第八十一話 ククリアからの助言
「グランデイル王国が動き出した? でも、一体どうしたっていうんだ。もの凄い大軍じゃないかよ!」
グランデイル王国主催の、異世界の勇者のお披露目会でもあったアッサム要塞攻略作戦の後――。
魔王軍から取り返したアッサム要塞は、遠征してきたグランデイル王国軍によって占領されているらしい。
その軍勢が今回は全て動員され、魔王軍の領土への大大規模な進軍を開始したという。
「それが……突然の発表だったので、ボクにもまだ全容は分かっていないのです。今回の遠征はグランデイル王国が魔王軍によって受けた『深刻な被害』に対する報復戦という名目で行われるそうです。遠征軍は一路、西を目指し。25年前に赤魔龍公爵によって制圧された、ミランダ王国の奪還を目標とするようです」
「魔王軍に対する報復戦、それも深刻な被害……? グランデイル王国に所属する街か何かが、魔王軍の攻撃でも受けたというのか?」
たしか合流した紗和乃達の話を聞いても、そんな情報は特になかったはずだ。
グランデイル王国は大陸の東に位置する大国だ。
魔王軍の直接の攻撃を受けているのは、西にある西方3ヶ国のはずだから。それらの国々を飛び越えて、魔物達が東のグランデイル王国に直接攻めこむなんて事があり得るのだろうか?
「……分かりません。詳細の発表は後日、グランデイル王国軍の代表が行うとの事でした。しかも今回はグランデイル王国女王クルセイスの名で、世界各国に対してこの報復戦への参加を呼びかけています。既に西方3ヶ国連合のカルツェン王国、カルタロス王国が参加を表明しています。更に今まで魔王軍との戦いには消極的だった、大陸の南にある大国――『バーディア帝国』も今回の遠征に参加を表明したのです。おそらく遠征に参加する連合軍の合計は20万人を超えるでしょう」
「20万人……!? そんなに凄い数の騎士団が集まるのかよ! それじゃあもう、そのまま魔王軍を一気に殲滅してやろうぜ、ってぐらいの規模じゃないか。何でグランデイル王国の女王が呼びかけただけで、今回は世界中からそんなに凄い数の騎士団が集まったりするんだ?」
俺の疑問に対して、ククリアは困ったような表情を浮かべる。
「おそらく、それは……コンビニの勇者殿の知名度のせいではないかと思います」
「俺の知名度のせい? それは一体どういう意味だ?」
グランデイル王国から追放されて。とっくに王国から離れている俺が、何でその大遠征で世界中の国の軍隊が集まる理由になったりするんだ?
もう、グランデイル王国も女王のクルセイスも、俺にとってはただ薄気味悪い存在だし、迷惑でしかないぞ。
「今回の大遠征では、グランデイル王国は自国に所属する全ての異世界の勇者を参加させると宣伝しています。その為、おそらくクルセイスの真の婚約者であると噂されているコンビニの勇者殿も、今回の遠征に参加するのでは――と、世界の首脳達が勝手に期待しているのでしょう。コンビニの勇者殿の名前は今や、各国の王族達の間では知れ渡っていますからね。コンビニの勇者殿がいれば、魔王軍には負けないと彼らは信じているのです」
「ちょっと待ってくれよ! 俺はもうグランデイル王国なんかとつるむ気は全然ないのに。何で勝手に俺が、グランデイルの遠征に参加すると思われちゃってるんだよ?」
倉持が逮捕されたという、ざまぁニュースは俺も聞いてはいるけど。
それでも、あんな不気味な国とはもう今後一切関わりたくはない。ただでさえ裏で女神教が暗躍しているなんて情報もあるのに、どうしてそんな事になっているんだ。
「今回の事に関しては……残念ながら、クルセイスの作戦勝ちとしか言いようがありません。世界の国々の首脳達は、グランデイル王国とコンビニの勇者殿との間にある確執を知らないのです。騒ぎの元となった不死者の勇者を逮捕し、真の婚約者であるコンビニの勇者殿を歓迎しますと、クルセイスは世界に向けて発表しました。そしてそのタイミングで今回の大遠征です。おそらく、コンビニの勇者殿がグランデイル軍に参加をしてくれる……と、各国が期待するのはしょうがない事だと思います」
「じゃあ俺が、クルセイスの期待にわざわざ応えてやる必要は全くないよな? グランデイル王国主催の今回の遠征に、俺は参加する気なんて全然無いぞ」
「それが……そうもいかない所が、この遠征計画の悪辣な所だと思います」
ククリアが顔を歪めて、渋い表情をする。
「世界中の騎士が集まる今回の遠征には、グランデイル王国に残る全ての勇者はもちろん、世界各国に現在在籍している他の異世界の勇者達も参加するでしょう。コンビニの勇者殿が彼らと再会して、そして彼らの中から無駄な犠牲者を出さないようにするには、何らかの形で今回の作戦に参加せざるを得ないだろう……と。きっとグランデイル王国は計算しているのだと思います」
……何なんだよ、それ。
くっそ、やってくれるなクルセイス!
