姫宮ケイイチとスパイクアルマジロ
ゴロウが暮らしているのは長大で高く堅固な防壁に守られた、日本の重要人物のみが暮らす街の高級マンションだった。偶然ダンジョンが生まれなかった地域を囲って作られたその街では、多くの人間が自身の所有物件の中に遠隔業務用の執務室を作り、日々の業務から会議や視察までその部屋で済ませている。
勿論、設置は高額だが、その程度を用意できないのであればこの街に住むことはできない。
執務室の中央にある、大災害後の今の世界では非常に高価になった本物の牛の革を使ったチェアに向かいながら、ゴロウは通信端末で同じく女遊びを趣味とする友人を呼び出した。
「よう、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「お? どしたん?」
通信端末に表示されている名前は『姫宮ケイイチ』。
「そっちにさぁ、禁忌を犯した奴らの庶子がいたじゃん。姫宮と姫守の間に生まれた禁忌の子……姫宮ミオンだっけ? 姫宮家が庇ってる冒険者殺しって、そいつだろ?」
「……あー、まぁゴロウがそこまで言うなら隠す必要はないか。そうだけど」
他の人間にこう切り出されたらケイイチは警戒しただろうが、相手は親友といってもいいゴロウだ。ケイイチに対して不利益を与える話ではないという前提で、ケイイチは続きを促す。
「それで?」
「多分、ミオンの生まれとかを考えたら、そこまで本気で庇ってるわけじゃないよな? 一応姫宮だから一応守っておこうっていう」
「まぁ、そうだね」
「ちょっと知り合いから頼まれてさ。そいつを狩る許可が欲しいんだ」
「……」
ケイイチの中で天秤が揺れた。片方には一応は姫宮であるというミオンの立ち位置。そしてもう片方にはケイイチとの友情、ビジネス的つながり、そして姫宮の恥部でもあるというミオンの性質、さらに冒険者殺しという冒険者管理機関に圧力をかけなくてはいけない面倒くさい問題行動。
「……一応聞くけど、姫宮の名前が表に出ることはないんだよな?」
「あぁ。冒険者管理機関に圧力をかけてるのは、大々的に動かれたらそいつが姫宮だって公に周知されるからだろ? 俺に頼んできたやつらはミオンに殺された奴らの仲間で、個人的に復讐がしたいらしい。殺せればいいから姫宮と敵対するつもりもその名前を公表するつもりもない」
「……なるほどな」
ケイイチはさらに考える。ミオンが冒険者殺しをしていると知った時、冒険者管理機関や他の冒険者にミオンの暗殺を頼むという選択肢も一応あった。その中でミオンを見逃していたのは冒険者管理機関に姫宮家の弱みを見せることになるから、そして一応は身内だからだ。
しかしゴロウの頼みともなれば天秤は逆側へと傾く。ケイイチは頭の中で一旦結論を出すと、対価の話を持ち出すことにした。勿論直接要求することはしない。
「でもゴロウが無償でそんな頼みを引き受けるわけないよな? 報酬として何を貰うんだ?」
「……いやぁ、実はもう貰ってるんだよな。その頼んできたのが雲雀乃ミユなんだけどさ」
ケイイチは驚いた。酔ったゴロウが毎回悪態をつく女だったからだ。当時ケイイチはゴロウと関りがなかったが、ミユが清武の男をひどく辱める形で振って、当時駆け出しだった冒険者の男の元へ走ったというのは、防壁の内側では大きな話題になった。ゴロウの名前をケイイチが初めて知ったのもその時だ。
その後二人はとある女の家に夜這いを仕掛けて鉢合わせし、なんやかんやあって親友になるのだが、ミユの話は二人の間ではタブーになっていた。
「あの雲雀乃ミユか。お前をこっぴどく振ったって奴だろ? よくそんな奴の頼みを聞く気になったな」
