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妖霊異譚 - 魑魅魍魎 拾弐
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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第捌幕 魑魅魍魎
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魑魅魍魎 拾弐

 あやめによって穢れより生まれた魑魅が、まさに討たれようとしたとき。


 月丸と雄座はあやめの無事を願いつつ、鳥居を正面に拝殿の段木に腰を下ろし、待っていた。後ろでは、ナナシと魍魎があやめの持ってきた洋菓子を食べながら、何やら話しているのが聞こえる。


「なぁ月丸。ナナシは今は唯の子供にしか見えぬが、封印される以前は、あの魑魅と同じ姿であったのだろうか?」


 あやめが宙に残した玉のような結界。一つは魑魅の姿を残し、淡い月明かりにわらわらと蠢く影のみが見える。その醜い姿とナナシが、雄座にはどうにも一致しない。


「容姿とはな、雄座。その者の心を映す。心の醜い者はその姿も醜く、心の美しき者は美しく、心の幼き者は幼い容姿をなって表れるものだ。穢れた心で生まれたあの魑魅は、ナナシとはまた違うのであろうな。」


 雄座の目線を追い、月丸も空を見上げて答えた。雄座は「そんなものか。」と呟くと、月丸は語を続ける。


「ナナシは全ての穢れを祓った純粋な存在だ。恐らく、自らの使命すら気づいておらぬのであろう。だからこそ、あのような幼く、矮小な姿となっているのだ。魍魎に気付けたのが幸いであったが。」


 月丸の言葉に、雄座は問い返す。


「不思議なものだな。封印され、自らの使命も忘れ、幼子の姿となっても、その姿にした吉房殿を覚えておるし、魍魎もすぐに気づいたようだし。それに、あの魍魎、昨日のような恐ろしさは一切感じなくなっている。それも、あの魍魎の心の変化か。」


 雄座は振り返り、開いた拝殿の中を見る。ナナシに菓子を渡されるたび、少し口に運んでは満面の笑みを浮かべる魍魎。幼子二人の仲の良い姿は、真夜中の神社でなければ、不思議も何もない光景であろう。そう思うと、雄座は呟く。


「人の子と変わらん。良かったな。魑魅も。魍魎も。」


 月丸もこくりと頷く。


「ああ。何が起こっているか分からぬが、二人が出会えたのはあやめのおかげだ。無事に戻ってくるのを待とう。」


「ああ。そうだな。」


 月丸と雄座は鳥居に目を戻すが、雄座にとっては不思議な感覚である。月丸と出会い、本当の怪を見てきたが、そこには月丸と共に自分もいた。ただ待つのみ。妖を知ってからは初めての事である。口では信じると言ったものの、あやめの身を案じてしまう。

 そんな月丸と雄座の後ろから、とてとてと裸足で床板を踏む音が聞こえる。その音に雄座は振り返ると、すぐ後ろに魍魎が立っていた。


「お…。」


 驚く雄座の襟を掴むと、勢いよく拝殿に引っ張り込んだ。驚き声も出ない雄座。丁度、ナナシが座るところまで引っ張られると、倒れる雄座をぎゅう、と魑魅が守るように抱きしめた。


「あれが出てくるよ。」


 ナナシの言葉に月丸はすぐに魍魎の行動の意味を悟る。立ち上がると空を見上げる。その刹那。


ばしゃり。


 あやめの施していた玉の結界が割れた。


 溜まっていた血肉が雨のように降り注いでくる。驚くのは、その零れる血から、別の魑魅がもぞもぞと生まれ出ている。そして、身を切られずにそのまま封印されていた魑魅達の結界は、破れると同時に、一匹の、巨大な魑魅が落ちてくるのが見える。


「月丸!どうしたというのだ?こら、魍魎、放しなさい。」


 雄座は外が見えず、何より魍魎を振り払えず、倒れたままでいた。


「魍魎はお前を守ってくれたんだよ。暫くそこに居てくれ。」


 月丸はそう言うと、空から降りてくる血肉と、生まれ出る魑魅を睨む。その刹那、ぎゃ。と声を上げ、わらわらといた魍魎は焼き消えた。巨大な魑魅は体に火を纏いながらも、境内に降り立つ。どうやら、あやめが封印した際、何が起こってもいいように、結界を境内の中に入れていたらしい。そんな手際の良さに月丸は感心する。


 ぶすぶすと表面を焦がしながら、十五尺程度の大きさとなった魑魅が、にやりと笑う。


「危うかったわ。天狗を侮りすぎた。我が身がこの世に残っていたことは幸い。」


 魑魅は自分の身体を見つつ、安堵の色を浮かべる。やがて目線を目の前の月丸に移す。


「これは?昨日の陰陽師と同じ気配よ。これはいい。見つけたわ。我を封じし陰陽師。憎らしい。お主を喰らいて、その術を奪い、あの天狗めを今度こそ喰ろうてやる。」


 そう言うと、魑魅はすうぅ、と、月丸の魂を吸おうと息を吸い始めたが、月丸に焦りはない。この社の中で、何の制約もない月丸であれば、魑魅の力など恐れるに足らない。しかし、背後には雄座が居る。ナナシと魍魎がいる。この者たちは魑魅の力に抗うことができないかもしれない。ならば。


