20「深夜の家庭訪問じゃね?」②
「こんばんは。由良くん。いい夜ですね」
「いい夜かなぁ? 最悪の夢を見たんですけど」
「いえ、あれは現実に異世界で起きていることです。まだ由良くんと異世界の繋がりが完全に断たれていないので、夢という形で見てしまったようですね」
真っ白な髪に丸眼鏡をかけた自称四十代だが、外見は三十ほどの月読命。
日本史の教師であり、生徒からの信頼は厚く、教員たちからも頼りにされている、学園にとって縁の下の力持ちと言える先生だ。
(なーんで、俺の夢に先生が出てくるっていうか、干渉してきたんだろうか? というか、これ、起きたときちゃんと一日の疲れって取れるの?)
ニコニコしながら月読が夏樹に近づくと、埃でも払うように肩や、頭、腕を払った。
「これでよし。もう向こうの世界を覗き込むことにはならないでしょう」
「本当ですか?」
「はい。私のほうで繋がりは切っておきましたので、ご安心を」
さらりととんでもないことを言われた気がした。
まだ異世界と縁が切れていなかったのも驚きだが、何気ない動作でその縁を切ってしまった月読にも驚きだ。
(なぜ、今日会ったときに気づかなかったんだろう? この人、神様だ)
だが、神の正体まではわからない。
日本だけでも多くの神がいる。初詣とお祭り以外で神社に行ったことがない夏樹には、神の名前なんてパッと思いつかない。
海外の神や魔族など尚更だ。
ルシファー一家のように、わかりやすければいいのだが、月読の正体にはまるで心当たりがなかった。
「しかし、まさか由良くんが異世界に勇者として召喚されてしまうとは思いませんでした。無事に帰ってきてくれたことはとても喜ばしいのですが、本来人が持つべきではない力を抱えてしまっているようですね。残念ですが、その力にまで干渉はできません。教師として、君が力を正しく使ってくれることを祈るばかりです」
「……俺が異世界に行ったことを知っているんですか?」
「はい。学校にいましたから、あれだけ近い距離で――たとえこちらの世界では一瞬の出来事だったとしても、気づきます。でも、安心してくださいね。気づいている神々なんてあまりいません。私も近くにいたからこそ気づけたのです。しかし――大変だったようですね」
月読は同情の瞳を夏樹に向けた。その瞳の奥では、怒りのような感情が込められているようにも見える。
「異世界召喚はときどきあります。基本的に世界間の干渉は禁止なのですが、それはあくまでも地球を始めとする複数の世界のお話です。ですが、君が召喚された世界は我々とは管轄がまるで違う異世界……ある意味本当の意味で異世界です」
「あの、よくわからないんですけど」
「わからなくて構いません。要するに、父やゴッドを始め、上の神々でさえ認識していない世界に飛ばされてしまったのだということですが、まあ、別に気にすることではありません」
「いいんですか?」
「構いません。こちらから関わるつもりはありません。もちろん、弟などの耳に入れば戦争だと騒ぐでしょうが、君のような被害者には申し訳ありませんが、大きな犠牲よりも小さな犠牲を選択します」
「はぁ。別に俺は帰って来れたんで気にしなくていいですよ」
「神として申し訳なく思います」
月読の言っていることはほとんどわからなかった。
とりあえず父と弟がいる神であることはわかった。
「月読先生には迷惑かけましたから、気にしないでください」
夏樹がそう言うと、月読の顔は青くなり、ひどく疲れた顔をした。
「本当に大変でした。松島明日香さんはもともと問題がある子でしたが、まさか体育館の空き部屋であのようなことをしているとは……」
「あのあとどうなりましたか?」
「権藤先生と私で確認にいきましたが、由良くんの言うようにバスケ部男子たちとお楽しみでした。男子たちは私たちに驚き逃げ出そうとしましたが、松島さんはあろうことか……先生たちも一緒にどうですか、などと言い出す始末で……」
「うわぁ」
「先月結婚したばかりの権藤先生は誤解されたらたまったものではないと大激怒です。親御さん、全員集合となりました」
はぁ、と月読が嘆息する。
権藤先生が結婚したことは知らなかったが、明日香の余計な一言で権藤や月読があらぬ誤解を受けても困ることは十分に理解できる。
人として、教師として万が一誤解などされたら人生が終わるだろう。
(にしても、あの女もすごいなぁ。先生に見つかってきゃーとかじゃなくて、一緒にどうですかって、もう強者じゃん。勇者もびっくり!)
現場を想像すると、異世界の光景とは違った意味で吐き気を催しそうだったのでやめておいた。
「それで、あの、そいつらの処分はどうなるんですか?」
「バスケ部は廃部です」
「うわぉ」
「表沙汰になる可能性も十分にあり得るので、厳しい対応を取ることとなりました。権藤先生は顧問の仕事がなくなったので早く帰れると喜んでいましたね。もちろん、気づかなかった権藤先生にも問題あり、という声が他ならぬ権藤先生本人から出ていましたが、その辺りは大人だけで話をつけるつもりです」
バスケ部廃部とは厳しいことだ。
関わっていなかった生徒たちはいい迷惑だろうが、団体競技なので連帯責任を取ってもらうしかない。
バスケ部の生徒が学校で居場所をなくそうと、陰口を叩かれようと、夏樹の知ったことではない。
「生徒たちの中には転校する子も出てくるでしょう。もちろん、そんな簡単にできるものではありませんが……」
聞けば、高校のバスケ部に誘われていた生徒や、バスケ推薦を目指していた生徒もいたようだ。
間違いなく話はなくなるだろう。
「松島明日香さんですが、ご両親がひどくお怒りになりました」
「でしょうね!」
「まだ本決定ではありませんが、ご両親の意向で父方の実家に引っ越し、近くにある全寮制の女子校に転校させたいと言っていました」
「よっしゃ!」
「……由良くん」
「あ、ごめんなさい。でもね、あいつらうざくてうざくて!」
「松島さんは、転校の話がどうなるかまだ正式に決まったわけではないですが、家から出さないようです。学校側としても、一週間の停学処分を出しました」
少なくとも一週間は、うまくいけばその後ももう明日香に悩まされることはないことに夏樹は安堵した。
問題がひとつ解決すると、次に気になることを聞いてみたくなる。
「あの、月読先生」
「なんでしょうか?」
「先生って神様ですよね? お名前を聞いてもいいですか?」
「――え?」
「え?」
笑顔を浮かべていた月読が硬直してしまったので、夏樹は首を傾げた。
正体を聞いてはいけなかったのだろうか、と少し不安になる。
「……これは、名乗らずに申し訳ありませんでした。いえ、私の名前がそのまま神としての名前なのですが、まさか気づいてもらえないとは。最近はネットも普及したので名を認知されていると思っていましたが、自惚れていたようですね」
悲しげにそう言った月読から、とんでもない神気が放たれた。
「うぉ!?」
サタンの力は巧妙に隠してあったので上辺しか感じられなかったが、異世界から帰還してからサタンを抜いて最も力がある存在と出会ったと思う。
「――では、改めて自己紹介を。私は月読命。日本を代表する、マイナー神です!」
明日香さんとバスケ部終了のお知らせ。
実は、月読先生は月読様でした! わかった方、いたかなー?