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妖霊異譚 - 百鬼夜行 漆
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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第玖幕 月丸
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百鬼夜行 漆

 百鬼夜行を封じてから十日が過ぎた。


 日のあるうちに何度か月丸にも分身にも式神や呪が襲い掛かった。だが、吉房程の術者なら兎も角、唯の術者、陰陽師程度の術が月丸に通じる事はなかった。しかし、それは月丸がこの場を離れることが出来ないことを示していた。

 未だ陰陽師達は百鬼夜行の解放を目論んでいる。月丸が離れれば、即座に百鬼夜行の封印が解かれるであろう。今日も襲いくる式神を焼き払いながら、考える。


「こいつら、百鬼夜行が放たれれば苦しむのは人であるはずなのに、何で放ちたがるんだ?」


 朝廷が南北に分かれ、朝廷自体の力が衰えつつある。だが武家の力は増大している。その力関係を打破するために東の武家を一網打尽にするための百鬼夜行であった。無論、当時の月丸ではそんなことに思い至るわけはなんく、答えの出ない疑問にやきもきするだけであった。

 しかし、このままでは埒があかないのも事実。敵わぬと悟って去ってくれれば良いものを、律儀に日に二、三度は効かぬ術を放ってくる。その意図も読めない。

 

 そして今日も間も無く日が落ちる。月丸は夜のうちは高い山の山頂からこの道を見張っている。陰陽師達も恐らく夕刻が近付くと遠くへ離れるのであろう。ひが傾き始めると、式神や呪はやってこなかった。それが封印を施してから今日までの流れであった。


 だが、今日は違った。

 

 山頂へ向かって中腹辺りまで登った時、僅かに動く気配を感じた。月丸は、はっと、振り返ると、日中自分が立っていた場所に向け、恐らく結界で気配を消しているのであろう術者、やはり山伏の格好をしている者がそろりそろりと近づいているのが見えた。


 今日まで毎日、同じ動きをしていた。それは月丸を謀るためであったようだ。そして月丸が、妖霊が結界の地を離れたその瞬間、封を破ろうとしたのであろう。離れた月丸を警戒し、気配を消している様だが、月丸には見えていた。


「馬鹿が。何て事を…。」


 月丸は一言、呟く。月丸が見えていたのは結界に包まれた陰陽師だけではない。日が沈む刹那の道一杯に溢れる様に膨れ上がる百鬼夜行の黒い怨の気配。その気配は結界に身を包む術者をふわりと包み込む。やがて。


「ぎやあああああああ」


 木霊を響かせながら、術者の最後の声が響いた。術者は封を解けてはいない。それでも、ただの人では封の間近ですら、耐えられなかったようだ。狂ったように暫く叫び続けると、ぱたりと声を止め、そのまま倒れていった。そこまでは月丸も読めていた。すわ日が落ちる刹那に、あれ程封に近付けば怨の気に飲まれてしまうだろう。だが、次の光景は月丸も想像していなかった。

 道の奥から、さらに数名の術者が飛び出し、結界を壊そうと術を、式神を放った。その術は、式神は、結界に届く前に百鬼夜行の妖気に飲み込まれ、掻き消えた。その妖気はさらに広がり、術者達を飲み込む。先程と同様、術者達は狂った様に叫ぶと、ぱたりと倒れた。そして体を結界に飲み込まれる。

 

「陰陽師は馬鹿者なのか?あれ程近づけば、結界に阻まれるとはいえ、こうなるのは分かるだろうに…。」


 分身を通じ、その術者達の不可解な行動は、道の東側でも行われていた。唖然としつつもその光景を眺めていた月丸の体が、ぞくりと震え、鳥肌が立つのを感じる。


「何だ?この気配は…。」


 

 ぱりん


 

 小さく、だが辺りに響く様な音が聞こえた。月丸の目が大きく見開く。

 百鬼夜行を封じていた結界が月丸の目の前で自然に破れていった。そして、禍々しい気配が広がってゆく。

 現れた百鬼夜行の姿。


「何で…結界が?」


 驚くべきは、東側の道の結界も破れていた。


 面前の光景に、月丸はただ驚き、眺めるのみとなった。日が沈んだ直後である。再び歩み始めた百鬼夜行は誰も止める術を知らない。

 朝になって再び結界を貼り直さねば。

 そう思う月丸は視界に違和感を感じる。自分の目は西へ向かう百鬼夜行の列を見ている。分身の目は、東へ向かう百鬼夜行の列を見ている。


 封印され、東の結界で折り返した百鬼夜行と、まだ東へ向かっている百鬼夜行の列とが分かれた形となったのであろう。こうなってしまっては、どうするべきなのか。何故術者は結界を破ることができたのか。月丸には何が何やら判らぬ。

 

 更に驚くべきに、百鬼夜行の列は一斉に月丸のいる山を見上げていた。


「おった。」


「妖霊じゃ。」


「おう。儂らを封じた奴じゃ。」


「新たな仲間が知恵をくれた。」


「おう。彼奴が儂等を封じたのじゃ。」


「妖霊は強いそうじゃ。」


「ならばその魂を取り込んで仕舞えば良い。」


「それは良い。」


「それは良い。」


 声ない声が辺りに響く。そして、本来道を歩むはずの百鬼夜行はわらわらと月丸目掛けて進み始めた。


「新たな仲間が知恵を与えただと?

