91 フラン、異世界を釣る
うーん、いい天気だ。
青い海、白い雲、果てしない水平線。ベタベタする潮風、お肌を痛めつける紫外線。これぞ海!
俺たちは今、豪華な船に乗っていた。大きさは中程度なのだが、内装は豪華客船以上だ。部屋も高級宿と変わらぬレベルだった。さすが王族が貸し切るだけのことは有る。
フランはそんな船のデッキで、ヌクヌクと日向ぼっこをしていた。潮風に当たりながら、ウッドチェアの上でグデーンとしている。サイドにはジュースが置かれ、完全にバカンス状態だな。
船の護衛はどうしたって? 勿論ちゃんとやってるぞ? ウルシが。ほら、今だって船に近づいてきた魚型の魔獣を倒して戻ってきた。
空中跳躍と闇魔術があるので、ほとんど濡れてないな。獲物を咥えて引き上げる時に、顔だけは濡れちゃっているが。
いや、フランだって働いてるよ? ウルシが魔獣の相手をしてる時、逆側から襲われたりしたときは、フランが魔術で吹き飛ばしたりしているし。
「オンオン!」
「ウルシお帰り」
『魔獣の肉はしまっとくから。あとで何か作ってやるよ』
「オン!」
『魔石も結構溜まってきたな』
ウルシが7匹、フランが4匹。出航して半日でそれだけの魔獣を仕留めている。
船長さんたちには、これだけ魔獣に出くわして、船が無傷なのは奇跡だってお礼を言われたよ。
最初はダラけるフランに厳しい視線を向け、面と向かって仕事しろとイヤミを言ってきていた侍従のセリドも、これだけの魔獣を仕留める俺たちに何も言ってこなくなった。
あいつ本当にウザいんだよね。食事中も、いちいちマナーだ何だとケチ付けてくるし。むかついたから、宮廷作法で完璧なマナーを披露してやったら、悔しそうに黙ってたけどね。サルートと仲が悪いようで、彼と仲が良い俺たちを敵視しているみたいだ。
(師匠、おやつ)
『はいはい、何がいい?』
(うー、クッキー)
俺はアレッサで買いこんでおいたクッキーを出してやる。まだ菓子はあまり沢山は作れてないから既製品なんだよな。貴族御用達の店のお菓子だから美味しいんだけどさ。やっぱ地球製のお菓子の方が俺は好きだね。そのうち、ケーキやプリンを大量生産してやるぜ。
「うまうま」
「クーンクーン」
『ほれ、ウルシにはこっち』
「オン!」
来る魔獣は雑魚ばっかりだし。フランとウルシはリラックスしてるし。良い依頼を受けたよな~。
しばらくダラダラしていると、サティア王女が近づいてきた。潮風にたなびく金髪が、太陽を反射して輝いてるね。サティア王女は、黒い短髪で黒目のフランとは対照的な、長い金髪に青い瞳の西洋系の顔立ちだ。2人が並ぶと太陽と月って感じだよね。今は可愛い系の顔立ちだが、将来美人になるだろう。
「フランさん、皆が釣りをすると言っていますが、ご一緒にどうですか?」
「ん。行く」
デッキの後ろに向かうと、フルト王子と3人の子供たちが、釣り竿を手にワイワイとしていた。少年が2人に、少女が1。フランに助け出された子供たちの中で、元々浮浪児として生活しており、帰る場所のない子供たちだ。
王子たちはこれも何かの縁だからと、彼らを使用人見習いとして連れ帰ることにしたらしい。ただ、まだ正式な雇用関係ではないので、道中は同年代の友として接するように子供たちに言っていた。
だからこそだろう。子供たちは身分の差にも物おじせず、双子とあっと言う間に仲良くなっていた。ちょっと見ただけなら、本当に友達同士に見える。侍従のセリドなどは忌々しげに小言を言ってくるが、あんなの無視だ無視。
「フランも釣りをするか?」
「ん。大得意」
「ほう、そうなのか?」
「じゃあ、皆で勝負ですね!」
