フィナーレ1★
「ううぅ、やっぱり緊張しちゃうね…。
私のこの格好、大丈夫?変?」
「「すっごーーく、変!それにとってもこわーーい!」」
「うん、暗闇で見たら気絶しちゃうかも。威圧感もすごく出てるよー、お姉ちゃん。
その一番恐い顔の仮面とローブの相性、すごくいいね」
「そっか!よし、じゃあ大丈夫だね。
…気合い入れて、フィナーレの演出頑張りましょーー!」
「「「おーーーーっ!」」」
レナは照れたように笑うと、その愛らしい顔に躊躇なく禍々しい仮面を付けた。
3人のアリスもクスクスと楽しそうに笑い、よく似た仮面をつける。
屋上では、そろそろモスラとパトリシアが儀式の準備を終えている頃だろう。
少し遠くからは悪党たちの悲鳴と、ドドドドッという地鳴りのような音が聞こえてきていた。
最後の追い込みも順調なようだ。
「では。藤堂 レナ、いきまーすっ!」
少女は明るく告げて、司令室の外へと足を踏み出した。
***
悪党…いや、残党たちは、もうほぼガチで泣きながら走っていた。
その数はすでに3名にまで減っている。
これまでに様々なトラップに引っかかり、その度にどこからともなく現れる白いミニマッチョに尻をしばかれ、気がつけば仲間が減っていたのだ。
こんなに恐ろしい事はなかなかない。
制裁実況をお楽しみ中の皆さんのために、ご主人さま達が仕掛けた数々の罠を紹介しよう。
例えば、たくさんの蜂たちに追いかけられる。リリーの思惑どおりに池へと誘導され、たまらず飛び込んだ彼らは、人為的につくられた鉄砲水で空中へと打ち上げられた。
地面に落ちたタイミングで「全員アウト」。
例えば、逃げていたはずのアリスが男たちの方に向かってくる。何事かと目をこらしてみると、顔がドロドロに爛れていた。「ぎょわーー!?」と悲鳴を上げた所で、顔を元に戻してみせたアリスが微笑み「全員アウト」。
更に、減っていたはずの人数が増えている。アナウンスにより知らされた突然の事実に、何事かと皆で顔を確認しあうと、ゴルダロが混ざっていた。保護者からの鉄拳制裁もといラリアットを一人が受けたところで「全員アウト」。
他にも、熱風トラップにカラシパウダーを混ぜたものを浴びせられたり。
アリスに触れたと思ったら強い電気が身体に流れたり。(スライムは【全状態異常耐性】ギフトにより痺れない)
スライムジェルの床で転び、誰得なローションまみれのツヤツヤおっさんが出来上がったりしていた。
ホワイトマッチョマンの蹴りをかわそうと無謀な努力した者は、顎にシャイニングウィザードをキメられたと言っておく。
運命に逆らってはいけないのである。
そして極めつけは、現在の"追い込み漁"。
残党たちを屋上へ導くために、パーティ最大の物理戦力がついに動きだした。
今夜ばかりは[幻覚]を一切纏わず、その輝く金色のもふもふを存分に見せつけながら、ハマルが1階廊下の端から悪党たちを追いかけ始める!
「なんだあれ!?」
「まさか…屋敷の守り神ってやつかァ!?」
「バカ言うな、やめろよォ!?…つぅか、気持ち悪いぃーー!!」
もはや驚き疲れてくたくたになっている足を無理やり動かさせられながら、大男たちは残りの体力を振り絞って走り出す。
気持ち悪いと言われたハマルの現在の姿は、例の顔だけがヒト化したバランスの悪いスフィンクスシープ。大きな体にぽつんとついた小さな顔には禍々しい仮面を付けているため、気持ち悪さがより増しているのだ。
『…別に貴方たちにどう思われよーが、どうでもいーけどー?
気分良くは無いし。…あとでレナ様にいっぱい甘えて、慰めてもらおーっと』
メンタルのたくましい羊である。
きんきらきんの美しい毛皮を惜しげも無く披露しているのは、幻獣的な見た目のハマルを屋敷神だと勘違いしてもらうため。
まだ屋上にはラスボスが控えているのである。
クライマックスの恐怖感を、より底上げするための布石なのだ。
「「「うおぉーーーーっ!!」」」
涙と鼻水まみれの顔がきちゃない。
『それそれそれそれーーっ』
ハマルの声が理解できない悪党たちは、大きな鼻息と野太いメ"エ"エ"ッという鳴き声をとても不気味に感じていた。
いつ滑り台に変形するのかとヒヤヒヤしながら二つの階段を駆け登り、ついに、屋上へとたどり着いた…ーー!
***
屋上は魔境だった。
あの、魔の花園のどぎつい印象が薄れてくるほどに…。
屋上に辿りついた瞬間に男たちは硬直してしまったため、後から来ていた羊に轢かれた。というか、踏み潰された。ぎゅむうっ!
