武術演技と音出しの起源
「まず最初はクィルガーと兵士の力比べのシーンだね」
私はそう言ってラクスに台本を見せる。今回の台本はクィルガー物語の主な戦闘シーンをダイジェストでまとめた話になっている。
クィルガーが兵士と力比べをして仲間に引き入れるシーン、村へ到着して魔獣を追い払うシーン、魔獣を追って住処へ向かう途中の魔物との戦いのシーン、そして魔獣との最終決戦のシーン。
「ここは最初のシーンだからそんなに戦闘自体は凝らなくていいと思う。兵士が最初猛攻を仕掛けるんだけど、クィルガーはそれを余裕で受け流して、簡単に兵士をやっつけるって感じで」
「一回でやられたら面白くないから、何度かやられてやり返したほうがいいんじゃないか?」
「そうだね。クィルガー役のラクスもただ突っ立って剣を受けるだけじゃつまらないからそこも工夫がいるかも」
私とラクスはお互いに意見を言い合って武術演技の内容を決めていく。実際に木の棒を使って軽く打ち合いながら流れを考えていく。
「ラクス、そこの払う仕草はもっとゆっくりでいいよ。それに合わせてこっちが回転するから」
「俺がジャンプして避けるってのもいいんじゃないか?」
どうやれば迫力のある動きになるのか、実際の戦闘とは違う面白さが出るのか、ラクスも考えるのが楽しいらしい。次々とアイデアが出てきてそれを形にしていく。
バチで叩く練習をしていたファリシュタとハンカルも、いつの間にか手を止めて私たちの様子を見ていた。
「ねぇディアナ。その動きにこの音出しを合わせるの?」
とファリシュタが拍子木を持って尋ねてくる。
「うん。私とラクスが剣を合わせる瞬間があるでしょ? それに合わせてカン! って音を出して欲しいんだ」
「えっ結構たくさんあるよね?」
「こうやって軽く剣を合わせてる時は小さい音で、で、ラクスが反撃して私が後ろに飛ばされる時は大きな音でって感じで、メリハリをつけたらいい感じになると思う」
「なるほど……」
私の説明にファリシュタが手元の拍子木をカンカンっと軽く鳴らす。そこでハッと気付いて、
「あっいやあの、私じゃなくてハンカルがやっても……」
と慌てて言う。
「いや、そっちはファリシュタに任せるよ。俺は人の動きに合わせて音を出すっていうのは苦手みたいだし、一定の間隔で叩く方が性に合ってる気がするから」
「そうだね。じゃあそっちはハンカルに、こっちの音出しはファリシュタにお願いしていい?」
「う、うん……。わかった」
そこからは私とラクスの打ち合いにファリシュタの音が加わる。私はその音を聞いてリズムが良くなるように打つタイミングを修正していく。
そしていつの間にか教室が暗くなり寮に戻る時間になった。
「あー、まだ全然できてないからもっと続けたいのに」
ラクスが残念そうに言う。そんなラクスに「そうだね」とファリシュタが微笑みかける。どうやらみんな演劇の練習を楽しいと思ってくれたみたいだ。よかった。
「ラクスは明日はシムディアクラブに行くんだろ?」
「そうなんだよなー」
ハンカルにそう言われてラクスが肩を落とす。ラクスは今のところシムディアクラブと掛け持ち状態だ。特に掛け持ちについては禁止されてないので都合の良い日にこっちの練習に来てもらうことになっている。
「ラクス、今日の動きを忘れないように時間があったら練習しといてね」
「おう。わかってる」
私は教室の扉に鍵をかけ、みんなと一緒に廊下を歩く。その時タタタ、という小さな足音が先の階段付近から聞こえた。
「あれ? 今そこに誰かいた?」
「ん? いたか?」
「特に何も気配は感じなかったが……」
私の問いにラクスとハンカルが答える。
気のせいかな?