それとも実はこれも、倉持達の策略だったりはしないだろうな?
紗和乃達の話を聞く限りだと、アッサム要塞攻略戦でも、平然と仲間のクラスメイトを見捨てたりしたみたいだしな。仲間を餌にして俺をおびきよせるとか、普通にアイツならしかねない気がする。
「ククリア……。正直に言ってくれ。ぶっちゃけ、今回のこの遠征は『罠』だと君は思うか?」
「……ハイ。100%罠である事は間違いないでしょう。コンビニの勇者殿が遠征軍に参加した時に、彼らは『何かの作戦』を実行しようと画策しているのだと思います。クルセイスが女神教とも、密接に繋がっているのだとしたら。今回の件は、女神教が陰から仕掛けてきた罠だという可能性もあり得ます」
「そうか。罠だと分かっていても、クラスのみんなを見捨てる訳にはいかないと考えている俺は、今回の遠征には参加せざる得ないって訳か。それにグランデイル王国が各国の前で発表すると言っている『深刻な被害』とやらも、その内容が気になるしな」
よくは分からないが、何か胸騒ぎがするんだ。
グランデイル王国にはまだ、俺の親友の杉田も残っている。他にも1軍の勇者の香苗美花や、その他に合計8人の2軍の勇者達もまだ残ってるはずだ。
もちろん倉持をはじめとする、倉持派の4人の勇者達だってまだ残っている。
王都で暮らしていた3軍の勇者達は、俺が全員……無理矢理連れ去ってしまったけど。
世界各国から見れば、グランデイルは最も実力がある世界のリーダー的な存在である事は間違いないだろう。そしてクルセイスの真の婚約者扱いを勝手にされている俺も、まだグランデイル王国に所属している勇者だと思われてしまっているらしいからな。
俺としては、他の勇者達を放っておくという選択肢は取れない。ここは何としでも、戦場で彼らと早めに合流しないといけないだろう。
そして出来る事なら、残った勇者達全員を危険なグランデイル王国から引き離したい。
こちらには紗和乃や玉木もいるから、みんなを説得しやすいと思う。
「ククリア、君の意見が聞きたいな。俺達は今回のグランデイル王国の遠征について、どう対処すべきだと思う?」
世界の叡智と呼ばれるククリアに、俺は今後の予定についての助言を求める事にする。
「そうですね。出来れば今回の遠征には参加せず、コンビニの勇者殿と、グランデイル王国は仲違いをしている事。そしてクルセイスとは関係がない事を公言して欲しい所なのですが……。他の異世界の勇者の方々の事を思うと、そうもいかないでしょう。何かしらの罠をあると知りながら飛び込むのであれば、こちらから先手を仕掛けるというのも良いかもしれません」
「こちらから先に仕掛ける? 具体的には何をすればいいんだ?」
「世界各国の遠征軍がまだミランダに集結をする前に、先にミランダ領に侵入し。そこで秘密裏に他の異世界の勇者の方々と連絡を取るのです。遠征が始まる前に、出来るだけ多くの勇者をコンビニ陣営に引き入れる事が出来たなら。世界各国の騎士団が集う場で――グランデイル王国とは今後、一切の繋がりを持たない事を発信しても良いかもしれませんね」
「なるほど。世界各国のリーダー達が集まる場を利用して、こっちが先に『グランデイルのクルセイスは、婚約者でも何でもない! ただのクソビッチだ!』って宣言してやれば良いんだな? その為にも他の国に所属しているクラスのみんなと、先に連絡を取り合う必要があると」
「そこまで過激な言葉で言う必要はないですが、そうですね……。クルセイスは『薄気味悪くて、目にするのも声をかけるのも嫌な、超絶クソババアだ!』――くらいの穏やかな表現に留めておくのはどうでしょうか? どちらにしてもグランデイル王国とはもう関わらないと、宣言はしておくべきだと思います」
俺よりククリアの言葉の方が、更に過激になっている気がするけど。まあ、そこは気にしないでおこう。
勝手に真の婚約者だとか宣言されて、困っているのは事実だしな。薄気味悪いストーカーには、こっちから先にお断りの言葉をかけておく必要があるだろう。
「……ですが、コンビニの勇者殿。これだけは気をつけて欲しい事があります」
ククリアが畏まって、俺の目を見つめてくる。
俺が注意して欲しい事、それは一体何だろう?