「釣った魚はみんなで食べるぞ!」
渡された竿にリールが付いているのには驚いたな。魔法で糸を巻ける最高級品らしい。
子供たちはその価値も知らず、皆で釣り糸を海に垂らす。すぐに皆に当たりが来始めた。誰のが大きい、誰のが珍しいと、楽しげだ。釣りに参加していない王女も、ニコニコと皆を見守っていた。
イワシやサバに似た魚が多いな。今のところ当たりがないのはフランだけだ。王子と子供たちがからかいの声を上げる。
「大得意ではなかったのか?」
「釣れてないのはフランだけだぞ!」
「俺なんか3匹釣っちゃったもんな!」
「まあ、私達の魚を分けてあげるから!」
「ふふん。私は雑魚は無視。大物を釣る。吠え面かかせる」
「ははは! 楽しみだな!」
俺は普通に釣りをすれば良いと思うんだがな。フランは巨大な獲物を狙うと言って聞かなかった。
エサは余らせていたロックワームを使っている。雑魚魔獣だが、魔石以外に使い道が全くなく、ずっと仕舞いっぱなしになっていたのだ。臭くて硬くて食べられないし、皮は乾くと脆くなる。精々良質の肥料になるくらいだろう。
フランはこれを1メートル程度にぶつ切りにして、超巨大な釣り針の先に付けて釣り餌として使っていた。鮫か魔獣か鯨か。そのクラスじゃなきゃ口にも入れられない。フランは何を釣り上げようというのだろうか。まあ、フランがこれで良いと言ってるんだし、楽しめればそれで良いんだけどさ。
そうして1時間ほど釣りを楽しんだだろうか。子供たちにはそれぞれ10匹程度の釣果があったのだが、フランだけ未だ0匹だ。
最初はからかって笑っていた子供たちも、段々と気遣う顔になってきている。きっと、どうかフランにも当たりが来てくれと祈っていることだろう。
フランは和気あいあいとした雰囲気を楽しんでいるので別に不機嫌でも何でもないのだが、無口無表情のせいで機嫌が悪いと勘違いされているみたいだった。
だが、ついにその時が来る。
「ん!」
「おお! 引いてるぞ!」
「すげーしなってる!」
「大物だ!」
皆が自分のことの様に喜んでいるな。
しかし、メチャクチャ竿がしなっているな。一番頑丈な竿を貸してもらっているはずなのに。カジキマグロでも釣れたんじゃなかろうか。
「むむ」
「頑張れ!」
「巻け巻け!」
「ん!」
フランが全力で巻いているのに、糸はガンガン出ていく。あれだ、世界を釣る的なテレビで見たことがある光景だ。
「んんん!」
「がんば!」
「ばらすなよ!」
俺が手を貸せば簡単な話だ。こっそり海中から獲物を弱らせたり、眠らせたりすればいい。でも、それは無粋だろう。やるにしても、フランが自分でやらなきゃな。
それから30分。かかった魚は抵抗を続けており、一向に釣り上げることができないでいた。フランにも疲れが見え始めている。
本当にトローリングみたいになってきたな。フランも全然釣り上げられない獲物に、しびれを切らしてきたらしい。遂にスキルを使い始めた。
属性剣・雷鳴で釣り竿を通して電撃を叩きこむ。そして、水流操作、水魔術で獲物を船に引き寄せる。剛力と補助魔術で腕力もあげて、ラストスパートだ。
10分後、水面近くに巨大な魚影が見えていた。いや、でか過ぎじゃね? ウルシの倍以上はある。全長10メートル近いんじゃないだろうか。
「ぎゃー! なんだアレ!」
「フ、フラン! 平気か?」
「やばいよやばいよ!」
子供たちが騒ぎ始めるが、フランは構わずリールを巻き続けた。時々パチパチと光が弾けているのは、属性剣を使っているからだろう。それでもこれだけ抵抗するなんて……。どう考えても普通の魚じゃないよな?
