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蜂蜜とミルクティー - 81.真実と謝罪
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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 6 〉
81/100

81.真実と謝罪

 嘘? 


 颯人のその言葉を不思議に思って思わず颯人の方を見る。颯人はそっぽを向きつづけている恵利を目を細めてみていた。


「誰が婚約者だって? 俺は生まれてこのかたお前とそんな関係になった覚えはねーけどな」

「……わかってるわよ。ちょっと予定が狂って……」

「ああ!? 何の予定だ!! 毎回毎回よくもそんな下らん嘘を思いつくな!? しかも俺を巻き込みやがって……」

「だって……フミお祖母ちゃんにばらされたくなかったんだもん」

「言い訳になるか! こうなったら今すぐにでもフミ婆のところに引きずりだしてやる」

 颯人がそう言って恵利の腕を掴む。


「ちょっと離してよ!」


 そんな恵利と颯人とを見て、さらに疑問が浮かんだ。

 どういう事だろう……いったい何が起こってるのだ。

 戸惑いながら答えを探すように平田の方を見ると、平田は杏実の視線に気が付いて「わかった?」と言う。


「え……っと?」

「う~ん。やっぱ、説明がいるかな? 僕から言ってもいいけど……たぶん許さないだろうからなぁ~」

 平田はそう言うと、押し問答している恵利と颯人に陽気な声で呼びかけた。


「ねえねえ。朝倉」

「ああ?」

「恵利ちゃんはさておき、こっちはいいの?」

 そう言って杏実の方を指差す。さっきから颯人と恵利のやり取りを聞いて疑問だらけだった杏実は戸惑いながら颯人の方を見た。

 

「恵利ちゃんは逃げないよう見張っといてあげるから、とりあえず説明してきたら~?」

 平田はそう言うと「さ……恵利ちゃん、君はこっち行こうね」と言って、恵利の腕をがっちりつかんで、再びビルの中に入っていく。方向的にスクラリの方へ行くようだ。

 展開の速さに、もはや頭がついていかない。

 


「杏実」

 恵利たちの後姿を追っていた杏実は、その呼びかけにに驚いて思わず颯人を見上げた。颯人はその驚いた表情をしている杏実を見て、一度ため息をつく。そして説明を始めた。


「恵利が何言ったか知らねーけど、ほとんど嘘だよ」

「嘘?」

「恵利と恋人同士どころか、婚約するなんてありえねぇから。第一なんでいとこ同士で恋愛なんか……」


 いとこ?!

 颯人から紡ぎだされる意外な言葉に驚いて目を見開く。


「いとこ? 朝倉さんと恵利さんはいとこなんですか?」

「そうだよ。それ以外何がある」

「……幼馴染って」

「……そんな嘘までついてやがったのか」

 颯人はそう言うと「はぁ~」と大きくため息をついてから、改めて話を続けた。


「恵利は萌の姉。つまり……あの家の三姉妹の真ん中だよ。だから……俺は恵利を連れ帰ったんじゃない。もともと恵利はフミ婆の家に住んでたんだから」

「……そう……だったんですか」

 ずっと重くのしかかっていた胸のつかえが急に軽くなった気がした。

 恵利さんがいとこだったなんて……恋人、ましてや”婚約者”でもなかったのだ。いつも自然な感じがしたのは当然だ。身内なのだから。


「その様子じゃ、恵利が帰ってこれねえ本当のは理由しらねえな? ……恵利、なんて言ってた?」

「……朝倉さんとの婚約を勝手に解消したので、フミさんが怒って出入りを禁止したって」

「へ~……なるほどね。なんとまあ……あほらしい理由だな」

「……でも、婚約してなかったんですよね? だったらどうして恵利さんはフミさんに会えないんですか?」

「恵利は……2年前フミ婆の金を盗んだんだ」

「え?」

「ちょうどそのころフミ婆があの家をリフォームしたいって言いだしててな。自分の部屋をつぶして、たまに帰る娘や孫のために客間を作るとかなんとか……まあとにかく計画を立てて契約するまでいってたらしい。その当時は俺は一人暮らししていたし、あんま詳しくは知らねーけど、あの家は夏美と恵利と萌が住んでた。フミ婆は契約が成立し次第、前金を払うことになっていて家の金庫に金を置いてたらしい。恵利は当時舞台女優になりたがっていて、恵利が入れ込んでる劇団に入って住み込みで演劇の練習をしたがってた。そのために金が欲しかったんだろ。それでフミ婆の金庫開けて金を持ってとんずらしたんだ。細々とバイトするとか……性格上ありえねーし」

