きしていた。

 眠そうな表情を変えることなく、いっそ相手をコケにしているのではと思えるようなボンヤリとした印象を持った彼は何処にも居ない。アイツ泣けたのか。むしろ感情があったのかと視線が集まっている。

 ジルは彼を邪魔そうに見下ろしながら振り下ろされる剣を払い、相手の肩へと木刀を叩き込んだ。ジルにとってはただ若い癖にそこそこやるな程度でしか無く、近頃は負けなど知らなかった彼を周囲と同じように一撃で沈めた事で多大なるショックを与えたなど知る由も無い。


「(思ったよか余裕そうだな)」


 もはや無意識で生徒を返り討ちにしながらジルはチラリとリゼルを見た。

 向けられる魔法を悠々と潰している。特別強い魔法使いでも無いのに才能ある生徒達を相手に立ち回れるのは相手の攻撃を先読みするその思考ゆえか、無詠唱で絶えず魔力を構築しながら発動出来る魔法をストックするという魔力展開の荒技ゆえか。

 それ程魔法には詳しく無いジルだが発動までのタイムラグが無い魔法など存在しない事は知っているので、多分そんな所だろうと当たりをつける。相変わらず器用な事をする男だ。

 そんな魔法が実戦に特化されているのだから教科書の魔法しか知らない生徒達相手に苦戦などしないのだろう。


「(自分から攻撃しねぇなら時間稼ぎてぇのか。こっちに対して何も言わねぇならアイツの相手が何かの魔法用意してて、それ待ち)」


 ならば早々に決着を付けない方が良いのだろう。

 相手が痛みから回復すれば再びかかって来れる程度の攻撃しか行わない。


「(興味持つのは良いが、わざわざ喰らいに行くんじゃねぇよ)」


 大侵攻の時に似たような事をして本を取り上げられたのを忘れた訳では無いはずだ。

 ならば今回は発動しても問題無いのか発動させた方が都合が良いのか。どちらにせよ隣国の最高峰と呼ばれた男の魔法より強力という事は無いだろうし、もし危険があるようだったら斬り伏せろという事だろう。

 自らがいるから発動しても問題は無いと思われているのは明白で、なら最初から知らせておけと呆れながら四方から同時に襲いかかる剣を打ち落とす。


「せいぜいアイツが満足するようなモン用意してみせろ」


 薄らと笑みを描く唇と誰にも聞かせる意図の無い小さな声に気付く者は一人もいない。






「もう体格はほとんど変わらないとはいえ十六歳の子相手にやりすぎです、全く」


 リゼルは手を上げたイレヴンに苦笑しながら、ふと止まった生徒達からの攻撃に此方も魔力の行使を止める。

 準備は終わったらしい。とある一人の生徒が空へ向かって魔法を打ちあげる。

 それは攻撃では無く合図だったのだろう。演習場全体に響き渡るパァンッという音に生徒達は誰もが挑む事を止めて距離を置いた。


「恐らく貴方は気付いていて待っていてくださったんでしょう」


 ザッと一人の生徒がリゼルの前に歩み出る。

 恐ろしい程に真剣な顔は真っ直ぐに此方を見据えていて、リゼルは肯定も否定もせず促すように微笑んでみせた。演習場は今や凪いだように静まり返っている。

 ひたすら魔力を構築していた生徒達の足元に重なり合った魔法陣が出現した。それは徐々に演習場にいる全ての生徒の足元にも白い光を灯しながら現れ、全員を下から照らす。


「正面から受けて頂けること、感謝致します」


 ブワリとリゼル達三人の足元にも魔法陣が現れた。

 それは生徒達を包むような潔白の白では無く、何物にも染まる事の無い漆黒。黒い光の粒がふわりと舞い上がる様子は生徒達のものと色の違いしか無いように見える。

 打ち破るかと視線を寄こす二人を軽く手を上げる事で止めた。

 直後、巨大な魔法陣が演習場を覆う。見てみると観客席に座る教員には影響が及んでおらず、彼はやや不可解そうに眉を寄せながら見守る体勢を取っている。どうやらこの大規模魔法は生徒達の独断のようだ。


