両親秘話 或いは遺伝
「ああ、弁護士よ。両親ともね」
そこまで拘っていることでもないのか、普段と変わらない様子で早見は答える。
何というか、想像通りと言えば想像通りな感じがして、俺はへえ、と軽く声を発した。
──何か、聞く前は全く分からなかったのに、いざ聞くと違和感がないな……。
そんな感想が出てくるほど、スッ、とその話は頭に入ってきた。
寧ろ、納得の気持ちの方が強かったくらいだ。
多分、早見の両親と言うのは、恐らく一般人の何倍もバリバリ稼ぐような、弁護士の世界でも凄腕と呼ばれる人たちなのだろう。
そうでなければ、ああいった家には住まないだろうし、別荘も買いはしまい。
こんなことを考えているうちに、ふと、早見は視線を横にずらす。
そして、やや硬い口調で、同じ質問を口にだした。
「……ちなみに、霧生さんのお家は、どんなことをしている家なの?」
「ん?僕かい?」
少しだけ驚いた様子で、霧生は目を広げる。
だが、彼女もまた、大して嫌がる素振りも見せずにそれを口に出した。
「まあ父親は、ショッピングモールとかを経営するグループの、トップの人だね」
「トップって……つまり社長ってことか?」
「まあ、そうなる」
一つ頷いてから、霧生はかなり有名なショッピングモールの名前を挙げた。
関東を中心として複数の店舗を構える、大手の企業の名前を、である。
大して買い物をせず、遠出する趣味の無い俺でさえ、CMでその名前は知っていた。
しかし、重要なのはその企業名よりも────。
──社長令嬢なのか、霧生……。
早見の時と同じく、驚きよりも先に、納得する思いが来た。
いや、驚きなど、無かったと言い切っても良い。
──まあ、勘を使わなくとも、何となく霧生の家が金持ちであることは分かっていたしな……。
この部室に置かれている本たち────小鳥遊文庫もそうだが、霧生の立場や振る舞いから、何となく察しは付いていた。
霧生は自分から積極的に何かを語るような性格ではないので──思い返せばちゃんとした自己紹介を霧生とした記憶がない──何となく聞けないままになっていただけだ。
ある意味、もやもやしていたことをはっきりさせてくれたという点では、早見に感謝、である。
────しかし、聞いた早見の方は察しがついていなかったらしい。
「えっ!」と、早見には珍しい純粋な驚愕の声が漏れた。
「……意外かい?」
「い、いいえ、別に、意外に思っているわけでは無いのだけれど……本当に、見当がついていなかったし、聞く機会も無かったから」
「まあ、僕は君たち以外の知り合いがこの学校にほとんどいない上、そんなに語るようなことでもないからね。知らないのも、無理はないさ」
心なしか、霧生は早見を慰めるような語調で語る。
それを聞いて、俺は早見が驚いた理由の主因に気が付いた。
──ああ、そうか。友達の多い早見からすると、友達の家のことを何も知らないという状況自体が、イレギュラーなのか。
明杏高校内に置いて、早見の顔は広い。
そして学校と言う場所に置いて、交友関係の広さは、そっくりそのまま情報網の広さに繋がる。
今までの早見からすると、友達の家の情報など、知っていて当然だったのだろう。
自ら聞かずとも、噂話などを総合すれば、勝手にわかっていたのだ。
殊に、人間関係に執心していた彼女は、その情報をしっかりと把握していたに違いない。
しかし、俺もそうだが、霧生の場合はこの例から外れる。
四月からこっち、霧生も俺も、そこまで友達を増やしてもいなければ、日常探偵研究会以外の部活で知り合いを作ったこともない。
この部に押しかけてきて友人となった早見を別にすれば、俺たちがしたことと言えば、基本、ただ部室で本を読んでいただけ。
要するに、二人して学内の人間関係から切り離されたような場所に居たのだ。
このため、早見の情報網をもってしても俺たちの家のことなどは特定できず、直に聞かざるを得なくなった。
