晩酌の時間
「ただいま帰りました」
「お、今日は倒れないんだな」
アイクさんはカウンターの方から僕の姿を見て言った。
「え……、言われてみればそうですね。途中で休憩してしまったからかもしれません。倒れなきゃいけませんでしたか?」
「いや、倒れる必要はない。倒れなかったのはキースの体が仕事に慣れてきた証拠だ。ほら、さっさと食って仕事の続きをしろ」
「は、はい!」
今晩の夕食も昨晩と全く同じ。それでも、美味しく感じるのはきっと僕のお腹が空腹だからだろう。
昼食にお腹に入れた物が夕食時に全て消えてなくなっている。
でも、食べ終わるころにはいつも苦しくなるくらいお腹が膨れる。
夕食を食べ終わった僕はお店の裏側に向った。
雨は未だに降っていて外灯だけでは丸太がどうしても見えにくい。
昨日は月の光があって丸太の形が丁度見えていたのだが、今日は雨なので月など見えるはずもなく、やり続けてきた感覚だけで残りの三時間、僕は丸太を切り続けた。
三時間後。
「はぁはぁはぁ……。あと、三メートルで一本切り終わったのに……。でも、昨日の残りを合わせたら、丸太を一本以上切った計算になるぞ。昨日に比べて凄い進歩だ!」
僕もやればできるじゃないか。
たとえ天候が悪くても僕は一日で丸太を一本切り分けられる。晴ならもっと早く終わるかもしれない。あと一二日あるんだ。大丈夫。僕なら絶対に出来る。僕ならやり終えられる。そう、自分に言い聞かせて、鼓舞する。
寝るためにお店に戻ろうとした。その前に……、
「今なら少しくらい動くかな……」
僕は昨日に全く持ちあがらなかった斧が眼に入り、興味本位で持ってみる。
「ふぐぐぐぐ!」
どれだけ力を入れても全く動かない。
もともと腕に力など入らないくらい疲弊しているのだから当たり前かもしれないが、微動だにしない。
「これ、持てるようになるのかな。いや、持てるようにならないと仕事を完遂できない。なら、持つしかないんだ」
僕は雨に打たれながらお店の入り口に向う。
お店の入り口前で雨具を脱いで布を叩くように水気を飛ばした。
水滴に外灯の伸びた淡い光が反射し、火の子のようだった。
「ただいま戻りました」
「あ、お疲れさま。キース君」
女性の声が誰もいない店内に響く。
カウンター席に座りながらガラス製のグラスを持ち、顔をほのかに赤らめているミリアさんだった。
「ミリアさん。ギルドから戻ってたんですね。お帰りなさい」
「ただいま。んー、いいねー。我が家にお帰りと言ってくれる人がいるのわ」
「え? 僕が言わなくてもアイクさんがいるじゃないですか」
「堅物のアイクが『お帰り』なんて言うと思う?」
「言わないかもしれませんね……」
「そうでしょ。そもそも、お帰りを言える男が少ないのよ。だからキース君は素晴らしい。褒めたたえられるべき男性だよ」
「はは……。そんな、普通ですよ」
「いやいや、小さな声かけが大切なんだよ。お姉さんからの助言はちゃんと聞いておいた方がいいよ」
ミリアさんはお酒が入っていため、よく喋る。
僕はお風呂に入りたいのだが次々に話をふられ逃げようにも逃げられない。
そのままミリアさんの勢いに押され、恋の話に持っていかれた。
「うんうん、それでそれでー。どうしてその子のこと好きなっちゃったのー。家族だったんでしょ?」
「えっと……、初めて見た時から、好きになっちゃってて……」
「えー。一目ぼれってやつじゃん。いいないいなーそいうのー。私も経験したかったー」
「ミリアさんはどうしてアイクさんと結婚したんですか?」
「残ってたのが、アイクしかいなかったの。親からも結婚しろ、結婚しろと言われ続け、嫌になって、この人ならいいかと思ってさ、無理やり結婚届出しちゃった」
ミリアさんは熱った表情で話す。
「そういうわけだ。俺達にはお前みたいな甘酸っぱい思いは無いんだよ」
アイクさんは奥の方から高そうなガラス製のボトルに入ったお酒を持ってきた。
「アイクさんもお酒を飲むんですね。結構意外なんですけど……」
「キースは飲んだことあるのか?」
「いえ……。まだ飲んだ覚えはありません。そう言えば僕、成人しているからお酒を飲んでもいいんですよね。でもまだ大人って感じがしないんだよな……」
「まぁ、今の時期はそう言うもんだろ。無理に大人ぶる必要もないさ。酒だって気が向いた時に飲んでみればいい」
アイクさんは透明なグラスに赤黒い液体を入れた。
「アイクさんが持っているのは葡萄酒ですか?」
「ああ、そうだ。たまにこれを飲むのがちょっとした俺の楽しみなんだよ」
アイクさんは葡萄酒を少し口に含み、味わっていた。
その姿はどこからどう見ても大人の男性そのもの。
今の僕じゃ絶対にあんな雰囲気は出せない。
「はぁ……。大人ぶっているのはどっちなんだか……。ね、アイク」
「っつ……。うるせぇよ。あと、お前は飲み過ぎだ。晩酌は控えろといつも言っているだろ」
「仕事が疲れたのー。いいでしょ、たまには息抜きも必要なのよー」
ミリアさんはカウンターに頬を着け、お酒の入ったグラスを回していた。
「ミリアさん、いつもはしっかりしてそうなのにお酒を飲むとちょっとダメな大人になるんですね」
「まぁな。逆に、酒を飲んでいない時に礼儀正しい奴ほど酒を飲むと豹変する場合がある。キースも気を付けろよ。酒に飲まれて人生を終わらせた奴を俺は数人知っている。酒はほどほどにだ」
「わ、わかりました。僕、お酒なんかで人生を狂わされたくありません」
「そうだ。酒で人生を狂わされるなんて馬鹿らしい。どうせ飲むなら一人で飲むようにしろ。その方が危険も少ない、あとゆっくり飲めるからな」
「そうします」
ミリアさんが眠りだしたので僕は解放され、やっとお風呂に入れた。
今日、黒卵さんは雨にずっと濡れ続けてきっと寒かっただろう。今すぐ温めてあげないと。
僕は黒卵さんと一緒にお風呂に入り、雨に打たれた体を癒す。
やはり暖かいお湯は素晴らしい。
「僕の至福の時はやっぱりお風呂だよ……。あぁ、シトラとまた一緒にお風呂入りたいな……。いつくらいだっけ、一緒に入ってくれなくなったの。まぁ、あの時は水風呂だったけど」
家でゴミ扱いされていた僕に温かいお風呂なんて入れてもらえるわけがなく、母さんが亡くなった日から成人するまで一度も暖かいお風呂に入れなかった。
でも、シトラがいてくれたから全然苦じゃなかった。
いつもシトラが隣にいてくれたのに僕は何一つ恩返しをしてあげられなかった。
今の僕はシトラを幸せにするためだけに生きている。
そう言っても過言じゃない。
僕のことを好いていないシトラにとっては迷惑な話か……。
嫌われていてもいい。せめて奴隷の身分からは解放してあげたい。その為には確か……膨大なお金が必要だったはず。
一生掛かっても僕はシトラを奴隷から解放してみせるぞ。
「まだ、シトラを取り返してすらいないのに僕は何で未来を考えてるんだ……」
僕は長風呂してしまい、少しのぼせてしまった。
黒卵さんからも白い湯気が立ち昇り、ゆで卵のような状態になっていないか心配になったがフレイの炎にも耐えたんだからきっと大丈夫だろう。
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