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暁のカトレア - episode.59 私には言えない
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暁のカトレア  作者: 四季
4.トリスタン救出のための戦い

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episode.59 私には言えない

 今後の予定をある程度考えた後、私たちは移動することとなった。

 フランシスカは、グレイブに連絡しながら先頭を行く。その後ろにトリスタンと私。そして最後にゼーレ。ちなみにゼーレは、一人の牢番に見張られている。


 リュビエに奪われたトリスタンの腕時計を、さりげなくゼーレが取り返していたことは驚きだった。

 そんなことを考えつつ、私はトリスタンに話しかけてみる。


「あそこで一体何をされたの? 怪我は?」


 すると彼は、金の髪をなびかせて歩きながら、優しい声で答える。


「たいしたことじゃないよ。マレイちゃんに言うほどでもない、小さなことだから、気にしないで?」

「ごまかさないで」


 トリスタンは私には隠すつもりなのだろう。

 だがそんなことは許さない。


「ちゃんと教えてちょうだい。仲間でしょ」

「……そうだね」


 廊下を歩きながら、トリスタンは諦めたように発した。ようやく話す気になってくれたようだ。


「いろんな化け物と戦わされてね、そのデータを記録されたんだ」

「トリスタンの戦闘データを?」

「うん。今後の化け物開発に使うとかなんとか」


 つまり、トリスタンとほぼ同等の戦闘能力を持った化け物が開発される可能性がある、ということ。


 それは、正直困る。

 トリスタンの戦闘能力は、この化け物狩り部隊の中でも、かなり高い部類だ。そんな彼と同じくらいの力を持った化け物なんて、厄介としか言い様がない。


「それはグレイブさんに報告しておいた方が良さそうね」

「怒られないかな……」

「何を言ってるの。トリスタンは怒られなんてしないわ」


 グレイブに怒られるとしたら、私の方である。


 トリスタンは私を庇って連れ去られただけ。彼には何の落ち度もない。すべて私の力の無さゆえに起こったことだ。


「生きて帰ってきてくれただけで満足よ」


 不安げな顔のトリスタンに、私はそっと微笑みかける。


 彼の中の不安が少しでも和らぐことを願って。


 いくらグレイブでも、私を庇っただけのトリスタンを怒るなんて、そんなずれたことはしないだろう。彼女とて馬鹿ではないのだから。きっと、「よく戻ってきた」と、温かく歓迎してくれるはずだ。



 その後、グレイブと合流。そして私は、彼女に、ここに到るまでの一連の流れを説明した。

 正しく伝わるよう、一つ一つ丁寧に説明するのは、なかなか大変だった。けれども、グレイブが落ち着いて聞いてくれたのは、良かったと思う。


 結果的に、トリスタンはもちろん、私も怒られずに済んだ。


 私は怒られるだろう、と予想していたため、少々意外な結果である。もっとも、怒られるより怒られない方がありがたいことには変わりがないのだが。



 説明が一通り終わると、トリスタンはフランシスカに連れられて、救護班のもとへ向かった。傷の程度を確認し、必要な手当てを行うためらしい。


 そうして部屋に残ったのは、私とグレイブ、そしてゼーレ。

 三人だけになってしまった。しかも、何とも言えない気まずさのある、最悪な組み合わせだ。


「時にゼーレ」


 沈黙を破ったのはグレイブ。

 彼女は、私が座っている椅子の後ろに立たされているゼーレに、視線を向けている。漆黒の瞳から放たれる視線は、静かながら熱いものを感じさせる、不思議な視線だ。


「……何です」

「なぜマレイには力を貸した?」


 壁や天井など、ほとんどが白い部屋では、グレイブの黒髪はよく映える。頭が動くたびにするんと揺れる髪は、艶やかで、大人の女性らしさを演出していた。


「トリスタン救出に協力する気は微塵もない、と言っていただろう」

「えぇ……その通りです」

「にもかかわらずマレイには力を貸した。その理由は何だ。彼女に恩を売りたかったのか」


 グレイブとゼーレは話を進めていく。

 私は放置だ。


「残念。惜しいですねぇ。正しくは、恩を返したかった、です」

「マレイに、か」

「カトレアには色々と世話していただきましたからねぇ」


 ゼーレがそんなことを言うなんて。天変地異の前触れかと思ってしまうくらい珍しい。


 しかし、私が彼へ目をやると、彼は顔を背けてしまった。


「なるほど。多少は恩を感じているのだな」

「だからといって貴女たちにつく気はありませんがねぇ」


 ゼーレの発言に、グレイブは眉をひそめる。


「次は解放しろとでも言う気か」


 彼はやはり、戻ってしまうのだろうか。リュビエたちのところへ、帰ってしまうのだろうか。

 そうなれば、私たちとは、また敵同士だ。正直それは悲しい。


 ——そんなことを思っていると、無意識のうちに、目元が湿ってしまっていた。


「マレイ?」


 私の異変に気がついたらしく、グレイブはこちらへ視線を向ける。訝しむような表情だ。


「どうした、マレイ」


 指で目元の雫を拭うと、私は答える。


「ゼーレと……もう敵に戻りたくない」


 言ってしまってから、後悔した。こんな発言、化け物絡みには特に厳しいグレイブが、許すわけがない。


「何だと?」

「あっ……あの、これは、違って……」


 何とかごまかそうとして、余計に不審な言動をとってしまう。


「それはつまり、マレイはゼーレと仲間でいたいという——」

「違います!!」


 私は心にもないことを言ってしまった。


「ゼーレを仲間だなんて! そんなこと、思っていません!!」


 こんなことを言えば彼を傷つける。それを分かっていながら、私は、保身のためだけに酷い言葉を吐いた。


「それが本心でしたか」


 ゼーレは腕を組みながら、ぽつりと漏らす。

 金属製の腕が触れ合う音は、どこか物悲しい雰囲気を漂わせていた。


「やはり使い捨てだったのですねぇ。……そんなことだろうと思っていましたが」


 ——違うの。

 そう言いたかったけれど、言えなかった。


 あんなにはっきりと断言した直後に、「違うの」なんて……。


 私には言えない。

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