王との繋がり
「ディアナなのだな?」
繋がりの魔石術で通信ができるとは思わなかったので、頭の中に響いてくるその声を聞いて目頭が熱くなる。
『アルスラン様ぁ』
「泣くな。今この細い光が途切れれば居場所がわからなくなる。其方はこの光を途切れさせぬよう集中しなさい」
こんな時でも冷静で冷淡な王様に、その存在に縋って泣きたくなっていた気持ちが一瞬でどこかに飛んでいってしまった。相変わらず冷たい。
でも王様の言う通りだ。繋がりの魔石術が消えないようにしなきゃ。
私がそうやって魔石術に集中していると、「なるほど、あそこか」と言って王様は周りに指示を出し始めた。
「クィルガー、私だ。ディアナの魔石術の力を捉えた。ディアナがいるのは南東街の第一地区、おそらくバチカリク家の館だ。急げ」
王様の指示に、おそらく通信の魔石装具からだろう、クィルガーの声が聞こえるがなんて言っているかはわからない。
良かった、クィルガーが来てくれる。
それだけでまた泣きそうになる。
「ソヤリ、ディアナの居場所がわかった。今クィルガーを向かわせている。其方は寮にいるバチカリク家の関係者を確保しろ」
ソヤリもまたなにか返事をしたようだが声が遠すぎてわからない。
「ディアナ、聞こえるか?」
『はい』
「そちらの状況を喋ることはできるか?」
『はい。今も心の中で喋っているので周りに聞かれることはありません』
「心の中で喋っている?」
私は声が出せなくなっていること、金属の箱に入れられていて水流筒の水を溜めて透明の魔石術を使ったことを説明する。
「水流筒の水で透明の魔石術が使えたのか……」
『でも力が弱いからかアルスラン様の声がとても小さくて……』
「こちらに聞こえる其方の声も小さい。ギリギリの力で繋がっているということだろう。しかし繋がりの魔石術で会話ができるのだな」
『私もびっくりしました……アルスラン様はどうやって私を見つけたのですか?』
「……私は周辺の異変を察知する魔石術が使える。それで王都を探っていたところ、とある場所から細い魔石術の光が放たれているのを見つけた。その光をこちらに引き寄せようと集中すると突然その光と繋がり、其方の声が聞こえたのだ」
異変を察知する魔石術なんかあるんだ……。さすが王様、すごい力を持ってるんだね。
『じゃあ私の繋がりの魔石術はクィルガーには届いてなかったんですね』
「魔石術の力が弱いため特定の者に繋げることができないのであろう。クィルガーがそちらに到着したら……から……すか」
と突然王様の声が途切れそうになって、私は慌てて声をかける。
『アルスラン様! 声が途切れてます!』
「……魔石術の力が弱くなっているな。水に変化は?」
『いえ、特にありません」
「其方の体調は?」
『え? ……あ、そういえば少し息苦しいです。空気が薄くなってるので』
「クィルガーが到着するまでもつか?」
私は目の前の箱の壁を見つめて浅くゆっくりと呼吸をする。箱の中は胸元から上部分の隙間しか空いていない。この空間でどこまで持つだろうか……。
『あまり長くはもたないかもしれません。すでに頭痛もしてきていますし』
頭痛がするのは脳に送る酸素が少なくなっている証拠だ。
「なんとかもたせなさい」
『そう言われましても……あ、こうやってアルスラン様とお話ししていると意識を保てるので会話をしてくださると助かります』
「ではそちらの状況をもう少し詳しく話しなさい」
できればもっと楽しいことを話したいんだけど……。
ズキズキと痛む頭に手を当てながら私はさっきより細かい報告をする。ここの貴族とテルヴァが喋っていた内容のこと、そしてもう少しで裏口に移動させられること。
「馬鹿者、それを早く言いなさい。……クィルガー、今どこにいる? 騎士団を二手に分けバチカリク家の正門と裏口から突撃しろ。ディアナがもうすぐ裏口に移動させられる」
王様の向こうの方でクィルガーが返事をしているのが聞こえる。
「それで、他になにか言ってないことは?」
『…………』
「ディアナ?」
私はハッとして返事をする。
『すみません、ぼーっとしてました』
