第96話:優勝、その後
F.S.Vはドイツ2部リーグで優勝を決めた。
決勝ゴールを決めた後は、凄かった。
「それにしても優勝と1部昇格確定か。死ぬほど疲れた2ヶ月間だったな。でも最高に楽しい毎日だったな…………うわっ⁉」
優勝のそんな感傷的な余韻を、味わう間もなかった。
押し寄せたチームメイトに、オレは押し潰されてしまったのだ。
『やったな、コータ!』
『ナイスゴールだったぜ、コータ!』
『美味しいところを持っていきやがって、この野郎が!』
『痛てて……みなさん、痛いですよ……』
筋肉の塊である大人サッカー選手が、弾丸のように押し寄せてきた。
凄まじい衝撃で、オレは意識が飛びそうになる。
『あんな超低空からの高速ドリブルを、隠し持っていたとはな、コータ!』
『まったくたいしたヤツだぜ、お前はよ!』
だが、その痛みは心地よいも。
何しろオレたちは1部昇格どころか、優勝することが出来たのだ。
チームメイトが子どものように、大喜びするのも無理はない。
『で、でも、ボクがゴールを決められたのは、ユリアンさんのキラーパスのお蔭です……』
『そういえばそうだったな!』
『よし、次はユリアンのところに行くぞ!』
『ああ、あのすまし顔を、今日こそは押し潰しにいこうぜ、みんな!』
どうやらオレに対する祝いの洗礼が、終わった。
次のターゲットになったユリアンさんには悪いけど、これでひと段落できる。
(はっはっは……凄い勢いだな、みんな。それにしても皆、本当に無邪気に喜んでいるな)
試合終了直後のピッチの上を眺めて、感慨にふける。
大の大人たちが天然芝の上を、駆け回っている。
逃げ出したユリアンさんを追いかける様子は、まるで子供の鬼ごっこそのもの。
いつものスタジアムでは予想も出来ない光景である。
「でも、最高の瞬間だな、これは……」
そんなチームメイトの様子を眺めながら、笑みを浮べる。
何故なら今日は、10数年ぶりに1部リーグに返り咲いた日。
4部降格の危機までの陥ったF.S.Vが、再びブンデスリーガーの最高リーグに戻った瞬間なのだ。
今日ばかり羽目を外すのも、いいのであろう。
「コータ! コータ! コータ!」
「あっ、エレナ?」
ベンチからエレナたちスタッフも、こちらに駆け寄ってきた。
監督と選手補佐のマネージャー。それに道具係りやメディカルスタッフなど。
チームを陰から支えてくれた皆も、ピッチに飛び出してきたのだ。
「やったわね、コータ! 優勝よ! 1部昇格よ!」
「ちょ、ちょっと、エレナ……そんなに抱きついてきたら、ボク、苦しいよ……」
駆け寄ってきたエレナが、そのまま突進してきた。
背の低い彼女の頭に、オレの鼻をぶつけてしまった。
痛ててて……鼻血出てないかな?
せっかく優勝したのに、鼻血なんか出したら、恥ずかしいよ。
それにしても、いつもは冷静なエレナが、公衆の面前で抱きついてくるなんて。
よほど嬉しかったのだろう。
(こんなに喜ぶもの無理ないか……あのどん底からの復活だからね……)
ここ10数年間、F.S.Vはどん底に苦しんでいた。
そんなクラブを変えようと、エレナは必死で努力してきた。
まだ中等部の小さな女の子なのに、大人たちに混じって頑張ってきたのだ。
その苦労が、今日やっと報われたのだ。
いつもは冷静なエレナが、こんな子どものように喜ぶのも無理はない。
「あれ、でもエレナ成長している?」
「えっ? なんのこと、コータ?」
「いや、胸の部分が……」
抱きついてきている、彼女の胸の感触があった。華奢なエレナのイメージとは違う感触。
でも、よく考えたらエレナも今年の誕生日15歳。
少女から乙女っぽい身体つきになっていたのであろう。
3年前に初めて出会った時は、エレナはお人形のように小さな美少女だった。
そのころからは想像もできない成長ぶり。
いや、この3年間、オレはサッカーのことしか考えていなかったからかな?
