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蜂蜜とミルクティー - 45.空き巣
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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 4 〉
45/100

45.空き巣


「疲れた……」


 もうすぐ杏実のアパートだ。時間を確認しようと、携帯をカバンから取り出す

 時刻はPM4時を過ぎたころだった

 今日は朝から熱っぽかった。午後からさらに寒気があり、身体もだるくなってきたので、仕事を早退させてもらって帰ってきたのだ


 トボトボとした足取りで歩きながら、さらに携帯のメール画面を開く


 あれから三日


 初日に颯人にメールして以来、杏実はメールを送れずにいる。何か送ってみようか……と何度携帯を取り出したかしれない。でもいざ送ろうと思うと、仕事と家の往復では、送るような内容も無く……何一つ浮かんでこなかった

 もちろん颯人からメールが来ることはない


「はぁ……」

 

 熱のせいか、その事実によるものか、杏実は短くため息をついた

 門を入って、杏実の部屋の前に来る。いつものようにカバンから鍵を取り出そうとして、妙な違和感を感じた



―――――――部屋の明かりがついていた


 あれ?


 出るときに確認したはずだ。すでに熱っぽかったので、見落としたのだろうか

 怪訝に思いながら、ドアに鍵を差す


「え?」

 鍵は開いていた

 そんなはずはない。さすがに鍵を掛け忘れることはないはずだ



 どくんっ

 心臓が嫌な音を立てた


 まさか……いや……そんなわけない


 嫌な言葉が脳裏に浮かび、すぐに首を振って否定する。杏実は震える身体を抑え込み、そっとドアノブに手をかけた

 大きすぎる心臓の音に、周囲の音が聞こえなくなった


 そして―――――――ゆっくりとドアノブを回した


 ドアノブは音もなく回転し、杏実は鍵が開いているのを改めて確認する


 怖い……

 その思いを打消し、ゆっくりとドアを開けた

 

 杏実の部屋は1K。ドアを開けるとたちまちに部屋の中が見渡せる

 休日にきちんと整理したはずの部屋は荒らされていた。たんすの引き出しが開いている。部屋の中は、杏実の下着やスカートが、いたるところに散らばっていた


 そしてキッチンの先――――――ベットの上には男の人と思われる大きな巨体が寝そべっていた


 ひゅ……

 その姿を確認したとき、恐怖で喉の奥が鳴った

 その男は杏実のベットに仰向けになりながら、顔や身体の上に杏実の服や下着を乗せ、その匂いに酔いしれるように「はぁぁ……」と息を吐いた

 その手の中には、杏実が昨日洗濯籠に入れていたはずのショーツが握られている……そしてなぜか床に、その男のズボンと思われるものが置かれていた


 その男の奇行、自分の物がその男の手の中にあるのだという気持ち悪さに、吐き気がする

 しかし恐怖で声が出なかった


 その時、何か気配を感じたのか、目を下着で覆っていた男の身体が動いた

 杏実はビクッとして、大きく身体を揺らす。その拍子に持っていたカバンが杏実の手から滑り落ちた


 ガシャーン……!


 大きな音がして、杏実のカバンが床に落ちる。その衝撃にカバンの中の財布や化粧品が、玄関に散らばった


「誰だ!!!」

 

 その音にベットの男が勢いよく起き上がる

 低くざらついた声だった

 一瞬その男と視線が合う。恐怖に目に涙が浮かび、顔は確認できない。しかしぼんやりと、口の周りにひげが生えているやせ形の男だという事はわかった

 男が起き上がってこようと、さらに身体を動かした


 怖い……誰か……!!!

 首を回し周囲を見渡すが、人影は認めない


 逃げなきゃ……

 それだけはわかった

 杏実はとっさに震えてすくむ足を、こぶしで一度大きく叩き、必死で踵を返すと、全速力でアパートを飛び出した


「はぁ………はぁ……」

 後ろは振り向かなかった。必死で人通りの多い通りを目指す。依然続く恐怖に、自分の息遣いしか聞こえなかった


 




