考察と気付き
私はテーブルに一枚の紙を置いて、今までにあった嫌がらせの内容を順番に書いていった。
「一番最初は小石だったんだよね。ビー玉みたいなのが飛んできて、で次は水の塊」
小石、水が終わると次は熱の被害だ。
「私の荷物が熱くなってて火傷して、その次は熱湯の塊が飛んでくるようになった……で、寮長さんに相談しようと思ってたところでスカーフを引っ張られて髪が露出しそうになった」
こう書くと結構ひどいことされてる気がする……。
「そして今日、剣が私の方に向かって落ちてきた」
決して勢いよく向かってきたわけじゃないんだよね。本当に「落ちてきた」っていう表現が合ってる。だからこそ周りのみんなには偶然落ちてきたように見えたんだろうし。
「……なんか今日のだけ、ずば抜けて危険じゃない?」
あれがもしそのまま落ちて来ていたら、私は大怪我どころでは済まなかったはずだ。
私は思わず自分の手で二の腕をさする。
「傾向としては今回のだけちょっと異質だね。魔石術を使ってるところからしても」
私は紙に書いたスカーフと剣という文字の間に区切り線を引く。
「とりあえず、今日以外の嫌がらせについて考えていこう」
小石、水、熱、熱湯、引っ張り……これに共通しているものはなんだろう?
熱以外はどこからか飛んできたものだ。小石が飛んできた時にはパチンコみたいな武器で打ってきたのかと思ったが、水はパチンコでは飛ばせない。
水を飛ばせるものといえば水鉄砲だが、この世界に水鉄砲やそれに似たものはあるんだろうか?
頭の中で水鉄砲の形を思い浮かべる。
あれ? そういえばこういう形にしたらいいのになぁって思ってたもの、あったよね……。
「あ! 送風筒だ!」
私は魔石装具学の授業で触った送風筒のことを思い出した。あの時「これドライヤーみたいな形にしたらもっと使いやすいのにな」と思ったのだ。
そして気付いた。
「あ、魔石装具には風、水、熱を使ったものがある……もしかして犯人って魔石装具を使ってるんじゃない?」
小石は送風筒で飛ばして、水は水流筒を使い、熱湯は不安定だけど出せるものが作られている。
スカーフの件以外は魔石装具があれば、今までの嫌がらせが全部できる気がする。
「実際にできるのか実験したいけど……魔石装具学の授業はもう終わっちゃったんだよね」
一年生時の魔石装具学はあまり教えられることがないため授業数が少なく、今年度分の授業はすでに終了していた。
顧問であるテクナ先生は学院外の魔石装具工房に引っ込んでしまったため学院内で会うことは難しい。
「寮長さんか、ソヤリさんに相談かな……」
そして翌日の放課後、私はアラディナと寮長室に向かった。寮長のガラーブは学院の先生とあまり接点がなさそうだし、ソヤリさんに手紙を渡してもらってテクナ先生を紹介してもらおうと思ったのだ。
用件を告げると寮長室の扉が開き、使用人が中へ入れてくれる。
「ガラーブ様は現在お客様の対応をなさってますので、こちらでお待ちください」
と、いつもの部屋へ案内される。その部屋へ入ろうとしたところで廊下の奥の方からドスドスと歩く音と大きな声が聞こえてきた。
「だから、それはラギナに任せてるって言ってんだろ」
「あれはラギナじゃなくてあんたに任せたんだよ」
「俺は寝る暇がねえくらい忙しいんだよ」
「嘘をつくんじゃない」
「いででででっ」
驚いて見ていると、廊下の向こうからガラーブに頬をつねられたテクナ先生が現れた。二人は廊下の角を曲がったところで私がいることに気付き、同時に足を止めて私をギロリと睨む。
「「なに見てんだよ」」
「いや勝手に現れたのそっちですけど⁉」
二人の見事なシンクロに思わずツッコんでしまった私は慌てて別の言葉を発した。
「あのっテクナ先生いいところに! ちょうど先生に相談があったんです。お時間いいですか? というか、お二人はお知り合いなんですか?」
「……ディアナ、一度に二つ質問するな」
「あー、えーっと、なんかどっかで見たなおまえ。……誰だ?」
赤ピンクの髪をガシガシ掻きながらテクナ先生が首を傾げる。その横でガラーブがため息を吐いて紹介をしてくれた。
「テクナこっちは一年生のディアナだ。ディアナ、こっちのテクナは魔石装具学の先生であり魔石装具工房の工房長であり、私の夫だ」
ええええええ!