「おいくら位持って行ったんですか?」

「300万」

「さっ……300万も!」

 なるほど……それはフミも怒るに違いない。しかし身内とはいえ恵利の度胸にも恐れ入る。


「しかも……その金庫開ける際……番号がわからなかったみたいで、何気なく俺に聞いてきやがった。俺は全く金庫のことは知らなかったんだが、チラッと圭さんの名前出してしまって……それが決め手になったらしい。それで俺は恵利の共犯者にされて、フミ婆が怒ってうちの社長……つまり恵利の父親に言いつけて海外に飛ばされたんだ。……まったく迷惑な話だ、誰があんな奴に協力するか」

 

 そういうことだったのか……恵利が必死でフミに言わないでくれと、フミに家にいることを知られるのを嫌がっていた理由がやっとわかった気がする。

 そして……颯人が恵利に腹が立ってると言った理由も……しかし切っても切れない関係なのだと言った意味も。


「……だから恵利さんは家族みたいなものだって……」

「ん? まあな。なんだ? そんなこと気にしてたのか?」

 そう言われて、少し恥ずかしくなる。颯人にとっては当たり前だ。本当に身内なのだから。


「えっ……と……はい。恵利さんは朝倉さんにとって……すごく特別なんだと思ってました」

「はは……ありえねぇ」 

 そう言いながら颯人はさも嫌そうにきっぱり否定する。


「ははぁ~それでこの頃様子がおかしかったわけだな? 恵利に遠慮してたわけだ。直接聞きゃいいのに……と思うが、恵利のことだ。きっちり口止めしてんだろうな」

 そこらへんもお見通しのようだ。全く別の意味で二人の間に何があったのだろうと思う。


「お前も……ほんとバカだよな。ほんと……あっさり引っかかりやがって」

 そう言って杏実の頬に手を添える。颯人の温かい手が杏実の頬に触れた。


「でも……もっと早く気が付いててやればよかった。……ごめんな」

 颯人が謝ることなんて何もない。杏実が勝手に騙されてしまったのだから。

 しかし何をするわけでなくそっと頬に添えられた手から、颯人の優しさが伝わってくるような気がするのだ。その優しさに少し勇気をもらう。素直な気持ちが口から出ていく。


「ほんと……バカですよね。一人で勘違いしてたみたいです」

「うん」

「でも……よかったです」

「よかった?」

「私の事情に朝倉さんを巻き込んでるので……二人の仲を邪魔してるんじゃないかって思ってました。嘘なんだから……恵利さんが知る前に早く朝倉さんに断らなくっちゃって思ってたんです……でも……言えなくて。勝手だって……思ってたんですけど」

「……そっか」

 そう言うと颯人は、杏実の頭をポンポンと叩いた。その仕草にも安心する。


“特別だって思わないの?”

“要は、君の方が大切だって証明できればいいわけでしょ?”


 先ほどの平田の言葉が頭によみがえる。 

 恵利よりも大切か……そう言う問題ではなかった。そして特別なのかどうなのかはわからない。しかしなんとなく颯人に大切にされているような気はする。その笑顔や仕草にその一つ一つに答えがあるような気がするのだ。

 杏実はうれしくなって颯人に笑いかけると、颯人はいつものように優しく微笑んでくれた。


 




 コンコンッ

 部屋のドアがノックされ、恵利が控えめに顔を出した。


「ちょっと……いいかしら」

「どうぞ……」

 部屋で雑誌を呼んでいた杏実は、その声に戸惑いながら答える。あれから颯人と少し話をして、杏実はそのまま家に帰ってきた。よって恵利に顔を合わせるのは平田に連れて行かれて以来ということになる。颯人から事情を聞いたとはいえ、何と言って良いかわからず、杏実はとりあえず座ってもらうよう促した。


「悪かったわ」

 恵利は座って開口一番、杏実の方も見ずにそう言い放つ。言葉とは裏腹に、少し強気な表情をしていた。


「あの……はい」

 杏実が何と返事をしたらよいものか困っていると、恵利はそのままの表情で杏実の方を見る。


「こんなことになるとは思ってなかったの。……フミお祖母ちゃんに黙っててもらうには何が一番効果的なのか考えてただけなのよ」

「それで……婚約者だったんですか?」

「まあね。あなたが初めに圭さんの孫だって言った時やばいって思ったの。……電話の内容的にも颯人のことも知ってたみたいだし。だから……颯人のプライベートな事情にしておけば言わないんじゃないかと思ったのよ」

「プライベート?」

「そうしておけば、多少私と颯人が親しそうでもおかしくないでしょ? でも……まさか一緒に住んでるとは思わなくって……焦ったわ。何度も颯人の彼女じゃないのかって聞いたでしょ? もし二人が恋人ならこの嘘はすぐばれると思ったし、本当のこと言うつもりだった。……でも違うって言うし……杏実さん、颯人のこと好きそうだったし、颯人のためにも続行しといてやろうかと思ったのよ。……まさかそれが逆だったとは思わなかったけどね」

「逆?」

「……まあいいの、それは。とにかく悪かったわ。さっき颯人からあなたの事情も聞いた。大変な時だったのに、私のせいで悩ませちゃったわね……ほんとに全部嘘だから心配しないで」

 そう言って恵利はニコッと杏実に笑いかける。杏実の事情と言うと、便宜上の婚約のことだろうか?


