36 操舵室奪還
リーゼが戦っているのだろう銃声が断続的に響いてくるのを聞きながら、俺と千聡は襲撃者の本拠になっているという操舵室を目指す。
上層階に登っていくと次第に戦いの痕跡が目に付くようになり。床に散らばった薬莢、割れたガラス、銃弾で空いたのだろう穴、爆発で焦げたらしい壁が、否応なしに俺の緊張を高めていった。
……そしてやがて、床に広がる赤黒い染みも目につくようになる。
どこかに収容されているのか、怪我人や死体こそ見る事はなかったが。生々しい光景に足が竦んでしまう。
潮浬やリーゼの事も心配になるが。とりあえずリーゼについては、銃声が聞こえてくる限りは無事なのだろう。
でもそれは撃たれているという事でもあるので、リーゼが敵を引き付けてくれている間に。なるべく早く敵の本拠を制圧して戦いを終わらせないといけない。
俺は震える足を叱咤して、千聡に続いて階段を登っていく……。
「魔王様、しばしお待ちください」
階段をかなり登ったなと思った頃。千聡が小声で静止の言葉を発する。
足を止めて耳を澄ますと、廊下の向こうでなにかを叫ぶ声と、大勢の足音が慌しく走り去っていくのが聞こえた。
「……リーゼの所へ行くのかな?」
「そうでしょうね。敵の指揮官はそれなりに優秀なようです。リーゼを大きな脅威だと認識し、可能な限りの戦力を集中投入したのでしょう。戦力を小分けに投入して各個に撃破されるよりは、強敵への対処として正しい選択です」
「リーゼ、そんなに強いの?」
「少なくとも単独の戦闘能力においては、あの子の右に出る存在を私は知りません。対応に戦力を集中したのはいい判断ですが、それでも止める事はできないでしょうね。ボートとの連絡が途絶した事、監視カメラの映像が切れた事から総合的に判断して、カルメ卿一人を人質にして撤退する決断ができていれば最上でしたが、そこまでは難しかったようですね」
千聡の敵指揮官への評価はそこそこ高いようだ。
そして、どうやら監視カメラに細工もしていたらしい。
……て言うか、リーゼがそんなに強いなら俺達は要らなかった気もするが。千聡の事だから、『魔王様が襲撃者を撃退した』という展開がご所望だったりするのだろう。
そんな事を考えていると、足音が遠ざかるのを確認し。千聡が言葉を発する。
「では参りましょうか」
……千聡の先導で、俺は操舵室の扉の脇まで到達する。
本拠地なのに見張りがいない所を見ると、本当にリーゼ相手に全力を差し向けたのだろう。階下からは盛んに銃声が聞こえてくる。
「魔王様。大きな音と光が発生しますので、目を瞑って耳をふさいで頂けますか?」
千聡は肩にかけたカバンから、缶コーヒーくらいの大きさの金属缶を取り出しながらそんな事を言う。
言われるままにふさいだ耳越しに『カシュッ』と、本当に缶コーヒーを開けるような音が聞こえ。一瞬扉を開閉する気配の後、俺の顔に柔らかい感触が押し当てられる。
――あ、これ千聡に抱きしめられてる。
そう感じて顔がカッと熱くなり、声を出そうとした刹那。突然お腹を殴られたような、『ドン』という衝撃波を浴びて言葉が出なくなった。
「――魔王様、もう目を開けても構いませんよ」
その声に目を開くと。千聡が耳栓を外し、ポケットにしまっている光景が映る。
一瞬、(あの耳栓ちょっと欲しいな……)と不謹慎な考えがよぎったが、今はそれどころではない。
慌てて周囲に視線を巡らせる……が、特に変わった様子は見られなかった。操舵室の中からも、なんの反応もない。
「魔王様、お体に問題はありませんか?」
千聡が心配そうに訊いてくるが、目を瞑って耳をふさいでいた上に。目は千聡の体……具体的には胸に保護されていたのでなんともないし、耳も俺の手に加えて千聡の腕がガードしてくれたので、耳鳴り一つしていない。
お腹には結構な衝撃があったが、せいぜい間近で大きな太鼓を叩いたくらいだったので、体に問題を生じるような事はない。
そもそも千聡だって、大丈夫だと確信があったからやったのだろう。
それなのにわざわざ確認してくれるのは、俺の事を本当に大切に思ってくれているのだと伝わってきて、とても嬉しい。
これが『魔王だから』じゃなくて『恋人だから』だったら最高なんだけど。それはまぁ、これからの努力次第だろう。
「うん、なんともないよ」
そう返した俺の言葉に、千聡は安堵の表情を浮かべ。柔らかく微笑む。
……なんかもう、最高にかわいいな。
思わず状況も忘れて見入ってしまうが、それどころではないと気を取り直し。言葉を発する。
「今投げ込んだのなに?」
「強めの閃光煙幕睡眠炸裂弾です。大きな音と強い光で敵をショック状態にし、同時に濃い煙で視界を奪い。その間に麻酔効果のあるガスで意識を奪います。麻酔の効果は弱めですので、もうしばらくお待ちください」
なんか色んな効果てんこ盛りの無力化セットだったみたいだが、たしかに部屋の中からは物音一つ聞こえてこない。
そのまま一分くらい待ってから、千聡は慎重に扉を開く。
中からは結婚式の演出みたいに、白い煙が床を這うように流れ出してきた。
千聡に言われて少し下がり。煙が抜けるのを待って、千聡が先に部屋に入る。
手にはカバンから取り出した小さな拳銃を持っているが、多分本物なんだろうな……。
拳銃を見ても特に動じない辺り。俺の感覚もかなり普通からかけ離れてきたなと思いながら、安全を確認したらしい千聡の合図で、俺も部屋に足を踏み入れる。
中は操舵室と言うだけあって、いくつものモニターや計器なんかが並んでいるし、前方はとても見晴らしがいい。
だが、俺がイメージする外周に取っ手がいっぱいついたハンドルみたいなのは、どこにも見当たらなかった。
……今はもう、そういうもので船を動かす時代ではないのだろうか?
ちょっと寂しい気持ちになりながら。俺は床に転がっている男達を手際よく、コードを束ねる結束バンドみたいなので後ろ手に拘束していく千聡を見守るのだった……。
現時点での世界統一進行度……0.11%(西日本の魔族と小さな拠点がいくつか+魔族の小勢力三つ)
千聡の主人公に対する忠誠度……100%↑ カンスト(私の事を信頼して多くを訊かず、作戦行動を任せて下さる。さすが王の器だ・忠誠度上昇)