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国に飼い殺され続けた魔女、余命十年の公爵の養女になる? 〜養女契約のはずが、妻の座を提案されてしまった〜 - 16.葛藤
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16.葛藤

 セレスティンが本気でナディアに公爵家を委ねようとしている……。今までの出来事からも「もしかして?」と思ってはいたけど、今回の一件で嫌というほど実感した。


 ……だけどナディアには、頭では分かっていてもどうしても割り切れない事実があった。


『なんだ、女か……。ちっ、女に爵位を継がせれば衰退するのは目に見えている。かと言ってどこの馬の骨とも知れない婿なんぞに爵位を継承させるのは、家を乗っ取られるのに等しい……』


 ナディアの顔を覗き込み、忌々しげに呟いた男の顔。そしてその直後、愛人が息子を生んだとの報告を聞き、妙案を思いついたとばかりに浮かべた醜悪な笑み。


 記憶を蘇らせる薬を使って覗き見た顔は、まるで昨日の事のように鮮明にナディアの脳裏に焼き付いて離れなかった。


『おい、こいつは死産だった事にしてその辺で処理してこい』


 そうして正妻との間に生まれた嫡男として全てを手に入れたであろう腹違いの弟。彼か、もしくはその数代あとの当主が初代エバーナイト公爵なのだろう。


(巡り巡って、結局私が当主の座に就くなんて、皮肉以外の何物でない……。父親(あの男)が知ったら怒りで失神するかもしれないね)


 でもそれなら。結局その地位を与えられるのなら、どうしてナディアはあんな苦労をする必要があったのだろうか? 過ぎた事を考えるのは馬鹿馬鹿しいと分かっていながらもそんな思いがどうにも拭えず、公爵位を継ぐ事を躊躇してしまう自分が居た。


 セレスティンの事は良い人だと思っている。数百年も前の、初代よりも更に前の当主の行いは、彼には一切関係ない。分かっている、だけど、それでも。


(森に居た時にはこんな事で悩む必要はなかったのにね……。人間というのは、どこに居てもなにかしら苦しむものらしい)


 セレスティンがいずれナディアの元から居なくなってしまう事実も、ナディアに与えられるはずの地位も、全てがナディアを苦しめる。


(何故こんなに苦しいと思うんだろう。たった数週間やそこら一緒に暮らしただけの閣下が死のうが生きようが、私に関係ないはずなのに…・・・)


 分からない。先日からずっとこうだ。何故そんなに嫌なのか分からず、自分自身に振り回されている事が酷く不快だった。


(絶対に私を傷つけられない強い後ろ盾。……何百年も経った今、既に本人はこの世に居ないけど、実の父親へのささやかな復讐。黙っていればどちらも得られるんだ、嬉しい事のはずじゃないか)


 よほど険しい顔をしていたのか、カトリーヌが心配そうにナディアに話しかけてきた。


「ナディア様? 先ほどから随分とお悩みのようですが、私ではお力になれませんか?」


 今までのナディアであれば「こんな生まれたてのヒヨコ並に若い子に話したところで……」と思ったかもしれない。だけど今のナディアにとって、カトリーヌの申し出は渡りに船だった。


 ——その……自分の気持ちが分からないんだ。次期公爵の肩書きは、自分の身を守る上でも、権力的な意味でも喜ばしい事のはずなのに、全然嬉しくない。きっとついこの間までの自分だったらこんな事考えもしなかったと思うと……、どうして急にこんなに考えが変わってしまったのか、分からなくて不愉快なんだ。カトリーヌはそういう事、ない?


「そうですね……。ご存じの通り私はナディア様に比べて人生経験が浅いですから……。ただ、誰の目から見ても良い事なのに自分にとっては嬉しい事じゃない、という経験はあります。私の場合明確に自分の気持ちは分かっていましたけど。それで結局、周囲の反対を押し切って自分の気持ちに正直に行動したんです。ナディア様も、まずは『全然嬉しくない』と閣下にお話するのはどうでしょうか? 閣下とお話する事で見えてくるものもあると思いますよ」


 ——折角後継者を見つけて一安心、と思って居る閣下に「後継者になりたくありません」と伝える? 閣下が健康ならそれでも良かったかもれないけど、今の閣下にそれは……。


 病に冒された身体で別の養子を探せ、という意味に他ならない。ナディアのわがままでそんな酷い事をセレスティンに頼むのは気が引ける。


「ですが閣下もきっと、ナディア様が嫌々公爵になるのは望まないのでは? 勿論、それでもなれ、と言われる可能性はありますが……閣下はきっとそのような事は仰らないでしょう。他の方法を考えて下さるはずです。『契約とはお互いにとって良い結果を生むものでなければならない』。昔、閣下が私に言ってくれた言葉です」


 数多の権力を有する者……それも高位貴族ともなれば、目下の者全員を搾取する対象として見てもおかしくない。いつかの兵士もそうだった。ナディアが断れない事を分かった上で強要する。


 でもカトリーヌは、セレスティンはそんな人間じゃないと言う。そして短い間とはいえ、実際に接したナディアもその言葉は正しいと思う。


 ——分かった、一度閣下と話してみるよ。


 きっとセレスティンは暫くナディアの部屋に来る事はない。他の誰でもなく、ナディア自身がそう望んだから。だからナディアは、カトリーヌに頼んでセレスティンの執務室へと連れて行ってもらう事にした。


 部屋を出る前、カトリーヌが「差し出がましい事を申しますが」と前置きしてからナディアの手を握りしめた。


「ナディア様。私は閣下に雇われている身ではありますが、ナディア様付きの侍女です。ナディア様には幸せになってもらいたいのです。ですから万が一閣下がナディア様に無理強いしようとしたら、その時は……その時は私に言って下さい。きっと閣下からナディア様を守ってみせます、どんな手を使ってでも」


「勿論そんな事はないと思いますが」と笑いながら更にカトリーヌは続けた。「これは一種のお守りだと思って下さい」と。

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