「うぎょっ」
「げえっ」
「ぐえええっ…重っ…!」
『む。失礼なひとたちー』
羊はツン!と鼻を上向かせると、ゆっくりとした動きで悪党の上を闊歩し、そのまま壇上の主人の元に向かう。
『レーナ様っ!』
「あら。おかえりなさい」
『褒めてーー?』
「ふふっ。後でね」
レナはすでにお姉様モードのようである。
一見すると、彼女はレナだと分からなかった。
三つ編みをほどき、長い黒髪を風になびかせている。
小柄な身体を精一杯大きく見せるためにヒール靴を履き、誰よりも禍々しい仮面を付けて、よく分からないが高そうなゴテゴテ魔法杖を手に、血のような赤色ローブのすそをバサァッ!と払う。
ーー圧倒的な存在感。
とたんに、周囲をビリビリとした肌も粟立つほどの威圧が支配する!魔道具の"恐皇の赤ローブ"の効果である。
アリス達が祈るように手を組み、壇上の女王様を見つめていた。
二人の執事が膝を折り、丁寧に跪く。パトリシアは微妙に肩を震わせている。
羊が得意げに女王様の後ろで鼻を鳴らして、その上にはどこからともなく妖精まで舞い降りてきた。
羊の金色に、妖精の銀の髪が宵闇の中でまぶしく輝く。
女王様は即席の祭壇の最上段に立っている。
彼女と残党3名の間には、何やら奇妙な格好に縛られた悪党の仲間たちが雑につみかさねられていた。亀甲しば…ゲフンゲフン。
祭壇の奥で燃え盛るのはたくさんの松明の炎。
複雑な魔法陣が描かれた大きな木の板が、屋上中に十数枚は立てられている。
仮面をつけたお屋敷関係者全員が、ぶつぶつと怪しい呪文らしきものを唱え始めた。運命!運命!と要所要所で叫んでいる。
悪党たちにしてみれば、地獄絵図きわまりない。
「「「ひ、ひいいいぃ!!」」」
思わず後ずさる、最後の残党3名。
しかし、手足の自由な彼らが何の対策も無しに放置されているはずも無い。
「アクア!」
パトリシアが呪文をいったん中断させて、青魔法アクアを発動させた。
「ーースキル[投擲]!」
流れるように覚えて間も無いスキルを使い、手のひらに作った水球を大きく振りかぶってーー、投げるッ!!…怒りをこめて。
対象は屋上への出入り口に一番近い魔法陣の板だ。魔法陣の中心には…なにやら、ピンクの種が埋め込まれている。
バジュッ!!と水球がぶつかるにしては豪快すぎる音が響き、水分を十分に吸い込んだ超速トンデモフラワーは嬉々として発芽した。
くるくると繊細な白い茎が高さ2M程にまで成長して、桃色の花をつける。花弁のヒラヒラフリルが乙女ちっく…だが。
なにやら形がおかしい。ムン!と盛り上がる力こぶ。そう、これはまさに…!
ーー超速オカマッチョマンフラワー。
薄桃色のみずみずしい肌のミニマッチョが現れた!
フリル花弁のスカートを腰に巻いている。視界の暴力である。
パトリシアはコレを創った当時、アリスに「どの層に需要があるのですか!」と怒られていたが、意外とすぐに出番はやってきた。分からないものだ。制裁用にこれほど最適な逸品もそうないだろう。
オカマッチョマンはホワイトマッチョマンよりも体がふっくらしていて若干内股。
くねくねした動きに何とも言えない恐怖感を抱いた悪党たちは、階段とは逆方向にジリ…ジリ…とあとずさり始める。
逃がすまいと、レナ様が壇上から鋭く声を張りあげた。
「ーー貴方がたは、とある家の花壇を荒らしましたね?
その事は、お花の妖精たちを大いに怒らせたようだわ!」
ここでオカマッチョマン達が、バレリーナのように華麗に回転してからビシッ!とマッチョポージングを決める。
「…どこが妖精だよっ!?」
「妖怪だろォ!?」
つっこまずにはいられなかった残党。律儀な奴らである。
「まあまあ。そんなことを言うなんて、目が曇っていらっしゃるのかしら?