翌日、私は図書館へ向かった。
図書館の中へ入り、中央のカウンターにいる男性の司書に声をかける。
「あの、音出しについて調べたいんですけど」
「音出し? 最近のものについてかい?」
「いえ、できればその起源というか、音出しの歴史について知りたいんです」
「音出しはかなり古くからあるからな……下に行った方がいいかもしれない」
司書の人はそう言って私を図書館の奥に連れていく。十八番の本棚がある一番突き当たりまで進んで左に曲がると、その先に下へ続く階段が見えた。
「上の階には比較的新しい本が置いてあるんだ。ここ千年くらいの」
「千年が比較的新しいんですか……」
「それ以上に古い本もたくさんあるからね。そういうのは保存状態も重要だから窓のない一階に収められているんだよ」
そう言って地下への階段を降りると大きなアーチ型の扉があって、司書の人がその扉の鍵を開ける。
「この中には貴重な本がいくつもあるから、ここへの出入りは司書が一緒じゃないとできないんだ」
「じゃあここの本を借りることはできないんですか?」
「基本的にはね。ええと、音出しは文化の所かな……」
一階の部屋に窓はなく、天井に寮の部屋と同じ光る石がはめられている。二階と同じ大きさの部屋にたくさんの本棚がずらりと並んでいて、古い本が持つ独特な匂いが漂っていた。
うわぁ……こっちにもこんなに本があるんだ。っていうか、王様どれだけ本読んでるの?
その本の多さに若干引きつつ私は司書のあとを歩く。
「あった、この辺だね。私は入り口付近で仕事をしているから終わったら声をかけて」
「はい」
とある本棚の前で司書の人と別れて私は本を探す。
司書の人を待たせることになるからあまり時間はかけられないね。
その本棚をザーッと見ながらいくつかの本を手に取る。「古代の音出し」「音出しの歴史」「地方に伝わる音出し」……。私は本棚の側にある閲覧用の机にそれらを置いていく。
私は昨日のラクスを見て、もしかしたら彼は音に合わせて踊ったことがあるんじゃないかと考えたのだ。メロディがなくても太鼓があればリズムは叩けるし、それに合わせて踊ることはできる。
そうやってリズムに乗った経験があるからこそ、昨日のあの動きができたんじゃないかな。
魔女時代が終わって、音楽と踊りは禁止された。でも今まであったものを完全に無くすことなんて本当にできるのだろうか。もしかしたらこっそりと受け継がれているものもあるかもしれない。
だからまず現在にまで伝わっている音出しの歴史を調べようと思ったのだ。音出しの起源を知れば、この世界の音楽のことも知ることができる。
直接ラクスに聞けば早いんだけど、禁忌である踊りを「やったことある?」なんて気軽に聞けない。それが周りにバレたら白い目で見られることがわかってるからラクスだって簡単に答えてくれないだろうし。
ソヤリさんに聞けばいいんだろうけど、いつ話ができるかわからないからね……。
私は持ってきた本を読んでいく。
「ふんふん。音出しの歴史は魔女時代に遡るんだ。元々は狩りの時の合図や家畜の管理のために作られたんだね。あとは時間を知らせる鐘のようなもの、か……」
最初の音出しは打楽器だ。手や木の棒でなにかを叩いて音を出す。その次に笛。動物の骨や角を利用して数種類の音が出るものを作り出した、と書いてある。
その後音楽の登場とともにさらに音出しの種類は増えて、複雑な作りのものは楽器と呼ばれるようになった。
ていうか、意外と書物には当たり前に音楽や楽器って言葉が出てくるんだね。ちょっとびっくりだよ。
口に出すことは禁忌だが知識として知る分には問題ないのかもしれない。
「魔女時代の終わりとともに楽器は失われたが、人々の生活に密接に関わっている音出しはその後も使われ続けた……なるほど」
私は次から次に本を読んでいく。その中にとても変わった毛色の本があった。
「『密かに受け継がれる音出し』?」
その本には地方でひっそりと受け継がれている変わった音出しについて書かれていた。
「あれ、これって明らかに笛じゃない?」
