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探偵など要らない学園生活 - 両親秘話 或いは遺伝
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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 8 如何にして相川葉の勘は鋭くなったのか事件

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両親秘話 或いは遺伝

「ああ、弁護士よ。両親ともね」


 そこまで拘っていることでもないのか、普段と変わらない様子で早見は答える。

 何というか、想像通りと言えば想像通りな感じがして、俺はへえ、と軽く声を発した。


 ──何か、聞く前は全く分からなかったのに、いざ聞くと違和感がないな……。


 そんな感想が出てくるほど、スッ、とその話は頭に入ってきた。

 寧ろ、納得の気持ちの方が強かったくらいだ。


 多分、早見の両親と言うのは、恐らく一般人の何倍もバリバリ稼ぐような、弁護士の世界でも凄腕と呼ばれる人たちなのだろう。

 そうでなければ、ああいった家には住まないだろうし、別荘も買いはしまい。


 こんなことを考えているうちに、ふと、早見は視線を横にずらす。

 そして、やや硬い口調で、同じ質問を口にだした。


「……ちなみに、霧生さんのお家は、どんなことをしている家なの?」

「ん?僕かい?」


 少しだけ驚いた様子で、霧生は目を広げる。

 だが、彼女もまた、大して嫌がる素振りも見せずにそれを口に出した。


「まあ父親は、ショッピングモールとかを経営するグループの、トップの人だね」

「トップって……つまり社長ってことか?」

「まあ、そうなる」


 一つ頷いてから、霧生はかなり有名なショッピングモールの名前を挙げた。

 関東を中心として複数の店舗を構える、大手の企業の名前を、である。

 大して買い物をせず、遠出する趣味の無い俺でさえ、CMでその名前は知っていた。


 しかし、重要なのはその企業名よりも────。


 ──社長令嬢なのか、霧生……。


 早見の時と同じく、驚きよりも先に、納得する思いが来た。

 いや、驚きなど、無かったと言い切っても良い。


 ──まあ、勘を使わなくとも、何となく霧生の家が金持ちであることは分かっていたしな……。


 この部室に置かれている本たち────小鳥遊文庫もそうだが、霧生の立場や振る舞いから、何となく察しは付いていた。

 霧生は自分から積極的に何かを語るような性格ではないので──思い返せばちゃんとした自己紹介を霧生とした記憶がない──何となく聞けないままになっていただけだ。

 ある意味、もやもやしていたことをはっきりさせてくれたという点では、早見に感謝、である。


 ────しかし、聞いた早見の方は察しがついていなかったらしい。

 「えっ!」と、早見には珍しい純粋な驚愕の声が漏れた。


「……意外かい?」

「い、いいえ、別に、意外に思っているわけでは無いのだけれど……本当に、見当がついていなかったし、聞く機会も無かったから」

「まあ、僕は君たち以外の知り合いがこの学校にほとんどいない上、そんなに語るようなことでもないからね。知らないのも、無理はないさ」


 心なしか、霧生は早見を慰めるような語調で語る。




 それを聞いて、俺は早見が驚いた理由の主因に気が付いた。


 ──ああ、そうか。友達の多い早見からすると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 明杏高校内に置いて、早見の顔は広い。