「ああ。だけどミユばかりが悪いわけじゃないからな。ミユが親に決められたことに唯々諾々と従いたくないタイプの女だったこと、俺が童貞のガキで目をぎらつかせてミユに無礼な視線を向けていたこと……原因は色々ある。俺がもっとマシな、今みたいな男だったら結果も変わってたかもしれないしな。ミユが悪いわけじゃない。だがそれはそれとして頼みを聞くのに無償ってのも出来ないからな。色々やってもらって当時の屈辱感を晴らしたってわけだ。まぁミユの名誉のためにも詳しく言うつもりはないが」
「よくわからないが……?」
「まぁ前までは理性だけで納得していたのが、感情の方でも納得できたってことだ。頭ではわかってても胸の中ではモヤモヤしてることってあるだろ? 今回の件でそれが解消された。だから頼みを聞くことにした」
「あぁ、そういうことか。理解した」
理解したはいいが、今の話ではケイイチ自身の取り分がない。
「それで、俺への報酬はその映像かなにかか?」
「あーそうなるよな。いやセキュリティ上、確かに映像は残ってるぜ? だが昔惚れてた女を晒したくもないんだよなぁ」
「お前、変に義理堅いところあるよな。どんなプレイとか絶対に言わんし」
「別件でいいか? 二人くらい女を紹介するよ」
「……確実にヤれるのか?」
「あぁ。なんなら手引する」
「ふぅ~! 最高だな! ならそれでいいぜ。ミオンの件はこっちでやっとくよ」
「先に聞いておくけど、貧乏で清廉な幸薄貧乳美少女とゴージャスボディの傲慢女だったらどっちがいい?」
「分かってて聞いてるだろ?」
「「貧乏で清廉な幸薄貧乳美少女」」
「やっぱ女は中身だよな」
「ちなみに傲慢な方は自分の性格の欠点を理解してるから、それはそれで可愛いぜ」
二人の言う貧乏とは当然、防壁内に住んでいるにしてはという含意を持つ。そして貧乏ということはセキュリティが甘く夜這いがしやすいということである。
そして二人が使う美少女、という言葉には未成年という含意が込められている。
未成年への手出しが当たり前に法的に禁じられている防壁内ではあるが、発覚しなければ裁かれない。二人はしばしば危険を愉しんでいた。
◆
ミユを応接室に残して鼠、クロエ、ゲイルはロビーまで戻った。高級そうな人工革のソファに腰掛けるとゲイルが二人に厳しい視線を向けた。
「おい。今日の探索は無ぇ。さっさと帰りやがれ」
「え? なんでっスか? まだ昼にもなってないっスよ?」
ゲイルは眉間にしわを寄せた。
「さっきはミユにああ言ったが、よその男に何をされたかも分からんミユとそのまま探索が出来るわけないだろうが。ミユが戻ってきたら俺はホテルでミユをめちゃめちゃにする。探索は今日はなしだ」
「め、めちゃめちゃに、っスか……」
「あぁ。何をされてようが上書きして忘れさせてやる」
「で、でも……」
残りたそうに食い下がるクロエに対して、ゲイルは凄んだ。
「あのなぁ。どんな顔して帰ってくるかわからねぇミユを、テメェらガキどもに見せたくないんだよ。いいからさっさと帰れ」
ゲイルの圧力にクロエは理解できずとも納得し、鼠と二人で清武製薬の本社ビルを後にした。
難しい顔をして考え込んでいる鼠に、ラスは見透かしたように微笑みかける。
(なにを考えているのかわかるよ)
(……なんだ?)
(なんでこんなことが許されているのか、でしょ?)
(……まぁ近いかな。僕が一番疑問に思ってるのは、そういった理不尽な要求をミユやゲイルがなぜ受け入れているのか、ってことだ。二人が納得してるみたいだったし、僕が何か言ったら交渉を壊しそうだったから黙ってるしかなかったけど……)
ラスはこういったことに関しては素朴な考え方をする鼠に対して可笑しそうに微笑む。
(鼠の目には理不尽に映ったんだ? でも対価なしで助けてくれって要求の方が理不尽じゃない?)
