持つ手 或いは難題
「……その日向君と、今連絡を取ることは出来るかい?」
唐突に、霧生はそう尋ねる。
かつてなら面喰ったかもしれないが、いい加減俺も慣れてきたのか、すぐにスマートフォンを取り出すことが出来た。
「ああ、出来るぞ。作戦を練っていた時に連絡先を交換しておいたから」
元々、愛崎姉妹の内、スイミングスクールに通っていた方を確かめれば、それで終わりのはずだった。
そのために、すぐにその結果を伝えられるよう、連絡先はしておいたのだ。
「なら、彼に連絡して、一つ尋ねてみてほしい」
「何をだ?」
「その思い出の少女が、右利きか左利きか調べてほしいんだ」
何で、とは聞かなかった。
霧生が知りたいと思った以上、それは確かに必要なことなのだろう。
────俺は、すぐさま彼に電話をした。
「あー、うん。すまない。今はちょっと、理由は言えない……というか知らない。うん……じゃあ、また」
適当なところで話を打ち切り、俺は会話を終える。
途端に、早見が興味津々の目で尋ねてきた。
「どうだったの?」
「ああ、覚えていたよ。今まで気にしたことは無かったが、多分右利きだろうって」
「……何か、根拠は?」
ぼそり、と霧生が問い返す。
利き腕について根拠を問うのも変な感じがしたが、幸い聞いていた内容でもあったので、俺はよどみなく説明をした。
「ほら、さっきの説明の中で、昔の日向がその相手と遊んでいた時、チャンバラをしたとか言っていた部分があっただろう?」
「そう言えば、あったわね。互いに本気でやったから内出血が残った、だったかしら」
「そうだ。そのうち、今でも残っている傷跡……あれが、左肩にある、ということだ」
そこで俺は、横にあった箸を一本だけ握り、刀を持つようにして振り上げる。
マナー違反だが、これが一番説明しやすい。
「記憶によれば、その傷はほぼ真正面に相手が立っていた時についたものらしい。そして、日向から見て左側から攻撃が来たってことは……」
「目の前に立った相手は、右腕に木の棒を持っていたことになるわね。だからこそ、右利き……」
なるほど、と納得した様子で早見が頷く。
だが同時に、少しだけ納得できなさそうな顔をした。
「だけれど、それは確かなの?滅茶苦茶に棒を振り回してチャンバラをしていたら、どこに傷がつくか、分からなくならない?それにもしかしたら、相手が左利きでも、右に棒を持つかもしれないじゃない?」
「まあ、そうだが……他の記憶をたどっていても、相手が左利きだった、という記憶はないらしい。子どもの頃、左利きの知り合いは殆どいなかったから、もし相手が左利きだったのなら、その分印象に残って覚えているんじゃないか、という話だ」
左利きの人の割合と言うのは、人口の一割くらいと言われる。
子どもの頃の知り合いの数は少ないから、その中に一人も左利きの知り合いがいない、と言うのはまあ、普通にあり得る話だろう。
つまり、当時の日向が知る人は、基本全員が右利きだった。
その日向が、相手の利き腕をよく覚えていない、という時点で、その「アイちゃん」は右利きだろう、ということだ。
あまりにも普通過ぎて、気に留めなかったこと、ということなのだから。
「……まあそう言う訳で、『アイちゃん』は右利きらしいぞ、霧生」
黙って話を聞いていた霧生に、話を振る。
すると、霧生はいつの間にか瞑っていた目をゆっくりと開き、小さく呟き声を返した。
「……もう、解けたよ。推理をしても良い」
「え、こんなに早く?」
さすがに驚いたような声を早見があげる。
一方、霧生の方は平然としていた。
それを見つめる、俺もまた。
──ああ、そうだ、こうだったな。
この感覚も、久しぶりな気がした。
霧生は、話を聞くまでは推理を嫌がる。
だが、一度聞いてしまえば────後は解決まで一直線だ。
「その話から、分かるのか?双子の見分け方が」
「ああ……君は相変わらず良い話の仕方をしてくれた。気づいていたかどうかは知らないけど、情報は完璧に出そろっていたよ」
そう言ってから霧生は浅く微笑み、さらに口元についたデミグラスソースを拭う。
さらに一度水を飲んでから、あの言葉を発した。
「さて────」
「まず最初に整理しておきたいんだが、相川君のしてくれた話の中では、二つの謎が出てくる。一つは、日向君の初恋の相手はどちらなのか、という謎。そしてもう一つが……」
「部室の中でのやり取り……万年筆の下りね」
わかっていたように、早見が相槌を返す。
「そうだ。そしてこの二つの謎は、とても密接な関係にある」
「……そうなのか?」
「そうだよ……と言うか、君はそれについて──勘でもなんでもいいんだけど──気が付かずに話をしたのかい?」
意外そうに問い返され、俺は素直に頷く。
