第84話:コータの弱点
エレナと遊園地から戻ってきた。
そのまま彼女の実家であるヴァスマイヤー家に直行する。
「……という訳なんです、ユリアンさん。先週の試合で、何か気がついたことはないですか?」
ユリアンさんの部屋に通してもらい、これまでの事情を説明して尋ねる。
オレとレオナルド・リッチとの差はなにか?
自分があの人に勝にはどうすればいいのか?
「なるほど、そのことか、コータ君。それなら、ちょっと待ってくれ」
突然押しかけたにも関わらず、ユリアンさんは大人の対応してくれた。
部屋にあるパソコンを起動して、動画の再生を始める。
「これが先週のユベトスU-18と、うちのチームとの試合の映像だ、コータ」
再生されたのは、F.S.VヤングとユベトスU-18との試合であった。
オーナーの孫息子であるユリアンさんは、この手の資料が手に入りやすいのだ。
「ここから先が後半。つまりレオが出てきた部分だ。精神的に見ても、大丈夫かな、コータ君?」
「はい! もう復活したので大丈夫です!」
たしかにユベトスU-18との試合は、ショッキングであった。
だがエレナのお蔭で、暗い霧の底から這いあがっている。今は映像を見ても、心は何とかなりそうだ。
「コータ君も体感した通り、レオは凄い選手だ。私の世代でヨーロッパ内でも、トップクラスの才能がある」
ユリアンさんとレオナルド・リッチは、同じ年の十八歳。
ジュニア時代からヨーロッパ内のU-12の大会で、何度も対戦した経験があるという。
「ちなみにコータ君は彼と対戦して、何か感じたことはなかったかい? 怖さやプレッシャーとか?」
「うーん、レオナルドさんの……そうですね。不思議なことに、対峙した怖さはあまり感じませんでした。でも不気味な感じなんです。レオナルドさんが目の前にいるに、絶対に触ることができない……そんな不気味な怖さがありました」
これは試合中に感じたことだった。
他の凄い選手のように、レオナルドさんからは直接圧力は全く感じなかった。
これまでの経験だとセルビオ・ガルシアやヒョウマ君……彼らクラスの才能と対峙した時は、野生の獣のようなプレッシャーを感じていた。
でもレオナルドさんからは直接的なプレッシャーは感じなかったのだ。
「なるほど、上手い例えだね、コータ君。たしかに普段のレオからは、プレッシャーは感じられない。それは彼が極端までな“静”のタイプのプレイヤーだからさ」
「“静”……ですか?」
いきなり日本的な用語が出てきたから、少しだけビックリした。
ユリアンさんの経験だと、大まかに“静”と“動”の感覚のプレイヤーに分類されるという。
「そして、コータ君……キミも極端な“静”のタイプのプレイヤーだ。レオと似たタイプのね」
「えっ、あのレオナルドさんとボクが、よく似たタイプ?」
「ああ。だから、特に君の動きは上位であるレオに、ああも読まれていたのかもしれない」
「そんな……」
まさかの指摘に思わず言葉を失う。
対戦した時は、そんなことは感じなかった。
だが言われてみれば納得はできる。だからオレの動きは全て、レオナルドさんに読まれていたのだ。
「さて、ここでエレナに質問だ。コータ君が普通の大人のプロ選手に比べて、優れていることは何だと思う? エレナなら見抜いているよね?」
「コータの優れている部分? もちろんよ、お兄様! 私を誰だと思っているのよ!」
同席していたエレナに、ユリアンさんは話をふる。
おそらくはその質問には、何か意図があるのであろう。エレナの発言に耳を傾ける。
「コータの凄いところは、なんと言っても瞬間的な判断力と、視野の広さよ。これはプロ顔負けの凄さよ!」
エレナは自信満々に、最初のオレの長所を上げた。
なるほど判断力と視野の広さか。たしかにこの二つは、オレも少しだけ自信がった。
何しろ転生を自覚した三歳の時から、スポーツビジョンはトレーニングしてきた。
今でも一日たりとも欠かしたことはなく、11年間の頼りになる相棒である。
「あとはパスやドリブルのテクニックも凄いわ。特に基礎に関しては、熟練の選手を越えているわ!」
