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妖霊異譚 - 河童化け 終幕
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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第四幕 河童化け
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河童化け 終幕

 銀座の大通りから社に向かう小道に入る。


 雄座の前を歩く月丸は懐の紙包を大事そうに抱えている。中身は月丸が所望していたご褒美、ワッフルをはじめケーキやクッキーなど、沢山の洋菓子が詰まっている。店で食べようと言う雄座に、月丸は「あやめの分も買って、社で皆で食べよう。」と持ち帰ったものだ。

 満面の笑みを浮かべながら、すっかり上機嫌の月丸に目を遣りつつも、雄座の耳は街の喧騒の中から、気になる言葉を追う。


(おい、今朝方、汐留川の下流に雷さんが落ちたってよ。)


(聞いたよ。雷のせいで汐留川の縁が抉れちまったそうじゃないか。何かの祟りじゃねえかって話だ。)


(危ないってんで、今は警察が通行止めにしちまってるらしい。)


(対岸から見えるらしいぞ。行ってみようや。)



 佳乃と千代を見届け、洋菓子屋に向かうまでの間、幾度となく聞いた噂話である。河童の祟りだの、雷様がお怒りだのと、人々の噂は絶え間ない。無論、月丸にも聞こえているだろうと、雄座が声をかける。


「月丸。お前は雷様なのだそうだぞ。」


 月丸は前を向いたまま、雄座の言葉に返す。


「河童の祟りとも聞こえたがな。まあ、あれくらいの術で無ければ、あの穴を壊す事ができなかったのでな。雷様の仕業と思ってもらった方が丁度良い。」


 月丸が目を合わさず語る時、それは言葉とは異なる事を内に持っている時である。雄座にはそう思えた。佳乃と千代を救った。しかし、救えなかった者も居たのは確かだ。だからこそ月丸はあの穴の中で亡くなった娘達の魂を癒し、体を解放するためにあの穴を壊したのだろう。できる事ならば、救ってやりたかった。そんな想いを月丸の言葉から感じた。


 雄座は前を歩く月丸の頭をくしゃくしゃと撫でた。幼い月丸は雄座の腰程の背丈である。雄座が撫でる度体が左右に揺れた。


「月丸が今出来る最善を尽くしたのだ。気に病む必要はない。」


 洋菓子を守る為に雄座の手から駆け出し逃れる月丸。


「突然何だ。菓子を落としてしまったらどうする。」


 頬を膨らませて怒る月丸。すまんすまんと笑う雄座につられ、直ぐに笑みに戻る。二人並び、歩き出すと、月丸が語りはじめた。


「昨日のあれは河童化け、という愚かな人の成れの果てだ。」


 月丸の言葉に雄座も驚く。


「あれが元々人だというのか?」


 月丸は雄座の言葉にこくりと頷くと、言葉を続ける。


「本来の河童は昨日聞いたとおり、大人しく人懐っこい。よく怪談なんかで語られる川に引き摺り込んだり、尻子玉、まあ、魂だが、それを抜いたりなんぞの悪さをするのは、決まって河童化けなのだ。」


 雄座もふむと頷く。伝承などでも、童と相撲を取って遊んだり、遊んでもらうために人の語を解すようになったりと、人に仇なす事のない逸話も多い。しかし、その反対に、人をおびき寄せ水に引き摺り込み命を奪う、人の体から尻子玉なるものを抜き出して殺めてしまう等、まるで正反対の逸話が並ぶ。成る程、別の妖怪であるなら異なる事も行うであろうし、人から見れば一括りに河童なのだろう。そんな事を考えていると、月丸が語りを続けた。


「昔からな、河童を喰らうとその妖気を取り込み、神通力を授かるなどという馬鹿げた話がある。何の事はない。人は妖怪には勝てないが、河童には勝てる。人でない者は悪者であり、退治される対象だ。

 そして昔から、たまに現れる河童化けは、その話を信じて、実際に河童の力を得た者。人が河童に化けた者なのだ。」


 歩きながら雄座は月丸の言葉に聞き入る。だが疑問が生じる。


「ならば、河童を喰らうと皆河童になるのか?」


 雄座の問いに月丸は首を横に振る。


「雄座はこれまで何度、鳥を食べた?それでもお前さんに羽根は生えてこないだろう?それと同じ事で、河童を喰らったからといって、河童化けになるわけではない。」


「確かに。では何故、河童化けが生まれるのだ?」


 てふてふと歩きながら月丸に問う雄座。先の角を曲がれば社が見えるが、雄座は話の続きを聴きたい。そんな雄座の想いを知るかの様に月丸がやはり歩きながら言葉を続ける。


「人が持つ欲望、怨念、それが強ければ強いほど、やがてそれは呪いとなり自らを覆い尽くす。その呪いは、本来人が持ち得ない妖気を取り込む事で、まるで妖怪の様に変化してしまうのだ。妖気を取り込む為に犠牲となるのが稚拙で脆弱な河童なのだろうな。」


