22:激戦は明けて(前編)
一章が終わったから初投稿です!
――それは、『北方都市セイラム』襲撃後のこと。
灼熱の女剣士カレンと、灰髪の少女ナイアは、仄暗い洞窟の中を支え合うように歩いていた。
共に満身創痍の身。天井にぶら下がった蝙蝠たちに見下ろされながら、ゆっくりと足を進める。
「ケッ、あのクロウとかいう若造にはやられたよ。……ありゃ傑物だ。『ヴァンプルギス』にとって無視できない相手になるね」
「あぁ、オレはもう二度とアレには関わりたくないぞ。ヤツは化け物だ……正面からやれる相手じゃない」
片や引き締めた表情で、片や忌々しげな表情で、クロウの存在を語る二人。
――なお本人は傑物でも化け物でもなく、魔剣に操られているだけの内面残念野郎だったりするのだが。
そんなことも知らず、お互いに次は気を付けようと頷き合うのだった。
「『白刃のアイリス』と同じく、ヤツにも注意するとして……にしてもナイア、アンタってば今回はずいぶんとカワイイ姿になったもんだねェ? 最初は誰かと思ったよ」
ふとカレンは、十年来の付き合いになる幹部仲間の容姿を見た。
チンピラめいていた以前とは違い、どう見てもそこらへんの小娘だ。共通点があるとすれば、性格のキツさから自然と吊り上がってしまったキツネ目くらいだろう。
「えぇい見るなっ! 馬鹿め馬鹿め!」
相方からの生暖かい視線に、ナイアは恥ずかしげにそっぽを向く。
「チッ、緊急事態だったのだから仕方ないだろうが。オレとて女の身体など願い下げだ。……まぁ才能があるなら別だがな」
「え、才能あるならいいのかい……?」
思わぬ返しに引くカレンに、ナイアは「当たり前だろう」と答える。
彼女(?)は頬を赤らめると、うっとりとした表情で語り出す。
「恥ずかしくはあるさ。だが、それで『嚮主様』のお役に立てるならオレは本望だ……ッ!
彼が創り上げる輝かしき未来の礎になれるならッ、オレはどんな恥辱も受けようッ!!!」
「うわぁ出た。相変わらずの狂信者っぷり……」
「うわぁとはなんだ! 失礼な女めっ!」
プンスカと怒るナイア。そんな彼女(?)の手首に嵌められた石の腕輪を見て、女剣士は目を眇める。
(……『灰殺生石タマモノマエ』。つくづくぶっ飛んだ魔導兵装だねぇ)
かの腕輪の能力。それは『魂の保存』と、『肉体の略奪』だ。
装備者の魂は身体ではなく腕輪に込められることになり、それを別の者に付けることで、その存在を乗っ取ることが出来るのだ。
ナイア曰く、“心も身体もボロボロなヤツのほうが、抵抗なく肉体を奪える”とのこと。まったく悪趣味極まりないとカレンは溜め息を吐いた。
「ちなみにアンタ。いきなりぶっ殺された後、死にかけの町娘にこっそり乗り移ったそうじゃないか。元の身体は死んでるのに、どうやって腕輪を付けさせたんだい?」
「む、言ってなかったか? オレ、腕輪だけの状態でも震えるくらいは出来るのだ。それで、ブブブブブッて震えながらこの女の身体に近づいてだな……」
「うわキモッ」
「キモとはなんだッ!?」
洞窟内に響く怒声。驚いた蝙蝠たちが一斉に羽ばたいた。
「カレンッ、だいたい貴様は嚮主殿を舐めてるんじゃないかぁ!?」
「いや、普通に敬愛してるしビビッてもいるさ。……あの人との付き合いは二十年近くなるからねぇ。十年前に拾われたアンタと違って」
「ぎゃああああああああ羨ましぃいいいいいいいいー-----ッ!」
言い合いつつも仲睦まじげに歩く二人。大都市を滅ぼしかけたテロリストたちであるが、傍から見たら姉妹にも見えるほど砕けた空気を醸し出していた。
そうして、彼女たちが洞窟の中腹までやってきた――その時。
「よぉ二人とも。無事に帰ったな!」