 そして学校と言う場所に置いて、交友関係の広さは、そっくりそのまま情報網の広さに繋がる。


 今までの早見からすると、友達の家の情報など、知っていて当然だったのだろう。

 自ら聞かずとも、噂話などを総合すれば、勝手にわかっていたのだ。

 殊に、人間関係に執心していた彼女は、その情報をしっかりと把握していたに違いない。


 しかし、俺もそうだが、霧生の場合はこの例から外れる。

 四月からこっち、霧生も俺も、そこまで友達を増やしてもいなければ、日常探偵研究会以外の部活で知り合いを作ったこともない。


 この部に押しかけてきて友人となった早見を別にすれば、俺たちがしたことと言えば、基本、ただ部室で本を読んでいただけ。

 要するに、二人して学内の人間関係から切り離されたような場所に居たのだ。


 このため、早見の情報網をもってしても俺たちの家のことなどは特定できず、直に聞かざるを得なくなった。

 しかも、直接尋ねる機会自体が久しく無かったため、過剰に反応してしまった。

 今の早見の反応の訳は、こんなところだろう。


 ──そう考えると、この部活って本当に閉じた関係性だよな……。個人主義と言うか、孤立しているというか。


 少しだけ自分たちの状況に呆れながら、俺は思考する。

 何せ、部活外の人間と大して交流しないばかりか、部活内でも特に互いの素性を知らないまま、何となく上手くやってきていたのである。


 一応は部活仲間なのに、ここまで互いに無関心と言うのは、多分高校生としては珍しいことだろう。

 もう、時期としては七月が始まった頃なのだが。


 ──まあ、だからと言って困っているわけでも無いから、別にいいが。


 そんなことを思って、頭を現実に戻すと、いつの間にか早見と霧生が、俺の顔を見つめていた。

 何だ、と思ったが、すぐに察しが付く。


 互いの家の紹介は、早見、霧生と続いた。

 次の順番は俺だ、ということだろう。


 ──さて、どう語るか。


 ふむ、と俺は少し考えこむ。

 俺の両親の紹介をしようと思うと、多少言葉を選ぶ必要がある。


 ……一応言って置くが、別に、「父親が無職だ」とか、「実は両親とも既に死んでいるんだ」とか、そんな凄まじい事情があるわけでは無い。

 だから本来は、取り立てて注意しておかなければならないわけでは無い。


 ただ一応、家族として、誤解はされないようにしておきたい。

 故に、俺はまず母親の方から紹介した。




「母親は、出版社に勤めているな、ほら、それこそ、この本を出しているところ」


 そう言いつつ、俺はちょうど手元にあった小鳥遊文庫の一冊を取り出し、背表紙にかかれてある出版社名を指さす。

 かなり歴史のある、大手出版社だ。

 本に詳しい霧生は、それだけで大方察したようだった。


「へえ、凄い人なんだね。よほど優秀じゃないと、大手出版社に入るのは……」

「まあ、そうなんだろうな。子どものころから優秀だったって、聞いたことがある」


 自慢をしたいわけでは無いが、客観的に見て事実でもあるので、とりあえず肯定しておく。

 実際、俺の母親は凄まじく口が立つし、頭の回転も速い。

 俺がどれだけ勉強しても、母親のレベルに辿り着くのは不可能かもしれない、とすら思ったこともある。


「それで、父親の職業は……」


 少しだけ言葉に詰まりつつ、俺は口を開く。

 まず、「本業」からだ。


「まあ、大して売れていないイラストレーター、ということになるな。本人の希望に従えば」

「本人の、希望?」


 含みを持たせた言い方が引っ掛かったのか、早見がすぐに反応した。

 予想された対応に、俺はガシガシと頭を掻く。

 これだから、うちの両親の説明は難しいのだ。


「実際には、父親は小さな会社の経理としても働いている。……というか、こっちの方が本業みたいにもなっているな」

「……本業?え、どっち?」

「実質的には、経理の方。ただ本人的には、イラストレーターの方」


 我ながら要領を得ない説明に、早見が疑問符に塗れた表情になった。

 これは不味い、と慌てて説明を加えようとすると、霧生の冷静な声が横から降ってくる。


「要するに……君の父親は、イラストレーターをしている人物だが、それだけでは収入が心もとないため、普通の会社で就職して、そちらで主な生活費を稼いでいる人物、ということだね?」


 おっ、と思って俺は霧生を見る。

 すると彼女は、分かり切ったことをもう一度説明するように、すらすらと言葉を並べた。


「……それで、あくまでイラストレーターになることを命題としている本人としては、本業はそちらで、経理の仕事を副業と思っているが、実際の収入は逆転している、ということかな?」