こんなに神々しいのに。ねぇ。
ーー悪いことをしたという自覚が足りないわ!妖精さん、あの愚か者たちに運命の制裁をして差し上げてはいかがでしょう?」
神々しいというのは、花の蜜によってテカったオカマッチョマンボディの輝きのことかもしれない。
<<ダダダダーーーーン!>>
女王様に代わってスマホを操作する、王族候補妖精のリリー。悪党たちを見つめてウインクし、イタズラっぽく笑っていた。
「ーー全員、アウト。
…卍固めかしら。全ては運命なのよ。ふふっ」
女王様の一言で、パトリシア家の花壇を荒らした悪党3人の運命はーー決まった。
オカマッチョマン達が彼らに突撃していく。
他の悪党たちの涙目の供述によって、花壇荒らしをしたのがこの3人だとバレていたのだ。
大男に絡みつくピンクマッチョ。1人が腕、1人が膝、という風に数名がかりで卍固めをキメ、満足げに親分パトリシアにグッジョブサインを出していた。
親指を下に向けてサインを返す親分。更に締め上げられる悪党の体。
子分の知能が高すぎて恐ろしい。
「「「ひぎゃああああーーーーッ!!」」」
もう何度、この屋敷で野太い男の悲鳴を聞いただろうか…。
…お姉様も悪党に怒っていたため、叫ぶ男になどもう目もくれずに、ローブを大きく翻すと、燃える松明の炎を見つめながら再び呪文を唱えていく。
「~~~~~~!!!………!
お屋敷の守り神さま、どうかそのお姿を、ここに現して下さいませ!」
赤の女王が高らかに祈りの言葉を唱えると、バラバラに燃えていた松明の炎は一つになり、いっそう大きくボウウッ!と燃え上がった。
不自然さとあまりの迫力に、悪党たちが生唾を飲み込んでいる。夜空に映える巨大な炎が、彼らの引きつった顔を明るく照らし出す。
リリーの[幻覚]スキルは実に便利だ。
悪党が呆然とその光景に魅入る中で、レナは厳かに最後の"運命"を口にする。
「生贄、ですね。…分かりました」
「「「~~~~~ッ!!?」」」
「はッ。貴方がたごときに、高貴な生贄の役割がつとめられるとお思いなの?
恥を知りなさい!」
供物にされるのか!?と男たちがどよめき立つが、お姉様は厳しい口調で彼らを速攻切り捨てる。
すでに配役は決められているのだ。
生贄に足る、美しい者を捧げなくてはならない。
「ハマル、リリー」
『『はーい、女王様ー!』』
「逝きなさい。…ただし、きちんと還ってくるのよ?」
『『はーい!レナ様超カッコ良いー、シビれるぅーー!』』
ハマルとリリーは嬉々とした表情で主人を囃し立てると、女王様の前で優雅に一礼して、燃え盛る炎の中へためらうことなく飛び込んでいった。
目を丸くしているのは、事情を知らぬ悪党だけ。
燃えて消えていく幻獣たちをお屋敷関係者が平然と眺めているその様は、実に異様だ…。
ここで、肉の焼ける臭いの演出が無いと不自然である。コントロール力に長けるイズミがこっそりアクアの魔法を使い、悪党の嗅覚をマヒさせるためシミールフラワーの種を発芽させた。
禍々しい仮面にはガスマスク効果が備わっているので、ダメージを受けているのは男たちだけだ。
「…まだ足りないみたい。次、モスラ」
「光栄です。全ては、運命のままに」
続いて壇上に上がったのは、艶やかな黒髪の背の高い執事。縛られた悪党たちが、彼を恐れるように身じろぎをしている。
一礼し、執事は躊躇なく炎へとその身をくべる。
そして、守り神はついにこの現世に姿を現した…ーー!!!
執事の身体が炎の中でフッと消えると、わずかに月の光が見えていた夜空は一面の漆黒におおわれる。
<<ーーギャオオオオオオッ!!!>>
スマホを通して発される恐ろしい怪物の鳴き声。
漆黒に染まっていた空に、紅色の翅模様が目に眩しいほどあざやかに浮かび上がった。
淡く、また強く点滅して光る模様は、先ほど生贄となった執事の紅色の目を嫌でも彷彿とさせる。
ーー取り込まれたのか!?
ーーそんな事ができるあの異形の怪物が、この屋敷の守り神だというのか…!
自分たちがケンカを売った相手の姿をまざまざと見せつけられた悪党たちは、全員が顔を青ざめさせ、ぐっしょりと嫌な汗をかいている。
目が紅明かりに慣れてくると、目前にいるのは漆黒の大きな翅を広げた蝶々だと理解した。花壇をめちゃくちゃに荒らした3名は、蝶々も花荒らしに怒っているのだろうか!?と他の者よりも一段と怯えている。
モスラが[威圧]スキルを使う。
…異形の怪物に睨まれた荒くれ者たちはとうとう身体から全ての気力を抜かれてしまい、放心状態になってしまった。中には白目を剥いて、気絶している者すらいる。
「ーーこの屋敷に手を出してはならない」
レナが視線を夜空に佇む15M級モスラに固定したまま、うっとりと呟く。小さな声は【大空の愛子】の後ろから吹く追い風により、震える残党たちの耳にも届いていた。
「ーーそして、アリス・スチュアートを害してはならない。
守り神様は、アリスを現在の家主だと認めていらっしゃる。そして、彼女を誘拐しようとした貴方がたにとても怒っているわ?
