結婚式と染石の儀式
「ディアナ様、ようこそいらっしゃいました。着替えの部屋にご案内いたします」
私は馬車から降り立って顔を上げる。目の前にカラバッリ邸の女性館があった。カラバッリ邸の表玄関は結婚式の招待客用に整えられているため、身内の私はクィルガー邸の裏からカラバッリ邸の裏口に入り、女性館に直接来たのだ。おばあ様のトカルの人たちに案内されて、私の着替えのために用意された部屋へ向かう。
「おじい様とおばあ様はもう大広間にいらっしゃるんですか?」
「はい。そろそろご招待した方々がいらっしゃるので、お二人とも大広間へ向かわれました」
おばあ様のトカルとそんな話をしながら先日着た衣装に袖を通す。今日は朝からお風呂に入れられ、気合の入ったイシュラルに隅々まで磨かれて肌も髪もツルツルだ。トカルやトレルにとって、こういう晴れ舞台で主人をいつも以上に輝かせるのは、仕事の中でも一番気合が入るものらしく、今日会った使用人たちはみんな目がギラついていた。
私はその勢いについていけなくて、なされるがまま着せ替え人形に徹している。
そしてあっという間にピカピカの衣装を着せられたピカピカの私ができ上がった。鏡の中の自分を見て「まぁよくぞここまで綺麗になるものだ」と感心するほど可愛い少女に仕上がっている。
やっぱりエルフって容姿では完全に勝ち組だよねぇ……。
前世の自分の姿との違いに、ついため息が出てしまう。
「ディアナ様、なにか気になる点でも?」
「ううん。イシュラルたちの働きぶりに感心しただけ。ありがとう、イシュラル」
「……! いいえ、それが私たちの仕事でございますから。お美しいですよ、ディアナ様」
「えへへ、そう?」
イシュラルからまっすぐに褒められて私は照れ隠しするようにくるりと一回転する。スカーフとスカートがふわりと舞って、つけている装飾品たちがシャラリと音を鳴らした。
そのまま部屋でしばらく待機して軽い昼食を食べたあと、「ディアナ様、お迎えが来ましたので参りましょう」とおばあ様のトカルに呼ばれて部屋を出た。
スカートの裾を踏まないように気をつけて歩いていると、女性館から本館に繋がる廊下でトグリとチャプが待っていた。二人ともいつもの動きやすい服と違ってかっちりと正装している。
「わぁ! ディアナ可愛いね!」
「お姫様みたい!」
二人は私の姿を見てパッと顔を輝かせた。そういえばエルフとして会うのは今日が初めてなのだが、二人は気にならないのだろうか。
「トグリとチャプも格好いいですね」
「ふふふん、そうでしょ?」
「本当はこういう格好は堅苦しくて嫌なんだけど、こんな可愛い子をエスコートできるんだから今回は着てよかったね」
「エスコートですか?」
「ここから大広間までには招待された貴族たちがいるから、父上と母上が僕たちにディアナを守れって言ったんだよ」
「確かにこんな可愛い子がいたら変な貴族が近付いて来るかもしれないからね!」
「ディアナは僕たちの間に立って!」
「そうそう、で、僕たちの腕に掴まって!」
私は双子に言われるがまま二人の間に立ってそれぞれの肘あたりに自分の手をかける。双子は腕を九十度に曲げたまま、揃って笑顔で歩き出した。私たち三人のトカルやトレルや護衛たちがその後ろに続く。
……どうやらトグリとチャプは、私がエルフということをあまり気にしていないらしい。
その変わらない態度にふふ、と笑みが溢れる。
本館へ入って大広間が近付いてくると、招待された客たちだろうか、見たことのない貴族がちらほらいて、私たちの姿を見た途端ハッとして壁際へ下がった。そこで同伴者とヒソヒソと喋っている。その様子を見て双子が私をチラリと見た。
「気にしなくていいからね」
「ディアナは堂々としてればいいから」
「はい。でもあれ、ヒソヒソと話してる気でいるとは思うんですけど、私には丸聞こえなんですよね」
「え? そうなの?」
「あれが聞こえるの?」
「聞こえますよ。『王のお話は本当だったのか』とか『信じられませんわ』とか言ってますね」
「すごいねディアナ!」
「耳が長いってお得だね! 僕も欲しい!」
「ぶふっそんなこと言うのはトグリとチャプだけですよ」
あまりに双子らしい答えに淑女らしくない笑いが漏れてしまった。見知らぬ貴族たちに会うのが実は結構不安だったのだが、双子のお陰で体から余計な力が抜けていく。
大きく開け放たれた大広間の扉から中へ入ると、中央部分は奥に向かって空間が作られていて、その左右に招待客が座っている。私たちが入ると座っていた招待客たちが一斉にこちらを見た。