しかも、直接尋ねる機会自体が久しく無かったため、過剰に反応してしまった。
今の早見の反応の訳は、こんなところだろう。
──そう考えると、この部活って本当に閉じた関係性だよな……。個人主義と言うか、孤立しているというか。
少しだけ自分たちの状況に呆れながら、俺は思考する。
何せ、部活外の人間と大して交流しないばかりか、部活内でも特に互いの素性を知らないまま、何となく上手くやってきていたのである。
一応は部活仲間なのに、ここまで互いに無関心と言うのは、多分高校生としては珍しいことだろう。
もう、時期としては七月が始まった頃なのだが。
──まあ、だからと言って困っているわけでも無いから、別にいいが。
そんなことを思って、頭を現実に戻すと、いつの間にか早見と霧生が、俺の顔を見つめていた。
何だ、と思ったが、すぐに察しが付く。
互いの家の紹介は、早見、霧生と続いた。
次の順番は俺だ、ということだろう。
──さて、どう語るか。
ふむ、と俺は少し考えこむ。
俺の両親の紹介をしようと思うと、多少言葉を選ぶ必要がある。
……一応言って置くが、別に、「父親が無職だ」とか、「実は両親とも既に死んでいるんだ」とか、そんな凄まじい事情があるわけでは無い。
だから本来は、取り立てて注意しておかなければならないわけでは無い。
ただ一応、家族として、誤解はされないようにしておきたい。
故に、俺はまず母親の方から紹介した。
「母親は、出版社に勤めているな、ほら、それこそ、この本を出しているところ」
そう言いつつ、俺はちょうど手元にあった小鳥遊文庫の一冊を取り出し、背表紙にかかれてある出版社名を指さす。
かなり歴史のある、大手出版社だ。
本に詳しい霧生は、それだけで大方察したようだった。
「へえ、凄い人なんだね。よほど優秀じゃないと、大手出版社に入るのは……」
「まあ、そうなんだろうな。子どものころから優秀だったって、聞いたことがある」
自慢をしたいわけでは無いが、客観的に見て事実でもあるので、とりあえず肯定しておく。
実際、俺の母親は凄まじく口が立つし、頭の回転も速い。
俺がどれだけ勉強しても、母親のレベルに辿り着くのは不可能かもしれない、とすら思ったこともある。
「それで、父親の職業は……」
少しだけ言葉に詰まりつつ、俺は口を開く。
まず、「本業」からだ。
「まあ、大して売れていないイラストレーター、ということになるな。本人の希望に従えば」
「本人の、希望?」
含みを持たせた言い方が引っ掛かったのか、早見がすぐに反応した。
予想された対応に、俺はガシガシと頭を掻く。
これだから、うちの両親の説明は難しいのだ。
「実際には、父親は小さな会社の経理としても働いている。……というか、こっちの方が本業みたいにもなっているな」
「……本業?え、どっち?」
「実質的には、経理の方。ただ本人的には、イラストレーターの方」
我ながら要領を得ない説明に、早見が疑問符に塗れた表情になった。
これは不味い、と慌てて説明を加えようとすると、霧生の冷静な声が横から降ってくる。
「要するに……君の父親は、イラストレーターをしている人物だが、それだけでは収入が心もとないため、普通の会社で就職して、そちらで主な生活費を稼いでいる人物、ということだね?」
おっ、と思って俺は霧生を見る。
すると彼女は、分かり切ったことをもう一度説明するように、すらすらと言葉を並べた。
「……それで、あくまでイラストレーターになることを命題としている本人としては、本業はそちらで、経理の仕事を副業と思っているが、実際の収入は逆転している、ということかな?」
「あっ、そう言うことなの?」
「そうそう……霧生、凄いな。これを簡単にまとめられるなんて」
霧生に感謝の意を送りながら、俺はある種の感動を覚える。
我が家のこの状況を、ここまであっさりと理解してくれた人物は、他に居ない。