最初の謎はともかく、二つ目の万年筆関連の話は、本当に偶然見かけたものだ。
今話した時だって、省こうか迷ったくらいである。
「……まあ、ただ勘で何となく、繋がっているような気がしたから、話したんだけどな」
「何だ、だったらやっぱり、気が付いているんじゃないか。君の勘は正しいよ」
賞賛するように、霧生は軽く拍手をする真似をした。
少しだけだが、気恥ずかしい。
そこに、今一つ会話の流れがつかめないのか、早見が疑問を発した。
「ええと、つまり、この二つの謎は無関係な話では無くて、一つが解けたらもう片方も自動的に解けるような、そんな関係にあるということ?」
「ああ、そうだよ。だからこそ、利き腕を聞いたんだから」
利き腕。
その言葉を、もう一度霧生は繰り返した。
こう何度も連呼されれば、こちらも利き腕を見極めることが、謎を解くカギなのだろうな、と分かる。
要するに、霧生が言いたいことは────。
「……要するに、こういうことか?例え愛崎姉妹がどれほど容姿が似ていて、かつ本人たちも意図的に同じ姿をしていようが、利き腕が二人の間で違っていれば、それが二人を見分けるコツになる、と?」
「その通り。……そもそも、依頼の内容を思い出して欲しい。僕たちが見つけるべき二人の差異と言うのは、そして記憶の中の『アイちゃん』と照合できる差異というのは、どんなものでなくてはならない?これには、条件があるはずだ」
霧生が、突然謎かけをしてくる。
しかし、言われてみれば考えておくべき話でもあった。
俺と早見は、言われるがままに考えてみる。
「まず、顔の特徴……は駄目ね。双子だから顔は一緒な上、記憶の中の『アイちゃん』とは、容姿も成長のせいで差が出ているでしょうし」
「性格は双子でも個人差が出るが……これも、成長したら変わるしな。当の日向だって、昔とは性格が違うくらいだ。照合できるほどじゃない」
「というか、一卵性双生児である以上、遺伝で決まるような特徴は、全部駄目ね」
「元々、遺伝で決まらない、周囲の環境や成長で決まる特徴で見分ける必要があったんだな、この依頼」
俺と早見が、めいめい特徴を言い合い、そして潰していく。
こうして振り返ると、猶更今回の依頼のややこしさが分かる気がした。
普通、人が個人を識別するとき、頼りにするのは顔や声などの、その人しか持たない特徴だ。
だが、一卵性双生児である愛崎姉妹は、これでは見分けがつかない。
少なくとも外から見る限りでは、唯一の身体的特徴、というものが無いのだから。
故に、彼女たちに区別をつけるには、性格のような後天的に決まる部分を見つけなければならないのだが、今回の場合、その後天的な特徴も用をなさない。
というのも、双子を区別できたところで、次の比較対象と言うのが、過去の想い出の中にいる存在だからだ。
当たり前の話だが、後天的な要素と言うのは、時間をかければ変わってしまう。
例えば、今の愛崎姉妹は、姉の茉奈先輩がぶっきらぼうな話し方をして、妹の里奈先輩が敬語を使うが、昔は違ったかもしれない。
或いは、今の茉奈先輩は面倒見がよいが、これまた昔は違ったかもしれない。
つまり、比較対象が日向の想い出しかない分、その人こそ間違いなく「アイちゃん」だ、と言い切れる確かな証拠と言うのが、存在しにくいのである。
仮にアイちゃんが面倒見のよい人物だったとしても、今は性格が変わっているかもしれない。
故に、茉奈先輩と性格が同じでも、それは彼女がアイちゃんであることにはならない。
また、アイちゃんの口調が敬語だったとしても、それはアイちゃんが里奈先輩である証拠にはならない。
成長すれば、口調の一つくらいは変わるだろうから。
要するに、後天的な要素でしか見分けられない双子に対し、その後天的な要素が当てにならない思い出と比べるということ自体、無理難題なのだ。
極論すれば、双子の差異を見つけるだけなら何とでもなるが──実際、あの二人は性格や口調が違う──その上で過去の話と照合しろ、となると、難しいどころではない。
そうやって俺と早見が頭を悩ませていると、霧生がさらり、と問題点をまとめた。
「だいぶ煮詰まったようだね。まあ要するに、愛崎姉妹を区別しつつ、『アイちゃん』かどうか調べたいのであれば、見つけるべき特徴というのは……」
「年月を経ても変わらないもので……」
「しかし、遺伝子とは関係なく個人差が出て、かつ模倣が不可能な物、になるな……」
早見と俺の言葉に、大きく霧生は頷いた。
「その通り。だからこそ、利き腕を聞いておきたかったんだ。あれは、成長中の要素で決まるから、双子で違うこともあり得るし、何より大きくなったからと言ってそうそう変わらないからね」
ああ、なるほど、と。
俺と早見は、同時に納得の声を漏らした。