藁焼きとファーバン
「なんだあの大きな魚!」
「あれは湖の主じゃないか?なんてでっかいんだ……」
「15年くらい前に、ガネさんとこの爺さんが釣り上げたのが最後じゃなかったっけ」
意気揚々と戻ってきた俺たちを見ながら、村人や兵士たちからの興味津々の声が聴こえる。
「大丈夫トラジ? このままベルガの耳に入ったら、また止められるんじゃないの」
「大丈夫さ。たぶん、な」
そう心配するフィリナに振り返り、にんまりと笑顔で答える。
ここからが更に忙しくなる。
まずは、あれを創るところから始めないといけないな。
俺はラベルク村の奥にあった廃屋の中で、大きなかまどらしきものを見つけ出した。騎士団員のケリーさんに断って、村長さんと顔を繋いでもらう。
「あんなもので良かったら好きに使ってくだせい」そう言って素朴な笑顔で頷いた老齢の村長さんに抱きついて驚かれる。
その古びたかまどをフィリナとエレノールに手伝ってもらいながらなんとか外すと、廃屋の外に運び出した。
そして俺はまた思いついた新しい魔法をここで披露する。
『生成』
この生成という魔法。元となる材料や原料、または作ろうとする物体そのものがないと発動しない。
つまりは、物質生成の呪文だと思ってくれればいい。
頭の中で強く思い描いたものを実際に作り出すという、かなりとんでもない魔法だ。
しかもかなりイメージ力が大事なようだ。
前から自分でも感じていた事だが、料理や寿司に関係したことだと、強く創造できるということ。
あっという間に修復されていく、かなり古びて錆びついてしまったかまど。
相変らずエレノールの緑の目の輝きが怖すぎる。
神の包丁から発せられる魔力が気持ちいいとかなんとか。
さっぱりその気持ちが分からない。
「そして、これが無くちゃ始まらない」
手の中には、山羊たちのいる小屋の中にあったワラが握られている。
これが今回の作戦の肝だ。
「なるほどな相棒! 更に強い焔で焼き上げるって意味が分かったぜぃ」
グリューンが俺のやろうとしている意図を理解して歓声をあげる。
「ワラにかまどって、いったい何をしようというのトラジ」
心配げに顔を覗き込むフィリナ。
「カツオ、じゃないか。『ランガンのワラ焼き』さ!」
ワラ焼きは確か、高知県が発祥だ。
乾燥したワラを燃やして、高温の炎で魚の表面を焼き上げる独特の技法だ。
ワラの香ばしい香りが立って、それが魚に移ることで食欲をそそる一品になる。
でもこれだけじゃダメだ。
もう少し、最後の一押しが必要だ。
俺は包丁に導かれるように騎士団支部の厨房内に向かっていた。
✛ ✛ ✛
「まさか……これがあれば、寿司が握れるじゃないか」
突然押しかけた俺を、アンネさんは優しく笑顔で迎えてくれた。
そのまま厨房裏にある倉庫の鍵を開けてくれる。
「トラジさんを見ていると元気になりますね。なんでしょう、強いだけじゃなくて、心の中の暖かさがこちらにも伝わるって言えばいいんでしょうか」
そういえば店で握っていた時にも、そんなふうにお客様から言われたことがあるような気がして、照れるように笑い返した。
倉庫の中で見つけたものは、とある穀物が入った茶色の袋。
その袋が少し破けて、中の物が床に少しだけこぼれているのを目でとらえた。
それは、日本人であれば誰もが毎日のように口にするもの。
「アンネさん! こ、これは。これはなんて言うんだ」
「え、それですか? ファーバンなんてあんまり使わないから、欲しいなら好きに持って行ってくださいな」
エリュハルトではファーバンって言うんだな。
俺の手の中に握られたもの。それは均一の半透明の白色が特徴的だ。
引き締まった丸みのある形状といえばいいのか。
そう、それはお米。
つまりは白米だった。
こっち世界にもあるんだ……
これがあれば、そうだよ。
寿司が握れる!!
喜びを爆発させるように、アンネさんの手を握りしめて何度も握手を繰り返した。
探し求めた恋人にようやく会えたような満ち溢れた表情に、全く共感することができないようで、彼女は戸惑いを思い切り顔に出していた。
ランガンにかまど、そしてワラ。
さらにお米ならぬ、ファーバンまで見つかれば鬼に金棒。
もちろんかまどの中には大量のワラを敷き詰めて置いてある。
ラベルク村の真ん中にそれらを持ち込み、大きく呼び込みを始める。
「さぁ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! まずは捌いたランガンをこの3本の鉄串にぶっ刺すぜ! 」
名付けて『ワラを焼いた焔で呪いまで焦げ尽くしちゃえばいいんじゃね? ファーバンを添えて』だ!
大胆なその作戦名に、グリューンを含め、全員の目が空中を泳ぐ。
「もうちょっとマシな作戦名は思いつかなかったの?」
「命名権をトラジに持たせちゃダメな事だけは分かったわ」
そんな女性陣二人の嘆きの言葉は聞かぬ振り。
まずはランガンを丁寧に捌き始める。周囲には人だかりが出来始め、感嘆の声を上げている。
「すごい包丁さばきだな……」
「あの包丁、ちょっと鈍く光ってないか? 」
いい反応だ。
兵士たちは俺がまた美味しいものを作っているんじゃないかとワクワクした目で見つめてくれている。
村人たちはそんな兵士の口コミから、生魚への恐怖を興味に変化させてくれればいい。
「よし。細工は流々仕上げを御覧じろだぜ」
俺の手の中で、神の包丁が躍るような焔を噴き上げた。