次は基礎の力か。
なるほど、これにも多少なりとも自信はある。
こちらも幼稚園の時から一日も欠かさずにトレーニングしてきた。
特にボールタッチの感覚は、飛行機や高速列車などでずっとしている。
今では目をつぶっても、どこでもドリブルできるくらいだ。
「後はチャンスに対するゴール嗅覚も、凄いわ。それに戦術に対する理解力も凄いわ!」
どんどんオレに対する褒め言葉は、増えていく。
「とにかく“私が見込んだコータ”は凄いのよ、お兄さま!」
「ほほ? エレナが見込んだコータ君か」
「えっ……それは……」
言い切った後に、エレナはハッとなる。赤面した顔を両手隠す。
「どうしたの、赤い顔をしてエレナ?」
「な、なんだもないわよ、コータ。ちょっと喋り過ぎて、体温が上昇しただけよ。お水を飲まきゃ!」
そうか。体温が上がっただけか、それなら良かった。
それにしてもエレナは、オレのことをよく見てくれていたんだ。
自分でも知らない長所が、かなり知ることができた。
彼女は幼い頃から、ブンデスリーガーの本物のプレイを見てきた。
更に専門的な知識も有しているのだ、エレナの言葉には説得力がある。
「なるほど。エレナの言ったコータ君の長所には、私も同意見だ。コータ君は十四歳とも思えない、素晴らしいプレイヤーだ」
今度はユリアンさんが褒めてきた。
いやー、ユリアンさんにまで褒められると、オレも恥ずかしくなってきた。
もしかしたら今日は、オレにとっての“人生最高の褒められる日”なのかな? 今度二人に何かご馳走しないとね。
「さて、次はエレナにもう一つ質問だ。コータ君の“弱点”は何だと思う? 年齢によるスタミナやフィジカルではなくて、レオナルド・リッチに突かれた技術的な弱点を?」
「えっ……コータの弱点を……」
「エレナなら見抜いているよね?」
「もちろんよ、お兄様! 私を誰だと思っているのよ……」
その質問に部屋の空気が一変する。
エレナの表情も、一気に暗いものになってしまう。
「あの試合でコータが狙われた弱点は……トラップよ」
「えっ、トラップ……ボクの?」
「ショックを受けないでよね、コータ。弱点といっても微かなものよ! 他の技術に比べて、それだけが少しだけ弱点なの! でも、練習を積んでいけば、必ず克服していけるわ!」
オレの問いかけに、エレナはハッという顔で説明してくる。
言ったあとにしまったと思ったのだ。
「さて、コータ君に話を戻そう。キミは本当に不思議な人だ。その若さで信じられないくらいの、卓越した基礎技術や判断力を持っている。だが不思議なことにトラップだけは、その技術の中で置いていかれている」
いよいよ本題の話に入る。
ユリアンさんは真剣な顔で説明してきた。
「これは私の仮説だが、コータ君……キミはこれまで『一人だけ練習する時間が、圧倒的に多かった』ではないかな?」
「えっ……一人だけの……ですか?」
「そうだよ、コータ君。たぶん幼い頃から、信じられないような数の鍛錬を、一人で今まで積んできていないか?」
「一人だけで……そう言われてみれば、たしかに……」
オレが三歳の時から、一人での自主練を開始した。
まずは部屋の中からスタートして、次は家の近所の空き地での裸足での練習を続けてきた。
小学生になってからはリベリーロ弘前の練習場で、基本的にはずっと一人でしてきた。
途中からチームメイトも自主練にした。だがそれでも、オレは個人技の練習の時間が圧倒的に多かった。
それはドイツに来てから同じである。とにかく一人での練習時間を重視していたのだ。
「やはりね、コータ君。これで頭のいいキミも、気づいたかな?」
「あっ……そうか! だからボクはトラップだけが弱点になっていたのか?」
「そうだ。トラップ練習は一人ではできないからね」
ユリアンさんからの指摘で、ハッとなる。
たしかに一人ではトラップの練習はできない。
他のドリブルやフェイントは、一人でも可能。またパスとシュート練習も、壁練習でなんとかなった。