「しっかりしなさい。思った以上に悪化するのが早いな。やはりあれを使うしかないか……しかしそうなるとそちらが危険だな……こちらの支援だけで逃げ切れるか?」
『アルスラン様、もっと面白い話をしてくださらないと私ダメそうです』
「……面白い話とはなんだ?」
『えーっと、例えば音楽の話とか……』
「……命に危険が迫ってる状態でもその話をしたいのか?」
『自分が好きなものの話じゃないと目が覚めないんですよ』
頭痛とともに眠気もやってきているのだ。このまま意識を失って倒れたら、私は確実に溺死する。
王様は仕方なさそうな声で私に問いかけた。
「其方はなぜそれほどまでに音楽が好きなのだ?」
『そんなの、楽しいからに決まってるじゃないですか。アルスラン様は音楽に触れたことがないのでわからないかもしれないですけど、音楽はすごいんですよ。なんというかこう、人を動かす力を持っているんです。楽しい時はさらに楽しさが増しますし、悲しい時は自分の感情に寄り添ってくれるんです。わかります?』
「全くわからないが、いきなり饒舌になったな。その調子で続けなさい」
なんか全然王様の心に響いてなさそうだけど、音楽の話ができるならいいや。
『音楽にはですね、三つの要素があるんです。リズムとメロディとハーモニーなんですけど、それらが合わさって複雑でエネルギッシュな音楽になるんです。あ、別にこの三要素が絶対必要ってわけじゃないですよ。リズムだけでも立派な音楽ですし、メロディを鼻歌で歌うだけでもいいんです』
「鼻歌とはなんだ?」
『口を開けずに小声で歌うんです。あ、歌っていいですか? 心の中で歌うだけだからいいですよね?』
「……そうだな」
私は心の中で鼻歌を歌う。
というか、これは心の中で歌っている状態だから鼻歌じゃないね。
『ンン〜ンン〜ンンン〜♪ ンンン〜ン〜ンン〜』
「……その音の流れがメロディというものか?」
『そうです! で、メロディだけでもいいんですが、これにリズムが合わさるとさらに素敵な音楽になります』
「リズムとはなんだ?」
『ええと、周期的に繰り返される動きのことなんですけど、例えばシムディアクラブで型の練習をするときに太鼓を鳴らしますよね? その太鼓を一定の間隔で叩いたら、それがリズムになります』
私は心の中でドンドンドン、ドンドンドンと太鼓を叩く真似をする。
『このリズムにはいろんなパターンがあって、さっきのメロディと組み合わせることでその魅力を増すことができます』
「組み合わせる……か。想像がつかぬな」
王様が少し不服そうな声を出す。どうやら自分に理解できないことが悔しいらしい。
『ここから脱出できたら実演しますよ』
「エルフの音楽を聴かせてどうするつもりだ?」
『どうもしませんよ。私はただ音楽の素晴らしさをお伝えしたいだけです。エルフは関係ありません』
そもそも私の音楽はエルフの音楽ではなく、前世の音楽だ。
「先ほどより元気になってきたようだな」
『……いえ、頭痛はさっきより酷いですし気を抜いたらすぐに寝そうです』
音楽の話から意識を逸らすと、明らかに体の方は限界に近付いてきているのがわかる。
「それにしてもよかったのか?」
『なにがですか?』
「交渉の材料になる音楽の話をペラペラと喋っていたようだが?」
『は! そうだ! これって立派な情報ですよね? ああっどうしよう! アルスラン様、今のでなにか交渉してください!』
「其方が勝手に喋ったことなので知らぬ」
『そんなっ酷いですっ』
「あまり感情を乱すな、体の負担になる」
『うう……だって……』
今の話でなにかいいものが手に入ったかもしれないのに、頭が回らないとはいえ痛すぎる……。
『アルスラン様ぁ……なにか……なにか演劇クラブに必要な……ものを……』
…………。
「ディアナ!」
『は!』
王様の鋭い声に私は慌てて顔を上げる。バシャッと水の揺れる音が響いた。
『顔が水の中に沈んでました……』
「しっかりしなさい」
『アルスラン様……もうしんどいです……』
「……わかった、これ以上は待てぬな。クィルガーももうすぐそちらに着くだろう。ディアナ、其方のいる場所が詳しくわかるように今から繋がりの魔石術を使ってこちらから繋ぐ」
ん?