「あの……フミさんのことは大丈夫なんですか?」 

 あれからずっと気になっていたのだ。颯人は恵利に怒ってるようだったし(あの時も無理やり連れて行こうとしていた)恵利のしたことは良くないとは思うが、恵利にも恵利のやむおえない事情があったのだ。恵利とフミとの関係は自身が清算することであって、周りが無理やり入り込むべきではない気がした。

 嘘をつかれたことはショックだった。怒っていないかと言うとそう言うわけでもないのだが、どちらかというと真実を知って安堵しているという方が正しい。そして恵利はもともとフミに言ってほしくないがために杏実に嘘をついたのだ。それなのにそのことで、フミにばらされては元も子もない。

 颯人と別れる際、杏実は恵利のことをフミに言わないようにお願いしていた。颯人は「自分が騙されたくせに……あほか」と呆れていたが、「わかった」とも言っていたのだ。

 でも本当に大丈夫だったんだろうか。


「……ほんと……お人よしなのね。ちょっとは怒ってもいいのに……毒気が抜かれるわ」

「……毒気?」

「颯人に言ってくれたんでしょ? フミお祖母ちゃんに言うなって。……ありがとう」

 そう言うと恵利は優しく笑う。その笑顔は颯人に目元が似ていた。なるほど、こう見ると整った容姿、勝気な雰囲気や凛とした表情は颯人にそっくりだ。(可愛い系の萌には似ていない気がする)どうして身内だと気が付かなかったのか不思議なぐらい。


「颯人は黙っててくれるみたいだし、ちょっと打開策も見つかったの。だから大丈夫。もう少ししたら自分で会いに行くつもりだし、たぶん許してくれると思う」

「そうですか……」

 杏実はホッとして笑顔を見せる。その表情を恵利は見ると呆れたように少し苦笑した。


「だから……申し訳ないんだけど、もう少しの間杏実さんも黙っててね」

「わかりました」

「それと……お詫びと言っては何だけど……ちょっとあなたに協力してあげる」

「え?」

「御両親と……うまくいってないんでしょ? 無理やり帰らされそうだって聞いたわ」

「ああ……その事は……」

“大丈夫です”と言おうとした時、恵利は「あ~もう限界」と言い、おもむろに立ち上がった。

 杏実は驚いて立ち上がった恵利を見上げると、恵利は楽しそうに「しおらしいのは性に合わないのよね」と言い、振り向いた。


「私に任せといて。結構こういうのは得意なの」

「こういうの……?」

「あんな腹黒い奴に惚れてもなんも得にならないとは思うけど、まあ……今更逃れられないでしょうし、好きになってしまったもんは仕方ないしね。あなたのことバカだと思うけど……まあ少し好きになったから協力してあげるわ」

「あ……の?」

「それと……ちょっと私余計なこと言っちゃたかも。まあでも……早かれ遅かれわかることだし……大差ないと思うのよね」


 どういう意味なのか分からず戸惑う。するとそんな表情の杏実を見て恵利は意地悪そうに笑うと、杏実のおでこをピンッとはじいた。そしてうれしそうに「じゃあね! 期待してて!」と言って部屋から出て行った。

 


 おでこが……じんじんする。

 いったいなんだったんだろう。

 一人取り残された杏実の疑問には誰も答えてくれるはずもない。

 結局最後の方は杏実の話を聞いていなかった気がするのだ。あの暴走体質は、フミや萌にそっくりだ。そう思うとおかしくなって杏実は部屋で一人クスクスと笑い声をあげた。

 


 そして“協力”。 

 その謎なフレーズを残し恵利は次の日から姿を見せなくなった。数日後には部屋に荷物もなくなっていた。

 一応颯人に聞いてみたが、そっけなく「知らない」と言われた。

 萌は「やっといなくなった……」と安心していたけれど……

 風のようにサッとあらわれ消えていった恵利。次に会うのは意外な場所。そしてすべてを知るのはもっと後のことなのだ。






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