「なんと…。吸えぬ。魂を吸えぬ。これほどの力を以ても吸えぬのか…。」


「月丸!大丈夫か」


 驚いた表情を浮かべる魑魅。月丸の背後、拝殿の中から、その光景を見る雄座。昨日は月丸から逃げろと言われた魑魅の魂を喰らう動作。月丸に効かないのは分かる。自分も今無事でいるのは、月丸のおかげなのか、上にしがみついてくれている魍魎のおかげなのか、分からぬままだが、唯一分かるのは、自分は生きているということであった。


「雄座。心配するな。既にこの魑魅は封じてある。」


 月丸の言葉に唖然とする。目を魑魅に移すと、動こうとしているのか、身を左右に振っているが、動けずにいる。その魑魅に、月丸は無造作に歩み寄り、魑魅の面前で足を止めた。


「ひょうひょう…。妖のくせに陰陽の術を操り、儂をこれほどの力で封じるとは、お前は何者よ…。」


 驚きの表情を浮かべる魑魅に、無表情に月丸が応える。


「妖霊だ。知らぬか?知らぬでもよい。お前は今から無と消える。」


 驚きから畏怖に変わる魑魅。月丸が魑魅の鼻先に右手をかざす。

 月丸が分身ではなく自ら戦うのを見るのは、あやめが仕掛けた時ぐらいであったと記憶する雄座。必死というわけでもないが、月丸が少し本気を出したなら、山神を手玉に取るほどかと、驚きを隠せずにいる。相手が何もできず、そしてその封印すら解けずに、妖霊と知らされ、怯え震えている。改めて月丸という存在、妖霊という存在の不思議を思い知らされる。


 月丸が魑魅を消そうとした刹那。


「待って。」


 そう言いながら、ナナシが結界を抜けて月丸へ走り寄る。月丸の袖を掴みながら、ナナシが言う。


「あのね。この子は僕なの。酷い事しないで。」


 月丸は一瞬、驚くように目を丸くするが、すぐに先ほどと同じようにナナシに答える。


「そうだな。すまなかった。こいつもお前なのだな。」


 そう言うと、すっと手を下ろす。ナナシの姿を見ていた魑魅は、何かに気付いたように、かっと目を見開き叫ぶ。


「儂じゃ!!見つけた!儂の体じゃ。その身を寄越せ。その魂を喰らわせよ。」


 ぶんぶんと体を左右に振るが、月丸の封は解けない。その魑魅に向かって、ナナシはすう、っと息を吸い込む。


「止めよ、止めよ!儂はもう魑魅じゃ!儂がお前を喰らうんじゃ!お前を喰らってあの方の…。」


 ナナシが息を吸うのをやめると同時に、魑魅はばたりと倒れた。


「何が起こってるんだ?」


 呟く雄座を他所に、雄座を抱きしめていた魍魎がすっと立ち上がり、ナナシに駆け寄る。先ほどのナナシと同様、すっと息を吸うと、倒れた巨大な魑魅の姿は、小さい魍魎の口に吸い込まれていった。辺りは何事もなかったかのように静寂が包む。


 ナナシは、月丸に向かってにこりと笑う。その刹那、体を光が包み、その姿を変えてゆく。幼き姿は、やがて大人の大きさとなっていた。

 銀に輝く狩衣装束に黒き烏帽子、美しく刺繍の施された袴を纏う姿は、まるで話に聞く平安の貴族のように気品に溢れる。しかし、腰の辺りからは、狼のような背が伸びる。その背にも、美しい刺繍が施された衣に飾られ、先に延びる尾は濡れた黒髪のように輝いている。正面から見れば人の姿の様だが、側面から見れば、巨大な狼の身体に人の上半身というような姿である。雄座が洋書で読んだ神話にケンタウロスと言う半人半馬の神が出てきた。それと似ているのかも知れない。しかし、その姿は異質だが、決してそう思わないほど、神々しさと気品に満ちていた。


「山神魑魅ですね。全ての封を解かれましたか。」


 月丸は微笑みを浮かべ、静かに問う。


「ふむ。我が名は魑魅。穢れに染まり、その穢れを解き放った愚か者。それをまだ、山神と言うてくれるか。」


 月丸の問いに、魑魅ナナシが応える。ふらふらと月丸の元へと寄った雄座が、驚きの表情のまま、月丸の背から問う。


「ナナシ…なのか?」


 魑魅ナナシは、少し笑みを浮かべ、雄座に答える。


「左様。これが私の本来の姿。穢れが何者かに連れ出され、追ってここの地までやってきたが、雄座や月丸のような心優しき者と出会えて良かった。心より礼を申す。」


 魑魅ナナシは少し顔を横に向け、続けて語る。


「天狗が姫。貴女にも随分と手間をかけた。せめて、お詫び申し上げたい。」


 魑魅ナナシの言葉に、雄座が鳥居に目をやると、戦いを終え、先ほどとは違う、普段の洋服姿のあやめが、驚きの色を顔に浮かべ立っていた。魑魅ナナシは目を月丸に戻すと、改めて頭を下げる。