 月丸は一つ大きな溜息を溢し、言葉を続ける。


「昨晩のは、女を怨みながらも色欲に塗れていた。女を望み、しかし拒絶され、愚弄され、それが恨みとなったのだ。それが呪いと化し、河童を喰らいて化け物となったのだ。」


 雄座が唖然とした声で言葉を漏らす。


「たったそれだけのことで…」


 月丸はこくりと頷く。


「事の大小関係なく、人は怨みを持つ。妬みを持つ。欲を持つ。それが何かのきっかけで、邪な力となる。その力に飲まれた、哀れな人だな。」


 今度は雄座が頷く。確かに人というのは他人に愚弄されれば怒りが湧くし、それを恨む事も考えられる。何とかして見返してやろうとする者も居るだろう。それこそ一昔は面子のため、立身出世のため、色事のため、斬ったり斬られたりという時代もあった。他人から見れば些細な理由であっても、当事者にとってはその些細な事があまりにも重大な事になるのだろう。何となく理解はできる。ただ、それを肯定は出来ない。


「それでも、悪いものは悪い。娘にしろ、河童もどきにしろ、河童化けが命を粗末にして良い道理はないと思う。」


 そう呟く雄座を横目に見ながら、月丸はふむ、と声を漏らす。


「あの河童もどきの亡骸達は、河童化けに尻子玉を抜かれた者達だ。尻子玉を抜かれると、その者はずっと河童化けに魂を拘束され、傀儡となる。そして、その者は死す瞬間を解放されるまで味わうことになる。何とも酷い術だ。」


 月丸は鳥居が近付いたところで、話しながら雄座の手を握った。雄座も慣れたもので、握り返す。


「お前は、あの河童化けの様にはならないでくれ。」


 冗談とも、本気とも取れる物言いをする月丸に、雄座は笑って答えた。


「俺がそんな奴だったら、とっくに悪さでもして貧乏から抜け出ているよ。心配するな。」


 雄座の言葉に月丸もうん、と頷き、二人は鳥居をくぐった。月丸の分身はいつもの通り、鳥居をくぐると雄座の手を離し、拝殿へと小走りに駆け出す。


「おかえりなさい。雄座さん。」


 雄座がその声に、月丸の分身が向かう拝殿のいつもの濡縁に目をやると、そこには月丸とあやめが座って居る。雄座もてふてふと二人の元へと向かった。


「あやめさん。来ていたのか。」


 昨晩、事が一段落した後、一旦は神田家に戻っていた。昨晩は和装でいたあやめも今は洋装に身を包み、改めて事の結末を聞くために社を訪れていた。

 月丸は分身から菓子の入った紙袋を受け取ると、分身に礼を言い、頭を撫でた。分身はふわりと淡く光ると、一輪の花に戻った。月丸は紙袋を横に置くと、縁から降りて花を元に戻す。その姿を雄座は見守る。


「さぁ、みんなで食べよう。あやめが紅茶を持ってきてくれたんだ。」


 そう言いながら振り返る月丸は満面の笑みを浮かべる。そんな月丸を見ながら雄座は悟る。


「そうか。あやめさんが来ていたから、店で持って帰ろうと言ったのだな。」


 雄座の言葉にあやめも喜ぶ。


「わぁ嬉しい。私の分もあるんですか?」


 いつもの穏やかな笑みではなく、嬉しそうな笑顔のまま、月丸が答える。


「勿論だ。あやめも頑張ってくれたのだし、雄座からのご褒美を俺だけもらってはあやめに悪いしな。」


 湯を汲んでくる。そう言いながら奥に下がった月丸。雄座はあやめの横に腰を下ろした。


「佳乃さんと千代さんは無事に置屋に戻ったよ。」


 そう言う雄座にあやめも頷く。


「はい。雄座さんが出かけて居る間に月丸さんから聞きました。本当に良かったです。」


 あやめの安堵する声に雄座もふむ、と声を漏らす。実際はあの二人の記憶を騙しているに過ぎないのだろうが、これで良かったのだろうと思える。

 何より、あやめの月丸を呼ぶ時の「御妖霊」から「月丸さん」に変わった事が、嬉しくなる。

 そんな事を考える雄座に、あやめが悪戯な笑みを浮かべながら顔を近づける。


「そうそう。月ちゃんが落ちた時、雄座さんが怒って河童もどきに殴りかかった話をしたら、月丸さん、嬉しそうでしたよ。」


 バツの悪そうに頭を掻く雄座。


「そもそもあやめさんが倒してしまっただろう。何より俺が勝てるわけがなかったのだし。忘れてくれ。」


 そう言いながら、雄座はふと気付く。


「あやめさん?分身の事は「月ちゃん」と呼ぶが、月丸はさん付けなのか?」


 今度はあやめが照れる様な笑みを見せる。


「分身の姿だと、小さくて幼くて、可愛らしいじゃないですか。でも、本物の月丸さんは、位も高くて、落ち着いていて、綺麗だし、何となく同じ様に呼ぶのが恥ずかしくて。」


 雄座にとっては、見た目が変わるだけで全く同じ月丸であるが、あやめにとって、月丸と分身は異なる様だ。月丸自身も、月ちゃんと呼ばれ、御妖霊と呼ばれ、月丸さんと呼ばれ、まぁ忙しいものだ。それでもあやめが月丸に対して、徐々に心を開いているのを感じるのは心地良い。


