第五十七話:宗雅の章3:静かな想い
陰陽寮の書庫は、静謐そのものだった。
古びた巻物の匂いが満ち、外の喧騒を遠く遮断する。
縁は一人、書架の前に立っていた。
その手には、薄く繊細な巻物が握られている。
彼女の瞳は穏やかで、でもどこか遠くを見つめていた。
静かな声に、背後から宗雅が近づく。
「縁殿、何を読んでおるのだ?」
「これは宗雅さま!」
「これは、古い術式の記録です。癒やしの力に関するもの。まだ未完成の術が多いのですが……」
縁は微笑んだ。
その微笑みには、優しさと決意が混じっていた。
「紅明お兄ちゃんが最近、少し疲れているように見えて……私にできることがあればと」
宗雅は彼女の言葉に耳を澄ませながら、ふと考えた。
紅明の奔放な風のような性格の裏には、誰にも見せぬ疲労が確かにあった。
「彼にとって、貴殿は特別な存在なのか?」
宗雅はためらいなく尋ねた。
縁は一瞬、視線を伏せた。
「いえ、どうでしょう…妹…のように思われているのかも知れません。けれど、私の想いは――」
言葉を切る縁に、宗雅はそっと言った。
「想いを伝えることは、時に勇気がいる。だがそれは人を守る力にもなるのだ」
縁は静かに頷き、目の奥に微かな光を灯した。
「宗雅さまの言葉に、心が軽くなりました」
その時、ふと書庫の扉が開いた。
紅明が現れた。額に薄く汗を浮かべ、表情は少しだけ曇っている。
「縁……何をしていた?」
「紅明お兄ちゃん、少し休んで?。私が支えるから」
紅明は恥ずかしそうに笑った。
「ありがとな。お前がいるから、俺は少しでも前に進める」
宗雅は二人の様子を静かに見守りながら、胸に深い感慨を抱いた。
(この穏やかな想いこそが、調和の真髄――)と。
そして彼は心に誓った。
「どんな困難が訪れても、この絆を守り抜くと」