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蜂蜜とミルクティー - 59.二人の訪問者
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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 5 〉
59/100

59.二人の訪問者


なんでこんなことに…


 まさに杏実の言葉はそれに尽きる

 今、駅の改札を出たところだ。そして颯人と二人きり

 

「萌は……まだか?」

「そう……みたいです。もう少ししたら着くって言ってたので……」

 今日は、萌が午前中用事があるとのことで、駅で待ち合わせをしていた。杏実もちょうど圭のところに寄っていくつもりだったので、それで了解したのだ。颯人のことは何も言っていなかったので、大方颯人が断ったのだろうと、結局は二人きりになったのだと安心していたのだ

―――――しかし

 杏実が約束の時間より少し早く着いたとき、萌から電話があった。“少し遅れるので、颯人お兄ちゃんと待っていてくれ”と言う内容だ


 朝倉さん!?……と思った時、本当に颯人が改札口から現れた

 颯人は杏実と一緒だと聞いていなかったようで……結局なんだか気まずい雰囲気になってしまってる


 颯人は、杏実の方を見ない。表情も硬く、話しかけずらい雰囲気だ。やはりこのところ感じていた違和感は勘違いではなかったのだと確信する

 改札口付近は人がごった返しており、座るところもない。そんな中……二人立ち尽くす。杏実はそんな状況に心地悪くなって、意を決して話しかけることにした

 改札口すぐ横にオープンカフェがある。とりあえずそこに入って飲み物でも飲んでおけば、時間つぶしになるし、場合によっては颯人が杏実に向ける感情の理由がわかるかもしれない


「よかったら……そこのカフェでも入って…」

 しかし杏実が言い終わらぬうちに、後ろからすごい勢いで誰かに抱きつかれた


「きゃっ!」

 杏実がびっくりしていると、その人物は杏実をギュッと抱きしめながら話しかけてきた


「杏実! やった! なんとか会えた!!」

 若い男の人の声だ。……すこし低い…しかしどこかで聞いた声


「おい! 何してる!」


 杏実が誰だったか記憶を探ろうと思った時、颯人の怒鳴り声が聞こえた

 そして杏実の後ろにいる人物を引き離すと、杏実を自分の方へ引き寄せた。たちまち杏実は、すっぽりと颯人の胸の中に入ってしまった

 颯人の温かい香りがして、ドキッと胸が高まる

 しかし、背後から聞こえる言い合いに、ハッと我に返った


「……お前。誰だよ?」

 先ほどの人物の怪訝そうな声が聞こえる


「お前こそ、誰だ?」

 颯人はいつもよりも低く威圧感のある声色で、堂々と言い返している

 しかし……その人物の声を聞いてハッと振り返った


(しのぶ)!?」

 杏実がそう言うと、その人物はうれしそうに顔をほころばせた


 やっぱり……

 時々電話で話すことはあっても、もう何年も会っていない。声変りをしていたのですぐに気が付かなかった。そこには色素の薄い肌に淡い色のシャツを着た、あどけない表情の青年―――――弟の“忍”が立っていた




「なんでこんなところにいるの!?」

「昨日から何回も電話してるのに……全く出なかったでしょ? しかたなくお祖母ちゃんに聞いたら、この駅にさっき向かったって聞いて、追いかけてきたんだよ」

「お祖母ちゃんに? ホームに会いに行ったの?」

「そんな時間あるわけないじゃん。朝一で急いで来たんだよ? なんとか調べて電話したんだよ」

「そうなの……」


 そう言えば、携帯電話は昨日からカバンの中に入れっぱなしにしていた。颯人と萌のことで頭がいっぱいだったので全く気が付かなかった

 杏実が忍にさらに事情を聞こうと口を開きかけた時、忍が杏実をがっしりと抱え込んでいる颯人を怪訝そうに指差して言う


「で? こいつ誰? もしかして……杏実の彼氏?」


 彼氏!?

「ち……違う違う! 朝倉さんは……」


 慌てて否定しようとして、ハッといまだ颯人の腕の中にいたことをに気が付いた

 あの状況で危険な人物と判断して助けてくれたんだろう。今も忍のことを警戒するように眉をひそめてみている。なにか怒っているように思えたのに、そんな中でも杏実のことを気にしてくれていたのかと思うと、うれしかった

 しかし、今は忍の前。確かにこの状況なら彼氏と疑われても仕方がない。颯人に迷惑が掛かってしまわない前に、慌てて身体を離そうとしたが、颯人の力は思ったよりも強くビクともしない

 二人は杏実の頭上を飛び越えて視線で威嚇し合っているのか、颯人はそんな杏実の様子に気が付かない

 仕方なく「朝倉さん!」と、颯人に下から話しかける

 颯人は不機嫌そうな様子で、そのまま杏実に視線を向けた


「あの……ありがとうございました。もう大丈夫ですから。……このこ、弟なんです」

「弟……?」

 颯人は目を丸くして、こちらを見ている。忍とはあまり似てないので、意外だっだんだろうか


「はい。こちらに越してきてから数えるほどしか会ってなかったんで、声だけではわからなくて……お騒がせしました」


 杏実がそう言うと、颯人は腕の力を緩める。杏実は颯人から少し離れると忍の方を振り向いた


「忍が紛らわしい事するから……」

「だって……うれしかったからさ。杏実はうれしくないのかよ~……」

「もう! お姉ちゃんって言いなさい、って言ってるでしょ……」

 少しふてくされている忍にそう言うと、颯人を振り向いて「……こんなですけど、弟の忍です」と言う

 颯人は杏実と忍を改めて見比べているようだ


「杏実ぃ~誰?」

「こちらはお祖母ちゃんの親友のフミさんのお孫さんで、朝倉さん。事情があって今私、朝倉さんのご実家に……つまりフミさんの家なんだけど、そこに同居させてもらってるの」