とある地方で使われている音出しが挿絵付きで紹介されている。そのラッパ型の音出しにはいくつかの穴が空いていた。
「音の違いで家畜を呼び寄せるらしいが、はたしてそれだけのために使われているのか? 村人は詳しくは教えてくれなかった……か」
いやこれ、どう見ても音楽奏でる用だよね? この筆者も怪しんでるけど。
他にも一弦だけあるハープの簡易版みたいなものや、鈴と太鼓が一緒になったようなものもあった。
「やっぱりこれ……楽器、だよね?」
どうやら地方にはこっそり楽器が残っているらしい。やはり秘密裏に受け継がれているものはあるのだ。
ラクスの国は祭りがたくさんあるって言ってた。もしかしたらその関係で太鼓のリズムに乗る踊りのようのものが伝わっているのかもしれない。
音楽と踊りは完全に消えたわけじゃないんだ。表立っては言わないけど、密かに楽器が受け継がれている。
だったら音楽付きの劇をやることだっていつかはできるかも知れない。私は胸が高鳴っていくのを感じながらそんなことを考える。
……いやいやいや、冷静になれ私。そんなこと周りが許してくれるはずがない。特にあの王様にそんな話持ちかけられない。
でも今は無理でもいつかきっと、長い時間をかければできるかも……。
はっそうだ! 私はエルフで長寿なんだからそんなに焦らなくてもいいんじゃない? そうだよ、今すぐじゃなくても何十年も何百年もあとになればいつかは。
……うんうん、急がば回れ、だね。ここは慌てず着実に進んでいこう。
私はそう一人で納得して本を閉じようとする。けれどその本の最後の方にあった挿絵にふと目が留まって手を止める。
そこには古い太鼓が描かれていた。動物の革で作られたその太鼓の表面に、複雑な模様が描かれている。解説には「魔女時代の祠で見つかった太鼓の写し。表面にある模様は魔法陣と見られる」と書いていた。
「えっ⁉ 魔法陣?」
私は驚いてその絵をまじまじと見つめる。太鼓の表面に黒い色の複雑な模様がある。バチか手で叩くであろう箇所は白く削られているが、その他の場所にびっしりと複雑で美しい模様が描かれていた。
これがテルヴァが言っていた魔法陣なんだろうか。
いきなりエルフと関係のあるものが出てきて心臓がドキドキしてきた。どうやらこの太鼓は魔女時代に祭祀の時に使われていたものらしい。
この本も王様がすでに読んでるってことだよね? じゃあ王様は魔法陣の模様についても知ってるってことか……。
私に魔法陣のことを聞くくらいだから、魔女のことも調べようとしてるのかなぁ。なんというか、すごい知識欲だよね。まぁ音楽欲まみれの私が言えることじゃないけど。
私はその魔法陣をもう一度目に焼き付けて、出していた本を全て本棚に戻した。
司書の人にお礼を言って二階に戻り、図書館を出る。
とりあえずラクスに関する仮説は私の中では確定ということにしよう。気にするといけないから本人には言わないけど。
でもリズムに乗れるって前提で考えればこれから武術演技の難易度も上げていけるよね。
踊りができる役者が増えれば、それだけ演劇の幅は広がる。その劇を観て面白いと思ってくれる学生はたくさんいるはずだ。
よし、やる気出てきた!
それからファリシュタと合流して練習室にいくと、なんとハンカルがバンブクの木を採ってきてくれていた。
「校舎の中庭の方に植えられているのを見つけたから学院の職員に話をして切ってもらったんだ。ちょうど間伐する予定だったらしくて快く譲ってもらったよ」
「ありがとうハンカル! 仕事が早い!」
私は二メートルほどに切られたバンブクの木を持ってブンっと上下に振ってみる。緑ではなく青い色をしたその木は竹と同じようにグンっとしなった。
「ちょうどラクスもいないし、今日はこれを加工しよっと」
「俺も手伝おうか?」
「あ、じゃあラクスの分の剣を作って欲しいな」
「わかった」
そうして私たちはその日バンブクの剣作りに精をだした。
ラクスの才能を不思議に思ったディアナは
この世界に音楽が残っていることに気付いてびっくりしました。
演劇の可能性が広がってウハウハです。
次は 練習と王女の不調、です。