episode.68 初勝利は刃とともに
突如、腕時計から放たれた、赤い光線。
意図せず放出された一筋の光線は、シブキガニの赤茶色をした甲羅に、豪快に突き刺さった。甲羅はそれなりに硬いはずなのに、見事に突き刺さっている。
なぜこのタイミングで光線が出たのかは分からない。
ただ、一つだけ分かることは、チャンスだということだ。
いきなり甲羅への攻撃を浴びたシブキガニは、冷静さを欠いている。この状況なら、私にも勝ち目はあるかもしれない。
シブキガニは長い脚を掲げ、一気に振り下ろして叩き潰そうとしてくる。しかし、大振りな動作ゆえ、無駄が多い。私でも無駄が多いと分かるほどの、やけくそな動きだ。
私は、シブキガニが脚を持ち上げた隙に、その背後へ回る。
そして、気づかれるより早く、光球を撃ち出す。一気に決めたいので連射だ。
放った赤い光球は当たる。
今日は調子が良い。
後ろからの攻撃を受け、バランスを崩すシブキガニ。
次で終わらせる。
心をしっかりと決め、消滅するシブキガニをイメージする。
——その時。
腕時計が赤く輝く。ほんわりとしていて、しかしはっきりとした輝きだ。腕時計から溢れた輝きは、みるみるうちに形を変え、ついに剣状へ変形した。
突如として現れた剣。
その刃部分は、銅のような赤茶色。そしてかなり細い。持ち手は赤く、華やかさのある細やかな装飾が施されている。
全体的に赤みを帯びた色合いの剣は、宙で形になった後、私の足下付近へ落ちた。
私はそれを拾い上げ、握ってみる。
あまり重くはない。これなら私の力でも使えそうだ。と言っても、剣の扱いに慣れていないため上手には使えないかもしれないが。
ただ、一刻も早くシブキガニを倒さなくてはならないので、剣でいくことに決めた。
「……上手くいきますように」
祈るように呟く。
すると、銅色の刃部分から赤い光が溢れる。
その光景を目にした瞬間、私は、「いける」と確信した。これといった理由があるわけではない。確かな根拠があるわけでもない。けれども、その確信は揺るぎのないものであった。
私はシブキガニへ駆け寄り、背後から、その体に剣を突き刺す。赤い輝きをまとった剣先は、シブキガニの頑丈そうな甲羅を、いとも簡単に貫いた。
少ししてシブキガニは、ずぅん、と低い音を立てながら倒れ込んだ。以降、その体が動くことはなかった。
シブキガニは、これまで見た化け物たちとは違い、塵のようになって消滅しはしなかった。ゼーレが食用と言っていたことを思うと、シブキガニは、他の化け物とは違った体を持っているのかもしれない。
「やった……!」
こうして、初めて一人で化け物を倒した私は、暫し、満足感でいっぱいだった。安堵と達成感が混ざったものが、今、私の胸を温かく満たしている。
シブキガニは他種の化け物よりかは大人しかった。素早く近寄ってくることも、群れで迫ってくることもなかった。だから私にでも倒せたのだろう。
弱い種族の化け物を一体だけ倒したことなど、何の自慢にもならない。それは分かっている。しかし、それでも誇らしい。
ちょうどそこへ、ゼーレが合流してくる。
「ゼーレ! やったわ、私!」
思わずそんなことを言ってしまった。
なぜって、自分の力で倒せたことが嬉しかったから。
「……嬉しそうですねぇ」
呆れたように返されてしまった。
それもそうか。まだまだ敵はいるというのに、一体倒しただけで喜んでいる人間なんて、馬鹿としか言い様がないだろう。
「えっと、何だかごめんなさい。まだ一体しか倒していないのに喜んでいちゃ駄目よね」
私が言うと、ゼーレは小さな声で返してくる。
「いいえ。貴女にしては上出来です」
「え?」
耳を疑ってしまった。彼が「上出来」と言ってくれる可能性など、微塵も考えていなかったから。
「上出来だと言ったのです。……相変わらず耳が悪いですねぇ」
「あ……」
すぐに返答を発することはできなかった。言葉を詰まらせてしまい、妙に気まずい空気になってしまう。
だが、これだけはちゃんと言わなくては。
そう強く思い、数秒してから、しっかりと述べる。
「ありがとう」
馬鹿にされても仕方がないと思った。たいしたことをしたわけではないから。
だが、ゼーレは私を馬鹿にせず、褒めてくれた。
それは——本当に嬉しかったの。
「……何がありがとうですか、馬鹿らしい」
「貴方に褒めてもらえて嬉しかったわ」
「止めていただけますかねぇ。べつに……褒めたつもりはありません」
必死に否定するゼーレはどこか可愛らしく、つい、くすっと笑ってしまった。
彼は根は悪い人ではない。善い人と思われまいと振る舞っているだけだろう。これまで色々と接してきたから、私にはそれが分かる。
「素直じゃないのね」
「貴女は本当に……調子のいい女ですねぇ」
「そう?」
優しさを持ってはいて、でもそれを他人に隠そうとするところは、ゼーレの面白いところだ。ただ、素直になればいいのに、とたまに思う。
「まったくです。貴女はいつだって——」
言いかけて、ゼーレは突然こちらを向く。
「危ないっ!!」
「……え?」
突如のことに、私はぽかんとしてしまう。
そんな私を、彼は抱き締めるように抱えながら、跳ぶ。
——直後、凄まじい光とともに、轟音が響いた。