67話 感情の檻
強烈なランチを終えて、俺はサフィの部屋に帰ってきた。
ただ外で待っていただけだってのに、頭がいたくなってくらぁ……。
まあ、あの公爵も根本的には腐っていない。
幸せの定義は普通なわけで、害にならなければ排除しようとはしないはずだ。多分!
つまりはハイレベルな“娘をよろしく”ってやつをやられただけだ。
こっちこそよろしくってな。
存分に仲良くさせて貰おう。
「ルクス……?」
「起きた? 調子はどうだい?」
未だに器具を取り付けられたままのサフィが目を覚ました。
辛そうではないので安心だ。
「フィンナ様と昼食をとってきたよ。娘をよろしくだってさ」
「…………」
それを聞いたサフィは静かに話し始めた。
「……感情的な人を気取っていますが、結局はあの人も最後には“理性”で言い訳をしています」
サフィ?
急に文字数が増えましたね?
「今日は仮病を使って、ルクスとお母さまを引き合わせるつもりでした。予定と違い、わたしは本当に体調を崩してしまいましたが」
マジか。
なかなかの策士だね。
「……僕と公爵を非公式に会わせたかった、ってところ?」
「そうです。あなたには余計な考えを持たずに、あの人と話して貰いたかったのです」
カルクルール派閥の動きも考えてのことか。
確かに公式の場であんな話をする人ではないもんな。
「ていうかキャラ変したの? サフィ」
「うふふ、驚きました?」
「ごめん、普段の方が怖い。……病気の影響ってことなのかな?」
サフィは自分の着けている器具を見ながら説明した。
「生まれながら魔素生成量が多く、それを制御できないという障害です。『魔力酔い』と呼ばれています。
こうして定期的に魔素を抜いておかなくては、わたしは魔石のようになってしまいます」
不思議な現象だ。
彼女の付けられた器具はその魔素を抜いているのか。
「聞いたことがないね」
「大抵がすぐに死ぬらしいです。まだ生きているのが不思議だと治癒術師には言われました。
魔素の生成と排出に脳機能が持っていかれ、最後には皆狂って息絶えるそうです」
常に魔法を何百と使っているようなものなのだろう。
オーバーヒートしたことがあるからわかる。
あれはとても考えごとをしている余裕なんかない。
そんな大きな病を抱えていたのか……。
「言ってくれれば、こんな無理はさせなかった」
不思議と強い口調で俺は言ってしまった。
サフィはそれを気にすることもなく嬉しそうに笑った。
「何も知らずにサフィとわたしを呼ぶあなたが愛しくて……。ごめんなさい」
ただの俺の無礼を嬉しいのだと彼女は言う。
「それを周囲の人間は馬鹿にしていたのか」
「詳しくは知りませんから。仕方がないことです」
諦めたようにサフィは笑う。
この子は……。ホントに賢い子だ。
「わたしは常に酔っています。自分として意識があるはずなのに、記憶と思考は飛び、意識の連続性が薄弱となる。
本が何度も新鮮な気持ちで読めるのはいいことかもしれませんね?」
泥酔し、酩酊した状態を続けているということか。
今の彼女を見て、その資質を疑う者はいない。
「……このすっきりした頭で考えた上で、はっきりと伝えます」
サフィは俺の手を握った。
「わたしは、あなたを愛しています。信じてください」
とても純真で卑怯な言葉だった。
俺を知るからこそ、見てきたからこそ放たれた鎖だ。
「……そんな顔をしないでください」
拗ねたようにサフィは表情を変えた。
「まったく……。わたしが体を病んでいるのだとすれば、あなたは心を病んでいますね」
「どうして……」
「あの日、一緒に飲み物を飲んでくれたからです」
とても大切なことのようにサフィは呟いた。
そんな大した事ない思い出を重く、ゆっくりと。
「あなたはわたしを過剰に評価しています。所詮わたしは脳無し。
他の女に嫉妬する余裕のない女です」
サフィは照れるように白状した。
「…………いたた」
少し手をつねられる。跡が残るくらいに。