 さっきの術者共か。ただ結界を壊そうと近づいただけでなく、何かしでかしたのか。」


 向かってくる百鬼夜行。あの妖気に飲まれれば月丸と言えどひとたまりもない。

 月丸は自らの居る山一体に結界を張った。やがて、その結界にたどり着いた百鬼夜行の列は、結界を破ろうとがりがりと音を立てる。


 分身に気を向けると、まだ操り慣れていないためか、同じようにしたつもりであったが、結界が弱く、早々に破られた。

 慌てて分身を解く。月丸の髪の毛が一本、ひらひらと地に落ちた。これで東側の様子が分からなくなった。

 だが、今この場でも、どうするべきか。結界で足止めしても、全ての百鬼夜行が月丸を目指している。一斉に、そして一晩中、結界を削られれば、破られる可能性もある。



術者達は何をしたのか。


東側はどうなるのか。


何故、道を逸れ自分に向かってくるのか。


道を逸れた百鬼夜行をこの結界で一晩食い止められるのか。



 さまざまな憶測が月丸の脳裏に渦巻く。その結果、月丸の心は不安に埋め尽くされた。その不安を取り除くための行動。




どおん


どおん



 月丸の、妖霊が得意とする術である。

 激しい音ともに、百鬼夜行の列に黒い稲妻が幾重にも襲いかかった。その度に吹き飛ぶ異形の者達。影も形もなくなる者。炭となり消え去る者。


 月丸の本能であろう。目の前の脅威を消し去る事で、安堵を得ようとした。



 一晩。


 月丸は妖術を放ち続けた。それでも西へ向かう百鬼夜行の全てを消し去ることはできず、日の出を迎えた。


 日が昇ると同時に、辺りを包んでいた禍々しい気配はすうっと消えていった。


 月丸の不安は収まることはない。百鬼夜行が東に向かえば武蔵野が、すず達が居る村がある。だが、吉房の知恵を頼らねばどうしていいか分からない。

 月丸は分身を放ち、東に向けた。結界や術までは分身で使うことはまだ叶わないが、百鬼夜行を見張ることはできる。


 そして自分は吉房達を置いた古寺へと走った。


 吉房の元へは一刻もしないうちにたどり着いた。迎えたのは呉葉であった。まだ顔に痣や傷は残るが、月丸を一眼見るなり、優しい笑みで迎えてくれた。


 月丸が百鬼夜行の元に向かった後、三日三晩の吉房の看病の末、呉葉は目覚めた。そして自分を追っていた術者達の気配が、全て月丸に向かった事も気配で気付いていたため、心配していたという。

 そして、昨晩の百鬼夜行の気配も気付いていた。すぐに駆け付けようと思ったが、吉房より月丸が朝やってくる。そう言われて待っていたとの事であった。


 古寺の中に入ると、吉房が二本の苗木を前に術を施している最中であった。


「お師様!百鬼夜行が…。」


 言いかける月丸を呉葉が制した。如何やら、この苗木に術を施し、人の手に依らず百鬼夜行を封じる策であった。

 

 やがて術が終わると、振り向く事なく吉房が言う。


「百鬼夜行は撃てば撃つほど、それを怨として更に巨大に蘇る。まぁ、昨日のことはやむ終えまいが、一人お前に背負わせて済まなかったな。月丸や。」


 昨晩の事を吉房は理解していた。混乱した月丸が百鬼夜行を薙ぎ払った事も気付いていた。押し黙る月丸に吉房は言葉を続ける。


「恐らく、陰陽師どもは、自らに呪をかけ、自らを贄として、己の敵を百鬼夜行の敵とさせたのだ。己の敵を死してなお怨み、その怨を百鬼夜行に行き渡らせた。じゃから月丸。お前が標的となったのであろうよ。妖霊に勝てぬのであれば、百鬼夜行を使って妖霊を討てば良い。何とも浅はかで愚かな手ではある。しかし、その効果はあるがな。」


 そう言うと、吉房はすくりと立ち上がり、振り向いた。その目は優しく月丸を労う様に見据えた。


「お前ばかりに怖い思いをさせて済まなんだ。さあ、儂も共に行こう。また、百鬼夜行を封じるのを手伝ってくれるか?」


 吉房の言葉に、月丸は力強く頷いた。


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