刹那に想いを込めて 其の四
作者は地元以外の方言というものをウィキペディア知識でしか知りませんので、基本的に訛っているキャラクターは「なんちゃって方言」です。人によっては非常にもやもやした言葉遣いかもしれませんが、ご了承ください。
吟遊詩人をご存知だろうか。ファンタジーものなら大抵酒場とかで楽器片手に英雄譚を唄うアレだ。
中にはプレイヤーのジョブとしてバフなどを得意とする魔法職だったりもするが、重要なのは設定面の方だ。
ああいった、誰かに物語を語る上で大切なのは「真実をどこまで派手にするのか?」という点だ。過剰に膨らませれば爆ぜて破綻してしまう、だからこそ「いや流石にそれはありえないだろ」と「ありえない……いやでも英雄ならできるかも」の境界線の見極めこそが話を膨らませる上で大切なことだ。
故に、今この状況でヴァッシュに対して俺が何かを語るのであるならば、それは真実に基づいた上でよりドラマティックに、よりロマンティックに、そしてよりダイナミックにしなくてはならない。そして俺には一つ強みがある、それはヴァッシュがNPC、それも広く知られていないユニークNPCだということ。つまりペンシルゴンの計画を漏らしても問題がないということだ。
「……別に俺は、「勝てる」という確信があって挑むわけじゃあないんです兄貴」
「ほう?」
「さっきも言った通り、俺はあくまでもサブ……補助、主幹となるのは俺の知り合いです」
まずは己の立ち位置の説明。墓守のウェザエモンに挑むことが私利私欲ではなく友人への助太刀であることを示す。
「今、墓守のウェザエモンがどういう状態かご存知ですか兄貴?」
「いや? 奴に会ったのも相当前だからぁよう」
「今奴は、えーと……さ、殺人鬼集団? を育成する為の道具としていいように扱われています」
PK、って言っても通じるかどうか分からないから別の例えにしたが、流石にちょっと酷いかな? いやでもこれ以外に例えようがないし……あっ、ならず者とかにしておけばよかったか。
「此度のカチコミの発案者はそのならず者の中の一人ですが……そいつは墓守のウェザエモンを本気で倒すつもりです、その為にあらゆる手を尽くしている」
じゃなきゃ俺もモドルカッツォも計画に乗ったりはしない。少なくとも、奴に渡され今はテキストファイルとして携帯端末に入っている「計画書」はギャグやネタで済まされるような作りではなかった。これで盛大なドッキリだったら俺は奴と縁を切るよ。
「手を尽くして勝率は…………まぁ良くて四割程度、いや三割ですかねぇ」
「そりゃあ無謀ってやつじゃねえのかい? 俺ぁ死にに行くことをヴォーパル魂と言った覚えはねぇぜ?」
「ご尤もで。しかし友は……いや、俺ももう一人も負けるつもりはありやせん」
ここが山場だ。演出はドラマティックに、言葉はロマンティックに。挑戦の二文字で済む説明を限界まで薄く伸ばしてピザみたいに具材で彩れ。
「俺も、もう一人も……そいつの勝ちたいって心意気に力を貸すんでさ。俺達は死んでもベッドに戻りますがそういうことじゃあない。機会は一度きり、勝っても負けてもこれが最後と言ってのけた彼奴に力を貸してやるのが仁義ってもんだと俺は思うんです」
「成る程、なぁ……仁義を出されちゃあ俺も弱い」
キターーーーーー! これはイイ流れだぞ!
「だがおめぇさんが弱い事実に変わりはねぇ、そこんとこ……どうなんだよう?」
「二週間、それが墓守のウェザエモンに挑むまでの猶予。俺ももう一人の協力者も未だ木っ端の未熟者ではありやすが……間に合わせます。未熟者の不遜な蛮勇を、挑戦者の強者へ挑む度胸になるまで」
個人的には及第点のロールプレイだが、果たしてどうだ……? 極論言えば別にヴァッシュの許可とか必要ないが、ラビッツからの好感度とウェザエモンへの挑戦を両立させる為にはここで成功フラグを立てなければならない。
ただ一つネックなのは、やけにユニークモンスターに親しいヴァッシュの背景がイマイチ判明していないこと。俺の中ではほぼ確定で例の明らかになっていない内の一体だと思っているが、もし仲間意識とかあったら割と詰みだ。その場合は土下座コマンドを連打せざるを得ない、最悪ケジメコマンドもかな?