「え? こいつと一緒に住んでんの!?」

「こら! こいつって言わないの! ほかの人もいるわよ」

「え~……本当に?」


 いまだ疑いの目線を向ける忍はほっておいて、杏実はさっきから気になっていた事を口にする


「それで? どうして急に会いに来たの? 家でなにかあったの?」

 杏実がそう言うと忍はハッと気が付いたように、杏実の腕をつかむ


「そうだった! 葵姉さんが昨日からこっちいるんだよ。葵姉さんが会いに来る前に、杏実に言っとかないと! と思って……」

「葵姉さんが……こっちに?」


“葵”一番上の姉。両親に忠実で、母によく似ている……

 その姉が……会いに来る?

 ドクンッと心臓が嫌な音を立てた


「うん、たぶんね。俺、昨日聞いちゃたんだ……母さんが姉さんに電話してるとこ。杏実を連れ戻してお見合いさせるって……」

「……え?」


 連れ戻す?


「実は父さんがさ…………っと…すみません」

 忍が話始めたとき、偶然ぶつかってきた通行人に肩がぶつかる

 そうだ。ここは人どおりが多い。ここで三人も突っ立っていれば邪魔になる

 そう思って、先ほど入ろうとしていたカフェに場所を移そうと提案する。忍が怪訝そうな視線を向けていたためか、颯人は「家庭の事情だし、二人の方がいいだろ。萌も来るしな」と気を使ってくれたので、忍とカフェに向かうことにした

 室内はかなり混んでいたが、奥の4人席がかろうじて空いていたのでそこに座る


「杏実。さっきの人って本当に彼氏じゃないの?」


 席に座るなり、忍は面白そうに駅の方を見て言う


「違うよ」

「なんか無駄にイケメンじゃね? ……凄まれたときは怖かったけど、サラッと杏実のこと守ったちゃたり、ちょっとかっこいい~。杏実に気があるんじゃない?」

「もう……そんなこと言いに来たの!」

「あ、そうだった。……まあさっきの話だけどさ、実は今度父さんが市議会選挙に立候補することになったんだよね」

「市議会?」

「まあ……地位・権力大好きだからね。やっとうごきだしたって感じかな?……手始めは地元から固めようって魂胆じゃないの。今んとこ順調らしいよ。でもさ、一つ問題になったのが杏実だよ」

「私?」

「うん。三女が家出してるなんて体裁悪いじゃん。あんな世界って、結構そう言うの大事でしょ? ……そこで杏実を連れ戻そうってことになったみたいなんだけど……なんかよくわかんないけどお見合いってことになったらしい。葵姉さんが、たぶんその件で会いに来るはずなんだ。その前に知らせとこうと思って……」

「お見合い……」


 選挙。確かにあの両親らしい。……杏実が出ていく際に、きっぱりと親の方から縁を切ると言われていた。まさか……今頃になって杏実の存在がネックになるとは思っていなかったのだろう

 それでどうしてお見合いと言うことになるのか……結婚と言う形で、体よく家から追い出そうとしているんだろうか


「ありがとう。忍。……それを伝えに来てくれたんだ」

「うん。ほら……俺が伝えたら、杏実も葵姉さんが会いに来る前にパッと逃げられるでしょ?」

「え?」

「だから……ややこしくなる前に、パッと逃げちゃえばいいじゃん」


 逃げるって……


 そんなことできるはずがないだろうと思う。一度会うことを拒否できたとしても、いずれ向き合わなくてはいけないことなのだ

 まして杏実は圭のそばから離れるつもりもないし、すぐに見つかってしまうだろう

 忍が杏実を心配してきてくれたことはうれしかったが、全く短絡思考だなと思う


 忍は杏実が小学生の時にできた子供、両親が待ちに待って望んでいた”男の子”だった。歳が離れていたためか、杏実とは仲が良い。というか、忍は上の2人が苦手らしく、実家にいるときは杏実にべったりだったのだ

 両親は忍にだけは甘かった。ゆえに少し自由奔放なところもあるのだ


「逃げないよ……」

「なんで!」

「なんでって……うちの両親のこと知ってるでしょ? 逃げたってまたすぐに追い詰められるわよ。……まして私のことになれば、情もないだろうし……どんな手を使ってくるのか……」


「……よくわかってるのね」

 

 その声にハッとして顔を上げた

 長い黒髪を後ろに流し、白いシャツに藍色のカーディガンを羽織り、黒いパンツを履いた落ち着いた雰囲気の女性が杏実たちの席の横に立ち、こちらを見ていた

 女性にしては切れ長で冷たい視線。何を考えているのかわからない表情。それはどれもあの時と変わらない

 

 姉の“(あおい)”だった


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