「あっ、そう言うことなの?」

「そうそう……霧生、凄いな。これを簡単にまとめられるなんて」


 霧生に感謝の意を送りながら、俺はある種の感動を覚える。

 我が家のこの状況を、ここまであっさりと理解してくれた人物は、他に居ない。




 霧生が説明した内容は、全てあっている。

 俺の父親は、細々とイラストレーターをやっている人物で、同時に世間的には会社員でもある人物だ。


 こういった、微妙に複雑な状況になったのには、当然訳がある。


 ────話によれば、若い頃の俺の父親は、イラストレーター一本で何とかやっていたらしい。

 俺の母親と出会ったのも、それが理由だ(母親が編集に参加した雑誌に挿絵を描いたのが馴れ初め)。


 尤も、父親のイラストは、業界的には「上手いことは上手いが、重用するほどでもない」と言うレベルらしく、彼に回ってくる仕事量は少なかった。

 俺の母親と親密になり、結婚しようか、という話になっても、それは変わらなかった。


 さすがにその状況に、父親は危機感を覚えたらしい。

 このまま結婚すると、実質的には俺の母親のヒモになってしまう、と。


 結局、母親の収入と合わせて、家庭を営むことが出来る程度には稼ぐため、そこまで忙しくない会社の経理部に就職した(親戚のコネだったようだ)。

 かくして、俺の父親は、週の三から四日は会社員としてその会社の経理部で働き、他の日はイラストレーターとして活動するという、一風変わった人物になった。


 ぶっちゃけた話、父親のイラストレーターとしての収入は雀の涙で、会社員としての給料の方が圧倒的に多い(そして出版社のエリート社員である母親の収入はもっと多い。我が家の大黒柱は母親である)。

 このため、客観的に見るならば、彼の職業は会社員で、イラストレーターの仕事は趣味のレベル、と言った方が正確だろう。


 しかし本人にも意地があるのか、父親は「あくまで会社の仕事は副業だ。本業はイラストレーター」と言い続けている。

 一応家族として、俺はこの意を汲んでいるため、紹介するときにややこしくなるのだ。




 とまあ、このようなことを俺は霧生と早見に説明した。

 別に、面倒事を避けて「両親ともに会社員」ということもできたし、その説明も嘘ではないのだが、折角語るのであれば、正確に言って置きたかったのだ。

 それに加えて、この説明をしておかないと、俺の家の位置について、説明がしにくくなる。


「……実際、父親のイラストに関する覚悟は、子どもの俺から見てもかなりの物だ。家の位置まで、イラストの描きやすさで決めているんだからな」

「家の位置、とはどういうことだい?」

「……俺の家、かなり山奥にあるんだよ。何でも、インスピレーションが湧きやすいとか何とかで」


 そう言いつつ、俺はスマートフォンを取り出してアルバムを漁る。

 確か、一枚くらい写真があったはずだ。


「ああ、これこれ。俺の家の外観だよ」

「へえ……確かに、凄い木の多さね」


 覗き込んだ早見が、また驚いた声をあげる。

 まあ、普通の反応だろう。


 そこに映っている俺の家は、大きさこそ普通の一軒家だが、周囲がほとんど森である。

 雑木林を一部切り取って、家を作ったような外観だ。

 あらゆる学校から位置が遠いわ──だからこの高校に通うのに、最短ルートを使っても自転車で三十分もかかるのだ──夏は虫が湧くわと、何かと手がかかる家だが、父親としては最も気に入った場所だったらしい。


「まあ、その気に入った理由が、『ここでイラストを描くと成功する気がする……勘だけど』とかだったから、母親とはかなり喧嘩したらしいけどな」

「……その言い方からすると、君のお父さんも、勘が鋭い人なのかい?」


 すう、と目を細めて霧生が質問をする。

 ちょっとだけ、彼女の纏う雰囲気は変わっていた。

 それに疑問を覚えつつ、俺は返答する。


「まあ、そうだな。この辺り、考え方も含めて、かなり遺伝しているんだろう」

「そうだったのね……だったら、貴方は生まれつき勘が鋭かったの?」

「ああ……」


 早見の疑問に、そうだ、と言おうとして。

 ふと、思い出されることがあった。


 ──いや、遺伝だけじゃないな。確実に。


 そんな、確認と共に。

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