この子に今後また手を出したら、どうなるか。
…分かるわよね」
<<ーーギャオオオオオオッ!!!>>
モスラが二度目の[威圧]スキルを発動させ、男たちを睨みつける。何人かの意識を強制的に飛ばした。
情けなく震えるしかない彼らをレナは振り返り見ると、威厳たっぷりに言い放つ。
「命があるのは今回限りだそうよ。守り神様に感謝なさいな。
ーー全員、アウト」
<<ダダダダーーーーン!!>>
"運命"のはじまりの一節が屋敷中に高らかに響き、結局制裁されるのかよォ!と泣き喚く男たちの首後ろには、オカマッチョマン渾身のチョップが落とされた。
これにより、全員が恐怖の中で気絶したことになる。
「…終わったわね。反省、したかしら?」
レナ様は壇上から悪党たちを見下ろし、ふぅ、と息を吐いた。
「お疲れさーん、レナ。いやー、超カッコ良かったぞ?ぷくくくくっ!」
パトリシアが彼女の肩を軽く叩いて、もう耐えきれない!とばかりに笑い声を漏らす。
「「レーナぁ!見て見てぇー、服従のポーーズっ!」」
変身を解いたスライム達が、ふざけて女王様にははーっ!と頭を思い切り下げてみせる。
普通に「いい子いい子」とクーイズの頭を撫でてやるお姉様レナを見た仕掛け人全員が、心底愉快そうに明るく笑った。
…ここまでやればもう、大丈夫だろう。
アリスもお屋敷も、少なくともこの悪党たちに狙われる事はないはずだ。
身も心もボロボロになった男たちを見て、皆がホッと、安心からくるため息を吐く。
作戦も全て上手く行って良かった。お互いの健闘をたたえあう。
アリスがお姉様の前に歩を進めて、ゆっくりと、深く頭を下げる。
「…レナお姉ちゃん。本当にありがとう」
余計な言葉を挟むのは、善意から友達を助けたレナに失礼になると判断したらしい。
この気持ちのこもった一言だけで、アリスの感謝は十分にレナに伝わっていた。
禍々しい仮面の下で、お姉様は嬉しそうに微笑んでいる。
「パトリシアお姉ちゃんも、モスラも、クーとイズも、リリーちゃんも、ハマルくんも。
みんな、ありがとう…!!」
「「「どういたしまして!」」」
屋上には再び、明るい笑い声が響いた。
少しだけ経つと、モスラが門前に視線を固定しながら、主人に愚か者の来訪を静かに告げる。
『ーーレナ様。バカ息子が来たようです。…一人だけですが』
せっかく和やかな雰囲気なのに…と、実に不愉快そうだ。
なぜか何者の姿も確認出来ないが、地面には、不自然なきちゃない黄色の水たまりが出来ていた。リリー先輩と目配せして、モスラは頷く。
あちらの"追い込み"はもう少し遅い時間の予定だが…結界内に何者かを通したということは、おそらく息子なのだろう。
魂を"視た"リリーが、間違いないよ…!とモスラの発言を肯定する。
彼女はあらかじめ虫を使った追跡により、こっそり息子たちの姿を確認して、魂を記憶していたのだ。
「あら。一人だけで構わないわ。
実はついさっき、ルルーさんから通信が来ていたのよ。…ちょっと事情が変わったみたいでね。伝えるのが遅くなってごめんなさい。
作戦は打ち合わせ通りに決行するわ。
これからが本当のフィナーレ…楽しみね」
「ん?そーなのか?了解ー。
…アクア!からの、スキル[投擲]!おらぁッ」
『かしこまりました、レナ様。スキル[吹き飛ばし]!』
レナが告げると、パトリシアは水球をつくり次々魔法板に投げつけていく。残りのカラくてシミール超速フラワーを発芽させていった。
花が咲いたところで、モスラが[吹き飛ばし]スキルを使い、強烈な臭いをお屋敷門周辺に届ける。
近場で結界を張っているルルーたちは、もちろんガスマスク代わりの仮面を身につけている。
目のいい妖精とバタフライのコンビには、汚水たまりの表面がバチャバチャとはねている様子がハッキリ見えた。臭いに悶えているのだろう。
うえー、と舌を出しながら、リリーはレナにOKサインを出す。
「では、行きましょうか」
あとは、バカ息子が絶望の淵に立たされたところで、背中をトンと押して怖がらせてあげるだけだ。
門前には、アリスの味方である、高級スーツをまとった背の高い細身の男性と、ふっくらした小男の姿があった。
自らの意思で親を裏切ったバカ息子たちはこれから、人生で最大の恐怖と屈辱、絶望を味わう事になる。