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暁のカトレア - episode.57 合流
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暁のカトレア  作者: 四季
4.トリスタン救出のための戦い

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episode.57 合流

 大蛇の化け物は視線を、私からトリスタンへと移す。

 トリスタンが前へ出たため、彼を敵であると認識したのだろう。


「——行くよ、マレイちゃん」


 寒い冬の夜のような、静かな声だ。その冷たさに、身が引き締まる思いがした。いつもは冷静でも優しさを忘れない彼が放つ、すべてが凍りつくような声には、不思議な力を感じる。


 私はそっと頷き返す。


「えぇ。援護は任せて」


 それを合図に、トリスタンは床を蹴った。


 化け物特有の薄紫色をした粘り気のある液体が、べっとりとこびりついたナイフを手に、彼は勇敢に挑んでいく。


 目つきは鋭い。

 けれどもその青い瞳は、凪いだ海の如き静寂を映し出している。


 腕時計がないため、今のトリスタンは、いつものようには跳べない。巨大な敵と互角に渡り合うほどの身体能力は持っていないのだ。それでも彼は迷うことなく、大蛇の化け物を真っ直ぐに見据えている。見上げた精神力である。


 大蛇の化け物は尾を大きく振りかぶり、トリスタンに狙いを定める。恐らく薙ぎ払うつもりなのだろうが、そうはさせない。私は光球を放ち、バランスを崩させる。


「ナイス!」


 光球を受けてバランスを崩した大きな隙を、見逃すトリスタンではない。彼は一気に距離を詰め、大蛇の化け物にナイフを突き刺す。


 深く刺された大蛇の化け物は、まるで悲鳴をあげるかのように、太い体をうねらせた。その動き方からは、最期の抵抗、といった必死感が漂っている。絶命する直前の者を見ているかのようで少しばかり胸が痛むが、同情している場合ではない。今だけは心を殺すよう努めた。


 トリスタンは一度ナイフを抜く。

 そして、再び突き刺す。これでもか、というほどの強い力を込めて。


「あと少し!?」


 いつでも光球を放てるよう準備しておきながら、トリスタンに尋ねた。大蛇の化け物が懸命にうねる光景を見続けるのが辛かったからである。少しでもいいから早くこの時間が終わってほしい、と思った。


 もちろん、大蛇の化け物に同情する必要性などない。それはまぎれもない敵なのだから。


 そのこと自体は理解しているつもりだ。

 それでも疼く、この胸の奥の一部は、良心という名の部分だろうか。


「すぐに終わるよ!」


 トリスタンは答えてくれた。はっきりとした口調だった。

 触れるほど接近している彼には、大蛇の化け物がもうすぐ消滅することが分かるのだろう。



 ——それから数秒。


 大蛇の化け物は、トリスタンの予測通り、消滅した。



「終わったね」


 目の前の敵を見事に倒したトリスタンが、粘液のついたナイフを片手に、こちらへと歩んでくる。黒の短い手袋を装着している彼の手も、ナイフと同じように、薄紫に濡れていた。


「えぇ。トリスタン、さすがね。私が出る幕なんてなかったわ」


 すると彼は、柔らかく微笑んでから、首を左右に振る。


「ううん、速やかに終わったのは君のおかげだよ。バランスを崩してくれたのが大きかったから」

「そう? 役に立てたならいいけど」


 私は赤い光球をほんの数発放っただけだ。それ以外は何もしていない。

 もっとも、正しくは「何もしていない」ではなく、「何かする暇がなかった」なのだが。


「凄く助かったよ」


 言いながら近づいてくるトリスタン。


 彼の穏やかな表情を目にし、安堵の溜め息を漏らしていると、彼は急に抱き締めてきた。トリスタンは、がっしりとした男性的な腕ではないはずなのだが、その力はというと結構なものだ。


 全力で抱き締められると、私の力では抵抗できそうにない。


「……ありがとう」


 抱き締める体勢のまま、トリスタンは私の耳元で囁いた。

 それは、信じられないくらい弱々しい、消え入りそうな声。それは、日頃の穏やかで優しい声とも、戦闘時の勇ましく落ち着きのある声とも、違う。


「ちょ、ちょっと。いきなりどうしたの?」


 突然の意外な声色に、私は動揺を隠せない。

 弱さを感じさせるトリスタンを見るのは初めてで、彼が彼であると信じきれていない私がいる。


「寂しかったな」

「だから、急にどうしたのよ。何だか様子が変よ?」

「しばらく一人だったから……誰かに甘えたい気分なのかもしれないな。ごめんね、マレイちゃん」


 謝りつつも離れないところがトリスタンらしい。


「……怒ってる?」


 いかにも「怒っていない」という返事を聞きたいかのような問いが来た。

 狙いが見え透いているところが何とも言えない。


「怒ってはいないわ。……って言ってほしいのよね?」

「あ。気づかれた?」

「分かるわよ、そのくらい。私だってそこまで馬鹿じゃないわ」


 するとトリスタンは両の瞳を輝かせた。

 深海の如き深みのある青が、希望という名の輝きで満たされていく様は、「美しい」という言葉が似合う。


「やっぱり! マレイちゃんは僕を深く理解してくれているんだね!」


 ……え。

 いきなり、何を言い出すの。


「僕の深いところを見てくれるのは、やっぱり、マレイちゃんだけだよ。嬉しい」

「え? ちょっと待って、どういう展開よ?」


 抱き締められたままなので、胸元が圧迫され息苦しい。私は「そろそろ離してちょうだい」と言いながら、体を軽く左右に振ってみる。すると、トリスタンは私の心に気がついたらしく、両腕を離してくれた。


 ほっ、と安堵の溜め息をつく。



 その時。


「終わったようですねぇ」


 私たち二人の背後から声が聞こえてきた。聞き慣れた声だ。


 振り返ると、そこにはゼーレが立っていた。

 顔に装着した銀色の仮面には、先ほどまではなかったと思われる傷がいくつか刻まれている。リュビエとの交戦で刻まれたものだろうか。そして足下には、高さ一メートルの蜘蛛の化け物が、一体這っていた。


「ゼーレ!?」


 現れたゼーレを視認するや否や、トリスタンは顔を強張らせる。声は鋭く、表情は固く、一瞬にして変化している。


「リュビエは?」

「何とか上手くすり抜けてこれました」

「倒したわけじゃないのね……」

「えぇ。私がリュビエを倒すなど、不可能です」


 リュビエを倒しておいてくれたなら、少しはゆっくりできたのだが。


「今のうちに戻りましょう。カトレア」


 ゼーレは淡々とした声色で言った。

 それに対し、私は頷く。


 まともに意思疎通ができている私とゼーレを目にし、トリスタンは怪訝な顔になっていた。私が化け物側の者と普通に接していることに、戸惑っていたのかもしれない。

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