種族名:艦砕マグロ:魔魚:魔獣 Lv29
HP:556 MP:139 腕力:207 体力:139 敏捷:108 知力:56 魔力:77 器用:69
スキル
硬化:Lv6、水流操作:Lv6、水魔術:Lv5、遊泳:Lv5、嗅覚強化、甲殻硬化
説明:頭部がミスリル並に固い衝角に覆われている。名前の由来は超高速で突進し、頭部の衝角で船さえ粉砕することから。ステータスはE程度だが、海における厄介さから脅威度はD。その身は非常に美味で、超高級品と言われている。魔石位置:頭部
『フラン! 魔獣だぞ! しかも結構強い!』
「ん!」
フランは風魔術と腕力で艦砕マグロを跳ね上げた。その巨体が宙を飛ぶ。
「うわぁ~!」
「きゃーっ!」
「げー!」
船に向かって落ちてくる巨大な魔獣。子供たちだけではなく、甲板の船員たちからも悲鳴が上がった。うーん、パニックだね。
『このまま落としたら船がやばいぞ?』
「ん」
フランは俺を構えて、振りかぶる。そして、魔力感知で探し出した魔石に向かって、思い切り投擲した。
「はっ!」
「ギィィィィ!」
風の魔術で加速した俺が、魔石を正確に貫く。如何に堅かろうと、俺の前じゃ無意味なのさ、ふっ。
止めを刺した魔獣を、フランは風魔術で受け止めた。そして、巨体をそっと甲板に着地させる。全長は12メートルを超えているだろう。船の幅をオーバーし、尾鰭が甲板からはみ出している。大物だ。
「釣り勝負は私の勝ち」
「いや……その……」
「そんな場合じゃ……」
「?」
未だに大騒ぎの甲板で、フランは魔獣の解体を始めた。まあ、頭を落として、ざっと三枚に卸すだけだが。
『――フラン? 何してるんだ?』
(釣った魚はみんなで食べる約束)
『ああ、そーね……』
それにしても、この巨体をあっさりと解体するんだから、フランの解体の腕も常識知らずだな。周囲の船員たちも、目を丸くしてフランの解体を見つめている。
一応高級品だっていうし、騒ぎが収まったら振る舞うのも良いだろう。その騒ぎがいつ終わるか分からんが。それにしてもデカイな。大トロだけでも何百人前取れることか。
結局、騒ぎはフランが頭部や骨を収納して、暫く経ってからようやく収まったのだった。
「フランが強いことは知っていたが、これほどとはな……」
「がははは。私に勝利したのですよ? これくらいはやってもらわなければ!」
「本当にサルートより強いのね。凄いわ」
「うめー!」
「こ、これが艦砕マグロ?」
「一生分食いだめするんだ!」
手の空いた船員にもマグロ料理を振る舞った結果、船上はお祭り騒ぎだった。先程までのパニックとは違い、今度は良い意味での騒ぎだ。急に全員に超高級食材が振る舞われたわけだしな。仕方ないだろう。
「やあ、ご馳走になっているよ?」
なんと、船長までもが礼を言いに来た。
「私はレンギル。お名前を伺ってもよろしいかな?」
「フラン」
「冒険者なのかな?」
「ん。ランクD冒険者」
フランがギルドカードを見せると「おおー」というどよめきが起きた。この年齢でランクDというのが驚きなのだろう。
「さすがですね。いや、艦砕マグロを狩っているのですから、当然と言えば当然ですか。むしろ、もっと高くてもおかしくない……。いや、この出会いに感謝ですね」
レンギル船長が懐から何かを取り出したな。それをフランに渡してくる。
「これは?」
「それは、私の所属するルシール商会の紋章の描かれたコインです。バルボラに本店があるのですが、そのコインを見せれば色々と便宜を図ってもらえますよ」
「凄いではないか! ルシール商会と言えば、クランゼル王国でも1、2を争う大商会だぞ。その幹部に気に入られるとはな」
王子の言葉で、このコインが結構凄いものだと分かった。大商会の支援が受けられるなら、かなり便利だろう。しかし、フランに目を付けるなんて、見る目があるなレンギルさん。
「いいの?」
「ええ。将来性のある冒険者と縁を結べるのであれば、安いモノです」
そして、船員たちが再度「おおー」とどよめく。口々にフランを称賛している様だ。
「あの船長に気に入られるなんて!」
「あの年でランクDなんだ、当然だろ」
「艦砕マグロもあっさり倒してたしな!」
「しかも可愛いし」
「おまえロリコンかよ!」
「ち、ちげーし!」
「バルボラに着いたら、ぜひ1度立ち寄ってほしい」
「ん」
船長が再度頭を下げて去ると、船員たちも入れ代わり立ち代わりやってきては、フランに礼を言ってきた。その様子を見ていた子供たちが、フランに羨望の眼差しを向けている。
「フラン凄いな!」
「ふふん。当然」
「俺もお前くらい強くなりたいぜ!」
「がんばれ」
「なあ、コイン見せてくれよ!」
すっかり友達だな! この時間がずっと続けばいいのに――。
だが、俺の願いは、見張り台にいた船員の発した叫びにより、虚しくも踏みにじられた。
「か、海賊船だー!」