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妖霊異譚 - しき 弐
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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第陸幕 しき
33/181

しき 弐

 雄座は有楽町にある蕎麦屋で蕎麦を啜っていた。よくよく思えば、正月に食べた御節以来、まともな食事を取っていなかった。そこそこ懐具合には余裕があるものの、貧乏が馴染んでいる雄座は銀座の飯処には向かわず、安い蕎麦で満足していた。


 有楽町にも三年ほど前に鉄道が開通して以来、人の往来も多い。何より東京市役所もあり、勤め人が入るような、安くて美味しい店も多い。雄座にしてみれば、有名店や洒落た店よりは、こういった大衆食堂のような店の方が落ち着いた。今度月丸も連れてきてやろう。そう思いつつ、店を後にした。


 そのまま銀座の大通りに抜け、慣れた足で百貨店へと入っていく。高級品が並ぶ店々で、未だに買い物をする気にはなれない。しかし、すっかり慣れたこの洋菓子店だけは別である。客は相変わらず婦人が多いが、既に気にする事はない。いらっしゃいませと声を掛けてきた女給も、よく訪れる雄座の顔は見知っていた。


「ワッフルを四つ包んでもらえないかな。」


 これも雄座の決まった台詞である。女給も雄座の言う事をさも分かっているように、


「はい。いつものように包みますね。」


 などと冗談を言い、雄座を席に案内した。この洋菓子店では待っている間に紅茶が出される。それこそあやめに連れられて店に入って以降、一人で来た時は待っている間が気恥ずかしかったものだが、気が付けば割と寛げるものだ。そんな事を考えながらワッフルが届くのをのんびりと待った。


「お待たせいたしました。いつものワッフルでございます。」


 二十分程で、先程の女給がいつもの紙包を持ってやってきた。


「ああ、ありがとう。」


 雄座は礼を言うと、包みを受け取り、会計を済ませる。これもいつもと同じ動作だ。いつもと違うのは、店を出る際に、先程の女給から、

「今年もどうぞご贔屓に。」

と言われた事だろう。流石の雄座も、どうやら顔を覚えられているらしいことに気付き、苦笑いを浮かべた。


 月丸への土産も用意して、すたすたと景色を眺めながら社に向かう。元旦に通りかかった時は、軒並み正月飾りが入り口に置かれ、店は閉められていた。その静かな銀座も新鮮であったが、既に目の前に広がるのは、自動車の往来や雑多な人混み。いつもの賑わいのある銀座である。寝不足の疲労もある。人の波を避けながら歩く難儀なこの賑わいに、雄座の頬が自然と緩む。


「やはりこうでなくてはな。」


 一人呟くと、社のある小道へと入った。



「へぇ。なんだいありゃ?美味しそうな霊気を放ってる割に、てんで弱そうじゃないか。」


 大通りから雄座の姿を見ていた桃色の外套の女が肩を竦めながら隣に立つ黒尽くめの男に言う。しかし、男はやはり無言のままであったが、その目は雄座の後ろ姿を凝視する。


 男は懐から一枚の小さな短冊を取り出した。短冊には何やら文字が書かれている。それを見て、女が呟く。


「へぇ。随分と大盤振る舞いじゃないか。」


 女の声には耳を貸さず、男は短冊を宙に投げた。指を二本立て、口元に当て、何かを呟いている。男が口元に当てていた指で短冊に向けると、短冊はみるみる姿を変え、一羽の黒いからすが現れた。

 その姿は烏のそれではない。顔は猿に近く、歯をむき出しにして威嚇している。黒い体から生える足は、まるで人の腕のようである。にやー、にやーとその不気味な姿からは想像も付かぬ猫のような鳴き声。不気味な、歪な何かであった。


「行け。」


 男はその烏の異形に短く命じると、異形はにゃーと声を上げ、飛び立った。その姿を見送ると、男は後を追うように歩き出す。


「本当に、愛嬌のない男だねぇ。」


 連れの女は呆れたように呟くと、男の後ろを歩き始めた。




 

 道すがら、にやーにやーとやたらに猫の声が聞こえる。雄座は辺りを見回すが、猫の姿はない。何より、他の通行人は気にも留めていない。


「まぁ、猫なんぞどこにでも居るしな。」


 普段なら気に留めない猫の鳴き声が、何故気になったかは、自分でもわからないが、やたらと耳に入ってくる。既に目前の鳥居がある。猫の姿を探すのをやめて、鳥居をくぐろうとした。


にやーーーーーー!