王様の言葉が理解できなくて頭の中にはてなマークが浮かぶ。
『こちらから?』
「少し待っていなさい」
そう言うと王様の気配が消えた。それに驚いているうちに繋がりの魔石術の光がシュンッと消えて箱の中が暗くなる。
え……え! 嘘! 王様と切れちゃった! どうしよう‼
焦りながらもう一度透明の魔石術を使おうと自分の中の音に集中しようとするが、音がうまく捉えられない。
と、その時ドンッと自分の体になにかが降ってくる感覚がして、自分の体と溜まっていた水が白く輝き出した。
え? なにこれ。
「ディアナ、聞こえるか?」
先ほどは違って頭に直接王様の大きな声が響く。
『アルスラン様⁉』
「ちゃんと繋がったようだな」
『これは……繋がりの魔石術ですか?』
「そうだ」
『アルスラン様も使えたんですか?』
「使えるようになった。時間がかかったがな。それよりもこの光を見て部屋に見張りたちが入ってくるだろう。其方は目を開けてなにか企んでいるような顔をしておきなさい」
『企んでいる顔?』
「すぐに手を出せない雰囲気を見せるのだ。その間にクィルガーが着くだろう」
そう言っている側から部屋の鍵が開けられる音がして兵士のような人たちが入ってくるのが見えた。
「この光はなんだ⁉」
「おまえは中を確認しろ! 俺は主を呼んでくる!」
兵士はそう言ってバタバタと走り去る。残された兵士が恐る恐る箱に近付いてきた。
「なにがどうなってんだ?」
身なりからして恐らく平民の兵士なのだろう。魔石術の光を見てかなりビビっている。兵士が小窓から私の様子を見ようと箱に顔を近付けたので、私は思いっきり不敵な笑みを浮かべて兵士と目を合わせた。
「ヒッ!」
私の顔を見て悲鳴を上げた兵士がザザッと後ずさり、そのまま出入り口の扉までじりじりと下がっていく。
『怖がってます』
「ではさらに近付けないようにしよう。『ヤシル』ディアナに癒しを」
王様がそう命じるとワンテンポ遅れて私の体が緑の光に包まれる。息苦しいのは変わらないがその他の疲れが取れる。白い光が緑色に変化したのを見て、さらに兵士が後ずさった。
「『マビー』ディアナに解毒を」
続けて王様が魔石術を使う。私の体が青色の光に包まれて、喉の違和感がスッと消えた。
「……! んんっ。あー、あー……」
私は喉を鳴らして声を出す。
「アルスラン様! 声が出ます!」
「まだ声は出すな。向こうに情報が漏れる」
『すみません。ああ、でもよかった……一生声が出なかったらどうしようかと思ってたんです……』
そうやってホッとしたのは一瞬で、すぐにまた頭痛と眠気が復活した。箱の中の空気が本当にないらしい。癒しをもらっても呼吸は楽にならなかった。
「癒しでは空気の欠乏は補えぬからな。『ヤシル』ディアナに強化を」
王様の声に私の体が緑色に包まれる。
「其方の体に強化をかけた。それでその箱を開けられるか?」
その言葉に体を動かそうとするが、思った通りに動けずよろけてしまい箱の壁に頭をぶつけた。
『ダメです……もう体に力が入りません……』
「あとは黄の魔石術で其方の体を引き上げるくらいしかできぬな。それで溺死は免れるだろうが……」
そう言うと王様は私に黄の魔石術をかける。黄色い光に包まれたかと思うと体全体が上に引っ張られ、力を抜いても顔が水に浸かることはなくなった。
私は水面を見つめながら、ハッ……ハッ……と浅い呼吸を繰り返す。
徐々に意識が暗闇に飲み込まれていきそうになる。
『アルスラン様……怖いです……』
「もう少しだ。耐えなさい」
『無理です……黒いのが……そこまで来てて』
「……ディアナ」
王様の声が私に寄り添うような優しい声に変わる。その声に縋るように私は目を閉じて浅く息をする。
怖い……怖いよ……。このまま死にたくない……。
暗闇に落ちていく感覚が恐ろしくて私は自分を包む黄色い光に意識を集中する。
私を離さないでください、アルスラン様!