 ようやく繁華街についた。人の多さにホッとして速度を緩める

 恐る恐る後ろを振り返ったが、先ほどの男が追いかけてくる様子は確認できなかった。とりあえず落ち着こうと、その場で大きく深呼吸をした


 ずいぶん長い間走っていた気がする

 しかしアパートから繁華街までせいぜい500メートルほどだ。――――――杏実にはすごく長い時間に思えた


「痛っ……」

 我に返ると、足の踵に痛みを感じた。パンプスで全力疾走したために、靴擦れをおこしたようだ

 髪も汗で濡れてぼさぼさになっていた

 

 ふと腕を見ると、カバンがない

 そう思って……当たり前だと思い出す。あの時落としたのだ。左手に無意識に握っていた携帯以外、杏実は何も持っていなかった


 これからどうしよう……


 アパートに帰ることは到底考えられなかった

 とにかくまだ神経が興奮していて、まともに何も考えられない


「あ……警察!」

 ふとそう思いつき、杏実は駅前の交番まで歩くことにした

 

 歩きながら………ようやく興奮が収まり冷静に考えられるようになってきた


――――――あの男の人は例の空き巣に違いない

 今回の空き巣は、女の人の部屋だけを狙った犯行だということだった……鍵もかけていたにかかわらず。きっとその住民の帰宅時間も入念に調べていたのだろう

 今まで誰も遭遇したことが無いということだったが、今日杏実は仕事を早退し、いつもより早く帰ってきたのだ………そのため皮肉にも遭遇することとなったのだろう


 今回の件において、杏実は重要な目撃者という事になる。思い出すだけで吐き気がしそうだったが、犯人逮捕のため協力することとなるだろう


 交番に着いた。思い切ってドアを開ける。しかし………部屋の中は空っぽだった

 ちょっと拍子抜けする

 机の上に札があり「パトロール中。御用の方は手帳に記載の上、○に電話してください」と書いてあった


 仕方なく杏実はその電話のところまで歩いていき、受話器を取った

 しかしボタンを押そうとした時、ハッとする


 先に警察に連絡しても大丈夫だろうか?


 ここで警察に事情を説明すれば、部屋を確認しに警官とアパートに帰ることになる

 警察沙汰になれば、大事だとアパートの住人や近所の話題になるだろう。しかし大家は常にアパートにはいないので、事態は後で知ることになる。そうなると大家さんに迷惑がかかってしまうかもしれない

 この危機的状況に及んで……どうしようかと迷う

 しかし杏実のことをとても気にかけてくれている大家さんだ……迷惑をかけるのは申し訳なく思った


 やっぱり警察よりも先に大家さんに連絡しよう。たぶんもう犯人は杏実の部屋から逃げているだろうし、今交番には誰もいない。多少通報の時間が前後しようとあまり支障がない気がする。大家さんに報告した後、警察に連絡すればいい


 そう思って交番から出る。そして少し歩いて近くの生垣に座ると携帯を開いた


 そして……再びハッとした

 大家さんの番号は携帯に入れていないのだ。家電の横の手帳にメモしてある


「はぁ……」

 八方ふさがりの状況に、ため息をついた。交番は目の前だったが、今は大家さんより先に話そうとは思えなかった

 もう犯人はいないと思っても、一人でアパートに帰るのは怖い

 どこかで待ち伏せされているかもしれない


 どこへ行こう……


 その時、ふと―――――颯人のことを思い出した


「何かあれば遠慮なく連絡しろ」と言っていたのを思い出したのだ

 きっと颯人ならアパートまで一緒に帰ってくれるだろう。そう思い立って、急いで通話ボタンを押した


 るるるるるるるる…

 呼び出し音が鳴る。しかし2コールが終わったとき―――――ハッとして電話を切った

 今の時間はPM5時前だ……まだ就業時間だろう。こんな時間に連絡すれば迷惑に当たる。急いで「間違えました、なんでもありません」とメールしておいた


「はあ…………」

 再びため息をつく


 圭のところへ行こうかと思った。しかし定期も財布も持っていない。ここから5駅も離れているホームに自力で行くのは無理だ

 それに……行けばきっとすごく心配をかけてしまうだろう

 電話で事情を話すのも、余計にやきもきさせるだけだと思い、連絡するのも止めた


 誰も頼れないと思った

 家を飛び出して新しい土地で8年。初めて心から孤独だと思った……


 当てもなく立ち上がる

 どこへ行くか………決めていない

 どこへも行くところなんてない

 杏実は当てもなくゆっくりと歩き始めた


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