28.嫉妬(セレスティン・エルデン・ナイトフォール目線)
ナディアはセレスティンよりもはるかに長い時を生きている。修羅場を潜った回数も多いはずだし、魔法陣の知識こそセレスティンよりも劣っていたものの、魔術や薬に関しては遙か高見に居る。
だから心配をする必要がない、とは分かっていた。それでも心配する必要がないのと、心配をしないのは別の話。ある日突然なんの知らせもなく大きくなっていたら、驚きもするし心配もする。
もしナディアの当てが外れていて、森の魔法陣の影響で彼女が森へと戻っていたら? カトリーヌがすぐに気付くだろうが、なんの手がかりもない状況で、まず疑うのは誘拐や暗殺。森に戻ったと考えるのはだいぶ後になってからだろう。
セレスティンの説明が下手だったのか、それともナディアがその境遇故に鈍いだけなのか。彼女は、セレスティンが自分を心配しているとは露ほども思っていなかった。
「自分が死んだあとの為に私を手放したくないだけだろう、か……。まさかそんな風に思われていたとは」
あまりの衝撃にそれ以上なにも言えず、一方的に決定事項だけを告げて部屋から追い出したのは、セレスティンの未熟さ故だった。言うまでもなく、後悔した。追い出すのではなく自分の本心を伝えるべきだった。
ベタベタに甘やかす趣味はないし、本当の赤ん坊でもないので接し方に悩んでいたのは確かだったが、セレスティンなりに家族としての情は芽生えていたし、誠意を持って接していたつもりだった。ナディアとセレスティン、お互いの名前を呼び捨てにする事にしたのも、心の距離が近くなったと思っていたからだ、と。
(よくよく考えてみれば当たり前の話だ……。一番最初に契約を持ちかけ、線引きをしたのは私の方だ。エバーナイト公爵一族の証であるあの髪色を見なければ、ナディアをただの赤ん坊だと思って養子候補から外していただろう事も事実……。彼女は私よりもずっと大人だ。養子縁組が互いの利害の為の契約だとバレないように、などと考えて表面上好意的に接していたのかもしれない)
その事に思い至らず、ナディアの友好的な態度から、信頼されているのだと勝手に勘違いをしていた自分が恥ずかしい。
どうやらナディアが本当の赤ん坊ではない、と分かっているつもりで微塵も分かっていなかったようだ。赤ん坊の外見に惑わされ、無意識のうちに彼女を純真無垢な子供と同列に扱っていたらしい。結果、彼女を深く傷つけた。
公爵城からなるべく出さないように裁判の準備をセレスティンが行っていたのも、彼女の安全を考えてのつもりだった。だが、彼女の言葉でそれが完全に裏目に出ていた事に気付かされた。何百年も森に閉じ込められていた人に行動の制限を課すなど、本人からしてみれば場所が公爵城に変わっただけで、状況はなに一つ変わっていない。どうしてもっと配慮出来なかったのだろうか。
己の愚かさを自覚して以降ナディアとどう顔を合わせて良いのか分からず、このままではもっとまずい事になる、と分かっていながらも避け続けて一週間。
謝罪の機会を窺う為、あの日以来活発に公爵城内を歩き回る彼女の様子を見ていて一つ気が付いた。
最近、自主的に護衛を買って出ているエバーナイト騎士団副団長代理イノセント。彼とナディアの仲が非常に良いように見える。
この城内で一番打ち解けていたであろうカトリーヌに席を外させてまで話し込んでいるのを見かけた日には、自分の目を疑った。
(まだ正式に顔を合わせて数日なはず……一体何故あんなに親しげなんだ?)
ナディアがイノセントの話に合わせているのかと思ったが違った。むしろナディアがカトリーヌにあれこれと用事を言いつけ、イノセントと二人きりになる機会を作り出している。
「まさか……惚れた?」
そんな馬鹿な、と独りごちるセレスティン。イノセントは確かに女性受けする外見をしているが、それがナディアにも通じるとは思えない。彼女からしてみれば、私やイノセントは赤ん坊同然、恋愛対象になんてなるとは思えない。
「イノセント……、イノセントね」
いつからここで働いていただろうかと記憶を振り返り、セレスティンは違和感を覚えた。イノセントに関する情報をまるで思い出せない。思い出そうとすればするほど頭の中に霧がかかるような気分になっていく。
あの年齢で副団長代理になるくらいだ、実績の一つや二つあるはずなのに、それすら思い出せない。辛うじて思い出せるのは、騎士団の中では珍しく魔術師であるという事。
「いや……、そもそも副団長代理なんて役職、あっただろうか……?」
団長代理ならともかく、副団長代理というのはいささか馴染みがない。副団長自体が団長不在時の代理の役割も持っている。団長、副団長共に不在時の代理として団長代理という役職はあるが、副団長の代理まで必要な事態は考えられない。それほどの緊急事態時には、セレスティン自ら騎士団を率いるからだ。
「バーナード、居るか」
「はい、閣下」
馬鹿げている。そう思いはしたが、自分の直感を信じる事にしてバーナードを呼んだ。
「悪いが騎士団員に関する資料を持ってきてくれないか」
暫く後、バーナードが用意した書類に目を通したセレスティンは、低い唸り声を上げたのだった。