第二章 7話 「仮面の下は」
く……苦しい、俺は死んだ……のか――――――――?
意識を取り戻したナヤギがまず感じたのは息苦しさだった。
顔面が圧迫され、瞼を上げることすらままならない。
ここが死後の世界なのかと彼は思った。
闇の中、身動きも取れず永遠に苦しみを味わい続ける。
これが地獄なのだろう。
自分の行ったことを考えれば当然の結果だと、ナヤギは拳を握った。
あれ……? 動くぞ――――――――
手を握ったり開いたりを繰り返す。
てっきり全く動けないとばかりナヤギは思っていたがそうではないらしい。
というか、普通に手足は動く。
手首に冷たい感触があるものの、圧迫感があるのは頭だけである。
背中から感じる冷たく固い感触から、ナヤギは自身が床に横たわっていることが分かった。頭はおそらく何か物に挟まれている。
ナヤギは圧迫感から逃れようと両手でその物体をどけようとする。
「やんっ!」
「っ!?」
ぷにゅっという柔らかい感触と共に聞こえた声に、ナヤギは驚き体を起こす。
圧迫感から解放され、瞼が開くようになる。
声の主の方に振り返る。
「おはよう、目が覚めた?」
正座をしてこちらに笑顔を向ける女性。
ウェーブのかかったオレンジ色の髪に、自身の大きな胸を強調するような露出の多い服。
一言でいうならお姉さん系の女性。
ナヤギよりも年上でおそらく歳は20代中盤といったところだろう。
ナヤギはこの人に膝枕をされていたのだ。
そして、顔に載っていたのが目の前にある柔らかい物質だとナヤギは気づき顔を赤くする。
「ははは、ウブで可愛い~!」
ナヤギの頬を女性は指で突く。
その行為よって彼の顔さらに真っ赤になった。
「ちょっと待っててね」
女性はそう言うと立ち上がって、近くにあった小窓が付いた木の扉から出ていった。
一人になったナヤギは周囲を見渡す。
だが、目に入ってくるのは石の壁ばかり。
およそ四畳程度の小部屋、壁には一切窓の類はない。唯一、この部屋の外が覗ける扉の小窓には鉄格子が付いている。
ナヤギは試しに小窓を覗いてみるが、見えたのは部屋の中と同じ石の壁だけだ。
扉に鍵はかかってなさそうだが、そもそも取っ手に手が届かない。
なぜならナヤギの両手首には鎖のついた手錠がはめられており、鎖の先端は部屋の隅に固定されている。
試しにナイフを取り出して鎖を破壊しようとしたが、非破壊オブジェクトのマークが出てきた。これは鎖がアイテムではなく構造物の一部であるということだ。
部屋から出ることを諦めたナヤギはその場に座り込む。
ナヤギの頭の中に様々な思考が飛び交う。
ここはどこなのか。
先ほどの彼女は誰なのか。黒仮面の仲間か、それとも別の何者か。
黒仮面はどこに行ったのか。
そもそもなんで自分は生きているのか。
自身の首に入ったきた刃の生々しい感触を思い出し、ナヤギは自分の首に触れる。
「だって……俺の首は斬られたはずだ「――――――――――――斬ってないよ」
「え……っ!!?」
声の方、部屋の入口を見たナヤギは飛び退く。
部屋の入口に立っていたのは黒仮面。
いつの間に扉を開けて入ってきたのか。
ナヤギはナイフを数本取り出し構える。
「落ち着いて、君に危害を加える気はないよ。 とりあえずそのナイフしまって。 後でこれも返すから」
「……ヴァイオレットソード」
黒仮面の手に持っていたのは、ナヤギの愛剣であるヴァイオレットソード。
ヴァイオレットソードを近くの壁に立てかけると、黒仮面はナヤギへと近づく。
ナヤギはナイフをしまうどころか、さらに警戒を強めその手には力が入る。
ヴァイオレットソードを置いたとは言え、黒仮面の武器は妖しげな紫の刀だ。そもそも殺人鬼の言葉を信用など出来るはずもない。
「困ったな……、ただ話がしたいだけなんだけど……」
「人と話がしたいなら、仮面は外した方がいいと思うわよ」
先ほどの女性が、湯呑を片手に戻ってきた。
黒仮面とナヤギの間に割り込むと、ナヤギに湯呑を差しだす。
「はい、どうぞ!」
「あ……どうも」
ナヤギはナイフをしまい、湯呑を受け取る。
中には緑色の液体。香りからおそらく緑茶だろう。
湯呑を渡した女性は、黒仮面の後ろに引っ込む。
「確かに仮面を取らないのは失礼だったね」
黒仮面はフードを下ろし、仮面を外す。
仮面の裏から出てきたのはとても整った顔だった。
前髪の一部分に紫のメッシュが入った灰色の髪に、すっと伸びた鼻筋。
心を見透かされるのではないかと思うほど、美しい紫紺の瞳。
先ほどの女性が温かい印象に対して、逆にクールな雰囲気を纏っている。
「女……?」
「残念だけど、不正解。 よく間違えられるけど男だよ」
ナヤギは信じられなかった。
何も知らない人に聞けば、全員が女性だと答えるだろう。
それほどまでに綺麗な顔をしている。
元黒仮面は一歩前に出てナヤギの顔を覗き込む。
宝石のような瞳に射貫かれ、バツが悪そうにナヤギは顔を少し逸らす。
「――――――――君ってさ『人狼』でしょ」
ガチャン!
ナヤギの手から湯呑が落ちて割れた。
逸らした顔を元に戻し、ナヤギは目を見開く。
「なんで……?」
見開かれたナヤギの瞳に映ったのは、少し笑みを浮かべた元黒仮面の顔。
再びナヤギの頭の中に思考が飛び交う。
なぜ自分が人狼であるとバレているのか。
人狼とバレているなら、なんで殺されていない。情報を引き出せるだけ、引き出してから殺すつもりなのか。
それとも何かに利用させる気なのか。
人狼であることをバラさないかわりに、安全エリアにいる誰かを殺せと脅されるのか。
考えれば、考えるほど悪い方に思考は行ってしまう。
その時、ノブとの会話を思い出した。
『最近は犯罪ギルドも増えてみるみたいだし、PKを目的にしているとこもあるらしいぜ。 間違ってもそんなとこ入らないでくれよ』
ナヤギは、ハッとする。
「まさか……、お前らPKギルドか……?」
ナヤギの言葉に、元黒仮面は目を少し大きくした。
「へえ……まあ、似たようなものだよ」
再び、元黒仮面は少し笑みを浮かべる。
「はあ……なんで怖がらせること言うかなあ」
元黒仮面の後ろいた女性がため息をつく。
「怖がらせたつもりはないんだけどな。 あながち間違いでもないし」
元黒仮面は体を起こすと女性を見る。
「じゃあ……! お前らは何者なんだ!? なんで俺が人狼だって知っているんだ!?」
興奮気味にナヤギは疑問を彼らに投げつける。
元黒仮面と女性の視線がナヤギへと集まる。
「君と同じだよ―――――――――僕たちも『人狼』だ」