「俺達と君達の区別をつける対象指定。俺達だけに攻撃するなら君達への指定はいらないですし、ただの攻撃魔法では無いみたいですね」


 リゼルは幾つもの方式が刻まれた魔法陣を見渡しながら言う。

 数人がかりで時間をかけて用意されただけあり複雑な、そして膨大な量の魔力を消費する魔法だ。恐らく生徒達全員の魔力を使用しているのだろう。

 実用性は皆無、ただ今日の為だけに用意されたものだ。


「私達は今日勝利を収める為に此処にいます。ただ強力なだけの攻撃魔法では確実とは言えず、そして貴方達と相対してその予想は間違っていないと確信しました」

「それは光栄です」


 焦りすら見せず穏やかなままのリゼルに生徒はその確信をより深めた。

 相手の土俵で戦ったのでは勝てない。本当ならば正面から斬り伏せたかったが認めざるを得ない。

 彼らの強さは本物だ、今の自分達では足元にも及ばない。しかし実力でも戦略でも及ばずとも自分達には絶対に彼らに劣らないものを持っている。

 それは生まれた時から見続けたもの。誰もが他者には負けないと自負出来るもの。そして騎士として命よりも重く尊いもの。


「この魔法は“忠誠”の真偽を見抜き、心から忠誠を抱く者に勝利をもたらす」


 凛として発された言葉にリゼルは成程と笑みを零した。

 彼らを形作る原点、冒険者には持ちえないもの。いっそ卑怯ともいえるような手段を良く考え付いたものだ。

 しかし忠誠とは抽象的な定義をしたものだ、騎士の中には忠誠を持つ者しか扱えない魔法などが有るようだしそれの応用だろう。厳重に国家機密とされているので仕組みが公開された事は無いが非常に興味深い。

 視界の端で教員が微かに顔を顰めている。冒険者側の敗北は学校が望むものではないと、この展開に焦りを感じているのかもしれない。


「一つ質問です。忠誠というのはこの国の王への忠誠ですか?」

「いいえ、ただ己の中にある純粋な忠誠です。勿論私達は王へ忠誠を誓っていますが」


 生徒達にとっては不可解な質問だっただろう。

 しかしジルとイレヴンだけはその質問の意図を理解した。


「忠誠に関して人数の有利は無く、真と偽を正しく区別し偽に寄った勢力には身動きを封じる攻撃がなされます。貴方達にとっては理不尽な程の魔法でしょうね」

「そうですね……」


 ちらりとリゼルはジルとイレヴンを見た。

 発動を止めるならば今だ。囲むように足元にある魔法陣を崩し魔法を展開する生徒を斬り捨てるなど二人にとっては容易な事だろう。

 他人に勝手に判断される忠誠の真偽など興味は無い。たとえ間違っていると言われようとリゼルは抱く忠誠を違える事は無いし、その忠誠の在り方をただ一人の主が望んでいる事も深く理解している。

 しかしそれでは詰まらない。リゼルはゆるりと微笑んで真正面で勝利を確信した生徒を見た。


「試してみましょうか」


 予想し得ないリゼルの返答に、告げられた生徒は片眉を上げる。


「冒険者がこの場だけで誓った忠誠と、君達が信じている憧れだけの忠誠。どちらが正しいと判断されるか」

「結果の見えている勝負に挑むと?」

「さぁ、どうなるか分かりませんよ」


 ひどい侮辱だと歯を食いしばった生徒がばっと手を広げる。魔法陣の光が強くなった。

 それを眺めながらリゼルはのんびりと考える。恐らくリゼルのみがかの国王に忠誠を誓っていたとしても駄目なのだろう。それならばリゼル達と生徒の内の一人を指定すれば良いだけで、全員を対象とせずとも良い。

 ならばと少し離れた場所に立つ二人を見る。忠誠とか訳分からんと言わんばかりにえー……と声を零しているイレヴンと、お綺麗な忠誠になど縁が無いとばかりに顔を顰めたジルがいる。


