感情を暴走させるんだ!
さて、あくる日。町にて。というか、もう町の中。編集さんを前に、俺はその後ろをスタスタ歩いている訳なんだけども。何とも、周りの人がこっちを見てくる視線の濃さが気になる。そりゃああんだけの立ち回りしたら仕方ないけど。
「……あの格好、それに隣の女の人……」
「間違いないわ。昨日の人よ。後ろの男の人は……案外無事そうだけど」
「昨日帰った後は、激しくはされなかったようねぇ、激しくは」
「ねー……」
おう『激しく』を繰り返すな。誤解招く表現をするなそこの奥様方。横目で、特に俺を見るんじゃねぇ。何を想像したってんだ。
「とはいえ……想像通り、そこまで反応がある訳ではありませんね」
「別の意味でガッツリ反応されてるけども、まぁ、そうだな?」
「暫く町全体の噂になる位の大きなショックを与える必要がありましたからね。私が一緒に居て、貴方が何時ものそのボロイ恰好をしていれば、顔が同じでも見分け、と言うより差別化は出来るでしょう」
払った代償がデカすぎる気がしないでも無いけども。こうして町を普通に歩けているから取り敢えずは、プラマイゼロと考えよう。視線も、奇異の視線を向けられていると思うからダメなんだ。注目の的になって居ると考えよう。
「そう考えるとこの視線も……」
「熱視線で見つめられるのがお好きでしたか先生?」
「いやそんなことは無かったです。はい」
ポジティブに考えようと駄目なもんはダメでした。はい。視線には慣れない。視線が辛い。この人の影に隠れたい。なんなら。
「……やっぱり、ちょっと挙動不審じゃない?」
「何か折檻されたのかしら。怖いわねぇ本当に」
「もしかしたら、男の方の方の趣味なのかもしれないわね! ああやって激しく言われるのがお気に入りなのかも……!」
「あら、そう言うのもあるの!?」
「あるのよぉ、旦那がね、そういう趣味の人も居らっしゃるのを、この前ね」
「じゃああの方も……あー、でもああいう冴えない顔の方が意外に?」
「あるのよ」
無いですよ。ふざけない下さい。俺がソッチ方向の趣味があると思われるのが物凄い不快でしかない。俺はドNだってんだよ。Nって? Normalだよ! 小説家としてはそりゃあ邪道を極めちゃいるけども、感性は普通なんだよ!
「あの婆さん達を話で胸キュンさせて金を巻き上げてやりたい……!」
「落ち着きなさい。小説家特有の復讐方法を考えない。その熱は純粋にあのご婦人に最高の作品を届ける為に使いなさい。良いですね」
「うぐぐぐ、小説家としての意地ィィイイイイ」
思わず歯もギリギリよ。歯に良くないとかもう知らんわ。しかし編集さんの言う事も事実。怒りを堪え、ニッコリと笑いながら手を……
「あら、凄い顔なさってる」
「図星突かれて恥ずかしくなっちゃったのかしら」
よし許さん。貴様等を感動と胸キュンの渦に沈め、その話無しでは生きられないようにしてやる。今俺は、悲しみの小説家のダークサイドに俺は今、一直線に堕ちたのだ。最早良い作品を書いて金を巻き上げる事しか考えていないのだ。容赦はしない!
「はい、どうどう。どうどう」
「ふーっ! ふーっ! ふぎゃーっ!」
「まぁ、ケモノ染みた悲鳴を上げてらっしゃるわ。若いのねぇ」
「きっと夜も激しいんじゃない? それこそあんな雄たけびを上げて……」
「「きゃーっ!」」
きゃー、じゃねぇんだよ! 俺の小説で涙腺をぶっ殺してやるから覚悟しろ! 絶対に許さんからな! 涙で溺死させてやる! 感動を極めさせてやるってんだ! 今ならどんな小説だって書ける! 気がする!
「はいはい、行きますよ」
「みぎゃーっ! 放せってんだ! 俺は帰って小説を書く! 全力でだ! 脳味噌の出力が全力全開の内に!」
「感情を暴走させたところで書ける作品はたかが知れていますよ」
大丈夫だよ! 感情に任せたまま書いた方が……いや、コレ前も言った気がする。でも何度でも言う。この胸の内の衝動の儘に、今は書きたいんだよ!
「いつも書けとか言ってるじゃねぇかよ! 今だったら――」
「はいそこ迄」
「むぎゅっ」
こ、このーっ! アンタ! 抱き締めて物理的に口を封じるのやめろ! 後自分の体を積極的に便利アイテムの如く使うのやめろと何度言えば分かるんだ。更に言えばスイマセン苦しいからそろそろお許しいただけると。
「今の貴方はダメ人間として認識されて、そこから偽物との差別化を図ってるんですからボロ出しちゃダメでしょう?」
「……そんな子供に諭す様な優しい口調で言われても騙されんぞ」
「はいはい」
「ハイハイじゃなくて……大体、出てこないじゃないか偽物」
俺達が出向くタイミングで出てくるとは言ってたけど……よく考えてみれば、この前俺達が色々やってた時だって、出てきてもおかしくなかったのに。その理屈で言うと。
「俺達が出向く時を見計らってるなら、そろそろ出て来たって」
「――出てきます。この前は、我々が既に別人であることをしっかり証明していたからこそ出てこなかったのではないかと」
「ただ茶番してただけ、なんだけども」
「茶番でも、自分が罪を着せようとしている相手が、自分とは別人だとしっかり証明されてしまってる。そんな状況で出てくる程間抜けじゃあないでしょう」
「いや、今もそうじゃない?」
「――いいえ、今は、そうではありません。この前の様な異常な行動をしていないのですから。チャンスだと思って出てくる可能性も十分にありますよ」
……成程?
「あんときは、俺が明らかにボコボコにされていたから、盗みを働いても別人だとバレてしまう、って事か?」
「そして、今我々は、のんびり歩いている様に見える……」
「恰好の的に、見えるのではないでしょうか?」
――出た! 立て看板の男が出たぞー!
「……ほらね?」
「よっぽど俺に恨みがあるんじゃねぇかな。あの偽物野郎」
まぁ、それで引っかかってくれるっていうなら、本当にありがたい限りだけども。となれば後は……あのお方が出向くのを待つだけか?
アンデルセン先生ごめんなさい。
そろそろ話に進展持たせたい。