「どうやらお母さまはやりすぎたようですね。そこまであなたを気に入るとは思いませんでした」
「……」
「仕方がないですね……。とてもルクスはめんどくさい人なので、もう言っちゃいます」
少し小馬鹿にするようにサフィは言う。そして、年相応の笑顔を見せた。
「わたし知ってるんです。あなたの“得意魔法”を」
「……え?」
「そしてメイドの格好をするのが好きなんですよね、ルクスは」
……まじかよ。
「サフィ……」
「見えてます。あなたの顔も、先日の怪我も」
それを今この場で話す理由。
彼女はきっと優しさから提案している。
“愛してくれれば、わたしはバラしませんよ。どうかそれを理由にしてください”。
上手い手だ。
賢い物言いだ。
「……悪い子だね? サフィ」
「はい。この死に損ないをどうか存分に使いこなしてくださいな?」
情けないことに、彼女の恩寵を授かった俺は安堵した。
これなら彼女を拒否する必要が無くなるからだ。
「いいのかい?」
「もちろん」
やがて彼女は眠る。
その智恵には陰りが生まれる。
その綺麗な目を閉じて、サフィは求めた。
俺の世界ではお姫様を目覚めさせるソレは、姫を眠りに誘う契約だった。
可愛い可愛い魔女様は満足げに微笑んだ。
◆
俺を囲う檻は、鍵もかけずに扉が開いている。
俺がそれに苦しむのは自ら閉じ籠っているからだ。
信じるだけでいいのに。
看守がいないということを。
鍵がかかっていないことを。
柵の間には通れる隙間があるということを。
「はーあ……しんど」
自室で呟くその声は思ったよりも大きく響いた。
俺はいつも最悪の想定をしている。
決定的な間違いをしないように、予防線を張っている。
だから、彼女達への想いを御しきれない。
弱点を作る行為を許容できない愚かな男だ。
ミゼリアは便利だ。
一緒になることで俺は本来の立場に戻れる。
害意を察する都合のいい耳だ。
俺に利がある。
本当は彼女を────る。
サフィレーヌは便利だ。
一緒になることで俺は本来の目的を達成できる。
裏切らぬ権力を持った人形だ。
俺に利がある。
本当は彼女を───い。
ヴィクトリアは便利だ。
一緒になることで俺は本来の自分をさらけ出せる。
盲目的に傅く強力な手駒だ。
俺に利がある。
本当は彼女を────る。
「……」
今俺は王都の自室で、現実逃避をしていた。
テスト勉強中の部屋の掃除みたいなもんだ。
(これならいけるはず……)
手に持つのはゴーレムの心臓。
核となるそれには俺の体液と、僅かな魔石が組み込まれている。
2センチくらいでも魔石はかなりのエネルギーを有する。
そして、核に刻まれた俺の術式の効果を高めてくれる。
お金持ちって最高だな。
宝石よりも高いんじゃねえかと思う。
そして大きな机の上にはプラモデルみたいな人形のパーツが並んでいる。
関節を柔軟に、内部を硬く、軽く。
中には防御魔法の術式を加え、破損時に修復できるように余剰の素材を内蔵する。
ヒントを得たのは、あのグリムプレートとかいうクソ鎧からだ。
やっていることはただのイカれだが、あの技術は認めなければならない。
あの時アイツは施設に使われていた壁や床の素材からあそこまでのゴーレムアーマーを生成した。
それだけであそこまでのモノを造れるのならば、アイツが特製品を所有をしている場合、めんどいことになるだろう。笑える。
「……」
作業を始める。組み立ては単純に楽しく、試行錯誤はワクワクした。
できあがったのは戦闘特化のゴーレムだ。
フィフ本体を使わずとも、俺はゴーレムの長距離運用が可能になった。
そしてさらに本体は睡眠をとりながら、ゴーレムを動かすこともできるようになった。
人間の成長は素晴らしい。
胴体内部に一番重要な核を搭載する。同時に、自壊できるように魔法解除用の術式も組み込む。
骨組みは完成し、あとは疑似皮膚を着せていく。柔らかいフィギュアみたいな合成素材だ。
さすがに本体活動中には動かすことはできなくなるので、念のためだ。
人形作りと変わらんな。