「妖霊とは知らなかったが、貴方の師、吉房殿と確かに雰囲気が似ておられる。私は師とその弟子とに世話になったのだな。」


 月丸も魑魅ナナシに答える。


「お力になれたのならば幸い。ですが、穢れをその身に戻し、この場を収めて頂いたのは貴方自身。穢れを再び宿すこと、よろしかったのですか?」


 月丸の問いに、魑魅ナナシが応える。


「極めて汚濁きことも、滞りなければ汚濁にあらず。本来は我が身で清めるべきであったのに、私は逃げてしまった。情けない話よ。だが、今なら、内に秘めしこの穢れ。人も神も妖も。滞りなき汚濁はあると知れた今であれば、己が穢れと向かい合うことも出来よう。」


 ナナシとして封じられたころ、自分に芽生えた穢れが許せなかった。しかし、時が過ぎ、ナナシとして生きることで、魑魅は人にも、妖にも、辛き事、悲しき事があることを知った。そして、何より、穢れた自らを許すことを知ったのであろう。雄座はそう感じた。


「ナナシ…いや、山神魑魅よ。人を、許してくれるのか?」


 雄座は尋ねる。魑魅ナナシはゆっくりと雄座に目を移すと、じっと見つめると、ふと笑い、答えた。


「雄座。私は人を許せぬ自分を許せなかったのだ。今はそれが分かる。改めて、すまなかった。」


 魑魅ナナシはそう言うと、深々と頭を下げ、雄座を焦らせた。


「封を放ちこれより、山神として戻られるのですか?」


 焦る雄座を助けるように、月丸が横から問う。


「今の私は山神としての資格はない。永き世をさまよった我が魍魎と共に、静かに世を見てゆこうと思う。」


 そう言うと、魑魅ナナシは雄座の方へと目をやる。雄座はふと気づき、後ろへと目を向けると、そこには先ほどまでの汚れた女児の姿はない。薄紅の水干に鮮やかな桃色の長袴を纏い、美しく長い黒髪を後ろで束ね、その頭に立烏帽子を乗せた美しい女性が立っていた。


「も、魍魎か?」


 三度驚く雄座に、月丸が笑い応える。


「魍魎様だ。本来のお姿だ。」


 月丸がそう言うと、魍魎は優雅に頭を下げ、そそと魑魅ナナシへと歩み寄った。二人が並ぶその光景は、まるで平安の都の貴族がそのまま現代に現れたようにも見え、雄座を見とれさせた。


「天狗が姫よ。頼みがあります。」


 あやめに向き直した魑魅ナナシが改まる。


「願わくば、我が友、鞍馬天狗の元で、静かに過ごしてゆきたい。かの者にお話しいただくことは出来ますか?」


 魑魅ナナシの問いにあやめはこくりと頷く。


「勿論です。魑魅様が天狗の里でお過ごしになった時間は、祖父にとっても大切なものと聞いております。居なくなったことで、きっと里は慌てていることでしょう。お帰り頂ければ、祖父も喜びます。」


 あやめの言葉に、魑魅ナナシは申し訳なさそうに笑みを浮かべた。


「それはありがたい。では、里を混乱させた詫びの言葉も考えておかねばなりませんな。」


 東の空がやや色づき始めていた。穢れた魑魅は本物の魑魅に吸われ、山神魑魅が蘇った。もう、遺体を喰われるような事件も起こらないであろう。雄座は一先ず安心する。これで一件落着したのだ。

 魑魅ナナシは改めて、辺りを見回し、月丸へと向き直す。


「随分と、お優しいやり方で百鬼夜行を封じておられるのですな。」


 突如、魑魅ナナシの口から百鬼夜行の言葉が出たことで、雄座は月丸を見る。


「やはり貴方は山神であられる。一目でお分かりか。」


 魑魅ナナシの言葉に苦笑いを浮かべる月丸。


「我が封は吉房殿の優しさを以てしてのもの。この社の封は、同じく貴方の優しさを感じる。さすがは師弟。己よりも封じるべき者に慈悲を与えるとは。」


 魑魅ナナシはそう言うと、真っ直ぐに月丸を見やり、真剣な表情を浮かべる。


「お気を付けなさい。何者かは私にはわかりませんが、我が穢れに仮初の身体を与え、力を与えた者がおります。百鬼夜行は恐るべき存在。悪しき者にこの地が狙われるやもしれぬ。」


 魑魅ナナシの言葉に月丸は頷く。


「承知いたしました。私の全てを以て、この地を護ります故、ご心配なく。」


 月丸の言葉に満足そうに頷くと、その姿が光に包まれる。


「陽が昇ってまいりました。まだ、天照様に我が身を見られるのは恥ずかしい故、今暫し、隠れさせていただきます。誠にありがとうございました。」


 そう言うと、魑魅と魍魎の姿は、徐々に小さく変化し、やがて、光が消えると先程と同様、幼子のナナシと魍魎の姿に戻っていた。



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