第八十四話:想い、重ねて
異界の門が、唸りを上げて揺れていた。
一度は封じられかけたはずのその扉が、再び軋み、裂け目の奥から禍々しき瘴気が噴き出している。異界の妖魔たちが、こちらの世界へと殺到しようとしていた。
その場に立つ凛夜は、全員を見渡した。背後には逢魔の仲間たち、そして、今を共に戦う同志たちがいた。
──これで終わらせる。
「……力を、貸してくれ。終わりにしよう」
静かながら、強い覚悟を込めたその声に、皆が振り返る。
「言われるまでもねぇ。俺が二属性を担ってやる。お前は術式の制御を…こなしてみせな」
紅明が、口元に炎のような笑みを浮かべて答えた。
「はい、やりましょう、凛夜さん!」
縁が頷き、微笑みながら前へ出る。風に揺れる髪、その瞳には、未来を見据えた光があった。
「凛夜くん、私の力も貸すわ」
美奈子も力強く名乗り出る。彼女の手には、すでに霊式銃が構えられていた。
「儂は、常にお主と一緒じゃ」
カガリは、一歩前に出た。静かな口調の中に、揺るぎない忠誠と絆が宿っていた。
──その時だった。
「何やら、立て込んでおるようじゃな」
後方から、くぐもった声が響いた。
「どれ……儂も、もう一踏ん張りしようか」
その声に振り返った全員の瞳が、見開かれる。
忌部楓馬。
全身傷だらけ。血に濡れた衣のまま、肩で息をしながら歩いてくる。だが、その眼には、どの者にも負けぬ意思の火が燃えていた。
「暴乱鬼を仕留めてきた……じゃが、こちらは一筋縄ではいかんようじゃな」
「副長官……」
凛夜は、楓馬の姿に胸を熱くしながらも、ただ短くうなずいた。
そして、全員が前に並ぶ。6人が揃った。
異界の門を前に、今こそ七理が揃う時。
凛夜が、一歩前へ進み、詠唱を開始する。
「陰を転じて、陽と成す!」
カガリが続く。
「陽を転じて、陰と成す!」
紅明の想いを背負った声が、空を揺らす。
「木が燃ゆり!」
縁の声が、大地を震わせる。
「土を育み!」
楓馬が、重く力強く叫ぶ。
「金を生み出し!」
美奈子が、澄んだ声で唱える。
「水が溢れる!」
七つの理が、一つに重なる。
それぞれの詠唱に、想いが込められていた。
──陰陽。相反するものの調和。
──木火土金水。循環する命の輪。
全員が同時に、力ある言葉を放つ。
「七天──滅殺ッ!!」
その瞬間、空が七色に輝いた。
七つの理が、極彩色の奔流となり、異界の門をこじ開けようとしていた無数の妖魔を、音もなく包み込む。悲鳴すら発せられず、ただ、泡のように消えていった。
凛夜が叫ぶ。
「今だ! 全員、印を!!」
六人が一斉に印を切る。その動きは完璧だった。迷いはない。
共に在る想いが、理と結びつき、空間に六芒星が浮かび上がる。
「封魔結界!」
鋼鉄のような霊の結界が空間を閉じ、異界の門はついに閉じられた。
──静寂。
すべてが、終わった。
緊張が解け、全員がその場にへたり込む。
倒れ込むように座る紅明の肩に、縁がそっと寄り添う。楓馬は地面に拳を突きながら、深く息を吐いた。
誰もが傷だらけだった。満身創痍だった。
それでも、みんな笑っていた。
静かに、しかし確かに。
凛夜が皆を見回し、柔らかく、けれど芯のある声で言った。
「帰ろうか。……俺たちの場所へ」
誰かが「うん」と呟いた。
それだけで、すべてが通じていた。
──彼らは、生き延びた。
この日、この戦いは、彼らにとってただの戦闘ではなかった。
想いを重ね、互いに託し、未来へと繋げた「誓い」そのものだった。