3-11 Iランク上層探索ー終
「リオ君、ここの植物は、何か分かるかにゃ?」
「う〜ん……近くで見たけど自信がないなぁ。ちょっと調べてみるか……あっ!? やっぱりこれかっ! 人伝には聞いていたけど、実物を見るのは初めてだな……
みんな、お待たせ! この植物の実は、料理の香辛料として使われる、胡椒の実で間違いないよ」
トルト魔物の畑に育った木と木の実を近くで見たが、一瞬何の木の実判断できなかった。しかし、近くから香る木の実の癖のある香りを嗅ぐ事で、俺の脳裏にある情報が駆け巡った。
すぐ様、食欲の植物図鑑を手に取り、俺は、そこに書かれていた絵と情報を照らし合わせて、この木の実を胡椒だと判断した。
「へぇー胡椒の実かー。って言うかリオ、お前の持っているその本は?」
「うんっ? あぁ、これ? 食用の植物図鑑。去年の誕生日に父ちゃん達から買って貰ったんだ。
この鞄にいつも持ち歩いているから、間違えて入れちゃったままだったんだよね。でも、そのお陰で、調べられたし、まあ、良かったよ」
この世界の本の値段は、異様に高い。印刷技術が機械から魔法に変化しているのか、恐らく人が行なっているのだろう。
この食用の植物図鑑は厚さ5cmあり、この分厚い本1冊分で、お値段はなんと驚異の金貨500枚。日本円にして500万円。
それを即金でポンッと支払える両親を見て、すごい人なんだと改めて実感した。
「でも、リオ君、なんでこれが胡椒の実だって分かるにゃ? 胡椒は黒と白のはずにゃ。でも、この実は、緑と赤で全然違うにゃ。
一体、どうしてにゃ?」
「一般に売られている胡椒は、元々は緑色なんだ。それを加工して、黒色にしている状態で売られているそうだよ。
また、白色の胡椒は、緑色の実が熟した赤色の実を加工した物だそうだよ。どっちも、去年、ガラスバード商会のフィリップさんから、聞いた事を覚えていたんだ」
カバンを買って以来、ガラスバード商会にはちょくちょく行っている。近所にある大型デパートくらいの感覚だ。
「なぁ? リオ、そんな事は後で良いからこれは、採取時の注意は特に注意点は無いよな?」
「うん、特に無いかな。ま、植物全般に言えるのは、不必要に傷付けない事くらいだよ」
胡椒の実は、癒し草と違い特に採取規定が無いので、各自手分けして持って行ける分を採取した。
「ふぅーっ、それにしても、採取って案外難しいもんだな。アタイは、もっと楽なんだとばかり思っていたわ」
(戦う事が1番大変なのは分かっていたけど、採取は繊細で面倒って意味で、戦闘よりも大変だなぁ)
「『採取を侮ってはいけない』」
「リオ、その言葉は何かにゃ?」
(突然どうしたにゃ)
「薬学の勉強中、アリア婆ちゃんに愚痴を含んで、口酸っぱく言われた言葉だよ」
「へぇーなんか意外。あの、愚痴を言わなそうな、アリアおば様がそんな事を言うんだ」
「うん、結構言っていた。って言うか割と良く『最近の若者は、採取を侮っていて嘆かわしいわ』って事を加えて言っているよ。
それはそうと、冒険者依頼って討伐や護衛が有名だよね? でも、冒険者初心者は、初依頼に"討伐や護衛が難しいから"という理由で、安易に薬草採取の依頼を受けて、失敗する事例は結構あるみたいなんだ。
討伐や護衛は、失敗すれば怪我や信頼を失う事に直結する。でも、薬草採取は、失敗しても危険が低いから、またやれば良いって軽い気持ちでね。
でもさ、採取依頼の失敗は、場合によっては年単位で問題になる事は、考えれば分かるでしょ? つまり、これって薬師達にとっては、かなり問題視されているんだよ」
実際問題、成人してから冒険者になるほとんどは、学もお金もない平民である。
