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妖霊異譚 - 魑魅魍魎 四
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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第捌幕 魑魅魍魎
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魑魅魍魎 四

 雄座は流石にその瞬間、目を逸らした。あの不快な音で分かる。魍魎は月丸の現した龍に喰われたのであろう。

 精霊とはいえ、幼い娘の姿の者が龍に呑み込まれるのを見ていられなかった。



「はてさて。に強き陰陽師がおる。面白きかな。」


 とぼけた声に、雄座は、はっと目を開き声の方を見る。魍魎は変わらず狂ったように首を振っている。そして魍魎と月丸の間に、新たな異形がいる事に気付く。


「何だ…?こいつは…。」


 髪は茫々と埃をかぶった様に伸び汚れ、髭も汚く伸び放題で、老人の様な顔つきではあるが、生気もなく、ぼうっと月丸を見ている。何より歪なのが、その体。顔は浮浪の老人の様であるが、体は虎の様な、大きな猫の様ななりをしている。


「えっえっえっ…そうであろうよ?今の術は陰陽のもの。懐かしきよ。陰陽師」


 異形の後ろには魍魎。その前には、月丸が放った護符が破れ落ちている。竜の首は、その異形によって、噛みちぎられ、元の護符となっていた。どうやらあの不快な音は、龍の首が噛みちぎられた音であった様だ。


「えっえっ…願いが叶うた。恨めしい陰陽師に会えたわ。」


 そう言いながら、その異形はへらへらと不気味な笑みを浮かべながら、前足を踏み鳴らした。月丸は異形を睨みつけ、問う。



「スダマか?」



 その問いに異形は何が嬉しいのか、魍魎の周りを跳ねながら回り始めた。数周すると、ぴたりと動きを止め、月丸を生気のない目で見据え、答えた。


「知らんのか。魑魅ちみだ。」


 この答えに月丸が強張るのを雄座は感じた。そして月丸が魑魅を見据えたまま、小声で雄座に告げる。


「何も聞かず、言うことを聞け。俺が動いたら、直ぐにその家の影に入って、そのまま社に向かって全力で走れ。良いな。」


 月丸がそう言うのであれば、言うことを聞くしかない。いつになく真剣な月丸の声に、雄座は頷くしかなかった。

 雄座が頷いたのを確認すると、月丸は懐から更に護符を取り出した。それと同時に、雄座はとん、と一足飛びに路肩の店の間の小道に飛び込むと、言われた通りに駆け出した。


「んん?見えぬが、めしの匂いがする。」


 姿を隠されたまま駆ける雄座の方に魑魅は目を向け呟く。その声に、月丸は左手に護符を持ち、呪を唱えながら、右手を魑魅に向けた。



どん



 月丸の右手から放たれた光の玉は、刹那に轟音を立てて魑魅ちみに当てられた。すぐ様、月丸は先程と同様に、護符から龍を現し、魍魎もうりょうに放つ。龍が現れると同時に、両手を上げると、魑魅に向かって勢いよく振り下ろした。刹那。



どぉん。



 一本の大きな雷が、魑魅に向かって落ちた。

それと同時に、龍が魍魎に食らいつくのが見えた。雷によって砂埃が舞い、生死も判らぬが、ふらふらと影が見える。月丸は一足飛びに距離を詰めると、黒く焼けくすんだ魑魅である。右手を向けると、掌は強く光り、その光は魑魅の体を貫く。