だがトラップだけは違う。他人との練習の時間でしか、絶対に習得できないのだ。
「ここだけの話、コータ君のトラップ能力は、一軍の中でもかなり高い。でもレオナルド・リッチが相手なら……このように狙われてしまう。彼にしか見えない、この一瞬の隙を狙われてね!」
ユベトスU-18との試合を、ユリアンさんはスローで再生する。
それによると確かに、オレがトラップする瞬間を狙われていた。
そして奪う瞬間のレオナルドさんの口には、笑みが浮かんでいた。まるで獲物を刈り取った狩人のような表情であった。
「まさかボクに、こんな致命的な弱点があったなんて……」
「でもコータ君。自信を失わないで欲しい。先ほども言ったが、現時点でのキミの弱点だ。だから身体が成長して、技が磨かれた二年後なら……16歳の時には、完璧に克服されているであろう。このレオナルド・リッチにも引けを取らないプレイができるであろう!」
なるほど、そういうことか。
今のオレは大人に比べて身体が小さくて、足も短い。
だから成長期を終えた後なら、トラップの弱点がレオナルドさんに狙われなくなるのだ。
「だからコータ君は弱点は無理をして、矯正する必要はないと思う。これまでと同じように、キミなりの鍛錬を積んでいく方が正解だと思う」
ユリアンさんの提案は正しい。
たしかに無理に今トラップの矯正をしたら、弊害が出てしまう可能性が大きい。
特に成長期真っ最中の身体は、全身の感覚を崩しやすい。
前のユリアンさんとの得点勝負の後も、オレはそれで身体に違和感があったのだ。
「でも、ユリアンさん。今のままだと次回のユベトスU-18との試合は……」
「ああ。またレオが出て来たら残念ながら、私たち負ける可能性が大きい」
「そうですよね……」
「だがUCLヤングリーグはリーグ戦だ。最終的に勝ち点で勝ればいい」
ユリアンさんの指摘は正論であった。
プロのリーグ戦では大局を見極めないといけない。
次回のユベトスU-18との戦いでは、失点差を少なくする戦術の方が賢いのだ。
オレもそう思う。
……そう一般論としては。
「ユリアンさん、今日は本当にありがとうございました」
「もう、いいのかい、コータ君?」
「はい! お蔭さまで、覚悟が決まりました! 絶対に次のユベトス戦まで、ボクは弱点を克服してみせます。レオナルドさんに勝つために!」
オレは覚悟を決めていた。
もしかしたら無理な特訓で、サッカーの感覚を狂わす恐れもある。
だが絶対に勝ちたかったのだ。
一人の選手としてレオナルド・リッチを乗り越えたかったのだ。
「だがコータ君、キミの身体はまだ……」
「お兄様、止めても無駄よ。こうなったコータは、誰にも止められないわ。お兄様も実感したでしょう、得点王勝負で?」
「エレナ……ああ、そうだったね。コータ君の情熱は、誰にも止められなかったね」
ユリアンさんとエレナは苦笑いする。
無謀な挑戦をしようとするオレを、静かに見守ってくれるのだ。
「よし。じゃあ、さっそく行ってきます! ユリアンさん、今日はありがとうございました!」
「ちょっと、こんな遅い時間から、どこに行くのよ、コータ?」
「特訓の準備だよ、エレナ。じゃあ、また連絡するね!」
善は急げである。
まだ日曜の夕方五時。完全に暗くなるには、少しだけ時間ある。
その前に特訓のために準備をしておきたかったのだ。
◇
そして嵐が去った後の部屋には、二人の兄妹だけが取り残された。
「行ってしまったな、コータ君は」
「そういえばお兄様。一つ言い忘れていたわ」
「ん? なんのことだい、エレナ?」
「さっきのコータの凄いところを、言い忘れていた。アイツが世界で一番凄いところ」
「世界で一番凄いところ……だって?」
「うん。それはあの愚直なまで熱すぎる“サッカーに対する情熱”よ……世界一の凄いサッカーバカよ、コータは……」
「なるほど。そうかもしれないね、コータ君は」
「だから信じてあげましょう。コータの特訓を……」
◇
こうしてオレの特訓はスタートする。
レオナルド・リッチを勝つために、危険な賭けに出るのであった。