27.二人きりの夜~2
ギュッと抱きしめられた瞬間、急に颯人に抱きついていたのだという事実に気が付いた
隙間ない距離。かすかに颯人の……深い森の中にいるような…温かい香りがした
二人が触れあったところから杏実よりも高い体温が伝わってきて、心臓が爆発するのではないかというぐらいドキドキしてきた
同時にそのぬくもりは、”一人じゃない”と伝えてくるようで安心感も覚える
たちまち杏実の思考能力は麻痺する
颯人のことしか考えられなくなる
気が付けば、先ほどの恐怖も忘れ、一心に颯人から伝わる体温に集中していた
身体が蕩けてなくなっていっちゃいそう…
杏実の身体の緊張が解けていく
颯人は杏実の落ち着いた様子が伝わったのか、腕の力を弱めた
「落ち着いたか?」
「……え?」
杏実は呆けたように、颯人から体を離して視線を合わせる
私…
そんなぼんやりとした杏実の様子に、颯人は一瞬顔をしかめたが、「もういい」と言って再び杏実の身体を,、片手で抱き寄せた
杏実の視界は颯人の浴衣で見えなくなった
「ちょっとじっとしてろ」
颯人の声が胸の振動を通じて伝わってくる。不思議な感覚
心臓はうるさいぐらい鳴っているのに、気持ちは不思議なぐらい落ち着いているのだ
しばらくすると杏実の身体を離して、何かを杏実の手の中に渡してきた
「ほれ。これが正体だよ」
「え?」
正体?
杏実が呆けた頭で何気なしに渡されたものを見ると、それは黒く光る物体……ゴキブリだった
「きっ……もぐっ」
先ほどの恐怖がよみがえり、思わず叫びそうになった杏実の口を颯人が素早くふさぐ
「よく見てみろ!おもちゃだろーが!」
え……?
「お……おもちゃ…?」
「そーだ」
おもちゃ?!
その言葉にまじまじと、その例の物体を確認する
確かにプラスチック製の黒いゴキブリの形をしたおもちゃだった
「さっきから一定の時間で同じ動きしやがるし、おかしいと思ったんだよ」
「……そんな…」
たちまちドッと疲労感を感じて体の力が抜ける
「信じられない…」
その黒いおもちゃは、杏実の手の中ではピクリとも動かない
おもちゃとはいえ、かなり精巧な作りをしていた
「こんなものがなんでここに?」
颯人はその問いには答えず、じっと杏実の手の中のおもちゃを見つめている
「………」
杏実も答えを探すようにおもちゃを見る
おばあちゃん…とか?
しかしこんな手の込んだおもちゃは……今までに見たことがなかった
形も質感も本物そっくりだし、ちょっと見ただけではおもちゃだとは分からない
現に本物だと思ったわけだし
そんなものを、あの時代遅れなおばあちゃんたちが(携帯もパソコンももちろん使いこなせていない)手に入れて仕込んだとは考えにくかった
なら……シーツの中にあったんだし……旅館の人?
いやいや………
それこそクレームもんだ。もっと考えにくい
……じゃあ、偶然?
偶然??……そんな偶然ってある?
「……まあ違うだろうな」
気が付くと颯人がこちらを見ていた
頭の中に疑問が入り乱れて、知らず知らずのうちに声に出してしまったらしい
心の声に返事をもらったことに驚いて、杏実が顔を上げると颯人と目があった
先ほどの体制のままでいたため、その距離はひどく近かった
びっくりして体を離そうと後ろに飛びのくと、その反動で後ろに倒れそうになる
再び颯人が体制を乗り出して背中を支えてくれたが、勢い余って二人ともそのまま倒れこんだ
「きゃっ」
「って…」
ドサッと音がしたのち、二人の取り巻く環境が急に静かになった気がした
杏実の上に颯人が覆いかぶさるような体制で、二人は布団の上に倒れこんでいた
背中に颯人の腕が回されていた。颯人にすっぽりと抱きしめられている
颯人の身体の重みや温かさ、息遣いも杏実と触れ合う肌から伝わってくる
杏実はその状況に驚いて、体を固くした
颯人もまた状況を把握すると、緊張した息遣いとなる
二人ともしばらくそのまま動けないでいた