一匹の蝙蝠が視界を横切り――不意に彼女たちの『世界』が変わる。
地を踏んでいた足は、いつしか紅いカーペットを踏み締めていた。
目の前に広がる光景は、暗き洞窟から厳粛たる玉座の間に切り替わった。
そして、
「……って、全然無事じゃねえなお前ら。カレンは開きにされかけてるし、ナイアは……なんか可愛いことになってんなぁオイ」
困惑の言葉が耳朶へと入る。粗野な口調でありながら、こちらの身を案じていることがわかる声音だ。
気付けば二人の眼前には、玉座に坐した壮年の男がいた。
ああ――彼こそは……。
「「ただいま戻りました、嚮主様」」
二人は即座に片膝をついた。傷も厭わず、恭しく頭を下げる。
そんな彼女らに男はたじたじだ。「挨拶してる場合かおめぇら!?」と慌てて玉座から駆け寄ってくる。
「ンなもんいいから治療受けてこいや。特にカレン、おめぇヘタに動くと内臓こぼれっぞ?」
「……だからって礼を欠くわけにはいかないよ。なんたって組織のボス、『嚮主ヴォーティガン』サマが相手なんだからね」
そう。彼こそは『黒芒嚮団ヴァンプルギス』の指導者・ヴォーティガンである。
一見すれば元美丈夫といった風体の男だ。
美貌を誇ったのはすでに昔。肌は水気を失い、無精髭は生え、目元には皺も刻まれ出していた。
無造作に伸びた長い髪は、煤けてしまった無様な金色。まるで群れを追われた老獅子のような、そんな印象を与える男だった。
――だが、カレンは決して侮らない。冷や汗すら掻きながら彼と接する。
(最初はアタシも騙されかけた。ただの気のいいオッサンかと思った。でも、違う)
何せ『四方都市』の襲撃作戦を計画したのは、この男に他ならないのだから……!
目の前にいるのは本物の破壊者だ。そう戒めて、下げる頭をさらに深くする。
「おぉいカレンちゃんっ、だから頭下げなくていいって! 内臓出そうだし、あとおっぱいもちょっとこぼれそうだぜぇ!?」
「別に胸くらい見えてもいいさ。どうせ火傷まみれだし……」
「ちょっ、そういう重いこと言うなって!?
……なぁナイア、おめぇもカレンになんか言ってくれよ。この子、妙に俺にカタいっつーかよぉ……」
傍らの少女(?)へと助けを求めるヴォーティガンだが、次の瞬間ぎょっとする。
ナイアの目から滝のような涙がこぼれ、足元に水溜りが出来ていたからだ。
「もッ、申し訳ありませんでした嚮主さまぁぁあああッ! 予想外の強敵に邪魔されッ、セイラムを落とすことに失敗いだじまじだぁぁああああー--ッ!」
ナイアは主君の足に組み付くと、そのままビエェェェェッと激しく咽び泣いた。
「お、おいおいナイア……!?」
おろおろと戸惑うヴォーティガン。今度はカレンに助けを求めようと思うも、そちらもさらに深く頭を下げていた。
腸を傷から覗かせながら、「すまなかった、完全に負けた」と謝罪する。
……傷だらけの女二人に詫びられ続ける、なんとも気まずい光景が目の前に広がった。
「はぁー……ったくお前らはよぉ……」
ヴォーティガンは大きく溜息を吐くと、二人の首根っこを引っ張りあげ、無理やりに姿勢を正させた。
そして彼女らの肩を叩き、真っすぐに視線を合わせる。
「……任務に失敗したと言ったな。そりゃあ反省すべきだ。仲間たちから責められると思うが、罰と思ってまぁ耐えろ。今日のお前らは敗北者だ」
男は二人を甘やかしはしない。失敗した事実をきっちりと突き付ける。
だが、不意に彼はニッと笑うと、彼女たちの頭を乱暴に撫でた。
「うわっ!?」「嚮主様!?」
「けどまぁ安心しろやお前ら! 残念ながらセイラムは落とせなかったみたいだが――」
ヴォーティガンは、楽しげに言い放つ。
「――他の三都市は全壊させた。帝国はもう、グチャグチャだぜぇ……!」