私はその視線を感じながら顔を上げて大広間の奥へ歩いていく。
中央の空間を進んで奥にいくと、右側の絨毯の上にカラバッリとターナの姿が見えた。二人とも挨拶に来た客と立ちながら話をしている。私たちが近付くと二人と話していた客が振り返った。
「あ、オリム先生!」
「ああディアナ、こんにちは。ほう、素敵な衣装ですね。トグリとチャプも元気そうでなによりです。また後でゆっくり挨拶に来ますね」
いつもの柔和な笑顔を浮かべてそう言うと、オリム先生とその奥さんらしき人はその場を離れていってしまった。それに呆気に取られていると、ターナが弾んだ声を出した。
「まああディアナ! なんて可愛いの!」
そう言って両手を広げ私の姿を上から下まで眺める。
「とっても素敵よ。やはりこの色にして間違いなかったわね」
「おばあ様、このネックレスありがとうございました」
「いいのよ。貴女は私たちの可愛い孫なんですもの。ねぇ? あなた」
「……うむ」
「おじい様、どうですか?」
私はターナの後ろに立っているカラバッリの方を向いて、スカートの端を摘んで首を傾げてみる。
「……うむ」
「うむじゃわかりませんよ、あなた」
「……ゴホン、よ、良いのではないか?」
カラバッリがそう言って口を横一文字にする。照れながら褒めてくれる仕草に自然と口角が上がる。
「ありがとうございます、おじい様とおばあ様も素敵ですね」
二人ももちろん正装だ。剣士の格好ではないカラバッリはいつもと違って高位貴族オーラが半端ない。二人の後ろを見るとクィルガーの兄妹たちが揃っていた。「ディアナ、久しぶりだね」「まぁ! 本当にエルフだったのね」「全然気が付かなかったわ!」と前と同じように私を迎えてくれる。
大広間にいた招待客たちも私がアリム家の人たちに可愛がられている様子を見て、驚いたり顔を見合わせたりしていた。
アリム家の人たちと話しているうちに結婚式の開始時間になったらしい。「ご家族様は玄関の方へ」と言われて私たちはゾロゾロとカラバッリ邸の正面玄関に向かう。
玄関の扉は開け放たれていて、玄関ホールや外の階段にたくさんの招待客が集まっていた。玄関ホールまで来て待っていると、館の奥の方からクィルガーがトレルや護衛を引き連れて歩いてきた。
「わぁ! クィルガー、格好いい……!」
私は新郎の衣装に身を包んだクィルガーを見て思わず感嘆の声を上げる。
黒を基調とした上着にはヴァレーリアの衣装と同じ金色の刺繍が入っていて、袖も裾も先に向かってたっぷりと広がっている。上着の下に着ている白のロングシャツにも金色の刺繍が入っているようだ。そのシャツの裾から覗く黒のズボンは、膝下で赤い生地に金色の刺繍が入ったブーツの中に入れられている。
ターバンはサテンのように光り輝く白金色で頭全体にぐるぐると巻かれて後ろで結ばれ、その先を背中まで垂らしていた。ターバンの下からいつもの細い三つ編みが見える。
腰には飾り用らしい派手な装飾の剣が下がっていて、なんというかこう、男らしい色気というのがダダ漏れになっていた。
「これは……制服萌えに近いんじゃないかな……」
「ディアナ?」
「なんでもないです、おばあ様」
少し緊張気味だった表情は私の姿を見た途端にフッと優しいものに変わった。私もその顔を見てにこりと笑う。
周りの貴族たち、特に奥様方がクィルガーの姿に「んまぁ……! 素敵ですわ」と黄色い声をあげていた。
そうでしょうそうでしょう、私のお父様は世界一格好いいんだから。
クィルガーは私たちの前を通って玄関の扉を潜り、外の階段前まで進んで立ち止まる。私たちはそのクィルガーの後方に並び立つ。
先の方を見ると、カラバッリ邸の正門へ続く道からゆっくりと数台の馬車がこちらへ向かってくるのが見えた。前後を二台の馬車に挟まれて、花嫁用に装飾された派手な馬車がガラガラと音を立てて進んでくる。
ロータリーを回って階段前の場所まで来た馬車がゆっくりと止まり、周りの馬車から出てきた使用人たちが花嫁馬車の前で列を作って跪いた。
「あ、サモルだ」
その中の一人にサモルの姿を見つける。貴族を相手にするときに身につけるような立派な服を着ていた。本来ならば花嫁側の親族がそこに並ぶのだが、家出してきたヴァレーリアにはそれに該当する人がいないため、身近な使用人たちが並ぶことになった。
ヴァレーリアのトカルであるティンカが花嫁馬車の扉を開けると、差し出した彼女の手にエスコートされながらヴァレーリアがゆっくりと馬車から出てきた。
わあぁぁ! 遠くから見ていても綺麗だよヴァレーリア!