私の体を支えてくれている王様に向かって私は心の中で目一杯手を伸ばした。そして光の先にいる王様にしがみつくように力を入れる。
「⁉」
その瞬間、目の前の水面がパァッと光り、思わず目を開けると、そこに映像が浮かび上がった。
『なにこれ…』
そこはどこかの室内のようで、誰かの薄い褐色の手から黄色い光が放たれている。その光は先の大きな窓から外に向かって伸びていた。
「ディアナ? どうした?」
『……水面になにか映ってます……』
そう言ってる間に、水面の映像にもう一方の手が現れた。その手首にある腕輪がピカピカと光っている。
え、これって通信の魔石装具?
「ソヤリか……下に戻るか」
王様の声が聞こえて映像が変わった。先程の場所から下を向いたのか、靴と大きな丸い空洞が映し出された。暗くて長いその空洞の先には紫色の模様が光っている。
綺麗な模様……あれ? あの模様……どこかで見たことがある……どこだっけ。ていうか、さっきの言葉とこの映像ってリンクしてる……?
『ア……アルスラン様……もしかしたら私……今アルスラン様の見ているものが見えてるかもしれません……』
「なに?」
そこで映像が元に戻る。
「どういうことだ? ……まさかこれが見えているのか?」
『はい……それってアルスラン様の手、なんですよね? 手から出た黄色い光が窓に向かって伸びてる映像がこっちの水面に映ってます……』
そして私は思い出した。さっきの紫色の模様のことを。
『あ……』
「……」
『ア……アルスラン様、私』
「……ディアナ、見たのか。今、あれも」
『……見ました……』
「……あれがなにか知っているな?」
『……っ。はい……図書館で見ましたから……』
王様の問いに答えながら自分の顔がさらに青ざめていくのがわかった。
待って。なんで王様のいるところにアレがあるの?
ドクリドクリと心臓の鼓動が早まっていく。
ダメだ……頭がぼんやりとしてこれ以上は考えられない。
その時、部屋の外ですごい音が響いた。それと同時に複数人の足音が聞こえる。けれど私の意識は王様に向けられたままだ。
「クィルガーが到着したようだな。……ディアナ、今見たものは決して誰にも言うな。其方のことは全てが片付いたのち、言い伝える。よいな」
今までで一番冷たく、底冷えするような声で言われ、私は震える声で『はい』と小さく返事をした。
「ディアナ!」
目を閉じて項垂れているとクィルガーの声が聞こえた。すぐに箱の鍵が壊される音がして、バコッと扉が開かれる。
溜まっていた水が一気に外に流れ出し、同時に私を覆っていた黄色い光がシュンっと消えた。支えがなくなり、そのままぐらりと倒れた私の体はガッと大きな腕に受け止められ、そのまま抱き抱えられるように外に出された。
「ディアナ‼ しっかりしろ‼」
間近でクィルガーの声が聞こえる。ハァ、ハァと大きく呼吸をし、肺に酸素を送りながら目を開ける。目の前にクィルガーの心配そうな顔があった。
「クィルガー……」
「ディアナ……よかった……」
クィルガーはそう言うと私をぎゅっと抱きしめた。その感触にいろんな感情が溢れ出して、私はクィルガーにしがみついて静かに泣き出した。私の震える体をクィルガーが包み込んでくれる。
助かった……よかった……。
でもどうしよう……。
全身から力が抜けて眠りに落ちていく中で、私の脳裏にさっきの映像が浮かぶ。
私が見たあの紫色の模様は、
魔女の魔法陣だったのだ。
王様のおかげで助かりました。
けれど同時にとんでもないものを見てしまったディアナ。
次は王の秘密、です。