エレナのことを女の子として、あまり見ていなかったのかもしれない。
「ちょ、ちょ、ちょっとコータ! こんな時になに変なことを言っているのよ、あなた⁉」
「いや……でも、抱きついてきたのは、エレナの方だから……」
「えっ? わ、私ったら、はしたないことを……」
エレナは我に返って離れた。
顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
どうやら優勝に興奮し過ぎて、無意識的に抱きついてきたらしい。
いつもの彼女では考えられない、大胆な行動。
だが世界のサッカーの優勝は、それほどまでに人を興奮させて、感動させるものだ。
これもまた嬉しい出来ごとなのであろう。
『おい、コータ! そろそろサポートの席に、挨拶にいくぞ!』
『明日のニュースに写真が載るかもしれないから、髪型をきめていくぞ、コータ!』
子どものように喜んでいたチームメイトたちが、戻ってきた。
この後はスタジアムにいる観客席に、全選手で挨拶に行くのだ
サポータ団は長年にわたり、F.S.Vを応援してくれてきた。
そんなF.S.Vを心から愛してくれる市民のところに、感謝を述べていくのだ。
「じゃあ、行ってくるね、エレナ!」
「うん、コータ。あまり大騒ぎしすぎて、怪我しないでよね。この後は優勝チームの一員として、色々と忙しいんだから!」
「うん、分かった!」
ドイツ2部リーグで優勝したチームは、色々と忙しい。
観客席に挨拶した後は優勝トロフィー授与と、各人に優勝メダルの授与のセレモニーがある。
その後は集まったマスコミ陣に、各選手がインタビューで答えていく。
またその後も優勝チームとしてバタバタだった。
監督とキャプテンたちは、ドイツのテレビ局に向かうらしい。
ドイツのスポーツ番組に生出演するのだ。
ちなみに未成年であり学生枠のオレは、夜遅いクラブの仕事には参加はできない。
本当はドイツのテレビにでも出たかったのだが、こればかりは仕方がない。
その分だけ、このスタジアムでの仕事を頑張ろう。
『おい、コータ、行くぞ!』
『早くしろ、コータ!』
チームメイトが観客席に挨拶に出発する。
いつの間にか全員が髪の毛をセットし直していた。
『はい、分かりました!』
慌ててオレも、皆の所に駆けていく。
時間がないので髪の毛は、ボサボサのままでいこう。
(でも、優勝したんだな、オレたち。昇格できたんだな、本当に……)
スタジアム全体が優勝に歓喜して、まだ揺れている。
それを眺めながら、改めて実感した。
F.S.Vは優勝ができた。
1部リーグに昇格することが確定したのだと。
(本当に最高の瞬間だな……ドイツでの3年間で、一番の瞬間だな……)
こうしてこの日の夜のオレは、いつまでも優勝の余韻に浸るのであった。
◇
優勝を決めた夜から、数日が経つ。
(それにしても優勝した日の夜は、F.S.Vの街はお祭り騒ぎだったな……)
ここ数日のことを思い出していく。
優勝を決めたあの夜、町中が大騒ぎになった。
スタジアムでの優勝の興奮が止まないサポータや市民は、そのまま街の繁華街まで繰り出していった。
F.S.Vの歌を大合唱して、F.S.V旗を振りながら、街の大通りを行進していた。
発煙筒を炊きまくり、町中が異様な興奮状態だったのだ。
(あんな大騒動は日本では有り得ないよな。さすがはドイツだな……)
ここは誰もがサッカーを愛するドイツの国。
しかもF.S.Vは昔から、熱狂的なサッカーファンが多い街。
その夜は明け方まで市民は繁華街でビールを飲み、F.S.Vの優勝を祝っていたのだ。
(その次の日も忙しかったな……さすがはドイツ2部リーグで優勝したクラブだな)
優勝した次の日以降も、オレたちはバタバタしていた。
連日に渡って、ドイツ国内のマスコミ取材を受けていく。
何しろF.S.Vは史上最短記録で、ドイツ2部リーグの優勝を決めていた。
サッカー専門誌やテレビ局は、その秘密を特集しよう取材してきたのだ。
(F.S.Vが史上最短で優勝できた要因? よく考えると、いったい何だっただろう?)