その為にギルドでは、依頼で不利益を被らない為に、失敗しないように定期的に低額で講習会を開いている。
それでも、近年では、学もお金も無い成人して間もない冒険者によるトラブルが多発している。薬草採取はその筆頭だ。
「そりゃ、そうだよね〜。気軽に採取依頼を受けて、後先考えず規則を守らない採取方法をすれば、周辺の薬草が枯れて、数が減ってしまうものね〜」
「そうなんだよ。数が減れば、食い扶持稼ぐ為にポーションの価格を上げる必要が出てくる。だって、数を用意できないからね。
規則を守らない冒険者が増えれば、薬草依頼は無くなるみたいだよ。アレって、薬師ギルドから冒険者ギルドを通した依頼だし、婆ちゃんを含めた殆どの薬師は、自分達で採取出来るらしいしね。
薬草依頼は、冒険者と薬師ギルドの信頼関係と相互協力の結晶なんだ」
前世にあったモンスター狩人、通称"モン狩"と言うゲームの様に少し時間が経てば、何も無い所から薬草が生えてくる。そんなゲームシステムが、この世界にも有れば、こんな面倒な事はなかっただろう。
しかし、この世界は、ゲーム世界では無い。植物に限らず生物は、何も無い所から突然、命が生まれる筈が無いのだから。
「そんな事情があったのか……それは、愚痴りたくなるのも無理わないわ。と言うか、アタイもちょっと舐めていたから、反省しなくちゃな」
「まあ、そんな感じだよ。幸い、両方のギルドでお金を払えば講習会を開いてくれるから、機会があったら受けると良いよ。
受付さんに聞いたけど、そんな高くないみたいだし、なんだったら依頼の報酬から天引きする方法もあるみたいだよ」
「そう言えば、登録の時に受付嬢さんが、そんな事を言っていたにゃ」
「リオ、アタイらの為になる話を聞かせてくれて、ありがとな!」
「どういたしまして。っと、そろそろ帰らないと門が閉まっちゃうかもしれないから、早く帰ろっか」
「それじゃ、帰還するにゃ!」
「「「「了解!!」」」」
最初に迷宮に来た時とは違い、空は夕日に染まりかけていた。
城塞都市リントラトビューアの門が、閉まっているかもしれないと言う焦りもあり、全力で帰るが杞憂に終わった。
そして、Iランク迷宮から俺たちの住む世界へ帰る為に、手続きを済ませ帰還した。
「それにしても、今日は疲れたね〜」
「ホントそれなー」
「みんな、お疲れ様にゃ! それで、この後なんだけど、魔石や採取物の換金は明日にして、今日はもうゆっくり休もうと思うにゃ。みんなはどうかにゃ?」
迷宮出入口を出ると、外は人でごった返し、空は夕暮れ色に染まっている。
夕飯の買い出しをする子供を連れた親子。
門限なんて知らないと言わんばかりに、楽しげに駆け回る子供達。
仕事終わりに同僚と肩を組み、お酒を煽るおじさんなど様々が居た。
「僕もそれで良いと思うにゃ。流石に今日はもう、色々ヘロヘロにゃ。早く、家で寝っ転がりたいにゃ」
「俺も流石に疲れたよ。それと、みんなに提案があるんだけど……良いかな?」
「リオ君、何かにゃ?」
「明日の換金なんだけど、折角だし稼いだお金を使って『初迷宮探索成功記念!』って事で、パァーッと宴を開きたいんだけど……どうかな?」
「それは名案にゃ!! 一団の代表としてリオ君の案を採用にゃ! 全員、強制参加で反論は許さないにゃ!」
「あはは。ラート、流石に参加しない人なんて居ないにゃ。僕も賛成にゃ」
「そうだなーアタイも良いぞ。メルルは?」
「ふふふ、行かないなんて選択は、アタイにも無いよ〜。みんな、明日は楽しもうね〜」
「にゃははは! それじゃ、今日は解散するにゃ! 明日は、夕食前の鐘が鳴る頃に冒険者ギルドに集合するにゃ」