「ジル、イレヴン」


 別に賭けに負けて攻撃を受けようとそれはそれ。

 その瞬間にどれ程強大な魔法支配だろうと打ち砕いた二人がそれを阻止するのだから賭けなど成立しようがなく戯れに終わるだろう。ならば試してみるのも一興だ。

 ただ、負ける気はしないが。


「出来るだけ分かりやすくお願いします」


 リゼルは望むもの全てを手に入れようとする欲深き聖者のようにゆるりと小さく両手を広げた。

 清廉で穏やかな微笑みを深め、すっと顎を引いて二人を見据える。

 瞳の中の高貴な色が深まった。静粛ながらひどく強い。

 魔法陣が強く発光し発動の瞬間を迎えていた。その直前に告げられた声は静寂の中に落ちた水滴のように凛と透き通って届く。


「 誓って 」


 それは反射に近い。

 声が届くより早いと思われるほど瞬時にジルとイレヴンがその片膝を付いて顔を伏せる。

 手に武器は持ったままだがその姿勢が何を示しているか分からない者はいない。

 消えていく黒い光の中、その周りに白い光に刺し貫かれて目を見開く生徒達がいれば尚更の事だろう。ガタリと席を立つ教員が驚愕を隠そうともせずにその情景を見ている。

 その驚愕は生徒の敗北の為では決して無い。叩きつけられた忠誠の姿へか、即席とは思えない尊い程の光景にか、それとも忠誠を受けるに足る存在の出現によるものか。

 足元の魔法陣から十字架のように伸びた光によって貫かれる目前の生徒にリゼルは黒い光の残滓を払いながらゆっくりと歩み寄った。


「これ、大丈夫なんですか?」

「……な、何故」

「ああ、本当に動けなくなるだけなんですね」


 震える両手が持ち上げられようとしてガクリと落ちる。

 脱力するように両膝を地面へと付き、上を向いたままの瞳はただ空へと向けられていた。


「何、何で……私達の忠誠は、王へ……」


 信じていたものに全て裏切られた生徒の瞳にゆっくりと涙が溜まっていく。

 リゼルは微笑み、その頬を包み込むように両手を差し出した。しかし触れる事は無い。

 そのまま覗きこむと瞳は微かに焦点を取り戻して穏やかな顔を見た。


「忠誠の在り方は人それぞれですけど、一つだけ」


 慈愛すら感じる甘い瞳が救いを与える事など無いと、生徒はぼんやりとしながら何処かで悟っていた。


「自らの為に甘え縋るような忠誠なら、捨ててしまいなさい」


 それはただ一人己の主の為のものであるはずだと、今までも知っていたはずだ。

 しかし全然分かってなどいなかった。それを今この瞬間に叩きつけられてようやく理解出来た。

 限界まで瞳に蓄えられた涙がその頬を伝うのを確かに感じながら生徒達は誰もがその事を思い知っていた。






 魔法の解除によってどうにか動けるようになった生徒達が演習場を去って行く。

 皆一様に沈んだ表情はしているものの暗くは無く、むしろ何処か呆けるような空気を纏って去って行く姿は何かをずっと考えているようだった。


「やー、やり方なんざ知らねぇけど何とかなるもんッスね」

「姿勢なんて気持ちが伴っていれば関係無いですよ。魔法の定義も曖昧みたいですし。でもやっぱりちょっと照れます」

「こんなもん慣れてんだろうが」

「君達はそういうのじゃ無いじゃないですか」


 平然と会話をしながら近付いて来る三人を教師は戸惑いながらも迎えた。

 講習としては大成功と言っても良いだろう。叩き折るだけならまだしも正しい方向まで示されたのだから。

 先程まで感じられた荘厳な程の忠誠の姿勢はもはや無い、むしろ忠誠など彼らの間にはやはり存在しないのではと思ってしまう。それはまさにリゼルの言った“そういうのじゃ無い”という言葉そのままだ。

 では先程の魔法で打ち勝ったのは一体、と魔法特化の教師として考え始めてしまうが声を掛けられハッとその考えを仕舞い込む。


「……お疲れ様でした。依頼は成功ですのでお約束の報酬はギルドの方で受け渡しを行わせて頂きます」

「有難うございます」


 瞳に焼き付いた光景が離れず、思わず敬服しそうになる姿勢を正す。

 全てを見通すような穏やかな瞳は直視しづらく、さり気なく視線を演習場へと逃がした。


「おっしゃっていた校内見学の件ですが、学校長から許可が下りました」

「ご迷惑では無かったですか?」

「いえ、今までそういう前例が無かった訳でもないので。ただ案内役は一名付けさせて頂きますことをご了承ください」

「勿論構いません、有難うございます」


 要は監視と言う事だろう。流石に冒険者が好き勝手動きまわらせて貰える訳が無い。

 リゼルからしてみれば駄目元の申し出であったし、見学出来るだけで十分満足だ。むしろ監視の役目が有ろうとも広い校舎をうろつくのに案内がつくのは素直に有難い。

 良かった良かったと嬉しそうなリゼルをそれならば良かったと頷き、教師は一人の生徒を演習場へと呼びいれた。


「入れ」

「はい!」


 入って来たのは一人の男子生徒だった。

 最上学年では無いだろうに体格の良い体と溌剌とした表情。黒い髪から覗く金の瞳はその表情と比例するように輝いている。その輝きと顔立ちに見覚えがあり、リゼルはそういえばと頷いた。

 確かこの学校に通っていると世間話のついでに聞いた事がある。黒髪は母親から継いだのだろうが、それ以外は確かに彼の人の面影を引き継いでいた。

 男子生徒は毅然と歩み寄って立ち止り、両手を後ろに回してピシリと直立する。


「本日案内役を務めさせて頂くライナであります。宜しくお願い致します!」


 何処か期待を込めた眼差しが良く似ている、リゼルは果たして偶然なのかどうなのかと微笑んだ。


「レイ子爵の御子息ですね。お会い出来るとは思っていませんでした」


 げっとイレヴンが口元を引き攣らせる。相変わらず引きが強いとジルが溜息をつく。

 そして目の前に立ったライナは、輝かんばかりの笑みを浮かべて大きく頷き肯定してみせた。

 

多分本物の騎士相手だったらリゼル達が負ける。

ただ口先だけの忠誠よりは余程何か強い。そんな感じです。

騎士学校編が何故かもう一話続きました、色々は次となりそうです…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