そして作るのにクソ時間がかかった黒髪のカツラを頭に装着する。
しっかりと服を着せ、リエーニ(音聞)が完成した。
格好はなんちゃって西洋忍者だ。うむうむ。
(ほぼほぼ違和感無しだな)
軽く感覚を共有し、動かしてみるが問題なし。魔石の補助もあり、魔力消費量も脳処理負担も少ない。
本体を床に寝かせた状態で、完全共有を試みる。
(うげえ、まだ調整が必要だな……)
呼吸器が無いのに無意識にしようとしたり、突然瞬きをしてしまう。
まだ人間的な感覚が抜けてねえな……。
「ルクス……ッ!」
「おう」
料理を作っていたフィフが包丁片手に飛んできた。
こええよ……。
状況を見て把握したフィフは普段のコイツからは考えられない形相で叫んできた。
「今すぐ戻って!!」
「え? あ、ああ……」
全感覚を共有するのをやめ、視界と聴覚くらいに留めた。
リアルな肌感はなくなるけどこれくらいならいいか。
「…………」
手を握ったり、ジャンプして動作確認をしているゴーレム状態の俺を無言でフィフは見つめている。
「? どした?」
「……私には力を求めようとする貴方を否定することはできない。でも──」
「おいっ!?」
フィフは包丁を俺に向けた。不思議と恐怖感はない。
「──忘れないでほしい。貴方は人間だということを」
フィフが浮かべる表情は複雑だった。
今すぐに止めたいのにそれができない、そんなもどかしさがあった。
「フィフ……?」
フィフは包丁を机の上に置いて、床に眠る俺を抱き上げベッドへ運ぶ。
「……貴方は『ルクス』でいいの?」
「?」
「『リエーニ』のままの方が良かった?」
「…………」
そう俺に問い掛ける相棒はけっして責めているような態度ではなく、あくまで俺の意思を確認したいと思っているようだった。
「そんなのどっちでもいいだろ……? 俺は俺だ」
フィフは立ち尽くす俺も無理矢理抱き上げベッドに運んだ。なんなんだよ。
「私は貴方に呪いをかけたのかもしれない……」
いきなり何を言ってるんだ?
「お前が呪いの剣であることは承知済みだが。今更じゃね?」
「貴方は情緒を感じる心が死んだ」
「あ?」
「フフ……」
なんだか久しぶりのやり取りに、お互い力が抜けたように笑い合う。
「フィフ、どうしたんだ? 言えないことが関係しているのか?」
俯くフィフの肩を抱く。
しばらく沈黙を貫いていたが、静かにフィフは語り始めた。
「貴方は誰かの声を聞くことに慣れすぎている。
全てを受け入れていたら貴方が貴方ではなくなってしまう」
人外のクセに知ったような口をきいてきた。
愛しい者を掻き抱くように、コイツは力強く俺と接触する。
「…………」
「ルクス……。私は人間ではない。貴方の装備品。だから、独り言が許されている」
お前がやっているソレも、“誰かの声”ってやつじゃねえのかよ……。
重く、暗く、長い息を吐くと俺はフィフに体を預けた。
「……俺って存在はな、恩を返し続けなきゃいけねえんだよ」
「恩……?」
体温のない胸に顔をうずめながら俺は無様に情けない声を出す。
ガキの戯言みたいだ。大の大人が吐いちゃいけねえんだよ。
「俺はずっと生かされ続けた。なんにもできねえのに、なんにも価値が無くなったのに。
皆のお金と時間を消費して、ただ生きていたんだ……。なんでなんだろうな」
「…………ルクス?」
「なんで生きていたのかわからない」
優しい世界だった。幸せな世界だった。
そして、つらくて、残酷な世界だった。
「人としての最低限もできねえ奴がいっちょ前に世話されてさ……。恥ずかしすぎて死にてえよ」
「落ち着いて、ルクス。大丈夫」
重くのしかかる石に潰され、波に流された。
痛かった。寒かった。
助かったときの暖かさを、安堵をけっして忘れない。
それを返そうとした。動く体で返そうとした。
そしたらまた奪われた。自分の手が止まった。
「……ッ! ハッ……! ハッ……!」
「今はゴーレム体だから息はできない! ルクス落ち着いて!」