「…………おめぇさんの言い分は分かった」
「っ!」
「話を聞いた時ぁ、ヴォーパル魂を勘違いしたもんかと思ったがよう……おめぇさんの中のヴォーパル魂はくすんじゃあいねぇ。おめぇさんの覚悟、確かに俺等ぁが見届けた」
心の中の俺がくす玉とクラッカーをスタンバイしている、来たか? 来たか………?
「可愛い娘の頼みもある、ちぃとばかし俺等も力を貸してやろうじゃねぇか」
パンパカパーン! とくす玉が割れて中から「祝! グッドコミュニケーション!」と書かれた垂れ幕が露わになり、紙吹雪の中でクラッカーが鳴り響いた。
よっしゃ見たかフェアリアァッ! 一々好感度上げる為に飯か金品を貢がないといけないオメェと違ってちゃんと話せば理解してくれるのが神ゲーなんだよ分かったかオラァ!
「ありがとうございやす兄貴!」
何か忘れてる気もするが今はグッドコミュニケーション&助力フラグを成功させた余韻に浸ろう。
ヴァッシュは立ち上がると、ノッシノッシと何処かへと歩いて行く。手をくいくいと動かして……あ、ついて来い?
「あいつはよう、不器用なやつさ」
あいつ……? あ、ウェザエモンの事か。世界観方面から奴の情報を得られるとしたらデカいな、直接的な攻略の情報ではない会話の中にギミックを解く鍵が隠されていることはままある。俺は気を引き締め、ヴァッシュの独り言にも思える言葉に耳をすませる。
「下手くそな嘘のせいで女房を失っちまって、糞真面目で加減をしらねぇもんだからああして死ぬに死ねねぇ身体になってまであの場所に立っているんだぁよう」
死ぬに死ねない、可能性としてはアンデットか? あれは死んだけど死んでない、の方が正しいかもしれないがどちらの意味でも間違ってはいないだろう。
「俺等ぁが会った時はまだシャンとしてたぁがよぅ、今となっちゃあ不器用な誓いだけで動く生きた屍よう……」
「……それでも俺は挑みますぜ?」
「おう、やってやれ。あいつぁもう自分で倒れることができねぇ、なら誰かが張り倒して寝かせてやんなきゃならねぇ……俺等はあいつらにゃあ手を出さねぇと決めてるんだぁ、おめぇさんがやるってぇなら止めやしねえ」
「…………」
ヴァッシュは他のユニークには手を出さない、と。それぞれ設定はともかく相互不可侵みたいなものがあるのかな? とはいえ墓守のウェザエモンを倒すと言っている俺に手を貸してくれる辺り、完全に関わらないというわけでもないみたいだし……ううむ、こういう時考察勢の知り合いがいればと思わなくもない。カッツォもペンシルゴンもプレイヤーとしてのガチ勢だからなぁ。
「おう、着いたぜ。ここを使うのはいつぶりだったか……おうおう、ちゃあんと掃除してあるじゃあねぇか」
「そりゃあオヤジに掃除を任せちょうたら炉が埃で詰まっても放置するけぇのう」
「おうビィラック」
「ビィねーちゃん!」
辿り着いたのは、こじんまりとした……鍛冶場ってやつか? セカンディルで湖沼の短剣を作ってもらったオッサンの鍛冶場や、武器を修復してもらっただけだったがサードレマの鍛冶場と比べると、何というか……なんだろう、説明しづらい違和感を感じるがともかく炉があって金床があって金槌があって……ここは間違いなく鍛冶場だ。
そして、ヴァッシュとエムルの反応からしてヴァッシュの娘でありエムルの姉なのだろうビィラックなる黒兎が鍛冶場で二匹と一人を出迎えた。というかビィラック、エムル、ピーツってもしかしなくてもAtoZで子供がいるのかヴァッシュ……? 思った以上に大家族だな、ヴォーパルバニー凄い。
(というか、もしかして全員違う語尾だったり訛りだったりするのか……?)
