それぞれの想い
「御師様は、協力と言ったわ」
フィリナの黒い、凛とした整った瞳に焔刃の炎が反射する。
黒髪がふわりと熱気に揺られた。
「協力できねば始末せよ、とも言われたのは本当。だけど今の自分の判断は間違っていないと思っているの」
自分を見つめる真剣なフィリナの表情。
その先にはベルガが伸びてきた顎髭を撫でながら、次の言葉を待っている。
「ミャア」とミンミの鳴き声が洞窟内に響き渡った。
「わたしはやっぱり……困っている人を見ていると放っておけない。全ての人を救えるなんて大層なことはできないのも分かっている。だけど」
ボウッという音を立てて焔刃から一瞬強い炎が上がった。
誰も何も言わない。
ただ、フィリナの心の告白に耳を傾けていた。
「初めはトラジの焔刃の炎がきれいだった。それが頭の中から離れなかった。なんでだろうってずっと考えていたの。たぶんそう思わなかったら、あの時貴方を殺していたかもしれない。でも出来なかった」
燃え盛る火を前にすると人は本心をさらけ出すって聞いたことがある。
それは美味しい物を食べた時も一緒。
嘘偽りがないものに触れた時、自分の偽りの感情の方が負けてしまうんじゃないかなって俺は勝手に思うようにしている。
「詭弁かもしれないけど、焔刃の使い手である貴方に協力することが、御師様の命にもつながるような気がしているの。だから少なくとも王都に帰るまではトラジに同行して協力したい。それは噓偽りないわたしの気持ちよ」
フィリナの唇が震えている。
大きな二重の瞳から二筋の涙が頬を伝った。
「全く、どんだけ真っ直ぐなわけ? だから教会の神官は世間知らずって言われるのよ」
いきなりつっけんどんなエレノールの言葉。
キッとフィリナが睨みつける。
「そういうエレノールはどうなの? 危険な旅に付いてくる理由が分からないわ。魔導協会からの指令とは言っていたけど、絶対に違うわよね」
フィリナが怒るのも分かる。
俺もそれは確かめたかったんだ。エレノールは何を考えているのか読めないところがあるけれど、それは性格や言動についてであって、今回の旅への動向の理由にはまだしっくりこないところがある。
「フィリナ、エレノール。落ち着くんだ」
するとベルガが二人を取りなすように間に入る。
「だがエレノール、ワシもどちらかというならばフィリナの意見に近くてな。お主を信じられないということではない。この旅は遊びではない。敵の心臓部に忍び込む……つまりは命を懸けるのだ。その理由を聞きたいというのは決して間違いではあるまい」
大きく息を吐くエレノール。
その表情から覚悟の色が覗く。
「分かったわ。あたしだって変に勘繰られたまま進みたくないし」
雪で濡れた金髪が渇くことで外側に広がるようにボサボサになっている。
それを気にするようにしてイライラと何度も指で触っている。
「……元々魔導協会も神の包丁の顕現を待ち望んでいたのよ」
ぽつりと、そうエレノールが呟く。
「だから教会側から協力の打診があったのは渡りに船だったってわけ。あたしがギルドマスター・ザックマーニャ様より託された任務は……焔刃の傍に居て情報を魔導協会に流すこと。協力して教会側だけに優位にことを運ばせないように見張ること。それだけよ」
長い沈黙。
洞窟の外に降りしきる雪の音までもが中まで染み渡るようだ。
「王都の政治劇の道具という訳か、情けない。魔王レイカの脅威がここまで迫っているというのに……」
ベルガの口から、彼らしい重々しい言葉が漏れる。
俺が知り得ない王都の事情。様々な思惑が目の前にある焔刃と絡み合っているんだ。
ふと、静かな寝息が聞こえると思ったら、グリューンは俺の服の中で寝てしまっていた。
おいおい。こんな大事な話の途中で寝られるんだなお前は……
「でも安心してって言うのもまた変な言い方なんだけど。トラジに協力するのはあたしなりの理由があるの。信じてなんて都合のいいことは言えないけど。少なくとも逃げることだけはしないつもり。あ……ベルガごめん、貴方を非難した訳ではないんだけど」
ぐぬぬ……と小さく唸るベルガ。
「ありがとう。フィリナ、エレノール。腹を割ってくれて」
俺は努めて明るく振舞う。
全部を語ってくれたわけでは無いんだろう。それでも。
これから危険な場所に飛び込み、命を懸ける事態になる可能性が高い。
少しでもお互いの迷いや疑いは晴らしておかないといけないと思う。
一瞬の迷いが生死を分けることだってある。
……そんなセリフを小説だったかマンガだったかで読んだな、確か。
「よし。少しでも寝ておこう。明日には聖なる山に到着するはずだ」
ベルガが厳かに宣言する。
いよいよだ。
この二面作戦が成功するかどうか……それはまだ誰にもわからない。
焔刃は仄かに、その刃に纏わせる炎の勢いを強めたように感じた。
それは対となる波長を感じ取った故の、包丁の揺らめきだったのかもしれない。