 そうこうしていると月丸が湯を持ってきた。そのお湯であやめが紅茶を用意し、月丸は笑顔で菓子を取り出す。客観的に見ると、仲良さそうな娘二人がお茶の席を楽しそうに用意している様にしか見えない。昨晩の不快さが洗われるような心持ちで、二人の用意を待つことにした。


 日も昇っており、頬に当たる日差しが心地良い。日差しに温まるとさっと吹き抜ける風が頬を冷ます。何事も無い時間だ。昨日の事を忘れれば、尚、心地良いのだろう。ならばやはりあの二人の河童化けの記憶がなくなった事で、何事も無い、日常に帰る事ができたのはやはり良い事だったのだろう。雄座が一人納得すると、あやめが差し出した紅茶を啜った。

 それから暫くは、月丸が洋菓子に夢中となり、あやめと二人でそれが美味い、これも良いと賑やかな茶の席となった。当の雄座は、ワッフルとケーキを一つづつ食べただけで、その甘さに辟易し、もっぱら紅茶を啜るだけであった。

 やがて雄座は丸々一晩寝ずに動いていた事もあり、柱に背を預け、舟を漕ぎ始める。月丸はそれに気付き、立ち上がると、奥から薄手の掛布を持ってきて雄座にかけた。


「月丸さんはお優しいですね。」


 月丸の所作を見ながらあやめが呟く。月丸は笑みを浮かべ答える。


「最近は風が冷える。雄座に風邪でも引かれ寝込まれると、俺も面白くないしな。」


 口では素っ気ないが、月丸の目は眠る雄座を暖かく見る。掛布を掛け、雄座が起きない事を確認すると、月丸は元いた場所に腰を下ろした。食べかけていたケーキを菓子楊枝で一口大に切り、口に運びながらあやめに言う。


「あやめ。これから暫くは河童化けのような人に害成す悪妖が、ぱらぱらと出てきそうだ。多分、雄座は首を突っ込みたがるだろう。俺はここから自由に動けない。だから、もしもの時は力を貸してほしい。」


 あやめは頷く。


「はい。月丸さんと雄座さんの助けになるなら。でもあの様な輩が、多く現れるとはとても思えませんが…。」


 あやめの言葉を月丸が遮る。


「天狐の地の守護が消えた事で、今まで天狐を恐れて潜っていた者達が動き出すだろう。河童化けもその様であったよ。」


 天狐の護りし地が如何程なのかは月丸にもあやめにも判らないが、永きに渡り抑圧された者達が動き出すやもしれない。それはこの平穏な人々の日々に闇を落とす事となるだろう。あやめの顔が引き締まる。


「これでも人の守護者として古来よりある天狗の末裔です。混乱を及ぼす様な輩は私が討ち滅ぼしてみせます。」


 やる気を見せるあやめと対照的に、月丸は笑顔を崩さずにケーキを口に放り込む。


「まぁ、天狗の、あやめの力は十分にわかっているよ。多分、今、天狐が守護の代理を務められるのはお前さんくらいだろう。」


 月丸は一口、紅茶を啜ると言葉を続けた。


「今回、初めて判ったのだが、俺の分身は雄座から離れると、術も使えないほど力がなくなる。あの河童化けの洞穴で、雄座と離れて術も使えず、結界も張れず、お前さん達がもう少し遅ければ、俺も河童化けの餌食になっていたかも知れぬな。」


 そう言うと月丸はちらりと雄座を見る。それにつられ、あやめも雄座を見る。二人の目線の先には柱に寄り掛かり、だらしなく口を開けて眠る雄座。


「どうやら雄座は俺を社の外に引っ張り出してくれるだけでなく、結界の中の俺と外の俺を繋ぐ者であるらしい。妖霊なんぞと言われてはいるが、今の俺には雄座が居なければ社を守ることしかできない。」


 そう言う月丸の雄座を見る目は優しい。あやめは月丸の横顔を見ながら問う。


「雄座さんって…何者なんですか?」


 ふと微笑み、月丸は雄座に目を向けたまま答える。


「さてな。俺が知る雄座は、貧乏で、真面目で、優しい。ただの良い奴だよ。」


 言い終わると月丸はクッキーをひとつ、指で摘み口に放り込んだ。


「この地の護りはあやめに任せるよ。助けがいる時は言ってくれ。力になろう。」


 正義感の強いあやめは、月丸の言葉に力強く頷いた。それを笑顔のまま見ていた月丸が思い出した様に口に指を当て、言う。


「あ、先程の話は雄座には内緒だぞ。こいつは真面目だから、外で俺の側から離れなくなるやも知れん。」


 月丸の言葉に、あやめがころころと笑った。


 心地良い日差しと風を受けながら、月丸とあやめはゆるりとした茶会を楽しんだ。その横では静かに寝息を立てる雄座が居る。

 いつもの穏やかな境内を眺めつつ、三人は暫しの安らぎを味わった。

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