第七十八話:正邪、相まみえる
「――いでよ、霊獣・白澤!」
叫びと共に、凛夜が掌を天に翳す。次の瞬間、眩い光が奔り、虚空を割って白き霊獣が現れた。
六本の足、二本の角、聡明なる眼を持つ霊獣――白澤。雷を纏いしその姿は、神獣の如く荘厳。
「行け、白澤――紫電をもって、闇を裂け!」
角から放たれる雷光が、冥道へと奔る。だが――
「ふん、効かぬわ。今さら、白澤ごときで我を止められるか」
冥道は微動だにしない。紫電を身に受けながらも、まるでかすり傷のように払い除ける。
だが、それでよかった。紫電が散ったその刹那――
「火鱗業演舞!」
炎の旋律が、冥道の側面から巻き上がる。カガリが影の如く現れ、妖力を纏った炎を蛇のように纏わせた。
灼熱が冥道を包む。だが、裂帛の気合が響いた。
「破!!」
咆哮と共に、業火が砕ける。
「次は我の番だ。貴様ら、邪魔だ……我羅飛輪!」
空間がねじれ、冥道の周囲に四枚の呪輪が浮かび上がる。鋭利な刃のような呪輪が、唸りを上げて旋回する。
二枚が白澤を直撃した。悲鳴を上げる暇もなく、神獣は霧散した。
「おまけだ」
残り二枚が凛夜に向かって放たれる。
「――護法陣・紬!」
凛夜が素早く印を切り、足元に幾重にも重なる光輪を展開。呪輪の刃が衝突し、光とともに砕け散った。
「今だ!」
カガリが追撃に移る。
「ゆけ――炎狐来生!」
彼女の掌から放たれた炎が、空中で二匹の狐の姿をとる。紅き炎と蒼き炎――双炎の狐が冥道に絡みつき、燃え上がる。
「むぅ……小癪な」
冥道の顔が僅かに歪む。
「土令召雷!」
凛夜の術が続く。地に印が刻まれ、大地の霊脈を呼び起こし、地雷を顕現する。雷鳴と共に、天より怒りが降り注ぐ。
雷撃と炎が重なり、冥道の身を貫いた。
「ぐおおおおおッ!!」
初めて、冥道が苦悶の声を上げる。
(やれる……じいさんの戦いは、無駄じゃなかった)
凛夜は確信する。紅明との激戦で、冥道は明らかに動きに精彩を欠いている。追い詰められているのだ。
「カガリ、畳み掛けるぞ!」
「心得た!」
凛夜が印を切り、詠じる。
「木、火、土、金、水――五行!」
五つの光が収束し、術式の形を成す。
カガリがそれに重ねる。
「来たれ、赤炎! 舞え、蒼炎! 交わるは業火の舞!――双炎・火輪絶華!」
二人の術が一つとなり、紫炎が冥道を襲う。
「――滅殺!」「――葬送!」
五行の光が冥道を穿ち、双炎の輪が冥道を包む。だが――
「外典衝爆陣……!」
冥道の足元から黒き陣が浮かび上がる。莫大な呪力が地を揺らし、二人の術式と正面から激突。
――押し負けた。
凛夜とカガリの術は呑まれ、爆風が二人を弾き飛ばした。
「ぐぅっ!」「くっ……!」
地に転がり、凛夜が咳き込み、カガリが呻く。
冥道が、血に塗れたまま、なおも静かな足取りで近づいてくる。
「これで終わりだ……久遠凛夜よ。我の糧となるがいい」
その声は、静かで、確信に満ちていた。
――だが、戦場には、もう一つの命の灯火があった。
「凛夜くん! カガリさん!!」
美奈子の声が響く。しかし、彼女は動けない。
彼女の腕の中には――瀕死の紅明。
骨が折れ、内臓が損傷し、血が止まらない。霊力も残りわずか。生きているのが奇跡だった。
「ダメ……手を止めたら、死ぬ……!」
美奈子の手は、止まらない。止めるわけにはいかない。
彼女は、紅明の命を繋ぎながら、歯を食いしばった。
「……皆、死なないで……お願い……!」
戦場の中心で、命が、ぶつかり合っていた。