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暁のカトレア - episode.44 有るのか無いのか
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暁のカトレア  作者: 四季
3.化け物狩り部隊

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episode.44 有るのか無いのか

 あの後の記憶がない。


 気づいた時には、既に、基地内へ戻ってきていた。


 付き添ってくれていたフランシスカによれば、私は、ぼんやりとしてはいたものの歩いて基地まで帰ってきたらしい。気を失ったり倒れたりはしていないようだ。


 にもかかわらず記憶がないのはなぜなのか……。


 それは一つの大きな疑問だ。


 けれども、今はそんなことよりも、リュビエにさらわれたトリスタンの身を案じることの方が、必要なことである。トリスタンがどんな目に遭わされるか分からないから。



 トリスタンが連れていかれてから、ちょうど一日が経過した夜。


「マレイちゃん、会いに来たよっ」


 一人自室でどんよりとした空気に包まれていると、何の連絡もなく唐突に、フランシスカがやって来た。恐らく、精神的に落ちている私を心配して、会いに来てくれたのだろう。


「……フランさん」


 寝巻きのままベッドにもたれかかっている私を見た瞬間、彼女は目の色を変える。


「どうしてそこなの!?」


 フランシスカは当たり前のように室内へ入ってくる。

 そして、ぼんやりしている私に接近すると、立つように促してきた。


「せめてベッドの上で休みなよ! ほら、立って。ねっ?」

「ここが落ち着くの……」

「駄目駄目! そこじゃ休まらないよっ!」


 いや、ここが気に入っているのだが。


「ちゃんと立って、ベッドの上に移動してっ」


 フランシスカはかなり厳しい。従わない限り、永遠に言われ続けそうな気すらする。

 だから私は、ついに妥協し、立ち上がった。


 言われるままに、ベッドの上へと移動する。


「トリスタンがいなくなったのがショックなのは分かるよ? でも、それでマレイちゃんが自暴自棄になるのは駄目。トリスタンがそんなことを望むわけがないのは、分かるよね?」


 彼女はなぜこうも上から目線なのだろう。


「……分かるわ」


 私は、小さな声で返し、ベッドに横になる。

 横になった方がいい空気だったからだ。


 それから暫し沈黙があった。

 フランシスカは、私が横になるベッドの傍で、何も言わずにじっとしている。いつもは活発でお喋りな彼女が大人しいと、不気味な感じさえした。

 そんな不気味な中で、私から話を振るというのは難しい。だから私も、ベッドに横たわったまま、口をつぐんだ。


 そして、沈黙はまた続く。



 ——どのくらい経っただろうか。


 二人きりの沈黙に耐えられなくなった私は、ついに口を開く。


「トリスタンは……どこへ行ってしまったの」


 彼女の聞いたところで、トリスタンの行方が判明するわけもない。聞くだけ無意味なことだ。しかし、思いつく話題がこれくらいしかなかったので、この話題を選んだのである。


「フランに聞かれても分かんない」

「そうよね……」


 なんとなく気まずい空気になってきた。

 フランシスカは、あまりご機嫌ではなさそうだ。


「グレイブさんがゼーレのところへ行くって言っていたから、情報を聞き出してくるんじゃないかな」


 その言葉を耳にした瞬間、それまですっかり忘れていたゼーレの存在を思い出した。


「そうだ! ご飯!」


 よく考えてみれば、今日一日彼に会っていない。一度も食事を持っていっていないことに気づき、青ざめる。お腹を空かせて弱っていたらどうしよう、と思ったからだ。


 私は慌てて上体を起こし、転がるようにベッドから下りた。

 その様を見たフランシスカは驚いた顔をして言う。


「ちょっと、いきなり何っ!?」


 目を見開き、口をあんぐりと空けている。よほどびっくりしたらしく、可愛くおしゃれな彼女には似合わない、情けない顔つきをしていた。


「ゼーレの食事!」

「え? え?」

「持っていって、食べさせないと!」


 速やかに靴を履き、部屋から出ようとした時、フランシスカが私の片腕を掴んだ。


「待って、マレイちゃん。そんなに慌てないで」


 早く行きたい衝動をこらえ、フランシスカへと視線を向ける。


 すると、彼女の真剣な表情が見えた。

 華やかな睫毛に彩られた瞳が、こちらを真っ直ぐに見据えている。心配しているような色がほんの少し滲み、しかし曇りのない瞳。それはまるで、トリスタンの瞳のようだった。


「牢番の人があげてるから、多分大丈夫だって! マレイちゃんが無理することないよっ!」


 私は何も言い返せない。

 フランシスカとトリスタンが重なって見えたからだ。


「……そうね」


 私は大人しく引き下がった。

 地下牢にいるゼーレの様子が気にならないと言えば嘘になる。だが、フランシスカを振り払ってまで彼に会いにいく気にはならない。


「ゼーレだって、マレイちゃんに会いたいとか思ってないって!」


 グサッ。

 何かが胸に突き刺さる、鈍い音が聞こえた気がした。


「そう。そうよね」


 私は呟く。自分を納得させるように。


 ……いや。そもそも、「ゼーレは私に会いたいと思っていない」ということに納得できない心が存在する理由が、まったく分からないのだが。


 そこへ、フランシスカが突っ込んでくる。


「どうして残念そうな顔してるのっ?」


 純真な眼差しを向けられた。

 しかもきわどいところを突いてくる。


「もしかして、ゼーレに捕虜以上の感情を抱いているとかじゃないよね?」


 お願い、それだけは言わないで。

 そんなことはあり得ないし、許されたことではない。


「まさか」


 私はフランシスカの丸い瞳を、迷いなく真っ直ぐに見つめ返す。


「役割だから、ってだけよ。それ以上のものなんてないわ」



 ゼーレは敵。あの夜、私からすべてを奪った、最大の敵だ。

 生まれ育った村を焼いた彼を、人々や私の母を残虐に焼き殺した彼を、許すなんて絶対許されないこと。



 ——そのくらい、分かっているわ。

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