「寮長さん、結婚してたんですか⁉」
「どういう意味だ」
「だははははっこいつ、色気ねぇからなぁ!」
「そんな女に求婚してきたのはどこのどいつだ」
そう言いながらまたガラーブはテクナの頬をつねる。口では文句を言ってるけどテクナ先生はその手を退けようとはしない。甘さは全くないが、なんだかんだ仲はいい夫婦のようだ。
「で? こいつになにか用なのか?」
私はガラーブに嫌がらせの犯人が魔石装具を使っているのではないかという仮説を話した。その話を聞いてテクナ先生が眉間に皺を寄せる。
「魔石装具を嫌がらせの道具に使ってるだと?」
「あくまで仮説ですけど……」
「俺の大事な魔石装具をそんなことに使うとは……気に食わんな。よし、ディアナの仮説が正しいのかどうか実験するぞ。ガラーブ、そこの部屋を貸してくれ」
「今からするのか? もうすぐ学院の門が閉まる時間だぞ」
「表が閉まったら寮の裏口から出ればいいだろ」
「平民の使用人が使うところを使うな。使用人がビビるだろ」
「フン。今まで何回も使ってるんだ。今さらビビるかよ」
テクナ先生はそう言いながら談話室の扉を開いた。ガラーブは肩をすくめながら「仕方ないな」と言って私の背中を押して一緒に部屋に入る。最後にアラディナが入ってきて扉の横に待機した。
テーブルを挟んで奥に座ったテクナ先生は服の中から次々と魔石装具を出して、テーブルの上に置いていく。
「えーと、これが送風筒でこっちが水流筒だろ、んでこっちが携帯灯」
「普段から持ち歩いてるんですか?」
「主に出回ってるものはな」
「あとはこの暖房灯だね」
ガラーブは部屋の隅から暖房灯の取っ手を持ってテーブルの上へ置く。
「ディアナ、例の小石は持ってるか?」
「あ、はい。持ってきました。これです」
私はポケットの中から丸い小石を出して二人の前に出す。「これが送風筒から出てきたらどうなるか見てみよう」とテクナ先生はそれをつまんで送風筒の先端の中へ入れた。
「出すぞ」
先生がそう言って送風筒を横の壁に向けて起動する。
ボオオオオッという大きな音が鳴って風といっしょに小石も飛び出した。けれど小石は壁に到達する前に下にカツンと落ちる。
「思った以上に飛ばねぇな」
「これじゃ遠くからディアナを狙うなんて無理だぞ」
テクナ先生とガラーブに言われて私は腕を組む。
確かに送風筒をそのまま使っただけでは離れた標的に当てることは難しいようだ。
「もっと勢いよく出す方法ってありませんか? 例えば筒の先をこう細くしていって先端を小石で塞いで風の力を百パーセント受けられるようにするとか……」
「ああ、そういうのならあるぞ。やってみよう」
先生はそう言って服の中から掃除機のノズルのようなものを出してきた。
「なんですか? それ」
「送風筒に取り付ける付属品だ。アルタカシークは砂漠の中にあるから砂が家の中にも飛んでくるだろ? それを吹き飛ばす用に作ったんだ。これを付けたら風の勢いが増すんだよ」
なんと本当に掃除機のノズルと同じようなものだった。ただ吸い込むのではなく吹き飛ばす用だが。
ノズルは根本の丸型から先に向かって平べったい形に変わっている。それを送風筒の先端に取り付けて、先生はノズルの先に小石を挟む。どうやらちょうど小石が挟まる厚さのようだ。
「できれば小石の両端にある隙間も塞いで欲しいんですけど」
「わかってるよ」
先生はそう言うと、また服の中から輪っか状のものを取り出す。
なんか先生の服って四次元ポケットみたいだね……次から次にいろんなものが出てくるよ。
「それはなんですか?」
「はっはっは、聞いて驚くな、これは最近発売されたばっかの何度でも剥がせる『何度もテープ』だ!」
そう言ってババーン! と私の前にそのテープを掲げる。
何度も剥がせるってことは、マスキングテープみたいなものってことかな?