透ける赤いスカーフに、裾が広がった赤地に金の衣装を纏ったヴァレーリアは、トカルたちがその裾を整えている間にクィルガーの方を見上げた。その顔はいつもと違って少し照れたような、緊張しているようなそんな顔だった。
衣装が整え終わってティンカにエスコートされ、ゆっくりとヴァレーリアが階段を上ってくる。先日見た上着の上にもう一枚透けた赤い薄布が肩からかけられていて、その布が地面を滑っていく。
前の世界のテレビで見た王妃様のウエディングドレスみたいだね。
階段に広がる赤い布を見ながら私はヴァレーリアの美しさに見惚れた。
それは周りの招待客も同じだったようで、今度は男性陣の息を呑む音が聞こえる。鼻の下を伸ばしている夫の足を踏みつけている妻の姿も見えた。
でも気持ちはわかる。ヴァレーリアが美しすぎて私も惚れちゃいそうだもん。
クィルガーの表情はこちらからは見えないが、きっと眩しそうにヴァレーリアのことを見てるんじゃないだろうか。
ヴァレーリアが階段を上りきり、クィルガーの前に立つ。その時にチラリと私の方を見た。私は緩んだ口元を戻すことができなくて、そのままだらしなく笑った。
そんな私の顔を見たヴァレーリアはクスリと笑うと、差し出されたクィルガーの手に自分の手を添えて、彼にも微笑みかける。
ああああ、この瞬間をカメラで撮りたい。スマホが欲しい! 動画で永久保存したい!
心の中でそう叫びながら私は自分の目にその光景を焼き付けた。
は! そうだ。水流筒と透明の魔石術があれば今見てるものを、あとで見ることができるじゃない! やった! 発見した私えらい‼
それに気付いた私は大興奮しながらクィルガーとヴァレーリアの後ろを歩いていく。
大広間に戻ると、新郎新婦が招待客から拍手をもらいながら正面の奥の一段高いところに用意されている席に座った。私たちアリム家の人間も大広間の右側の奥に戻る。私はカラバッリとターナの間に置かれたヤパンにちょこんと座った。そこから正面を向くと、中央の空間を挟んだ向かいに座っている人たちと目が合う。
本来は花嫁側の親族が座る場所らしいが、今回はアリム家の親戚が座っているらしい。その人たちは他の貴族と比べて親しげな視線を送ってくれるので、私は少しホッとする。
その後、司会の人が結婚式の始まりを告げて、使用人たちが新郎新婦の前に台を用意し出した。
「では染石の儀式を始めます」
その言葉を聞いて二人が立ち上がり、台の前まで進み出る。そして服の下から誓いの布のネックレスを取り出した。婚約の時に交換したあのネックレスだ。
台の上には小ぶりの透明な水槽と、いろんな大きさの透明の石が入った箱が置かれていた。クィルガーがトレルのカリムクから受け取った水差しを水槽に向けて傾けると、中からとろみのある透明の液体が流れ出てくる。
「あれが染液ですか?」
「そうよ」
私はターナに質問しながらその儀式を見守る。水槽にたっぷりその液を注いだクィルガーは水差しを返し、首にかかった鎖から誓いの布を取り外す。ヴァレーリアも同じようにネックレスの鎖から誓いの布を外していた。
「誓いの布を中へ」
司会の人の言葉で二人同時に誓いの布をその水槽の中へ落とす。小さくトプンッと音を立てて誓いの布がゆったりと沈んでいく。
すると誓いの布を覆っていた透明のガラスのようなものがあっという間に溶け、液体の中に赤色と紫色の染料がブワッと広がった。
うわぁ……! すごい、なにこれ。どういう構造なんだろ?