(……でもお金とか、アイツのために働くとか……)
(お金はミユは払えないよ。格上の相手に復讐しようと思えばお金はいくらあっても足りないし。それに清武なら雇おうと思えばもっと強い冒険者を雇えるだろうし。ほら、あの広告看板に映ってる冒険者とか)
鼠がラスの指さす方向を見上げるとビルの壁に大きく縦長の広告看板が出ており、見覚えのある筋肉ムキムキ男が上腕二頭筋を見せつけながら、白い歯を光らせていた。宣伝しているものは回復薬。なんでも機工装備を使わず肉体だけで戦う、このレベル12の冒険者が愛用しているのが、清武製薬の継続回復薬らしい。服用すると肉体も様々な状態異常もまとめてしばらく回復し続けるのだとか。
(受付にいた人だよな? レベル12だったのか……)
(彼を動かすことは無理かもしれないけど、少なくともレベル8くらいの冒険者は動かせるでしょうね。ミユは今レベル3でしょう? ゲイルもレベル4。ゴロウの取引相手にはなれないわ)
(まぁ……そっか)
鼠は小さく頷くと、やはりゲイルに理不尽に追い払われた気がして口を尖らせているクロエを見上げて言った。
「不機嫌になっててもしょうがないだろ。あっちはゲイルとミユに任せて、僕たちはできることをやろう」
不貞腐れていたクロエだったが、鼠に促されて態度を明るいものへと変えた。
「確かにそうっスね。……でも、なにをやるんスか?」
「……連携の確認?」
◆
「うははははっ! すごいっスね! 魔弾がクロエを避けてスパイクアルマジロに命中してるっス! ……相変わらず外れてる奴もあるっスけど。こんなもんだったっスか?」
「……色々試してるんだよ」
「まぁ訓練っスからね! 大切っスね!」
「あと、もう一回言うけど、僕が少し魔力制御が得意なことは仲間と信頼できる人以外には隠してるんだ。あまり吹聴するなよ」
「了解っス!」
鼠とクロエはダンジョンの浅層の中部で、浅層奥部のモンスターを一匹ずつ釣り出して連携して狩っていた。
奥部のモンスターは基本的にレベル4だ。一匹か二匹程度なら二人でも相手が出来るが、それ以上になると途端に厳しくなる。
そのため奥部には足を踏み入れず、クロエが囮となって一匹ずつ浅層中部まで釣り出していた。
走るクロエを、巨大な球が転がりながら追う。高速回転する球の表面は大きなトゲに覆われており、まともに衝突すれば衝撃と共に全身が引き裂かれる未来が待っている。
浅層奥部のレベル4モンスター、スパイクアルマジロ。鼠はナイアーラMAR-S-r-IIIの引き金を絞り、フルオートで十数発のマナの弾丸を放つ。正面を疾走するクロエを避けるように曲げた魔弾は、モンスタースパイクアルマジロや周辺の壁に命中したと同時に次々に爆発していく。
「……でもまだ倒せないっスか!」
これまで釣り出した劣位装甲獅子や赤豚頭は、魔弾と《爆破》の組み合わせによる爆撃を受けると倒せずとも怯んで動きを止めた。直後に身体を翻したクロエが、マナを纏わせた大型ナイフをモンスターの急所へ突き込むことで狩っていた。
しかしスパイクアルマジロは違った。全身を丸め、スパイク付きの硬い背部の装甲て転がるスパイクアルマジロは、鼠の爆撃に甲羅の表面を焦がしながらもクロエを追い続けていた。
「鼠のところに着いちゃうっスよ!」
鼠は長い直線通路の先から、クロエの背後のスパイクアルマジロを曲がる魔弾で爆撃している。しかし爆撃では動きを止めきれず、クロエに転がるスパイクアルマジロを止める手段は、切り札以外にない。なにか手を考える必要があった。
(ラス! 大丈夫なのか?)
(うーん。やっぱり攻防一体の突進は厄介だね。罠を使ったりすればいくらでもやりようはあるんだけど……わかった)
ラスは半透明の身体で空中をふよふよと移動し、鼠が握るナイアーラMAR-S-r-IIIの前方のグリップに人差し指で触れた。
(使っていいよ、エネルギーシリンダー。試し打ち)