「コンビニの勇者殿は今の魔王軍を、4魔龍公爵を甘く見過ぎています。彼らは300年前に冬馬このは様が眠りについて以来、完全に理性を失い暴走しています」
「それはつまり、黒魔龍公爵や緑魔龍公爵達と話し合うのは、到底無理だと君は言いたいのか?」
「――ええ。正直にいうとそうです。例えば、ミランダ王国は25年前に赤魔龍公爵によって滅ぼされました。彼は当時、ミランダ王国の王都で暮らしていた多くの人々を一人残らず、全員ドラゴンの炎で焼き殺したのです」
「……………」
「そして今、現在――かつてミランダ王国だった領土を支配しているのは緑魔龍公爵です。彼女は赤魔龍公爵よりも残忍で、人間の事を虫けらとしか思っていません。西側にある街や村々で暮らしていた人々を、自分が操る魔物達を使い次々と滅ぼしていきました。その犠牲者はミランダ王国滅亡の比ではありません。おそらく数え切れない程の人々が、緑魔龍公爵によって殺害されているでしょう」
ククリアは淡々と、その残酷な事実を俺に伝えていく。
「今の魔王軍は女神教にとっても、数千年前にこの世界全てを支配したと言われる伝説の大魔王の再来とまで呼ばれる程に恐れられているのです。女神教は、『魔王を狩る者』と呼ばれる、遺伝能力を持つ者達だけで構成された、特殊な暗殺部隊を所持しています。ですが彼らをもってしても、この100年間……4魔龍公爵には全く歯が立たなったくらいなのです」
「なるほど。4魔龍公爵はある意味、女神教以上に恐ろしい残酷な奴らだという訳か……。どちらかと手を組めるなんて考えるのは、甘い事だと俺に言いたいんだな?」
「今回のグランデイル王国の遠征軍は20万人近い規模になると言われていますが……。数だけで勝てるのなら、100年以上も魔王軍との戦いは続いていません。もし今回、コンビニの勇者殿が戦いに参加されなかった時は、遠征軍は緑魔龍公爵一人によって全滅させられるとボクは思います。それほどまでに緑魔龍公爵の力は強大なのです。恐らく彼女は独自に作り出した大量の魔物達を戦場に解き放ち、遠征軍を全滅させようとしてくるでしょう」
俺のコンビニに、緑魔龍公爵が侵入してきた時は、レイチェルさんが撃退してくれたけれど……。
結局、緑魔龍公爵の本体は倒せなかったと言っていた。それくらいに手強い奴なのかもしれないな。
確かにあんなに趣味の悪いゾンビ達を大量に操るような奴だ。あのゾンビ達を戦場で無限に召喚されでもしたら、いくら騎士団の数が多くても勝てないかもしれない。
「全く……なかなかハードルが高いよな。クラスメイト達に先に連絡を取り合流した後で、俺は世界各国の代表達の前で、クルセイスとの決別宣言をする。そして遠征軍を全滅させたくなければ、戦闘にも直接参加をして緑魔龍公爵と戦う必要もあるって事なのか」
「コンビニの勇者殿が全てを救おうとするのなら、そうなります。どのみち今回の遠征は血みどろの戦いとなるでしょう。魔王軍も遠征軍も、どちらかが全滅するまで終わらない、熾烈な戦闘になる事は間違いありません」
目の前に迫る、大きな問題に悩む俺に。
ククリアは大切な事を伝えますと、最後に俺にアドバイスをくれた。
「コンビニの勇者殿。この世界の全ての人々を救おうとする事は、絶対に不可能な事なのです。動物園の勇者である冬馬このは様も、一緒に召喚された異世界の仲間を全てを失ってしまいました。過去の歴代の勇者達もそうです」
俺は黙って、ククリアの言葉にじっと耳を傾ける。
「コンビニの勇者殿も、いつか必ずそのような場面に遭遇する事があるでしょう……。その時に、冷静に自分を見失わないようにする事が大事なのです。人はいつかは死ぬのです。その中で、自分の仲間達だけは絶対に死なせない。例外なんだと、独りよがりな使命感を背負いこまないようにした方が良いでしょう。そうでないと、それを失った時の反動はより大きくなります」
「分かった……それは心に、しっかりと留めておくことにするよ」
「ありがとうございます。今回の遠征では、必ず多くの犠牲者が出るでしょう。なので、コンビニの勇者殿にはその事を決して忘れないようにして欲しいのです。例え大切な友人の方々を失っても、前を向いて、残っている人達の事を考えてあげて欲しい。コンビニの勇者殿の周りには、あなたを慕う沢山のご友人達がいるのですから……」