思わず口に出そうになったのをなんとか堪えて、俺はエムル以上ヴァッシュ以下の大きさの黒兎と目を合わせる。
「ワリャ、オヤジやエムルが言うとったサンラクけぇ……成る程なぁ、イーヴェルに似た目をしちょる」
やめろ! これ以上新しい名前を出さないで! せめてメモさせて! もしくはウィキを作らせて! えーと、ビィでイーでエムでピーで……頭痛くなってきた。
「ビィラック、真化をやる」
「! ……オヤジが久々に金槌握るんけぇ?」
「おう、あの死に損ないに挑むって言われちゃあ俺等ぁがやんなきゃあなぁ」
「へえ……待っとってな、今炉に火ぃ入れるけぇな」
なにやら作業を始めたビィラックをよそに、ヴァッシュは俺へと向き直る。
「おう、ヴォーパルの武器ぃ出しな」
「え、あー、両方?」
「おうよ」
言われた通りに致命の包丁をインベントリから出すと、ヴァッシュはそれを受け取るとなにやら調べるかのように致命の包丁をじっと見つめる。
「おう、おう……ちゃあんと武器に認められてるじゃあねぇかい、これならイケるだぁな。おう、おめぇさん手持ちに何か素材を……おめぇさんが苦労して倒した奴の素材はねぇかい?」
とっさに思い浮かんだのは、人の足を喰い千切った挙句に厄介な呪いまで押し付けた黒狼の姿。だがあれは苦戦とは言わないだろう、良くて善戦……言ってしまえば悪あがきだ。
となると苦戦したモンスターと言えば泥掘りが次に思い浮かぶが、残念な事に泥掘りの素材である「潜泥の背鰭」は祭衣・打倒者の長頭巾を買うときに金策として売り払ってしまった。
となれば……九分九厘瀕死でありながら最期まで逃げる事なく、本気で俺を倒すつもりで向かってきたあいつの素材以外はあるまい。
「苦戦……かどうかは微妙だけど、強敵だった奴の素材なら」
「ふぅむ……クアッドビートルの甲殻か、悪くねぇな」
アイテム欄からクアッドビートルの重甲殻を取り出してヴァッシュに渡す。アイテム化されたそれは結構な重さであるはずなのだが、ヴァッシュはビート板でも持つかのように軽々と持っていく。
角や顎ではなく甲殻にしたのは、奴と戦って何よりも厄介だと感じた点が、そのアホみたいな硬さとそれを活かした突進攻撃だと思ったからだ。
「ビィラック、炉はどうでぇ?」
「ぬくうなってきたけぇ、もうちいとかかるけぇの」
「じゃあよう、先に準備だけしちまおうかい」
ノソノソと壁に吊り下げられた様々な道具を選んでいるヴァッシュをよそに、くいくいとベルトを引っ張られる感触に振り向けば、ヴァッシュによく似た不敵な笑みを浮かべた黒兎が俺に話しかけてきた。
「ワリャ、運のええ奴じゃけえの。オヤジが金槌握るんのはここ数年なかったことじゃき」
「そうなのか? えーと……ビィラック、だっけ」
「ん、アニキがラビッツのこくおー?とかいうのを継いだでな、わちぁオヤジの鍛冶ぃ継いだんじゃ」
鍛治?
どうやら顔に出ていたのか、いつの間にか頭に登っていたエムルがペシペシと俺の額を叩きながら説明してくれた。
「そういえばサンラクサンは知らないんでしたわ! おとーちゃ…けふん! カシラは鍛治師なんですわ!」
「それもタダの鍛治師じゃあない、鍛治を極めたもんが名乗ることぉ許される「名匠」にして、失ぁれた神代の武器を鍛える「古匠」……そん二つを極めた「神匠」、それがわちらのオヤジじゃ」
目を輝かせるビィラックとエムル、そして俺が見る先、火が炎となった炉の前にいるヴァッシュが、金槌の音を響かせた。
職業「神匠」はプレイヤーも取得可能な職業ですが取得条件が尋常じゃなく面倒臭い隠し職業 (ユニークではない)です
手順1、職業「鍛冶師」を取り、最上位職業「名匠」に転職
手順2、サブで職業「考古学者」を取り、「メインジョブが鍛冶師、もしくはその上位職」の状態で特定アイテムを入手して隠し職業「古匠」に転職
手順3、両職業を取得した上で発生するイベントをクリアしてようやく隠し職業「神匠」を取得できる。
非常にシンプルに纏めると「ほぼ生産職だけで廃人レベルの努力を要求する」「エンドコンテンツもかくやな尋常じゃなく面倒臭い茨の道だが達成すれば勝ち組確定」って感じです