冷静に思い返しても、オレは要因が見つからなかった。
何か大きな存在があったような気がするが、自分では分析することが出来なかったのだ。
これは後日談になる。
『F.S.Vが4部降格のどん底から、1部昇格まで返り咲いたのは、一人のある少年の存在が大きかったのだ』
そんな特集がドイツ組まれるのは、もう少し先の話になる。
(とにかくF.S.Vの皆は忙しかったな。でも次の試合まで、少し時間が空いていて助かったよな、本当に……)
F.S.Vの優勝が確定したが、2部リーグでの試合はまだ7試合も残っている。
いつもの2部リーグは毎週週末に試合があった。
だが次の試合は4月の第二週の週末。
優勝した日から、ちょうと2週間の余裕があったのだ。
(チームの皆は疲労が蓄積していたから、ちょうどいい休養になるかもね?)
この2ヶ月間はかつてないほどハードであった。
全員が毎日のように顔を合わせて、9連勝に向かって努力と練習をしてきた。
選手たちは休養をしながら、コンディションを整えていけるであろう。
(逆にエレナたちF.S.V幹部の人たちは、これから忙しくなりそうだな……)
優勝した翌日から、F.S.Vのクラブハウスは大忙しになっていた。
何しろクラブは来季からは、1部に昇格する。
ドイツの1部リーグは世界でもトップクラスなステージ。
そのため経営陣がこれから準備していくことは、山のようにあるのだ。
(超大手のスポンサーとの契約も確定したみたいだし、来季のF.S.Vは賑やかになりそうだな……)
史上最短の優勝が確定したことにより、F.S.Vは注目を浴びていた。そのため多くの大手スポンサーから打診があったという。
そのお陰もありクラブ経営は、かつてないほど収益を確保できる見込み。
水面下で動いていた新スタジアムも、一気に動き出すのであった。
(収益か……チームの皆も、年棒の話をして楽しそうだっな……)
1部昇格すると、選手の年棒も比例して増える。
この時代のドイツ1部リーグの平均年棒は、日本円で約1億8,000万円。
今の2部の5,500万円の約3倍にも、跳ね上がるのだ。
だからチームメイトたちは優勝の余韻に浸りながらも、すでに水面下で動き出していた。
代理人と来季の年棒についての相談をしていたのだ。
F.S.Vはスポンサー増大のお蔭もあり、選手たちに更に多くの年棒を渡せるであろう。
まさに1部昇格は、クラブにとって嬉しいことずくめなのだ。
(サッカードリームか……)
サッカーの世界は奥が深い。
そして多くの夢が詰まっている。
何しろボールを上手く蹴ることが出来るだけで、億万長者になる可能性があった。
そして華麗なプレイを身につけたなら、世界中のファンを熱狂させる英雄になることができるのだ。
(だからサッカーは面白いんだよな……)
そんな熱狂的な部分を含めて、オレはサッカーのことが大好きであった。
色んな人間模様があったり、悲劇的なドラマがあったりと。
前世では視聴者として、サッカーの世界にハマっていた。
そして今世ではプレイヤーとしても、そんなサッカーの世界を満喫している。
(特にこのヨーロッパは、本当に激しいよな……)
ヨーロッパの各リーグには、世界中のトッププレイヤーが集まっている。
彼らは一攫千金を夢見ながら、泥にまみれながら努力を積んでいた。
こんな素晴らしい環境に来られたことは、オレにとっては本当に最高の時間であった。
◇
「でも、そんなヨーロッパとも……ドイツとも、今日でお別れか……」
目を覚ましベッド上で、オレは我に帰る。
気がつくと優勝した夜から、更に日が経っていた。
今は3月31日の早朝。
オレが日本に帰国する日が、ついにやってきたのだ。