 土煙が収まってくると、そこにはぼろぼろとなった魑魅。そして、月丸の後ろには、龍に喰われて首と肩口だけの魍魎が見えた。


「痛てぇよう。陰陽師の癖に妖術使いおった。何と恨めしい。」


 魑魅が感情のない声で恨みを述べる。その横で、首だけとなった魍魎も痛い、痛い、と悲痛な声を上げる。


「お前を放って置けば、この街の人を喰らい尽くす。怨みはないが、消えてもらう。」


 そう言うと、月丸は改めて手に妖気を込める。淡い光が辺りをぼうっと照らしたその時。


「おい!あそこだ。雷が落ちた所は。誰か倒れているぞ!子供もいる!」


 落雷の音を聞いたのか、三人ほどの男が月丸の元に駆け寄ってくる。皆同じ服を着ている。警官であった。


「だめだ!来るな!」


 月丸は咄嗟に振り向き吠えた。


 しかし、それは起こった。駆け寄ってくる警官は、一人、また一人と走りながら、ばたり、はだりと倒れていった。


「しまった…。」


 月丸が慌てて魑魅を見ると、そこにはぼろぼろの魑魅の姿はなく、現れた時と同じように、不快な笑いを浮かべながら、首をふらふらと振っている。


「すごいじゃろう?あやつらの魂を吸うたら、ほれ、元通りだぁ。じゃが、先程からお前は吸えん。何故じゃ?何故じゃ?」


 揶揄うように喋る魑魅に、月丸は咄嗟に掌に溜めた妖気を放った。月丸の妖気に吹き飛ばされる魑魅。しかし、吹き飛ばされはしたが、すくりと立ち上がると、前足をばたつかせながら飄々と笑い出した。


「怖い奴じゃ。強い奴じゃ。儂に手を上げるとは、腹の立つ奴じゃ。じゃが強い奴じゃ。逃げようぞ。魍魎。」


 月丸は魑魅の言葉に、はっと思い出したように振り返り、魍魎を見る。先程倒れた警官を、魍魎はこの一瞬で平らげていた。口元には血が滴り、口の端から茫々と溢れる白い炎を赤く見せた。警官を喰ったためか、月丸の術で無くなっていたはずの体が戻っている。


 月丸と目が合うと、魍魎は唸りを上げながらひと睨みし、ひょいと家屋の屋根に飛び上がると、闇に姿を消した。追うにしても、既に雄座からかなり離れているため、魑魅と魍魎を相手にするのは難しい。月丸は振り返り、魑魅を睨む。


「何故陰陽師を恨む?何故現れた?」


 月丸の言葉に、魑魅は不快そうに顔を向ける。


「陰陽の者が、儂を封じた。腹が立つであろう?名を吉房というた。憎々しい。」


 魑魅はゆっくりと月丸に背を向け、魍魎が消えていった方向にゆっくりと歩き出した。


「許すまじ。許すまじ。」



 抑揚のない魑魅の声が遠ざかってゆく。


 やがて辺りを静寂が包み、後に残されたのは、雷で穿った地面の穴と、その脇に置かれた梅の枝であった。






 雄座が息も絶え絶えに社に辿り着くと、珍しく深刻な顔で濡れ縁に腰掛けていたが、肩で息をしながら鳥居を潜った雄座に気付く。


「雄座。無事でよかった。」


 月丸は安心したように溜息を吐く。その姿に、相手が余程危険な者であったのかと想像する。


「魍魎はともかく、魑魅はいかん。」


 雄座は月丸の隣に腰掛けると、手拭いを懐から取り出し、汗を拭った。


 月丸が言うには、「魑魅ちみ」と「魍魎もうりょう」同時期に同じ場所に現れるらしい。そしてその恐ろしさから、「魑魅魍魎ちみもうりょう」等と古くから伝えられてきた。雄座はその言葉が悪行を成す妖怪全般を指すものだと思っていたが、如何やらそれぞれ別の妖怪であるらしい。


 「魑魅ちみ」は山の神である。人の顔を持ち、人の語を解する。だが体は山猫の様な姿である。四、五尺はある体は、猫というよりも、虎とも思える。だが、その本性は、己が欲のためだけに生きる神だという。そしてその欲とは、食欲。生きる者の魂を吸い喰らう事であった。しかも、触れる事なく、離れた場所でも、魑魅がその魂を感じていれば、魂を吸うことができる。昔から、魑魅が現れると、その土地の生きとし生ける者全てが居なくなってしまう程、面倒な存在であった。その為、月丸は自分の妖力が無くなることも厭わず、雄座を逃す事となったのだ。


 「魍魎もうりょう」はと言えば、邪神魑魅の瘴気により生まれ出た精霊である。姿は幼い娘の様な見た目をしている。さらさらと光を返す黒髪、大きな瞳。そして大きく尖った耳と言った精霊の風貌を成すが、その強欲のためか、骨をも砕くその口からは、常に茫々と白い焔を立てる。

