38 襲撃者撃退後の対応
海に飛び込んだのだから当然だが、全身びしょぬれになって戻ってきた潮浬に。千聡が『首尾はどうでしたか?』と、状況確認の問いを発する。
だがその言葉を潮浬は完全にスルーし。手早く髪を拭いたハンカチをしばらく眺めた後、大切そうに胸元にしまう。そして、俺に向かって言葉を発した。
「そうだ。陛下、どこかお怪我などありませんでしたか?」
「え、うん。大丈夫。完全になんともないよ」
別れる前に千聡に向かって、『かすり傷一つでも負わせたら許さないから』と言っていたのを思い出し。無事だと強調しておく。
「それはなによりです。本当なら抱きついてご無事を確認したい所なのですが、こんな体ですので……」
潮浬はそう言って、残念そうに濡れたドレスを指先でつまむ。
俺としては、無事を確認するのに抱きつく必要なんてないと思うけどね……。
「……潮浬、そろそろいいですか?」
話が途切れた所で、千聡が再び話に入ってくる。
「あ、なんだっけ? ごめん全然聞いてなかった」
「そうでしょうね。首尾はどうだったか訊きたいのですが」
千聡の言葉に、悪びれた様子もなく返す潮浬。
一方の千聡も慣れた事だとでも言うように、怒る事もなく普通の対応だ。
「とりあえず、ちゃんと六隻沈めてきたわよ。武器の類も全部沈めてきた。ホントは陛下との時間を邪魔した罪で全員海底に引きずり込んでやろうかと思ったけど、陛下が望まないみたいだったし。なにより早く陛下に会いたかったから、急いで帰ってきた」
「死者は出していませんか?」
「多分ね。全員救命胴衣をつけてたし、いきなりボートをひっくり返したりせずにゆっくり沈むようにしたから、まさか逃げ遅れたマヌケもいないでしょう。周りにいたサメにも脅しをかけといたし、これで死ぬならどうしようもないわね」
「なるほど。一応漂流者の救助要請はしておきますか……」
千聡はそう言って船の通信機をいじるが、俺としては色々突っ込みたい所がある……とりあえずなによりも、潮浬がサメを脅せる事にびっくりだ。
いやまぁ、大きな音とか立てたら驚いて逃げていくのかもしれないけどさ。
そしてまた。救助要請を終えたらしい千聡が、じっと俺を見る。
うんわかってるよ、魔王の仕事だよね。
「潮浬、よくやった。お疲れ様」
「陛下――」
ものすごく平凡な労いの言葉をかけると、潮浬はなぜか思いっきり感動したように。目を潤ませて俺を見る。
「――千聡もお疲れ様。完璧な作戦だったね!」
今にも潮浬が『陛下、ご褒美に抱いてください!』とか言って飛びついてきそうな気配を感じて、慌てて千聡に話を向ける。
リーゼ・潮浬と褒めたので、千聡も褒めないと不公平だしね。
……そう思って発した言葉だったのだが、気がつくと千聡の姿がない。
うん、俺覚えたよ。こういう時は下を見るといるんだ……ほらね。
「私ごときにかくも過分なお褒めのお言葉。臣千聡、感涙に耐えません……」
例によってキレイな土下座ポーズをキメている千聡……そして、目からは本当に涙を流している。
「千聡?」
「――はい、魔王様」
動揺した俺の言葉に。袖で乱暴に涙を拭って、サッと顔を上げる千聡。なんか、ご主人に呼ばれて命令を待つ忠犬みたいな目をしている。
……これは、なにか言わないといけない雰囲気だ。
「えっと……これからどうする?」
「はい。事後処置としてはカルメ卿を助け出し、円満に事を収めて恩を売るか。魔王様が襲撃者を撃退した事を喧伝して名を売るか。あるいはこの機会を利用して我々がカルメ卿を脅し、なにか大きな要求を飲ませるかなどが考えられますが、いかがいたしましょう?」
……あれ? 俺としては部屋に戻るかここに留まるか程度の事を訊いたつもりだったのだが、思いの外大きな答えが返ってきた。
とりあえず、三つ目は無しとして……。
「あまり事を荒立てたくないから一つ目がいいと思うけど、みんなが自分の活躍を宣伝したいって言うなら、二つ目でもいいよ」
そう言って、ぐるりとみんなを見回す。
最初に口を開いたのは潮浬だった。
「わたしは陛下以外に褒められても嬉しくもなんともありませんから、そこはお気使いには及びません」
「はいはい、自分もです!」
続いて、リーゼも元気よく即答する。
千聡はと見れば、まだ床にヒザをついたまま。再び頭を下げながら口を開く。
「魔王様のご随意のままに……」
……ずいい? 知らない言葉だけど、多分『好きにしてください』とかそういう意味だろう。
文脈でそう判断して、話を元の質問に戻す。
「じゃあ、カルメさんを助けに行くって事でいいかな? リーゼが場所知ってるんだよね、どこにいるの?」
「ここから二階下の……なんかビンがいっぱい置いてある部屋だったと思います」
「10階のバーに併設の倉庫ですね。わかりました、私が行って話をまとめてきます。魔王様はお疲れでしょうから、部屋に戻ってお休みくださいませ。潮浬とリーゼはお供を。潮浬は部屋に戻ったら、シャワーを浴びて着替えなさい」
「任せといて!」「はい!」
「……リーゼ、よろしく頼みますよ。もし潮浬が魔王様を無理やり浴室に連れ込もうとしたら、全力で阻止するか私に連絡をよこしなさい」
「わかりました!」
「ちょっと! わたしそんなに信用ないの?」
「むしろどうして信用があると思うのかが疑問ですね。魔王様のご意思にお任せする事ではありますが、お褒めの言葉を頂いて浮かれた貴女が調子に乗らないとも限りません。それとも、絶対に魔王様を誘惑しないと約束できますか?」
「いや、それはとりあえずお誘いしてみるし、場合によっては陛下の前で服を脱いで誘惑してみるけどさ。でも無理やりはしないわよ……多分」
最後で小声になる辺り、本人にも全く自信がなさそうだ。
「リーゼ、くれぐれも頼みますよ」
「はい、お任せください!」
襲撃者との戦いに向かう時よりも強く念を押され。リーゼは嬉しそうに大声で返事をする。
なにはともあれ。俺はやる気満々なリーゼと、ちょっと納得いかなそうな表情をしている潮浬と共に。一旦部屋へと戻るのだった……。
現時点での世界統一進行度……0.11%(西日本の魔族と小さな拠点がいくつか+魔族の小勢力三つ)
千聡の主人公に対する忠誠度……100%↑ カンスト(恐れ多くもお褒めの言葉を賜った……臣下としてこれに優る栄誉はまたとない……。忠誠度上昇)