第51話 王都へ、黄昏の中で
隊列はゆっくりと城門へ近づく。
黄昏時の街角はすでに人で賑わい、商人は店を畳み、旅人は宿へと急ぐ。
セラウィンの紋章を掲げた車列が現れると、人々の視線が自然と集まり、ささやき声が周囲に広がっていった。
「……あれは、王女殿下では?」
「青銀の海鳥の旗……本当に王女様のお出ましだ!」
城門前では衛兵たちが槍を交差させて並び、厳重な体制を取っていた。
やがて旗手が身分証を確認し、低く命じる。
「通せ」
馬車の車輪が重い石畳を軋ませながら、城門をくぐる。
一日中張りつめていた緊張が、城壁の影に包まれることで、さらに深まりを見せた。
石道を進む馬車の中には、外の喧騒が波のように押し寄せる。
フィリシアは姿勢を正し、街路の民へ穏やかに頷き返す。
その眼差しには、王女としての誇りと静かな威光が宿っていた。
一方、馬車の中は、まるで異なる空気だった。
「ノアさま、ここが王都にいらっしゃるのは初めてですよね?」
フィリシアが視線を戻し、柔らかな声で話しかける。
リゼリアは顎に手をあて、どこかからかうような目を向ける。
「初めて? 信じられない。もしあのとき本当にセラウィン国に婿入りしてたら……ここが《《新居》》になってたはずでしょ?」
アッシュは彼女を一瞥し、淡々と返す。
「身体は弱いのに、口だけは達者だな」
「ふふ、それが私の特技よ」
リゼリアは唇を吊り上げて笑い、負けずに言い返す。
フィリシアはそんな二人のやり取りを見て、少し沈黙した後、ふっと小さく笑った。
その笑みは、夕暮れの風のように柔らかく、場の緊張をわずかに和らげた。
そのとき、隅で丸まっていたリメアが突然顔を出し、瞳をきらきらさせながら言った。
【アッシュ……ここにはおいしいもの、ある?】
アッシュは彼女の頭鱗に手を当て、窓の外に広がる灯りの中の市場を見つめる。
そしてようやく、少しだけ口元を緩めた。
「……あるだろうな」
フィリシアはその様子を見て身を乗り出し、リメアに微笑んだ。
「何か食べたいもの、あるの?」
しかし、アッシュが先に返す。
呆れたような声で、「こいつは食うことしか考えてない」
フィリシアはその言葉に笑みを深め、軽やかに返した。
「最近、西の大陸から来た商人たちが『チョコレート』というものを持ってきました。貴族の間ではとても人気らしいわ。……でも、動物には与えちゃだめみたい」
「それ、ちょっと気になるわね」
リゼリアの目が輝き、興味津々な様子を見せた。
フィリシアはさらに続ける。
「セラウィン国の名物なら、塩漬けのタラよ。今夜、ぜひ食べてみて」
リメアは一瞬にしてテンションが下がり、尾をぶんと振った。
【……また魚。もう魚ばっかり食べてる】
アッシュは低く一言だけ、
「……文句言うな」
リメアは不満そうに唸りながら、再び角の隅に体を丸めた。
◇
地平線に残る最後の夕焼けが山の向こうに沈み、馬車はついに城門をくぐった。
青銀の海鳥が風にたなびく旗のもと、石造りの王城が夕陽に照らされ、圧倒的な威厳を放ってそびえ立っていた。
「おかえりなさいませ、フィリシア様!」
門を守る騎士たちが一斉に声をそろえ、長槍を高く掲げた。冷たい金属の光が夕闇にきらめく。
フィリシアは表情を崩さず、片手を上げて軽く応えたのみで、多くを語らなかった。
彼女は振り返り、アッシュとリゼリアに低く告げる。
「まず私は父上との政務に向かいます。皆さんのために側殿を用意しましたので、侍従が案内します。くれぐれも、城内を勝手に歩き回らないように」
アッシュは軽くうなずいたが、それ以上の反応はなかった。リメアが小さく羽を震わせながら、警戒するように辺りを見回す。
リゼリアは両腕を組み、煌びやかな大広間と整然と並ぶ騎士たちの鎧に視線を彷徨わせながら、小声で呟いた。
「……なんだか、息苦しい場所ね」
「彼らを側殿へ」
フィリシアは傍らの侍従に命じ、そしてふと振り返り、言葉を添える。
「エミールがすでにお待ちしています。先に話しておいてください。私がすべてを報告し終えたら、改めて迎えに来ます」
そう言い終えると、彼女は優雅にドレスの裾を持ち上げ、王城の侍従に導かれて正殿へと入っていった。
金の扉が静かに閉じられ、残されたのは車列と従者たちのみ。
アッシュは彼女の背を無言で見送り、扉が完全に閉じたのを確認してから、静かに側殿へと向かった。