誓いの布から染み出た染料は水槽の隅々まで広がり、代わりに布は白っぽくなっていく。用意されていた長いトングのようなものでクィルガーがその布を取り出す。
そして横に用意されていた箱から透明の石を摘み、水槽の中に入れていった。水槽に入れられた石は液体の中でゆらゆらと揺れている。底に沈むことはないらしい。
それからクィルガーがさっきの棒でくるりと混ぜると、透明の石に赤色と紫色の染料が移り始めた。二つの染料は混ざり合うことはなく、美しいマーブルの模様を描きながら石に移っていく。
なんか科学の実験みたいだね。
今度は穴の空いた長いスプーンのようなものでクィルガーが色の移った透明の石を掬い上げていく。そして元の箱にそれらを全部戻し、その箱に蓋をしてをヴァレーリアにうやうやしく差し出した。
「ヴァレーリア、あなたに結婚の証を贈ります」
「確かに受け取りました。ありがとうございます、クィルガー」
ヴァレーリアがふわりと笑ってその箱を受け取る。これで染石の儀式は終了だ。
あの石は後日装飾品に加工されてお互いに身につけるらしい。
「兄様、なかなかの数を用意したわね」
「この歳まで独身だったんだから、あれくらいはないと」
「石の数は愛情の深さと比例するとも言うしね」
後ろでクィルガーの兄妹たちがそう言って嬉しそうに笑っている。染石の儀式で染める石は実はめちゃくちゃ高い。普通は手頃な大きさのものを一つ用意するので精一杯らしいのだが、自分の権威を誇示したい人や、妻への愛情を表すために複数個の石を用意する人もいるのだという。
「クィルガーはネックレス用と指輪用のを用意するって言ってましたよ。ヴァレーリアは一つでいいって言ってたんですけど」
と私が後ろの兄妹たちに説明していると、ターナがふふふと笑いながら言った。
「ヴァレーリアは実家との縁が切れているから後ろ盾がないでしょう? 彼女の立場はとても不安定なものなの。こうしてクィルガーが表に向けて『自分はこんなに妻を想っています』と表明することで、ヴァレーリアの立場を守っているのよ」
なるほど……そんな意味もあるのか。
「二人とも結婚するには遅い歳ですからね、今から始まる社交の時間では様々なことを言われると思いますよ」
「どんなこと言われるんですか? おばあ様」
「主にクィルガーへの第二夫人の打診ね」
「ええ⁉ 今日結婚したばかりなのに?」
「第一夫人を娶ったことでクィルガーに結婚する意思があると捉えられたのよ。今までは頑なに結婚する気はないと言っていたからね。それにヴァレーリアは決して若くはないから、子どもを作るためにうちの娘を、なんて言う人たちもいるのよ」
はあ? はああああああああ⁉
「おばあ様、そんなことを言う人がいたら私、ブチ切れてしまうかもしれません」
「ふふふ、大丈夫よディアナ。そういう人がいたら私に合図が送られるようになっているから」
「へ?」
「うちの大事な嫁を悲しませるような人たちにはそれ相応の対処が必要でしょう?」
私が目を見開いて隣を見ると、おばあ様は頬に手を当てて首を傾げてにこりと笑った。
「今日は何人の方々が喧嘩を売ってくれるのかしら。楽しみね」
ひえええええええ!
おばあ様が! 怖すぎる!
頼もしくも怖いおばあ様を目の当たりにして、私は思わず右側に座っているおじい様を見上げた。
あ、ダメだ……おじい様、聞こえてないふりしてる。
薄く開けた空色の目は向かいの壁に向けられたまま動かない。私はおじい様に倣って同じように向かいの壁を見つめる。
……私もそっちの方はおばあ様に任せてご飯を堪能しよう。そうしよう。
私は目の前に運ばれてくるごちそうの匂いを嗅ぎながら、そう決心した。
結婚式が始まりました。
ディアナはその目に焼き付けようと必死です。
アリム家の面々は変わっているので
ディアナのことはそのまま受け止めています。
次は ごちそうと社交、です。