霧生が説明した内容は、全てあっている。
俺の父親は、細々とイラストレーターをやっている人物で、同時に世間的には会社員でもある人物だ。
こういった、微妙に複雑な状況になったのには、当然訳がある。
────話によれば、若い頃の俺の父親は、イラストレーター一本で何とかやっていたらしい。
俺の母親と出会ったのも、それが理由だ(母親が編集に参加した雑誌に挿絵を描いたのが馴れ初め)。
尤も、父親のイラストは、業界的には「上手いことは上手いが、重用するほどでもない」と言うレベルらしく、彼に回ってくる仕事量は少なかった。
俺の母親と親密になり、結婚しようか、という話になっても、それは変わらなかった。
さすがにその状況に、父親は危機感を覚えたらしい。
このまま結婚すると、実質的には俺の母親のヒモになってしまう、と。
結局、母親の収入と合わせて、家庭を営むことが出来る程度には稼ぐため、そこまで忙しくない会社の経理部に就職した(親戚のコネだったようだ)。
かくして、俺の父親は、週の三から四日は会社員としてその会社の経理部で働き、他の日はイラストレーターとして活動するという、一風変わった人物になった。
ぶっちゃけた話、父親のイラストレーターとしての収入は雀の涙で、会社員としての給料の方が圧倒的に多い(そして出版社のエリート社員である母親の収入はもっと多い。我が家の大黒柱は母親である)。
このため、客観的に見るならば、彼の職業は会社員で、イラストレーターの仕事は趣味のレベル、と言った方が正確だろう。
しかし本人にも意地があるのか、父親は「あくまで会社の仕事は副業だ。本業はイラストレーター」と言い続けている。
一応家族として、俺はこの意を汲んでいるため、紹介するときにややこしくなるのだ。
とまあ、このようなことを俺は霧生と早見に説明した。
別に、面倒事を避けて「両親ともに会社員」ということもできたし、その説明も嘘ではないのだが、折角語るのであれば、正確に言って置きたかったのだ。
それに加えて、この説明をしておかないと、俺の家の位置について、説明がしにくくなる。
「……実際、父親のイラストに関する覚悟は、子どもの俺から見てもかなりの物だ。家の位置まで、イラストの描きやすさで決めているんだからな」
「家の位置、とはどういうことだい?」
「……俺の家、かなり山奥にあるんだよ。何でも、インスピレーションが湧きやすいとか何とかで」
そう言いつつ、俺はスマートフォンを取り出してアルバムを漁る。
確か、一枚くらい写真があったはずだ。
「ああ、これこれ。俺の家の外観だよ」
「へえ……確かに、凄い木の多さね」
覗き込んだ早見が、また驚いた声をあげる。
まあ、普通の反応だろう。
そこに映っている俺の家は、大きさこそ普通の一軒家だが、周囲がほとんど森である。
雑木林を一部切り取って、家を作ったような外観だ。
あらゆる学校から位置が遠いわ──だからこの高校に通うのに、最短ルートを使っても自転車で三十分もかかるのだ──夏は虫が湧くわと、何かと手がかかる家だが、父親としては最も気に入った場所だったらしい。
「まあ、その気に入った理由が、『ここでイラストを描くと成功する気がする……勘だけど』とかだったから、母親とはかなり喧嘩したらしいけどな」
「……その言い方からすると、君のお父さんも、勘が鋭い人なのかい?」
すう、と目を細めて霧生が質問をする。
ちょっとだけ、彼女の纏う雰囲気は変わっていた。
それに疑問を覚えつつ、俺は返答する。
「まあ、そうだな。この辺り、考え方も含めて、かなり遺伝しているんだろう」
「そうだったのね……だったら、貴方は生まれつき勘が鋭かったの?」
「ああ……」
早見の疑問に、そうだ、と言おうとして。
ふと、思い出されることがあった。
──いや、遺伝だけじゃないな。確実に。
そんな、確認と共に。