「状態の良い迷宮産の癒し草があるから、そこそこ稼げると思うけど、念のためにお金も持ってきてね。それじゃ、また明日!」
「「「「また明日!」」」」
幼馴染達が自分達の家へ向かう中、俺はとある場所へ足を進めた。
「いらっしゃいませ! ってあれ、リオじゃん。今日は、偉く物騒な服装だけど、どうしたの?」
「よう! クレイねえ、じゃ無くて、クレイ」
獣人種蜘蛛人族の家族が経営している、大衆食堂タペストリー。
俺のお気に入りのお店だ。実は前々から、正式に冒険者になったらクレイに、とある宣言をしに行くつもりだった。
「リオが……リオが……私をお姉ちゃんって呼んでくれない!? ねぇ!? リオ、私貴方に何かした!?」
「お、落ち着けよ、クレイ。その、アレだ。俺さ、今日、正式に冒険者になったんだよ」
「ーーッ!? えっ!? そうなの!? リオ、おめでとう!!」
「おう!! ありがとう、クレイ。そんでさ、さっきまで幼馴染達と迷宮に行ってきたんだ」
「へぇー!? もう行ってきたんだ! 迷宮はどうだった? 怪我しなかった?」
このタペストリーの看板娘で末娘のクレイトン。当時、出会った時は12歳と幼く、美少女と言う言葉が似合う少し勝ち気な少女だった。
しかし、14歳になった今は、年齢以上に落ち着きを持ち、蜘蛛人族の特性なのか背丈も大きくなり、とても綺麗になった。
「ま、ちょいちょい危ない事もあったけど、特に怪我無く帰って来れたよ。そんでさ、俺はまだ10歳だけど、大人と同じ冒険者になって稼げる男になったんだぜ。
だから、これを機に姉離れする事を決めたんだ。その手始めに、クレイの姉ちゃん呼びを辞めたんだ」
去年の夏頃だった。俺の精通が来たのは……。
それと同時期から少しずつ、大人になっていく彼女を見て、友人の姉貴分として見れなくなった。
高まる好意に、将来を共に生きていきたいと思う気持ちが強くなる。
「そうなんだ……リオも大きくなったね」
「そう言うのはもう、よしてくれ」
大人の女性の様に微笑み、俺の頭を撫で迷うとする彼女の手を払う。
「あっ……」
悲しそうな、寂しそうな声を溢し、残念そうな表情を見ると胸が締め付けられて、心が痛い。
それでも、ここで心を鬼にして男らしくしなければ、彼女に一生弟分の友達としてしか、意識して貰えないと決意する。
「それに、俺は、大きくなったってチビのまんまだ……」
確かに、この2年間で1番成長した事は、何かと言うと身長だろう。2年間で驚異の25cmも伸びた。
しかし、元々が小柄な種族の血を受け継いでいる為、いくら100cmだった身長が125cmになっても、客観的に見てまだ小柄だ。
この身体成長率は、間違いなく成長期真っ只中が関係している。一応まだ、1ヶ月毎に1cm程度伸びているが、成人を迎えるまで続くとも限らない。
対して彼女は、既に150cmに到達している。彼女の母や姉を見る限り、どちらも少なくても170cmはある。恐らくは、成長期の彼女もそのくらいまで伸びるだろう。
「ふふふ。でも、そっかー。もう2年も経ったんだ」
「おう! そんでさ、クレイ。今日ってまだ、クレイの焼いたリゴンパイはある? ちょっと腹減っていてさ。食べたいんだけど……」
「むぅ……リオ、なんか生意気になった?」
「生意気じゃねえよ。これは、男らしくなったって言うんだ。でも、そんなに変?」
「むむむ……変じゃ無いけど、変な感じ」
「クックックッ。ま、俺も迷宮を経て一皮剥けたって事で納得してくれよ」
「はぁーっ、しょうがないか。それで、リゴンパイだよね。ちょっと時間かかるけど、待ってられる?」
「おう! クレイ、よろしくな!」
「それじゃ、一名様ご案内!」
今日のリゴンパイは、いつにも増して甘酸っぱい味がした。