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かつて英雄と呼ばれた男は、今はただ幼竜と生き延びたい - 幕間 失墜の王子
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かつて英雄と呼ばれた男は、今はただ幼竜と生き延びたい  作者: 雪沢 凛
第五章:王都セラウィン

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幕間 失墜の王子

 ――半年前。アルヴェリオン王都、夜。


 重厚な城壁の内側で、蹄鉄と鎧の音が交錯していた。王城の奥から火の光がちらつくが、それすら「竜殺しの叛逆者」という四文字がもたらした衝撃には及ばなかった。王都全体が、ひとりの罪名に息を呑んでいた。


 牢獄は冷え込み、湿気は錆と血の匂いを帯びている。


 第七王子――ノアディスは、傷だらけの体を鎖で石壁に繋がれたまま、虚ろな眼差しで沈黙していた。ここに投獄されてから何日も放置され、生死すらも忘れ去られていた。


 足音が近づく。牢の外で二人の声が交わされた。


「……処刑は一週間後。公開だ。」

 冷ややかな声音には、命令に慣れた威圧がこもっていた。第一王子――レオネルの声だ。


「セドリック、お前が今さら彼に会っても無駄だ。」

 もう一人の声は対照的に軽やかで気だるげだったが、その中に隠しきれない鋭さがあった。


「いやぁ、レオネル殿下。どうか今回は我儘を許してくれ。戦場で長く行動を共にした仲だ。せめて最後に言葉くらい交わさせてほしいじゃない?」


 レオネルはしばし黙った後、鼻で笑った。

「この空気は馬小屋よりひどい。長居は無用だ。好きにしろ。」

 そう吐き捨てると、彼はその場を後にした。鉄の扉がゆっくりと開く音だけが残された。



「囚人の状態を確認する。」

 深い色合いのローブに身を包んだ男が、火の光を背にして牢に入ってきた。耳に揺れる銀の装飾が、灯の揺らぎに合わせてきらめく。彼が王国魔導顧問の証印を掲げると、見張りは無言でその場を離れた。


 赤髪はざっくりと三つ編みにされ、肩に垂れている。若々しい顔立ちには不釣り合いなほどの余裕と笑みが浮かんでいた。


「……セドリックか?」

 ノアディスがかすれた声で呟く。


 男は片眉を上げ、愉快そうに笑った。


「おや、まだ俺を見分けられるのか。そんな死にかけみたいな顔をするなよ。せっかく育て上げた王子が、諦め顔ってのは俺、一番嫌いなんだよね。」


 彼はしゃがみこみ、見張りの目線から隠れるようにしながら、羊皮紙の巻物を取り出した。ノアディスの指を強引に引き寄せ、そこへ血を滲ませるように押しつけた。


「……何をしている……?」

 ノアディスはかすれた声で問う。


 セドリックは答えず、小瓶を取り出し、強引にその中身を彼の口に注ぎ込んだ。辛くて鋭い液体に喉が焼け、ノアディスは血を吐きながら咳き込んだ。


 見張りが鋭く問いかける。

「何があった?」


 セドリックは振り向きもせず、飄々とした声で返した。

「殿下、言いたいことが山ほどあったらしくてね。つい急ぎすぎたみたい。」


 見張りは不審がりながらも、それ以上は何も言わなかった。


 セドリックはノアディスに耳打ちするように顔を近づけ、唇に微笑を浮かべながら、しかし声は低く鋭く落とした。


「――今夜、子の刻。すべて勝手に開く。……やるべきことは、わかってるだろ?」

 その言葉を残し、彼はすっと立ち上がり、何事もなかったかのようにその場を後にした。


 鉄の扉が閉じる。再び闇と鎖の中に、ノアディスは独り置かれる。


 胸の痛みがまだ残っている。だがその中に、確かに――

 運命が、今まさに誰かの手で、別の道へと捻じ曲げられつつある感触があった。


 ◇


 深夜、鉄の扉が音もなく開いた。手首の鎖も自然と外れる。

 牢の中に見張りの姿はなかった。まるで意図的に消されたかのように。


 ノアディスはふらつきながら立ち上がり、暗い通路へと進み出る。壁の隙間に差された松明の灯が、彼の影を揺らしていた。古傷が胸を刺すように痛んでいたが、あの薬が血流を抑え、痛みに蓋をしていた。


 最後の階段を曲がったところで、彼は一角に置かれた旅用の革製パックを見つける。


 中には乾パン、着替え、短剣――

 そして銀青色の竜の鱗が、細い銀の紐で二枚束ねられて入っていた。


 彼はゆっくりとそれを手に取り、かすかに震える掌で抱きしめる。


「……アエクセリオン……」


 掠れた声でその名を呼んだとき、抑えきれない悲しみが波のように押し寄せた。

 ノアディスは鱗を胸に抱き、慎重にそれを首から吊るした。冷たい鱗が肌に触れたとき、まるで焼けるように熱かった。


 パックの奥には、まだ新しい冒険者ギルドの証明書がひっそりと入っていた。銅製のそれは、薄暗い光の中で鈍く輝き、全く新しい「身分」を象徴していた。


 指先がその縁に触れる。ノアディスはそれをしばらく見つめ、微動だにしなかった。


 だが――次の瞬間、彼は手を引っ込めた。


 顔を上げる。王城の方角では、まだ炎のような光が夜空に照り返している。塔の影がかすかに震え、現実の残酷さが耳元で囁いているかのようだった。


 喉の奥に、抑えきれない何かがこみ上げてくる。


 彼は胸の鱗に手を当てた。掌が灼けるほどに熱かった。

 ――行かねばならない。まだ、やるべきことがある。


 ノアディスは踵を返し、深い闇の中へと歩みを戻した。その足取りには、迷いも躊躇もなかった。


 通路の奥、壁に凭れながら大きなあくびをしていたセドリックは、その動きにふと眼を細めた。


 ノアディスの姿を見た瞬間、彼の表情が僅かに変わる。


「……は?」

 面白そうに片眉を上げ、呆れたように低く笑う。


「お前……」

「俺の計画を、外れようってのか?」


 赤髪の魔導顧問は笑みを押し殺し、指先で空中に呪式を描いた。魔力の輝きが宙にきらめく。


「いいだろう。見せてもらおうか。――お前が命と引き換えに、何を選ぶのかをな。ノアディス。」

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