 鳥居を抜けた瞬間、雄座の真後ろから大きく猫の叫びが聞こえ、雄座は不意に肩を竦めた。慌てて後ろを見ると、何もない。既に鳥居をくぐっているため、通行人からは雄座は見えていないが、道行く者はあれ程大きな猫の鳴き声が、まるでなかったかのように平然としている。


「何だ?やはり疲れているのかな?」


 何が起こったかわからないまま、鳥居の内側から往来を眺めていると、鳥居の下に半分が焼けたような一枚の紙切れが落ちている。気になって拾い上げると、ほぼ焦げて黒くなっているが、何やら小さく文字が書かれている。雄座は文字を読もうと紙を顔に近づけた。


「どうしたのだ?雄座。」


 不意の月丸の声に、雄座は振り向いた。


「ああ、鳥居の外側に塵紙が落ちていてな。何となく気になった。」


 紙を指でつまみ、月丸にひらりと見せると、月丸は、ほう、と声を漏らした。


「雄座よ。これが何か分かるか?」


 紙に顔を近づけて眺める月丸の問いに、雄座は首を捻る。


「ただの塵と思ったが、違うのか?」


 雄座の指からひょいと紙を取り上げると、月丸は自分の右手を広げ、紙を置いた。


「今は塵だな。だが…。」


 月丸は言葉を止め、左手で紙の上に円を描くように手を回した。すると紙切れは球状の淡い光に包まれた。


「見ていろ。」


 雄座が頷くのを確認すると、月丸は紙を包む淡い光の玉をぽんと空に投げる。雄座は何が起こるか分からず、月丸に言われたまま、その光の玉を見る。


 光の玉は落ちる事なく宙に留まる。


「姿を見せろ。」


 月丸の言葉に、紙切れは徐々に姿を変え、三尺程の大きな一羽のからすが現れた。そのあまりに歪な姿に雄座は顔を歪ませる。烏ではあるが、その顔は猿のそれである。そして足は人の男の腕のようである。

 その烏の羽は、紙が焼けていたからだろうか、片翼が焼け落ち、にゃーにゃーと叫びながら苦痛にその醜い猿の顔を歪ませる。


「…何だこれは…。」


 唖然とする雄座に、同じく烏に目を向けながら月丸が言う。


「こいつは式神だ。社を狙ったのか、俺を狙ったのか…。まあ、良いものではないな。」


 光の玉の中でばたばたと暴れ回る烏は、雄座を見つけると、牙を剥き出し、その足で光の玉を殴り付ける。その光景に、月丸が眉間に皺を寄せる。


「雄座を…襲おうとしたのか?」


 その刹那、光の玉は音も無く炎に包まれた。炎が消えた時、そこには光の玉も、禍々しい式神も、紙切れも無くなっていた。


 何も無くなった空を見上げたまま、捻り出すような声で雄座が言う。


「何だったのだ…。今のは……。」


 雄座の問いに答えることもなく、月丸は厳しい顔付きで、空を見上げていた。





「俺の式が壊された。」


 黒尽くめの男は、雄座の跡を追いながら誰に言うでもなく呟き、歩を速めた。女は、はぁ、とため息を溢すと、声を上げる。


「何だい。情けない。あの程度の奴に術を破られたのかい?使えないねぇ。」


 男は烏の消えた場所。鳥居の前に着いた。遅れて、歩いてきた女も到着する。二人には鳥居などは見えず、ただ、煉瓦造りの建物が並ぶ小道である。


「で、あんたの式神はどこに居るのさ?」


 女の声を背で受けながら、男は辺りを見回し、ぽつりと呟く。


「何だ?この辺りの気配は……。」


 女の問い掛けに応えることなく、男はこの辺りの不思議な気配を感じ、辺りを見回す。


「ちょっと!ドーマン!聞いてんのかい?式はどうしたって聞いてるんだよ!」


 苛立ったように女が男に声を荒げた。ドーマンと呼ばれる男は、仕方無しと言わんばかりに女の問いに答える。


「既に存在しない。完全に消滅させられたようだ。だがこの辺りに感じる違和感は何だ?先程の奴の霊気とも違う。」


 言い終わると、また女を無視するように、辺りを見回し、探り始めるドーマン。女にはその気配は感じないらしく、表情に苛立ちが浮かぶ。


「もういい。さっきの奴を探しに行くよ。」


 そう言うと、女はさっさと歩き出した。ドーマンは通りの壁に手を当て、何かを考えている風であったが、暫くすると、女の後を追うようにその場を去って行った。




 その光景を、月丸と雄座は境内から見ていた。声は聞こえないが、男の所作から、月丸の燃やした式神を探している風に見て取れた。


「どうやらあの二人が式神の飼い主らしいな。」


 月丸が呟くと、雄座が問う。


「確かに男の方はまるで鳥居を気にしているようで怪しかったが、見えていないのだろう?」


 雄座の問いに月丸はふむ、と頷くと、小屋の方へと歩き出した。


「ここでは寒いだろう?一先ず小屋で話をしよう。」


 すたすたと小屋へ向かう月丸の背を、雄座は慌てて追った。


 

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