出発
翌朝。
俺達はラベルク村の外れに立っていた。
吹きすさぶ風は今日も凍り付くようだ。
厚い雪雲に空は覆われ、天星ダルバは顔を出してはいなかった。
「ケリー。ワシが戻るまでこのラベルクを頼んだぞ」
狐獣人であるケリーさん。実は副隊長クラスの実力の持ち主だと後で分かりびっくり。
全滅した三番隊は討伐部隊。
ラベルク村に駐在していた元々の部隊は四番隊の一部だったとのこと。
駐在部隊を率いていたのが実はケリーさん。
説明されていないから分からなかった。
「ザイール・ファルナート! ベルガ隊長もお気をつけて。早山羊はこの通り、ご用意させて頂きました」
「はやヤギ? それってフィリナが乗ってきた山羊蹄車と違うのか」
「フィリナさんがお持ちなのは基本的には荷車用の山羊ですので。こっちは軍用の機動力に振り切った仕様のものです」
兵士たちが用意してくれたものは、俺達がここまで来るときに使っていた山羊とは根本的な種が違うように見えた。
少なくともそれはもう、俺の目からは山羊には見えなかった。
ふわふわの鳥の羽のような、白い体毛に覆われている。足ががっしりと太く、かなりパワフルな動きにも対応できそうだ。そして全体的に筋肉質でデカい。
地球でいう馬に装着する鞍のようなものが山羊の背に乗せてある。
早山羊が蹄車を引っ張るタイプのものではなく、山羊そのものに乗るタイプな訳だ。
「ショルダーベント種ね! このもふもふ感がたまらないの。好き」
目を輝かせて山羊に抱きつき、もふもふを味わう美少女フィリナ。
非常に絵になる光景だ。
雪景色によく映える。SNSに投稿したらバズりそうだ。
「もうヒサメ軍はこちらに向けて出発している。時間との勝負ね。聖なる山までは普通でも3日掛かる。早山羊でもどこまで時間が稼げるか」
エレノールが真っ赤なローブに身をうずめるようにして震えている。
俺は『保温』を唱え、それぞれのメンバーの身が暖かくなるようにと念じる。
フィリナとエレノールは一度やっているので分かっていたが、ベルガは驚きの声を上げた。
「これはすごいな……しかし、焔刃の力はかなりの規格外だな」
「そうね。でもこの力はトラジの腹具合次第なの。ホント困っちゃうのよね」
エレノールが俺を見ながら、さも不満げにつぶやく。
そんなことを言われてもな。
口を尖らすと焔刃がしずかに笑った気がした。
「エレノールもそんなことを言わないの。でも確かにそうね。だったら食べながら戦えばいいんじゃないかしら。ちょっとカッコ悪いでしょうけど」
フィリナの的を得てそうでどこかズレた意見にグリューンがツッコむ。
「そうだなフィリナの嬢ちゃん。あれだ、アイスウルフの肉を荷物に突っ込んでおけばいいんじゃないか。串ごと何本か保存しておけばトラジの力が使い放題だ」
ノリノリで尻尾を振るグリューンの頭を小突く。
「食べながらなんて戦えるわけないだろ。戦闘中に食べる間を敵が与えてくれるとも思えないし。荷物を開けて、肉を取り出して、それを咥えながら戦うなんてナンセンスだぞ」
転生前の世界でもゲームをやっているときに思っていたんだよね。
戦闘中にアイテム使うなんて、考えたらできないよなって。
実はこの持ち物問題。神機の魔法を使ってある程度の解決策が図られていたんだ。でも、もちろんこの時点ではまだ誰にも言っていなかった。
「まぁ、ポーションくらいならがぶ飲みすることができるわよ。問題はあんな重いものをガチャガチャ運べないってことぐらいだけど。瓶だから下手したら割れちゃうしね」
「確かにそうだ。もうこうなったらグミでも作るか。そういえばそんなゲームがあったなぁ……」
「トラジ。グミってなに? ちょっとそれ詳しく聞かせなさい!」
これから聖なる山までの辛い道のりを考えると、なんてことで笑いあっているのかって思うところなんだろうけど。
逆にここからの苦難を乗り越えるために、メンバー内の意思疎通がスムーズにできているって考えればいいんじゃないかな。
「団長殿が到着するまでの辛抱だケリー副隊長。ワシはお前を信じておる。そしてこんなワシだが信じてくれ。必ず魔力茸にて力を強化し戻ってくると」
力強くケリーさんの肩を叩くベルガ。
そこにはもう畏れは見えない。
「隊長殿がお戻りになられるまで耐えて見せましょう。なに、私の他にもまだまだ猛者どもはおりますから」
もうそれ以上は語らない。
ケリー副隊長もまた、これからの籠城戦を想定した準備を進めなければならない。
俺達の役目はなるべく早く戻ること。
「よし。出立する! 一気に駆け抜けるぞ。雪に足を取られるなよ」
フィリナとエレノールそれぞれ、あてがわれた早山羊に乗り込む。
俺はもちろん、ベルガと一緒。
ベルガに用意された山羊だけ少し大きめで、鞍が二個装着されていた。それは俺が山羊を乗りこなせないからという理由だ。
「トラジ。振り落とされないようにワシにしっかりと捕まっておれよ!!」
ピシリ!!
手綱を叩いた音が凍り付いた世界に響き渡った。
俺はベルガの背にしっかりとしがみつき、その揺れに耐えるよう体に力を入れた。
聖なる山に向けて。
その音は、この先に起こる運命の歯車が回り始めた音だったのかもしれない。