「……あんま驚かねぇな」
「すみません私、そういうものに疎くて……」
そんな私にガラーブが声をかける。
「ディアナは以前の記憶を失ってるんだったな。こういう生活で使用する物も忘れているのか?」
「そうですね……あまり詳しくはないです」
「なんだよ、驚かそうと思ったのに」
テクナ先生はそう言って口を尖らす。
「そのテープって紙でできてるんですか?」
「そうだ。ただ防水加工している紙だから結構丈夫だぞ」
先生はその「何度もテープ」を送風筒のノズルの先端にビーッと貼って、小石以外の出口を塞いだ。
「じゃ、もっかいいくぞ」
そう言って壁に向かって送風筒を起動する。するとさっきとは違ってビュッと勢いよく小石が飛び出し、談話室の壁にカン! とぶつかった。跳ね返った小石は大きく弧を描いてテーブルの上に落ちてくる。
「とぉー……ビックリした。思った以上に勢いが出たな」
「……寮長さん、これ」
「……ああ、これなら十分に離れた位置からでもディアナを撃つことができるな」
私たちはお互いに顔を見合わせる。
「次はなんだ?」
「水です。水の塊が飛んできて……」
今度は水流筒を使って実験する。送風筒に付けてたノズルを水流筒の先端に付けてそれを壁に向ける。
「おい、部屋に水を撒く気か」
「ちょっとくらいいいだろ」
「いいわけあるか。テクナ、あんたが壁の前に立て」
「あ?」
「いいから早く」
ガラーブに急かされてテクナ先生が渋々壁の前に立ってこちらを見る。「壁の方を向け」と言われて後ろを向いた先生に、ガラーブは持っていた水流筒を起動した。
ノズルを付けた水流筒からビュッ! と勢いよく水が飛び出し、テクナ先生の頭に直撃する。
「冷てえっ!」
「ふむ、思った通りに出たな。これならディアナの服を濡らすこともできる」
「おい俺の頭がびしょ濡れじゃねぇか!」
「これで乾かせばいいだろ。なんの為の魔石装具だよ」
文句を言うテクナ先生にガラーブが送風筒を投げて渡す。「ぐぅ……相変わらず酷ぇ女だ」とブツブツ言いながら先生は送風筒で頭を乾かし始めた。
……なんというか、すごいコンビだねこの二人……。
私は半ば呆れ顔で二人のやりとりを眺めた。
「次は熱だったか?」
「はい。荷物が熱くなってて、火傷したんです」
「それは熱放筒で間違いないな」
「熱放筒ですか?」
テクナ先生の言葉に私は首を傾げる。
「今は持ってないがこの暖房灯と同じで熱石を使った魔石装具だ。この送風筒と同じ形をしていて、火傷するくらいの温度の熱を放つことができる。筒の材質は熱に強い金属を使っているがな」
「じゃあその熱放筒を使えば荷物を熱くすることができるんですね」
「ああ」
あと残っているのは熱湯の塊だ。
「熱湯か……授業でも言った通り安定して熱湯を出す魔石装具はまだできていない」
「授業で言ってた水と熱湯が交互に出る失敗作の魔石装具を使ったってことはないんですかね?」
「ディアナは熱湯と冷水どちらもくらったのか?」
「……いえ、熱湯になってからはずっと熱湯でした」
「じゃああの失敗作の魔石装具じゃないな」
テクナ先生はうーむと言って腕を組む。
熱湯を安定して出す魔石装具はまだないのか……じゃあどうやって熱湯を撃ってきたんだろ……。
私とテクナ先生がうんうん唸っていると、ガラーブが呆れたように言った。
「そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないか? 例えば撃つ直前にこの先端に熱湯を流し込んでノズルを付けて撃つとか、そんなやり方でもできそうだぞ?」
「……! あっ」
「……! そ、そんなやり方が……っ」
私たちはガラーブの発言に虚をつかれた顔になる。
そうだ、そんなアナログなやり方でも十分できるんだ。
「おまえってたまにそういう鋭いこと言うよな」
「あんたが難しく考えすぎなんだよ」
部屋にある暖房灯のうちの一つにヤカンがかけられていて、ちょうどお湯が沸いていたのでそれで実験してみる。さすがに熱湯をくらうのは嫌だとテクナ先生が言ったので、今度は大判のタオルを用意してそこに向かってお湯入り水流筒を使った。
「どうだ? ディアナ。こんな温度だったか?」
ガラーブに言われてタオルの濡れた部分を触る。
「そうですね……少し温度が低い感じもしますけど、こんな感じだったと思います」
「……ということは、魔石装具を使ったってことで間違いなさそうだな」
ガラーブがそう言うと、テクナ先生がはぁ——……と大きくため息を吐いた。
「先生?」
「認めたくないが、多分間違いないな」
「なにがですか?」
「ディアナに嫌がらせをした犯人は、魔石装具クラブのメンバーだってことだ」
「え⁉」
「送風筒、水流筒、熱放筒……それらを全部持ち出せるのは魔石装具クラブの連中か、俺か、工房にいる職人だけだ。特に水流筒は作られたばかりで、学生に売り出されるのは来年からなんだ」
「じゃあ一般の学生はまだ手に入れることができないんですね」
「そうだ」
思わぬところで犯人の絞り込みができてしまった。
「あれ? でも最後のスカーフはどうやったんでしょうね?」
私がそう言って首を捻るとガラーブが口を開いた。
「……ディアナは後ろからスカーフを引っ張られたんだろ?」
「はい」
「その時にディアナの後ろを見ていたものは?」
「……いないと思います。みんなシムディア大会の張り紙に注目していたので」
「だったら普通に黄の魔石術を使ったんじゃないか? 一瞬引っ張るだけなら黄色の光もすぐに消えるしな」
なるほど。黄の引力の魔石術なら引っ張ることは可能だ。
ということは犯人は魔石装具クラブのメンバーということで決まりのようだ。
「寮長さん、黄の寮の一年生以外でアルタカシークの高位貴族で魔石装具クラブの人っていますか?」
「……すぐには出てこないな。調べておこう」
「お願いします」
私は複雑そうな顔をしているテクナ先生に向き直る。
「それと先生、少しだけ水流筒を貸してもらえませんか?」
「あ? なんでだ?」
「最後の熱湯なんですけど、やっぱりもう少し熱かった気がするんですよね。なのでもうちょっと実験してみたいんです」
「他の生徒に見られないならいいぞ」
「わかりました。見せないように気をつけます」
私はテクナ先生から水流筒とノズルを受け取る。
「ディアナ、今回わかったことはまだ周りには話すな。アラディナも」
「はい」
「はっ」
ガラーブの低い声に頷いて、私は寮長室をあとにした。
思わぬところでテクナ先生と遭遇。
検証したおかげで犯人の目星がつきました。
次は大砂嵐、です。