 魍魎も魑魅同様、己が欲のままに動く。その欲とは、死体を喰らう事。やはり食欲である。ただ、生ある者に興味を持たず、山で死んだ者や病気で亡くなった物の遺体を喰らうのだと言う。

 何より、魑魅から生まれた精霊である。魑魅が魂を吸った抜け殻があれば、魍魎はそれを喰らい、欲を満たす。その結果、魑魅と魍魎に出会った者は、文字通り、髪の毛一本も残らないのだという。


 月丸の話を聞き、雄座は震えた。


「何とも恐ろしい山神が居たものだな。月丸は大丈夫だったのか?」


 雄座が訊ねると、月丸は首を横に振った。


「梅の木に悪い事をした。だが、突然だったので、辺りに結界を張っていなくてな。騒ぎに駆けつけた者が三人ほど、魑魅と魍魎に喰われてしまった。」


 月丸の言葉に、雄座は改めて身震いした。あの時、雄座の姿は月丸の結界により姿を隠してはいたものの、魑魅は人の姿や匂いではなく、魂を捉えるのだという。魑魅に捉えられていたが、月丸のおかげで魑魅の興味が雄座に移る前に、逃げることができた。だが、普段、妖怪と対峙する際は、辺りに人が近づかぬ様に結界を張る冷静な月丸が、それを忘れるほど、魑魅が自分にとって危険な存在であり、月丸ですら逃す事に意識を持っていかれ、冷静さを欠く相手であったのだ。

 月丸のおかげで無事に逃げ果せたが、犠牲が出たと聞いては素直に喜べなかった。月丸の複雑な表情も、雄座と同意である事を感じさせた。


「魑魅と魍魎。放っておいては、東京が大変な事になるのではないか?」


 雄座の言葉に月丸が頷く。


「ああ。東京はあいつにとっては喰うに困らぬ場所。放っておくわけにもゆくまい。」


 月丸としても、厄介な相手である。山神とはいえ魑魅は、月丸の相手ではない。しかし、対峙するには、側に雄座が必要である。たが、姿を隠す結界であっても、先の状況から、魑魅は雄座の存在に気付いていた。ならば、雄座を近付けるのは危険である。だが、相手はそれでも山神。分身の身で、雄座と離れて戦っても勝てるかどうか。


 悩む月丸に、雄座が声を掛ける。


「おい、月丸。あれ…。」


 そう声を掛けた雄座は、すっと立ち上がり、鳥居の方へと歩き出した。参道から左に逸れると、側の池の辺りでしゃがみ込む。立ち上がった雄座の腕には、すやすやと眠るナナシがいた。


「何だ。居なくなったのではなく、草の中で寝ていただけの様だな。」


 雄座は腕にナナシを抱いたまま、月丸の元へと戻ってきた。


「この社の中に気配はなかったが…。」


 月丸はそう言いながらも、拝殿を開くと、雄座は敷いてある布団にナナシを寝かせた。月丸を見ると、その顔にはいつもの笑みはなく、じっとナナシを見詰めている。


「月丸?」


 雄座が立ち上がりながら声を掛けると、はっとしたように月丸が答えた。


「ああ。何でもない。魑魅と魍魎、ナナシ。今度はまた、不可解な事柄だと思ってな。」


 月丸はそう言うと、笑みを戻し、拝殿を出た。雄座もそれに続き拝殿を出ると、二人して先程の濡れ縁に戻り、腰を下ろした。



「魑魅は、当時ときの陰陽師により封じられていたようだ。となれば、何者かが封を解いたために現れたのだろう。」


 月丸はうつろを見ながら呟いた。


「何者かが、意図して魑魅と魍魎を解き放ったと言うのか?」


 雄座の問いに月丸は首を横に振る。


「意図したか、偶然か。それは判らぬが、如何やら魑魅ちみを封じた陰陽師というのが、俺の師、吉房らしい。」


「何と。」


 雄座は驚きの声を上げた。


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