俺を庇う人達が疲れていた。
向けられていた笑顔の質が変化した。
家族だけではなく、国からも生かされた。
世界では酷いことが起こっているのに、一人のうのうと楽園で過ごしていた。
何度も言った。──『死にたい』と。
駄目だと彼らは言った。
許されないことだとシステムは語った。
何もかもが信じられなくなった。
接触を拒否し、会話を憎み、表情を消した。
そして、俺は声を出すことすら忘れた。生きるだけの人形となった。
「フィフ……。俺、歩けるんだよ。手が動くんだ……。歌えるんだぜ…?」
「────」
「こんな幸福なのに、胡座をかいちゃいけねえんだよ。わかるか? 俺はやっと恩返しができるんだ……」
恵まれた生まれ、才能、環境、運命。
それらを用意されていたのに台無しにした男に与えられた機会なんだ。
「俺だからやれる。俺だからできるんだよ、フィフ。
この世界には存在しない“幸福の苦しさ”を得た俺だけに」
取り繕うことも忘れて大泣きする俺をフィフはバカにすることなくあやした。
「ルクスの頭がおかしいのは今に始まったことじゃない」
「……お前な」
最初の頃からは考えられないくらい、コイツの触り方は優しくなった。
肌をなぞるようにゆっくりと、包み込むように柔らかく。
「だから、何を言っているのか私には理解できない」
冷静な認識だ。だからこそコイツが俺に向き合ってくれているのだと感じる。
「でも、貴方の辿り着く先を私は知っている」
「……え?」
フィフの眼差しが俺を射抜く。逃がしはしない。
「それは『アルテ・リルージュ』の目指した道。
自分を殺し、効率を求め、他者を認識しないバケモノに許された歩み」
「────」
お前な……。
そのセリフは魔王と知り合いだって言ってるようなものだろうが……。
「かと言って自分だけを生かし、あるがままに振る舞っても、破滅の道が待っている」
実感したことのようにフィフは言う。
極端は極端な結果を招くと。
「……どうすりゃいいんだよ」
「今私にこうしてくれたように、あのメスたちにも弱さを見せればいい」
困惑した俺を見て、フィフが笑った。
かと思えば泣きそうな顔で俺に触れてきた。
「……正直、消去法に過ぎない。ヴィクトリアとかいうメスに任せるのは屈辱で頭がおかしくなる」
アイツのこと嫌いすぎだろ……。
「他の二匹もそれぞれ似ていて嫌気が差すけど我慢する」
それは……評価していると考えてよろしいので?
「最近よく考える。私の役目とはなんなのか」
俺の手を握りながら、自分に呟くようにフィフはこぼす。
「? 俺の剣だろ?」
決まり切ったことを俺は答える。
コイツにそんな選択肢があるわけがねえんだ。
「…………ルクス。私は貴方の味方でありたいと思う。貴方がどう思おうとも」
「あ、ああ……。なんだよ……?」
「貴方が私から学んだように、私も貴方から学んでいる」
フィフが自分から離れた。
いつも引っ付いてきた彼女が俺から視線を外し、どこかへ行く。
机に置かれていた包丁をフィフは取る。
苦手だったはずの料理は、いつのまにかフィフはできるようになっていた。
「今日の夕食は頑張る」
振り向いた彼女の顔は、親愛を持っていた。
そんな愛を向けられて、また心が痛む。
満たされ続けて開いた穴が広がっていく。
でも、前よりは息苦しさが無くなっていた。
「ルクス、どうか貴方は貴方のままで生きてほしい」
赤く腫れた目では上手くフィフの表情は見えなかった。
仕舞い込んだはずのモノが溢れ出す。
それは暖かい光だった。
「分かった。挫折して、へこたれて、泣きながら歩いていくよ。
……ったく、お前にこんな慰め方ができるなんてな」
「見直したのなら、今日はルクス・クッションを要求する」
褒めたらこれだよ……。
安心感と、満たされた感情が俺の思考を鈍くする。
だって、そうだろ?
フィフが人間の女を当てにしている。
それは彼女自身の考えの変化の現れだ。
つまり、フィフは────。
その先を考えないように俺は思考を止めた。