45.恐れていた事態
皇女とのお茶会後バーナードから聞いた話によると、六大公爵家の中で公爵夫人、或いは次期公爵と目される人物の夫人の座が空いているのはエバーナイト公爵家、トワイライト公爵家、スターフォール公爵家の三家との事。
そのうち第二皇女と最も年齢が近いのは先日謝罪に来たトワイライト公爵家嫡男だけど、あそこは皇太后の実家であり、ヴェスペリオンと第二皇女ヴェレクンディアは親戚関係にある為候補に上げられない。
残るニ家のうちスターフォール公爵家当主は結婚歴があり齢四十、公爵夫人の座は空いているものの次期当主は先代公爵夫人との間に生まれた長女と決まっているので実権は握れない。
セレスティンと第二皇女は年齢差こそ多少あるものの、跡継ぎも居ないので条件にぴったりだった。皇家にとってなにより重要なのは六大公爵家との縁で、それ以外の貴族は二の次。だから第二皇女としても絶対に逃がしたくない相手だ、という事は分かった。
「まあ話を聞く限りでは同情はするけど……。当事者であるセレスティンが結婚を嫌がって、私という跡継ぎを無理やり見繕ってきたくらいだし、正直望み薄だよね。いっその事皇女の地位から逃げちゃえば良いのに。もしくは他国の貴族と結婚するとか。私が簡単に考えすぎなだけかな?」
「アルタニス帝国は向かうところ敵なし状態ですからね。他国へ皇族を嫁がせると要らぬ誤解を招きかねません。かといって別の大陸の国と婚姻したところで……」
「距離が遠すぎて縁を結ぶ意味がない、か。じゃあやっぱり逃げるくらいしか……。未婚のまま皇族として暮らし続けるのは無理なの?」
「皇女としてなに不自由なく生活していた方がいきなり平民になるのは、死に直結すると思いますよ。未婚のまま皇族として暮らし続ける、という前例もあるにはありますが……、状況が違いますからね」
後継者争いが起こらないように、皇族が未婚のまま生きた前例はあるという。ただ、大抵は死ぬまで離れに幽閉され、自由は皆無。何代か前の皇弟のような特殊な前例もあるけど、それは彼があまりにも天才で、結婚相手の家が力を持ちすぎる事を恐れた皇帝があえて結婚させず、自身の右腕としただけ。多少大人びているところはあるものの、第二皇女にそこまで非凡な才能があるとは思えなかった。
「大変なんだなあ、皇族も……」
「まあその辺りを踏まえて小さい頃から市井での生活を想定して勉強していた皇族も居ますから。それをせずにあぐらをかいていたのであれば、第二皇女殿下の自業自得とも言えるでしょう」
だから気に病む必要はないのだ、と。バーナードの慰めに頷き、ナディアは再び仕事へと没頭したのだった。
先日以来、何度か庭でお茶を飲む仲になっていたので少しは落ち着いただろうと思っていた。だからその知らせを聞いた時、失望をしなかったと言えば嘘になる。
「……もう一度頼む、皇女がなにをしたって?」
「皇女殿下が閣下の寝室に忍び込み、その……閣下の上に跨がっておられたとの事で」
「見張りはなにをしていたんだ……」
「殿下から渡された飲み物を飲んだところ意識が途絶えた、と……」
あれだけ念を押したというのに油断するとは。皇女の年齢ではあり得ない、と警戒を緩めたのか。
「過ぎた事は仕方がない、処罰はあとで考えよう。それで、未遂か?」
「未遂です。閣下の世話をしているメイドが皇女殿下の苦しげな声を聞いて慌てて入室し、事なきを得たと。閣下についてはラファエル様に診てもらいましたが、微量の睡眠薬を摂取しただけで問題ないようでした」
部屋の状況から、未開通で無理をしようとした痛みから出た声だとすぐに分かったという。メイドに見られた皇女はそのままセレスティンの上から飛び降り、部屋で大人しくしているとの事だった。
「侍女は相変わらず無反応か……。だが睡眠薬は皇女一人の力では用意出来ないだろう。彼女達も関わっているとみて間違いなさそうだ」
「はい。……どういたしますか?」
「そうだな……さすがに皇族を牢に入れるのはまずい。だけど送り返すのが良いかというと……、どうだろう? 少なくとも、皇女がここに来てからは暗殺が止んでいる」
「では安全の為にあえて泳がせますか?」
「ん……、まあ部屋で大人しくしてもらうくらいかな。この決断が皇太后の耳に入っても、皇女がやらかした内容が内容だけに大事には出来ないし、私の立場では皇女相手に強く出られなかった……、と解釈してくれるだろうから怪しまれないはず。で、その間にセレスティンの代わりに婚約破棄を成立させられるだけの証拠を揃える。どう?」
「分かりました、そのように手配いたします。……決してご無理はなさいませんように」
そう言ってバーナードの退室を見届けてから、ナディアは誰も居ない空間へと声を発した。
「それじゃ、情報の共有を始めようか」