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月下に契る - 第三十四話:ふたりと、一軒
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第三十四話:ふたりと、一軒

かなり遅くなってしまいました。申し訳ありません!

ワタクシ反省です・・・。

「……おーい、カガリ。聞いてるか?」


「……ん? あ、うむ、聞いておるぞ。もちろんじゃとも」


「じゃあ今なんて言った?」


「……えっと……ぬ? 今のは……その……」


凛夜は深いため息をひとつ。


どうやら、全く聞いていなかったらしい。


隣を歩くカガリは、顔をほんのり赤らめ、どこかふわふわと浮いているような足取りだった。


それもそのはず、今日は――ふたりで新居探しをする、大切な日だった。


半年以上続いた寮での生活に一区切りをつけよう、と話し合ったのが昨日のこと。


凛夜の「そろそろ、ふたりで家を探さないか?」という提案に、カガリはほとんど意識を手放しかけ、それ以来、終始この調子である。


「……『みっしょん』じゃ。これは一世一代の『でーと』であり、家という名の聖域を選びし、神聖なる儀式……!」


「いや、儀式ってほどじゃ――」


「儀式なんじゃ!」


真顔でピシャリと断言され、凛夜は思わず口をつぐんだ。



いくつかの物件を見て回ったが、どれも一長一短。決定打には欠ける。


そんな中、最後に訪れた一軒家があった。


逢魔の中心部から少し離れた、小さな山の麓に広がる静かな住宅街の端に、それはぽつんと佇んでいた。


――日本家屋。それも、少し年季の入った平屋建て。


古民家と言って差し支えないだろう。ところどころに時代の味わいがにじむ造りだった。


しっかりとした梁と柱、どこか懐かしい畳の香り。中庭には季節の花々が控えめに咲き、静かな風がそっと通り抜けていく。


凛夜はなぜか、その場に立った瞬間、深く息を吐いていた。


胸の奥に引っかかっていた小さな棘のようなものが、ふと抜け落ちたような感覚だった。


「……いいな、ここ」


そう呟き、隣を見やる。


「カガリ、おまえは?」


しかしカガリは、門をくぐってからずっと一歩も動かず、その場に立ち尽くしていた。


まるで、そこに立っていることすら精一杯のように。


「……おい、大丈夫か?」


「……」


返事はない。ただ、表情に険しさや戸惑いはなかった。


代わりに、何かに圧倒されているような、そんな面持ちだった。


「嫌か?」


「……ちがう。嫌などでは、ない。むしろ……あまりにも、居心地がよすぎて……怖くなるくらいじゃ……」


ぽつりと、カガリがつぶやく。


「まるで……この家に、迎え入れられておるような……そんな、気がしての」


不思議と、凛夜にもその感覚は分かった。


家がふたりを見守ってくれている――そんな錯覚すら覚えるような、優しい空気がそこにはあった。


「なら、ここにしよう。おまえと、俺の“家”として」


そう言うと、カガリはほんの少し間を置いてから、ふわりと頷いた。


その瞳は、ほんのりと潤んでいるようにも見えた。



遠く、風に揺れる竹林の陰に、ひとつの人影があった。


紅明――逢魔特区を陰から支える、“異界の門の守り人”である異能者。


飄々としたその姿が、珍しく真剣な表情でふたりを見下ろしていた。


「へぇ……あいつら、あの家を選びやがるか。なかなかどうして……」

(それとも…お前が呼んだのか?)


口元がわずかに釣り上がる。


「ヒヨッコどもにしちゃあ、悪くねぇ選択だよ。その家――“大切”にしてやんな」


そう呟き、踵を返す紅明。


まるで何かを見届けたように。あるいは、何かを託したように。



ふたりは、家の中を歩いた。


畳の上を踏みしめるたび、足音が柔らかく響く。


縁側に並んで腰を下ろせば、庭の風がそっと頬を撫でていった。


「……変な家じゃのう」


カガリがぽつりとつぶやく。


「変、か?」


「うむ。変じゃ。だが……悪い変ではない。妙に、心地がよい。なんというか……この家に、包まれておるような気がしての」


凛夜も、静かに頷いた。


不思議なほど落ち着くのだ。


初めて来たはずなのに、どこか懐かしく、優しい。


無言のまま、背を預けさせてくれるような、そんな安心感。


「……カガリ」


「うむ……儂も、ここが良い」


短く交わした言葉の中に、確かな想いが宿っていた。


ふたりは迷わなかった。


この家に、決めた。


これから共に生きていく場所。ふたりで、夫婦として歩んでいく場所。


いや――正確には、


ふたりと、一軒。


まるで、この家もまた“家族”の一員であるかのように。


新たな生活が、静かに始まろうとしていた。

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